時は少し遡り、映画の編集作業が始まって少し経ったある日の事。
私と先輩は事務所から五反田スタジオへと向かうMEMちょを見送る。約2か月かかるという編集作業にMEMちょが駆り出されているからだ。
「じゃあ私は吉住君の所に行ってくるよぉ」
「はーい。行ってらっしゃーい」
パタンと扉が閉まる。
よしMEMちょが居なくなった。ちょっと気になる事があるんだよね。先輩に聞いてみよう。
「ねぇ先輩。最近のMEMちょ、ちょっと楽しそうだよね」
「そうね。初日はあんな楽しそうに五反田スタジオに向かってなかったわ」
「しかも五反田スタジオに行く、じゃなくて吉住君の所に行くって言ってた」
「作業で同じチームとはいえ、ちょっと気になる言い方よねぇ」
「やっぱりMEMちょってさ……」
「ええ、そうね。吉住さんの事が……」
好きなんだろうなぁ。
思えば吉住さんに会う前から似た境遇のお兄ちゃんとして気になってたみたいだし。
出会いもかなり衝撃的だった。初対面でいきなり手を握って引っ張って自宅に乗り込んで、ミミちゃんを叱って、転職の相談に乗ってあげて。
これは間違いない。MEMちょは吉住さんの事が好き。少なくともめっちゃ仲良しって事だ。
「MEMちょももう26歳だものね。初恋どころか結婚を考える年齢よ。吉住さんは悪い人じゃないし良いことなんじゃないかしら?」
「そうだね。吉住さんなら私も安心してMEMちょを任せられるよ」
「何目線よそれ」
「妹?」
「絶対違う」
私達がMEMちょの異変に気付いたのが大体2週間が経った頃だった。
それからさらに2週間経ち、編集作業を始めてから1か月が経った頃。
「じゃあ私はシュン君の所に行ってくるよぉ」
「行ってらっしゃーい」
パタン
「先輩、今の聞いた?」
「ええ当然」
「シュン君だって」
「シュン君って言ったわね」
「日に日にテンションが上がっていくよね」
「上がってるわね」
「これはもう……恋?」
「いや、まだ仲のいい友達って可能性もある……かしら? 仕事の話で意気投合してるかも知れないし」
「まだ確定じゃないって感じかな」
「そういう事にしておきましょ。まぁ8割デキてると思うけどね」
このころにはもう私達の間でもほとんどデキてるという結論になってた。
だってシュン君って言ってたし、あんなに楽しそうに出かける姿を見ちゃったらね。
編集作業を始めてから1ヶ月半。
事務所で先輩とソファーでイチャイチャしてたらMEMちょと吉住さんがその日の作業を終えて五反田スタジオから帰って来た。直帰じゃなくてわざわざ寄るってことは何か用事があるのかな?
結構遅い時間だけど。
事務所に入るなりミヤコさんの方へ歩くMEMちょ。私と先輩はなんとなくそれを事務所のソファーから眺めていた。
「ただいまぁ。あ、社長、ちょっと今良いですか?」
「何かしら?」
「ご報告がありまして」
おやおや? 私達を差し置いてミヤコさんにご報告? 吉住さんと一緒に?
何かを予感する私と先輩。MEMちょに聞こえない声でひそひそ話だ。
「お付き合いの報告かしらね」
「だね。二人ともなんか雰囲気が変わってる」
「なんというか初々しいわね。私が言うのもなんだけど」
そしてMEMちょから語られたのは、やっぱり。
「報告? 急に改まって、一体何なの?」
「えっと、単刀直入に申しまして、彼氏が出来ました」
うん、知ってた。
でもミヤコさんは予想してなかったみたいで、目を白黒させている。まぁ確かにMEMちょは仕事一筋でそいう話とは無縁そうだもんね。
ユーチューバーとしての本能か、私生活でも何かネタが無いかいつも目を光らせてて、プライベートらしいプライベートの時間が全くと言って良いほどない。アイドルとしても真面目というか潔癖で、カメラの前では男の人と絶対にくっ付いたりしない。
そんなMEMちょに彼氏が出来たとなれば驚くのも当然だ。
そもそも男と出会うきっかけがないからね。さすがのミヤコさんも想定外だったっぽい。
「で、相手はどんな人なの?」
「僕です」
「なるほど……」
相手は吉住さんと知り、納得するミヤコさん。
同時に胸を撫でおろす。やっぱり身内が相手だと安心するんだろうな。
「驚いたけど、まぁ吉住君なら大丈夫でしょう。むしろフリーよりも監督する立場としては安心できる位よ」
「そうなんですかぁ?」
「ええ、彼氏が居るって言ってくれるなら少なくとも嘘は吐いてないって確信できるでしょう? 居ない居ないと言って裏でこそこそやられるのが一番困るのよ。そういう意味では報告してくれて嬉しいわ」
「いやぁ、まぁ隠すのも無理かなって」
MEMちょがこっちを見た。
笑顔を返す。分かってたよーってアイコンタクト。
「ルビーちゃんとかなちゃんは多分感づいてましたから」
「そうだったの。まぁあなた達ならそうなるのもうなずけるわね」
「じゃあそういう事なんで、私はもう帰ります」
「あ、メムさんちょっと待って。吉住君も。それからルビーに有馬さんも聞いてちょうだい、良い機会だから」
そういうとミヤコさんは立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ。そして私達をその正面に座らせた。何やらお勉強でも始まりそうな雰囲気だ。
ホワイトボードに次々と有難い教えを書き込んでいくミヤコさん。
一通り書き終えると振り返り、説明が始まった。
「いい? これからメムさんはアイドルとして男との交際を上手く隠しながら生活しなきゃけなくなる。そしてルビーや有馬さんもいずれはそういう事があるかもしれない。この機会に私から週刊誌に取られないコツとか色々説明しておくわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ行くわよ」
ミヤコさんの授業が始まった。
「まず一番大事な事は記者に狙われないことよ。そしてそのためには口が堅い人と付き合うこと。記者のターゲットになるのは大体身内からのリークなの。知り合いから情報が漏れるのが圧倒的に多いのよ」
「ええー、嫌な話だね」
「よくある話よ。大人数のグルーブには大抵週刊誌の記者とつながりのあるメンバーが居るものだしね」
「え?」
顔を見合わせるB小町の3人。先輩、MEMちょ、そんなことないよね?
「いや……あなたたちがそうだと言ってるんじゃなくてね。あくまで一般論よ」
「なんだー良かった」
「あとは、付き合ったら同じマンションに住むって言うのも定番ね」
「うーん、僕実家暮らしだしミミを置いて出てくるわけにもいかないかな……」
「社長、それは却下で」
「はいはい。でもメムさんが引っ越すって言うのはアリかも知れないわよ。記者はマンションの敷地内には入れないからセキュリティの厳しい大きなマンションに引っ越すのはアリね」
「なるほどぉ。最近はお金も余裕あるし引っ越すのもアリかぁ」
MEMちょが先輩の顔をじっと見つめる。そうだね、大きくてセキュリティが厳しくて記者が入りにくそうなマンションには心当たりがある。前にルームツアーを撮ったときに見た先輩の家だ。
「かなちゃんの住んでるマンションが良いかもねぇ。一人暮らしには広すぎるけど撮影用に部屋を一つか二つ丸ごと使えると考えるとユーチューバー的にも美味しいかも」
「広いから結婚したら一緒に住めるね!」
「ル、ルビーちゃん! ちょっと気が早いってぇ!」
恥ずかしがるMEMちょってなんか良いよね。いつも頼れるお姉ちゃんだからこういう姿は新鮮だ。もっと見せてくれても良いよ?
「皆落ち着いて。まだ話は終わってないわよ。どこに住むかはメムさんに任せるけど、家に二人で帰るときはマンションに入るタイミングをずらしなさい。それだけでツーショットの写真が撮れなくなるわ。これだけは徹底して頂戴ね」
「分かりました」
「了解です社長」
その後もミヤコさんからの講義は続いた。情報量が多すぎて私は途中で脱落しちゃったけどね。まぁその時が来たらまたミヤコさんに聞けばいいか。
・・・
今日のB小町chは豪華メンバーだ。
B小町の3人に加えてアクアとつーちゃんがゲストだからね!
え? そんなに豪華じゃない? ぴえヨンの方が凄いって? そんなことは無い。私にとっては可愛い弟とお気に入りの妹が同時に来てくれてるんだから最高だよ。つまり私にとっての豪華メンバーって事。
どうしてこのメンバーなのかというと、ちゃんと理由がある。
「今回のゲストはルビーちゃんの双子の弟、アクたんこと星野アクア君です!」
「こんにちは。
「わーお、映画監督だってぇ。凄いねぇ。映画作ってるの?」
「ああ。つい最近完成したばかりの映画があって、これから公開されるんだ。『きっとまた会えるから』という映画なんだけど……」
そう、映画のプロモーションだ。
折角映画を作ったのだから多くの人に見てもらいたい。それに大きな額の借金もしてるから、興行収入を得てお金を返さなきゃいけない。そのためには宣伝が必要って事だ。
アクアから見て一番宣伝を放り込みやすいのはやっぱりB小町chになるだろう。
「アクたんが主演で、メインヒロインは今ガチで私やアクたんと共演した黒川あかねちゃんなんだぁ。で、かなちゃんも友人役で出てて、ツクヨミちゃんは主人公の子供の頃の役をやってるんだよね!」
「ええ。私も出演してるわ。是非私の活躍も見て頂戴ね」
「私も一応主人公役として出てるから、刮目してみるといいさ。アクア監督のおかげで良い演技ができたと自負しているよ。是非劇場に足を運んでほしい」
「ルビーちゃんは撮影時のスタッフとしてツクヨミちゃんのお守を担当、そして私は映画の編集作業を受け持ちました! 私らB小町全員が何かしらの形で関わってるよぉ!」
改めて身内を使い倒してるなぁって思ったよね。
吉住さんは企画の段階からずっと関わってるし、アクアに聞いた話ではミミちゃんにナレーションの撮影を手伝ってもらったらしい。
正に苺プロ総出。会社全体でアクアの映画製作をバックアップしてる。
「そういうわけだから私達からもお願い! 皆劇場にアクたんの映画を見に来てね! それじゃあばいばーい!」
「「ばいばーい」」
撮影終了。映画の紹介だけで動画まるまる1本とは贅沢な。宣伝というか乗っ取りに近かったね。
「ありがとな。俺の映画の為にここまでしてもらって」
「全然良いよぉ。かなちゃんも出てる訳だしB小町としてもプッシュするのは当然。それに苺プロからもかなりの額出資してるんでしょ? 成功してもらわなきゃ困るよぉ」
「それもそうだな」
これはアクアが映画を作って満足して終わる話じゃない。映画は見られてこそ意味があるもの。そして商業映画でもあるからお金も大事。むしろここからが本番って感じ。
要するにヒットして欲しいって事だ。
映画の公開を控えたアクアの心境は一体どんなだろう。今は作りきった達成感で一杯だろうけど、もし売れなかったらという心配や恐怖もあるかもしれない。
私も宮崎で気合の入ったPVを撮ったからなんとなくその気持ちは分かる。
「ねぇアクア。この映画ヒットすると思う?」
「さぁな。俺は良い映画が撮れたと思ってるけどこればっかりは分からないだろ」
「あれ、意外と淡白なんだね。もっと不安になってるかと思ってたけど」
「いやそのあたりは監督の映画が中々ヒットしないのを何度も見て来てるからな。通な人間には評価されて賞とかは取るんだけど、商業的に大ヒットしてるかというとそうでもないことが多いんだ。予算が少ないから黒字にはなってるけど」
「そういうものなんだ」
まぁアクアが不安がってなければお姉ちゃん的には文句はないけどね。
アクアが魂を込めて作った映画、やっぱりお姉ちゃん的には絶対にヒットして欲しい。日本の歴代興行収入で一位を取って、アカデミー賞的な奴で監督賞と主演男優賞を取って、日本一の映画監督兼俳優になって……
そういう夢を見たっていいじゃん?
映画に詳しくない私はそれがどれほど凄いのか良く分からないけど、とにかくアクアがあんなに頑張ったんだから皆見ろ! って思わずにはいられないんだ。
アクアの映画がヒットしますように。