【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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クランクアップ

黒木綾音が星川芥と打ち解けるのにそう時間はかからなかった。

 

「黒木さん」

「なに?」

「東京から来たって言ってたよな。東京ってどんなところなんだ?」

「んー、難しい質問だね」

 

芥は東京という場所に強い興味を持っていた。

 

表向きには高校を出たら東京の大学へ進学するためだ。彼は日ごろ医者になりたいと周囲に公言していた。尤も、本音としては田舎の閉鎖的な人間関係から抜け出したいだけなのだが。

 

そんな時、東京から転校生がやって来て隣の席に座ったのだ。

 

芥は積極的に話しかけた。ただ純粋に東京の人間とはどんなものなのか気になって質問を続けた。

 

そこに恋心は無かった。綾音は美人で芥の想い人にそっくりではあったが、明らかに年齢が違う。間違いなく別人だという確信があるからこそ、一人の人間として色恋を意識することなく一人の人間として見ることが出来た。

 

「今度飯食いにいかないか? 良いところ知ってるんだ」

「えっと、二人で?」

「ああ。色々聞きたい事あってさ。今週の土曜とかどうだ?」

「星川君が言うなら……うん、分かった」

 

人は自分に興味を持ってくれる人を好きになるものだ。下心なしに純粋に綾音に質問をぶつけてくる芥の事を綾音は悪く思わなかった。

 

むしろ徐々に異性として惹かれて行った。

 

・・・

 

「カット! OK!」

 

撮影は順調だ。今の所大きなトラブルも起きていないし、映像も期待した通りの物が撮れている。

 

流石に役者と監督の兼任は大変だが、それ以上に楽しくて仕方がない。今の俺はランナーズハイのような状態になっているのかもしれないな。毎日のように脳内麻薬が出ているに違いない。

 

「監督、俺の演技どうだった?」

「良いんじゃねぇか? お前が納得してるなら言う事はない」

「聞き方を変える。監督がこの映画の監督だったら俺にどういう指導をする?」

「そうだな……俺ならもっと分かりやすく芥の心情を描写するように言うかもな。だが何度も言うようにそれは俺がこの映画を作る場合の話だ。お前にはお前のプランがあるんだろ? 中途半端に人の意見を聞くと作品の軸がぶれかねないってことは忘れんなよ」

 

現場の事実上のトップは俺。作品の品質を最終的に担保するのも俺の責任だ。

 

俺が良しと言えば良し。駄目と言えば駄目。そんな重大な役割を担うのが監督の言う立場なのだ。俺の働き次第でどんな駄作にも名作にもなり得る。そのプレッシャーは今までやって来たどんな仕事とも比較にならない。

 

時間もお金も山ほどつぎ込んでいる。多くの人間を巻き込んでいる。失敗は出来ない。

 

そんなプレッシャーと長年の夢が目の前にあるという高揚感で俺はちょっとおかしなテンションになっていた。この1か月近く、かつてない程お姉ちゃんとのコミュニケーションが少ないにも関わらず平気でいられるのは、多分そのせいだ。

 

「なぁ早熟。たまには家に帰ってルビーを安心させてやった方が」

「それ以上言わないでくれ。気持ちがブレる」

「……悪かった。撮影終わったらゆっくり休もうな。それまで頑張れ」

「ああ」

 

意識したらお終いなんだ。少しでもお姉ちゃんとの触れ合いを求める気持ちが出てきてしまったら俺はそれに抗えないだろう。演者やスタッフの前でお姉ちゃんに抱きしめられ、撫でられ、励まされ、撮影の進行的にも俺のプライド的にも大変な事態になる。

 

俺のメンタルは回復するだろうが、今だけは我慢だ。我慢我慢我慢……お姉ちゃんの温もりが恋しいとか、慰めて欲しいとか思ってないぞ……

 

『お疲れアクア』

『5分だけぎゅってしてあげる』

『よく頑張ってるね。お姉ちゃん鼻が高いよ!』

 

……!!! 駄目だ想像するな!!

 

俺はふと我に返る。

 

危ないところだった。

 

空想の中で俺を甘やかしてきたのはイマジナリーお姉ちゃん。ただの空想だというのにやけにリアルだった。やはりお姉ちゃんの温もりが身に沁みついているのだろう。細部まではっきりとイメージ出来る。

 

今はそれが物凄く困るんだけどな。早く忘れて撮影に集中しなければ。

 

・・・

 

1学期が終わり夏休みに入る頃には、芥も綾音に恋心を抱いていた。もう誰の目からも相思相愛だ。

 

明らかに互いを意識しあう美男美女の二人。周囲の人間がそれを放っておくはずがない。

 

「さぁ夏休みだ! 夏と言えばやっぱり肝試しだよな!」

「という訳で私考えてきました! ()()()の奥にある祠まで2人一組で行ってくるってのはどう? 昼の内に4人分の札を置いておいて、夜になったら取りに行くって感じで」

「おいおい、あの山には神隠しの言い伝えが……」

「だから良いんじゃない! それとも何? 芥、あんた怖いわけ?」

「別に怖くねぇよ」

 

誰も居ない山の中で二人きりにしてやれば二人の恋に何か進展があるんじゃないかと思い、陽翔と愛菜が事前に企画を練っていた。

 

そして当日の夜。予定通り肝試しは行われた。陽翔と愛菜が予定通り祠まで往復し、いよいよ芥と綾音が山に入る。

 

「ごゆっくりー」

「ちびるなよ、芥」

 

待つこと数十分。しかし山から戻って来たのは芥一人だけ。息を荒くしている。

 

「あれ? 綾音は?」

「……居なくなった」

「は? そういう冗談いいから。俺はビビんないぞ」

「冗談じゃねぇ! 突然居なくなったんだよ! 綾音が!」

 

綾音が行方不明になってしまった。

 

・・・

 

撮影のスケジュールもほとんど消化し、あと撮影シーンが残っているのは俺、あかね、ツクヨミの3人だけとなった。

 

残るシーンは大きく分けて2つ。

 

山で遭難する綾音と幼少期の芥が出会い、行動を共にするシーン。そして芥が山で迷っている綾音を見つけて救助するシーンだけだ。救出後のエンディングはスケジュールの都合で先に撮影した。

 

「ツクヨミ、あかね。ここからがこの映画の重要な部分だ。頼むぞ」

「うん、任せてアクア君」

「分かってるさ。私も経験を積んで腕を上げてるんだ。想像以上の演技を見せてあげるよ」

 

ロケ地は山の中。

 

映画の中では季節は夏。当然衣装もそれに合わせて夏仕様となっている。芥は半袖に短パン、綾音は制服姿だ。

 

しかし撮影時期は生憎冬で、山の気温は10℃程度しかない。肉体的にハードな撮影になるだろう。

 

ツクヨミが着替えを済ませてロケ車から出てきた。小さなコートを羽織り、首にはマフラー、手には可愛い毛糸の手袋。背後にはツクヨミの可愛さに悶えるお姉ちゃん。

 

「全身もこもこのつーちゃんも可愛い! ぎゅーってしちゃう!」

「ちょっと、撮影前だよ? そういうのは……ふにゃあぁぁ」

 

ちょっとツクヨミ、俺と替わって……じゃない!

 

撮影に集中しろ! 大事なシーンだろ!

 

頬をパシっと叩いて気合を入れた。お姉ちゃんとツクヨミの絡みは目に毒だ。なるべく見ないようにしなければ。

 

少し遅れてあかねも着替え終わる。こちらも防寒対策は完璧の様子。

 

「悪いなあかね。こんな真冬に夏休みのシーンの撮影なんて」

「映画のためならお安い御用だよ。こういうのは初めてじゃないしこれくらいなんともないから心配しないで。演技がダメだったら何回でもリテイクして良いからね」

 

あかねはプロの役者としてこういう仕事にも慣れているだろう。精神的にも余裕があるように見えた。

 

しかしツクヨミの方は少し心配だ。芸歴も短いし小さな体はすぐに冷えてしまうだろう。ツクヨミの体調には細心の注意を払わないとな。

 

まぁミヤコさんとお姉ちゃんが付いているからそこまで心配はしてないけど。

 

・・・

 

綾音は真っ暗な山の中を一人歩く。つい先ほどまで隣を歩いていた芥の姿がどこにもない。

 

10分、30分、1時間。来た道を戻るだけの筈なのに、なぜか山道の出口にたどり着かない。10分も歩けば出られるはずなのに。

 

遠くから男の子が泣く声が聞こえた。

 

「どうしたの? 迷子?」

「うん……帰れなくなっちゃった……」

 

声の主は幼少期の星川芥。綾音と同じく山の出口めがけて歩き続けているのだが、一向に山から出られず途方に暮れていた。

 

「お姉ちゃんと一緒に帰ろう? この道を真っ直ぐ行けば山から出られるはずだから」

「そんなの知ってるよ。でもずっと歩いてるのに出られないんだ」

 

親の言いつけを破って山に探検に来たのが間違いだったと芥は言う。この山には神隠しの言い伝えがあり、地元の人間はあまり近寄らないのだと。本当に帰ってこなかった人も過去には居たらしい。

 

「ところで君の名前は何て言うの?」

「芥。星川芥だよ」

 

ここで綾音は半信半疑ながらも自分が過去に飛ばされているのではないかと思い至る。

 

芥は過去に神隠しに遭ったことがあると語っていた。山で遭難し、ある女性に助けてもらったと。確証はないが、その瞬間に自分が立ち会っているのかもしれない。

 

「芥君、怖い?」

「怖いに決まってるよ……」

「じゃあ朝が来るまでお姉ちゃんとお話しよっか?」

 

大きな木の根元にもたれかかるように座る二人。長い夜が始まった。

 

・・・

 

冬は早く日が落ちるため予想より撮影時間を長く取れたのが良かった。

 

ツクヨミは午後9時までしか撮影出来ないからな。これは運が良かったというべきだろう。

 

「早熟。そういうのは事前にスケジュールに織り込んでおくものだからな? 流石に今回はこれで良しとしたが、お前のスケジュールはまだまだ改善の余地がある。これに満足しないことだな」

「そんなの俺が一番よく分かってるよ。()()もっと上手くやって見せる」

「ほぉ、もう次を考えてんのか。こんだけ苦しんだってのに、また繰り返すのか?」

「当たり前だ。満足できる映画が出来るまで絶対諦めねぇからな」

「……お前を弟子にして良かったよ」

 

照れ隠しなのか、監督はそれだけ言って煙草を吸いにどこかへ行ってしまった。

 

夜のシーンの撮影が続く。静かな山の中、スタッフたちの声だけが辺りに響いている。もう間もなく最後のシーンの撮影が始まるし俺もそろそろ準備しないとな。

 

衣装に着替え、その上からコートを羽織る。

 

ロケ車から出るとあかねが出迎えてくれた。

 

「ちょっと歩かない? 最後のシーンの準備、手間取ってるみたい」

「そうか。じゃあちょっと休憩がてら歩くとするか」

 

雲一つない、満点の星空の下をあかねと歩く。山の上だからか星が良く見える。

 

「いよいよ最後のシーンだね」

「ああ、そうだな。長かったような、短かったような、不思議な感じだ。もう終わるんだなって」

「ちょっと、感慨にふけるにはまだ早いよ。これから撮影でしょ」

「悪い悪い、つい気が抜けてた。あともう少しだ。気を引き締めないとな」

 

白い息を吐きながら、演技指導でもセリフの確認でもない、他愛もない会話で盛り上がる。しばらく歩くともう撮影現場の光も見えない程遠くまで来てしまっていた。

 

「そろそろ戻ろう。あまり離れるのもマズいだろ」

「……ねぇ、アクア君」

「なんだ?」

「戻りたくないって言ったら、どうする?」

「はぁ? 何言って」

「このまま映画の撮影とか全部忘れてさ、二人で朝日が昇るまでずっとお話ししながらここに居ようよ……芥と綾音みたいに」

 

こんな暗闇だというのに、あかねの瞳は星のように輝いて見えた。

 

あかねは恐らく役に没入するあまりちょっとおかしな気持ちになってしまったんだろう。それだけこの映画に向けてコンディションを整えてくれてるのは素直に嬉しいし、俺だって出来る事ならこの誘いに乗りたいところだ。

 

しかし映画の撮影を放りだすわけにはいかない。

 

「役に入り込み過ぎだ。一旦冷静になれ」

「……ごめん。ちょっと頭冷やすね」

 

俺達はまた来た道を歩いて帰った。

 

さて、もうひと踏ん張り。クランクアップはもうすぐそこだ。

 

・・・

 

「ねぇ芥君、自分と全く同じ顔をした人間が世界には3人いるって知ってる?」

「どういう事?」

「世界には沢山の人がいるから、たまたま同じ顔に生まれる人が居てもおかしくないでしょ? 私と同じ顔の人もきっとあと2人くらいは居るはずだよ」

「じゃあ今度会った時お姉ちゃんかどうか分からなくなっちゃうよ」

「あはは、そうだね。じゃあ合言葉を決めておこうか」

 

秘密の合言葉を共有する二人。

 

次に会った時はその合言葉で確認しようと約束するのだった。

 

その後もしばらく楽しい会話が続いたが、やがて疲れたのか芥は眠ってしまった。つられるように綾音も眠気に襲われる。

 

 

 

 

 

 

「おい! 綾音! 起きろ! 大丈夫か!?」

「……ん? 芥君?」

「良かった……無事だったか」

 

綾音は芥の声で目を覚ました。

 

目の前で声を張り上げる芥は高校生だ。隣を見ると、子供の芥はもういない。

 

「芥君、私不思議な夢を見てたの」

「夢?」

「うん。過去にタイムスリップして、子供の頃の芥君と一緒に沢山お話ししたんだよ」

「おい、それって……」

「覚えてる? 合言葉」

「忘れるわけ無い」

 

芥が質問し、綾音が秘密の答えを返す。二人だけが知っている合言葉。

 

「ね、言ったでしょ。きっとまた会えるからって」

 

・・・

 

最後のシーンの撮影も終わり、無事クランクアップを迎えることが出来た。

 

夜中の山中でスタッフやキャストの拍手の音が響く。中心に居るのは俺だ。

 

「おい早熟。もう良いんじゃねぇか?」

「良いって、何がだ?」

「とぼけんじゃねぇよ。ほらあそこで待ってるだろ、お姉ちゃんがよ」

 

監督が指さす方向にはお姉ちゃんがおいでおいでと手招きしていた。

 

……もう良いんだよな? 撮影は終わり。必要な素材は全て撮りきって保存した。後は編集して1本の映画にするだけ。多少時間がかかっても大きな問題には……

 

俺は最後まで考えることなくお姉ちゃんの胸に飛び込んでいた。

 

「お疲れアクア。やっと撮影終わったね。一旦休もっか」

「お姉ちゃん……俺、頑張ったよな?」

「うん、すっごく頑張ってた。お姉ちゃん鼻が高いよ。本当に偉いと思う」

「やっと、やっとここまで出来た……」

 

スタッフやキャストに見守られながら、俺はお姉ちゃんの胸の中で泣いた。

 

それに文句を言う人はこの場には誰一人いない。この1か月の俺の頑張りを皆が認めてくれていたからだ。相当無理をしていたことも察していたことだろう。

 

家に帰るまではと思っていたんだけどな。

 

お姉ちゃんの姿を見たら無理だったよ。さすがお姉ちゃんだ。

 




並行して映画の内容をかいつまんで書いたら長くなってしまった
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