映画の撮影が完了。やっとアクアと一緒に我が家に帰れる。
帰りの車の中、アクアは私にくっ付いて離れなかった。
今まで余程無理をしていたのか、じっと私にくっ付いたまま動きも喋りもしない。つーちゃんでさえ空気を読んでアクアと私の間に割り込むようなことはせず大人しく様子を伺っていた。
ミヤコさんが運転する車の中、私たちはほとんど何も話すことなく。
「早くお風呂入ってゆっくり寝なさい。ルビー、アクアをよろしくね」
「うん。任せて」
私とアクアを事務所に下ろし、ミヤコさんはそのままつーちゃんを車でお家まで送っていった。
ひとつ屋根の下、お姉ちゃんと可愛い弟。何も起こらないはずがなく……と思ったけど何も起こらなかった。当たり前だよね。アクアは疲れてるんだから。
撮影中はギラギラ光ってた目がシュンとして、力が抜けたような感じになっちゃってる。
「お姉ちゃんが着替え用意しておくからお風呂入ってて」
「うん」
アクアがお風呂に入る。
「あ、お風呂あがった? じゃあお姉ちゃんの部屋で待ってて。先に寝てても良いから」
「うん」
私もお風呂に入る。部屋に戻るとベッドにもたれかかって座るアクアが居た。
「よっこらせ。寝ないで待っててくれたの?」
「うん」
「寝る時はお姉ちゃんと一緒が良いんだ?」
「うん」
すっごく素直。疲労が限界に達してまともに考えるのも億劫になってるみたいだ。
……今なら何を言っても受け入れてくれる可能性があるかも?
「映画出来たら一緒に見に行こうね」
「うん」
「明日はお昼まで一緒に寝て、午後は二人でデートして、夜は皆で美味しいごはん食べようね」
「うん」
「アクアはお姉ちゃんと結婚するんだよね」
「う……ちょっと待ってそれは違う。てか無理だろ」
「ダメだったか」
「俺で遊ぶな」
「ごめんごめん」
でもちょっと元気出たよね? お姉ちゃんお手柄だよね?
しんみりした空気の時は空気を読まずに話の腰を折るのも良いって先輩から学んだからね。これはアクアの為にやった事だ。決してワンチャン結婚の約束が出来るとかそういう事ではない。
全くそういう事ではない。
「じゃあもう寝よっか」
「だな」
布団に入るとすぐに眠りに落ちた。なんだかんだ私もかなり気を張ってたからね。慣れない現場にアクアニウム不足のダブルパンチは結構堪えたよ。
・・・
ピピピ えいっ
いつも通りの時間に設定したままの目覚まし時計が鳴った。爆速で消した。
アクアとのまったり二度寝タイムを邪魔するなんて、なんて悪いスマホなんだ。お姉ちゃんが成敗してくれる!
しかし隣のアクアがもぞもぞと動き出した。あちゃー起きちゃったか。
「んん? もう朝か」
「まだ寝てていいよ。今日はお姉ちゃんとゆっくりしようね」
「別に俺は……」
「お姉ちゃんのお願い。もう少しここに居よう?」
「……お姉ちゃんが言うならまぁ」
よし、アクアをお布団にとどまらせることに成功したぞ。
今日は可愛い弟と一緒に惰眠をむさぼるんだぁ。
結局起きたのは11時。目覚ましが鳴ってから二度寝したりアクアのほっぺをつんつんしたり、アクアにぎゅーって抱き着かれたり、そのアクアを私がなでなでしてあげたりと、最高の時間を過ごせたよ。
アクアもすっかり元気になった。
ブランチを食べて、ちょっとリビングでゆっくりして、午後はデート。渋谷の街をあてもなくぶらぶらと歩く。もちろん変装はするけどね。
まずやって来たのは某有名なお洋服のお店*1。渋谷の中でもかなり大きな店舗で、若者向けの洋服は大体ここを見れば揃うと言われるほどの有名店だ。
広い売り場に無数の洋服が並べられている。
楽しいショッピングのはじまりだ。
「この服アクアに似合うんじゃない?」
「いやこっちの方が良い」
「それじゃこれは?」
「違う」
「うーん、アクアのファッションセンスが分からない……」
久しぶりに二人でお洋服選び。
私たちは割とモデル体型だから実物を見なくても洋服選びで失敗することはほとんどなくて、通販で済ませることも多い。でもやっぱり実際に手に取って見てみたいものもあるよね。
「おっこのコート良いな。ペアルックとかどうだ?」
「アクアからペアルックの提案……! これは乗るしかない! 店員さんコレお買い上げー!」
こういう偶然も実店舗ならではだ。
しかし良く見つけたなーこんな可愛い服。映画製作を通じてアクアの美的センスにより磨きがかかっているのかもしれない。
速攻で試着してそのまま羽織っちゃう。新調したお揃いのコートでデート続行だ。
これは気分が上がるね。
お次はコーヒーとスイーツだ。カフェで一休みしよう。
「アクア、なんかいいお店紹介して」
「お姉ちゃんの方が詳しいんじゃないか?」
「新しいお店開拓したいの。先輩とデートする時の候補にするから」
「へぇ……」
おっとこれは失敗。アクアと一緒に居る時に他の女の事を考えてしまうなんて。
アクアの顔が少し曇ってしまった。
先輩に嫉妬するアクアも可愛いけど、今はそんなこと考えてる場合じゃない。機嫌を直してもらわないと。どうすれば良いかなぁ……。
うん、分からん。
「手つなごうか?」
「何でそうなる」
「良いじゃん。お姉ちゃんのおすすめのお店案内するよ? ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「はい決定。行くよ!」
やっぱりいつも通りでいいや。私はあれこれ考えて策を練るより真っ直ぐ人の心を動かす方が性に合ってる。こうやって手を引いて、お姉ちゃんらしさ全開の私を見せてアクアに認めなおしてもらうだけで良い。
振り返れば……ほら、やっぱり嬉しそうなアクアの顔。
ストレートな愛情表現って大事だよね。
「どんどん行くよ!」
「張り切り過ぎだってお姉ちゃん。休憩しに行くんだろ?」
「楽しいから良いの!」
「はいはい」
アクアの手を引いて速足で歩くこと数分。
目的のお店に到着した。先輩と渋谷を歩き回って見つけたお店で、雰囲気も味も良いのに人が少ない穴場スポットだ。
「到着。ここが前に先輩と……ゲフンゲフン、アクアと来ようと思ってた良い感じのカフェです」
「有馬と来たんだな」
「ごめんって」
「別に謝る事じゃない。別に少しも気にしてないし」
「とりあえず入ろう!」
二度目の失言。もう取り繕うのも諦めた。
とりあえずコーヒーを一口飲んでホッと一息。遅れてやってくるパンケーキで糖分を補充し、元気いっぱいになった。
「ねぇアクア、映画は上手く撮影できたと思う?」
「全然ダメだ。理想には程遠い」
「えっ? あんなに頑張ってたのに?」
「いやまぁ今できる限りの事はやった。予算も期間も短い割に上手くやれた方だとは思うよ」
「へぇ」
「その顔は分かってないな?」
「わかってるし。完璧に理解してるし」
「別に分かってないのが悪いって言ってるわけじゃないんだけどな」
「分かってるから」
「はいはい」
ぬうぅ。やっぱり映画の話にはついていけない……。早く上映してくれないかな。見れば感想くらいは言えるんだけど。
こんな時先輩だったら脚本がどうとか演技がどうとかって色々話を膨らませていけるんだろうな。私にもそれが出来ればなぁ。アクアの苦労に寄り添って共感して、辛かったねって言ってあげられるのに。
あっ、でも先輩言ってた。
『アクアが一度でもそんな事頼んだかしら?』
『アクアはね、お姉ちゃんに褒めて欲しいのよ』
そうそう、確かこんな感じ。
お姉ちゃんとしてやるべきことは、アクアに役者として寄り添うんじゃなくてお姉ちゃんとして褒めてあげることなんだ。
「まぁ何にせよお疲れ様って事だよね。えらいえらい」
「……ああ、ありがとうな」
ふっとアクアの表情が柔らかくなった。やっぱりこれが正解なんだな。
「2500円になります」
「支払いSuicaで」
「アクア分かってるぅ」
スマートにお支払いしてカフェを後にした。
お忍びデートはこれにてお終い。早めに家に帰った私達なのでした。
・・・
我が家のリビングでは今、サインはBが流れている。
テレビには私たちがデビューした時の映像。JIFで行った初ライブのDVDだ。
そしてサイリウム代わりにリモコンを掲げたアクアがノリノリでそのライブDVDを視聴している。その隣には私。手にはサイリウム代わりの油性ペン。
「やっぱりお姉ちゃんが一番ダンス上手いな」
「でしょー。でも先輩も最近上手くなってきて凄いんだよねー」
「確かに。最近の有馬はなんか色々ヤバいよな。演技は勿論トップレベルに上手いんだけどそれだけじゃない。歌も踊りもトークもプロ級だ」
「そして最高に可愛い。まぁ負けてあげる気は無いけどね」
「MEMちょのダンスも流石だよなぁ。あざとい」
「こういう動きさせたらMEMちょの右に出る人は居ないね」
流石に大声を出してコールするわけにはいかないので、代わりにアイドル談議に花を咲かせる。
何でもない、星野姉弟の休日のひと時だ。
ミヤコさんと壱護さんがやや呆れ気味に見ているけど気にしない。おんなじDVDを既に100回くらいは見てるけど関係ない。私はアイドルが大好きで、アクアはお姉ちゃんが大好きなんだから。
でも今日はちょっとした事件があった。
やらかしたのは、壱護さん。
「お前らよく飽きずにB小町のDVDばかり見れるよなぁ。他のアイドルの奴とかは見ねぇのか? 勉強になるかもしれんぞ」
「スマホで見てるよ? 有名なのは大体マスターしてる」
「お姉ちゃんが居ないアイドルグループには興味ないかな」
「お、おう。流石だな……。そういやお前ら、
とんでもない爆弾発言が飛び出した。
それはアクアのトラウマなんだよ。言っちゃ駄目。
「……壱護!」
「あ? どうした?」
「ちょっと壱護こっち来なさい。……ルビー、アクア、気にしないでね。悪気は無いから」
ミヤコさんがいち早く気づいて壱護さんを制止、そのまま別の階へと連れて行った。
気になるのはアクアの心境だ。昔の事を思い出して具合が悪くならなければいいけど……。ママが殺されてしまったのがドーム当日だったせいか、ライブの映像がママの死と強くリンクしてるみたいなんだよね。
壱護さんは知らなくても仕方がないことだけど。
「アクア? 気にすること無いからね? お姉ちゃんと一緒にぴえヨンちゃんねるでも見よ?」
「……」
返事が来ない。何か考え込んでるみたいだ。
でもそれは悪い意味ではなさそうだった。顔色は悪くないし震えたり汗をかいたりもしてない。何より表情が、目線がしっかりしている。
少しして、アクアは言った。
「母さんのライブDVD、見てみようか」
「……良いの? 前に見た時は、アクアが、その、発作が起きて……」
「それってもう3年くらい前の話だろ? 今なら見れる気がするんだ。役者としてデビューして、映画も作って、タレントとして頑張ってるって胸を張って言える今なら」
「そういうならお姉ちゃんは反対しないけど……でもちょっと心配」
「一生引きずったままってわけにもいかないし、いずれは乗り越えたいと思ってたんだ。俺はもう一度母さんの笑顔を見て幸せになりたい」
ここまで言われたら止めるのも悪いと思った私は、ママのDVDを部屋から持ってきた。
まずはパッケージを見せて様子を伺う。
「ほら、これアクアが一番好きだったライブDVD。大丈夫?」
「……うん、何ともない。ちょっと思う所はあるけど」
「じゃあ再生するね?」
「頼む」
テレビにママの映像が映る。声が聞こえる。
アクアの様子は……
「母さん……今度はちゃんと見れたな」
すっごく嬉しそうにテレビ画面を見つめていた。
やっと、やっとアクアは乗り越えたんだ。あの日から13年という長い時間をかけて心を癒して、ようやくママのライブ映像と向き合えるようになったんだ。
お姉ちゃん泣きそう。というかもう泣いてる。
「なんだよ、うれし泣きか?」
「しょうがないでしょ。嬉しいんだから。はいこれサイリウム」
リモコンを手渡す。ママのMCはもうすぐ終わって最初の曲が始まる。応援するならやっぱりサイリウムは必須だよね。
赤ちゃんの頃もミヤコさんが寝ている間にこっそりDVD流してオタ芸をしてたっけ。
「アクア、行けるよね? 忘れたなんて言わせないよ」
「当たり前だ。俺は世界一の母さんのファンだからな」
「ふん、世界一は私でしょ」
こんなやり取りも懐かしいなぁ。昔に戻ったみたいだ。
そこからはもう一心不乱。ママの世界一可愛い笑顔と歌声を満喫しながら思いっきり声を上げて応援して、ミヤコさんに近所迷惑だって怒られて。
でもミヤコさんはそんなアクアの様子を見てやっぱり泣いてた。
壱護さんは3日くらい家に帰ってこなかった。