「つーちゃん、準備出来た? お菓子隠してないね?」
「大丈夫。今日はかばんも持ってないから」
「はい、じゃあ車乗って。MEMちょ達が後ろの席だからその後ね。アクアも良い?」
「はいよ」
「MEMちょ、お先にどうぞ」
「ありがと、シュン君♡」
「えーと、お隣失礼するわね」
「かなちゃん気を使わなくていいよぉ」
「いや、このラブラブな二人と同じ列はちょっと気まずいわね……」
「早く乗りなさいな」
斎藤家の車に続々と乗り込んでいく子供とタレント達。ついこの前まで私とルビーとアクアの3人で慎ましく暮らしていたと思うのだけど、いつからうちはこんな大所帯になったのかしら?
8人乗りの車が満席になるなんて。
「あー、まぁなんだ。これもミヤコの人徳がなせる業だと思うぞ。慕われてる証拠だ」
「壱護は黙って運転しなさい」
「へいへい」
私と壱護、ルビー、アクアの4人、そして追加で苺プロ所属のタレントとスタッフが4人。
雰囲気はこれから旅行か何かに出かける大家族と言ったところ。パッと見は家主の夫婦に4人の子供、長女の旦那、そして孫に見えなくもない。サザエさんのあの家族と同じ人数と言えばその賑やかさが想像できるだろうか。
しかも長男と孫の性別を入れ替えたらまったく同じ家族構成になる*1。
「いやー大家族だね!」
「家族ではないわよ……B小町が姉妹なのはあくまで設定。真に受けないの」
とはいうものの、この子達の関係性は正しく家族だ。特に有馬さんは実の親との関係が良くないこともありうちに泊まることも多く、半分くらい斎藤家の人間として暮らしている。
えっと、3人目の養子をとった覚えは無いんだけど……?
まぁ冗談はこれくらいにして。
今から私たち苺プロ一家が行くのは楽しみにしていた家族旅行……ではなく映画の試写会だ。アクアと五反田さんが作った映画の最初の試写会が今日開催される。
キャストやスタッフ、出資者等、映画製作の直接の関係者あるいはマスコミでないと出席できない試写会なのだが、なんとここに集まった8人全てが映画に出演、編集、出資などで貢献している。お留守番の憂き目に遭う人間は一人も居ないのだ。
皆の力で作り上げた映画と言って良いかもね。最初に見れるのはそのご褒美という事で。
というわけで出発。満員の車が走り出す。
・・・
会場に到着。
映画館の大きなホールではなく、4,50人程度が入れる広さの部屋にスクリーンとスピーカーを設置した仮設のシアターだ。椅子が所狭しと並んでおり、既に3分の1ほどは埋まっている。
「アクアと有馬さんとツクヨミちゃんは上映の前に少し記者からのインタビューがあるわ。その3人はとりあえず五反田さんに合流しなさい。それ以外のメンバーは上映まで座って待ってましょう」
「分かった。行くぞ有馬、ツクヨミ」
役者の3人が監督の下へと向かう。
残された私達は苺プロ専用のスペースへ案内された。
この映画で最も大きな額を出資したのが苺プロなので、扱いが他の関係者とは違うのだ。
五反田さんがプロデューサーとして全権を持っており実質的な監督はアクア。さらにキャストの大半はアクアの知り合いもしくはララライの団員。スタッフもほとんどアクアと五反田さんの知り合い。
試写会というより身内のパーティーに近い雰囲気だ。
前にアイさんがアクアのバーターで出た時の映画もこんな雰囲気だったかしら。あの映画は超低予算で今よりもっと人が少なく、監督の知り合いの割合が多かった。
最前列で居心地悪そうに座ってる人が何人か。あれはマスコミの方達ね。
「わぁ、アクアのスーツ姿カッコイイね。監督もいつもと違ってひげ剃って清潔感があって良い感じ」
「流石に緊張してるみたいね」
「アクたんがどんどん遠い存在になっていくねぇ」
「でもそれが嬉しいんでしょ? MEMちょ」
「まぁねぇ。アクたんも今となっては弟みたいなもんだと思ってるから、お姉ちゃん誇らしいや」
見ている側は気楽なものだ。ルビーやMEMちょなんかは授業参観に来た親のような目でアクアを眺めている。一応仕事だからもう少し緊張感があっても良いと思うわよ?
ほどなくして、インタビューが始まった。
「アクアさんは五反田監督のお弟子さんだそうですね。今回の映画でアクアさんが実質的な監督を務めるというのは五反田監督の発案なのでしょうか?」
「ああ。俺が早熟……アクアの事だが、こいつに好きに映画を作らせてみたらどうなるかと興味が湧いてな。ほんの子供の頃からずっと面倒見てて、こいつの映画作りのセンスや情熱は良く分かってたから、いずれこういう事をやるつもりだった」
「アクアさんにお聞きします。ズバリ今回の映画、ご自身では何点を付けますか?」
「難しい質問ですね……。企画の段階で思い描いていた理想の映画を100点とするなら、50点と言った所です。あまり言い訳はしたくありませんが、どうしても今の自分では経験が足りない部分が多く、思うように制作できなかった部分が多々ありますので」
「そうですか。えーっと、先ほどから随分と後ろの席の方が気になっているようですが……?」
「あ、いや、何でもありません。続けてください」
受け答えは見ていて安心できるけど、やっぱりルビーが会場に居るとちらちら視線が向いてしまうわね。ルビーはルビーでアクアの目線を欲しがって手を振ってるし。
しかし止めはしない。あえてこの様子を記者にも見せつける。
「なるほど、あそこにいるのはお姉さんの星野ルビーさんですか! やっぱり仲が良いんですね。ルビーさんに一言いただけますでしょうか?」
「はい。……ゴホン。お姉ちゃん、映画製作の手伝いありがとう。助かったよ。……こんな感じで良いでしょうか?」
「ええ。ありがとうございます」
ちょっと照れくさそうにルビーに感謝を伝えるアクア。記者は狙い通りにこの瞬間の写真と映像を手に入れ、記事に載せるだろう。
B小町がアイドル姉妹なら、アクアは姉弟タレントで売り出す。アクアは不本意かもしれないが既に世間はそう認知しているからだ。事実なのだし、これで上手く行くなら利用しない手はない。
隣のルビーに小声でアドバイス。
「ルビー、もう少しアクアの素の表情を引き出してあげた方が良いんじゃないかしら?」
「そうなの?」
「ええ。記者も喜ぶと思うわよ」
「分かった」
アクアごめん。先に謝っておくわ、心の中で。
ルビーが立ち上がる。すると当然視線が集まってくる。前方に固まって座る記者たちもその様子に気付いたようで、視線とカメラをルビーにも向け始めた。
さあ、ルビーはどう出るかしら?
絶対に碌なことは言わないけど、絶対に二人の好感度は上がるだろうという謎の信頼感がある。かつてのアイさんを思い起こさせるカリスマ。
「どういたしましてー! アクアよく頑張ったね! 帰ったら一杯よしよししてあげるからねー!」
「……」
アクア、固まる。
「アクアさん、無視ですか? 何かお返事してあげた方が……」
「もー照れちゃって! そんなアクアも可愛いよ! じゃあ私はこれで」スン
これで。
何事もなかったかのようにルビーはスッと椅子に座る。あれだけ注目を集めておいて、中々に恥ずかしいというか明け透けな兄弟の会話をした直後にこの落ち着きっぷり。
本当に何も思ってない、ただの日常会話のつもりなのね。
さてアクアの反応は……ああ、顔を伏せちゃってる。座っている記者のカメラには丁度いい感じに表情が写ってることでしょうね。
その後は大きなトラブルもなくインタビューは終了。キャスト陣が撤収を始める。
アクアは席に戻るなり、小声でルビーに文句をぶつけ始めた。
「お姉ちゃん! 恥ずかしいって!」
「嫌だった?」
「嫌じゃないけどさぁ。人前ではカッコつけさせてほしいんだけど」
「カッコよかったじゃん。監督ってだけでも十分すぎるしちゃんと受け答えも出来てたし凄いよ! 感動しちゃった」
「そ、そうか……? なら良いけど」
怒りはすぐに収まった模様。
まぁいつも通りだ。ルビーに対してアクアが本気でキレたことなんて今まで一度もない。大抵ルビーの底抜けの愛情に毒気を抜かれて怒る気を無くしてしまうのだ。
そしてなでなでされて機嫌を直して一件落着と。
「ね、良いでしょ? ほらよしよし」
「まぁ良いか。良い宣伝にはなっただろうし」
ほらこの通り。
ちょっとした喧嘩と仲直りは日常茶飯事。この二人はお互いに不満を隠さずに素直にぶつけるからこそ喧嘩も少なくない。
雑談しながら待っていると、部屋の照明が落とされた。
真っ暗な部屋の中、正面にスクリーンが浮かび上がってくる。
「お、始まるみたいだな」
「だね。楽しみだなぁ。どんな映画になったんだろ」
「見てのお楽しみだ」
私も楽しみだわ。アクアの映画、一体どんな仕上がりになってるのかしら。
社長としては半端な完成度では困ってしまう。大金を出資している以上、そこはシビアに見て行く必要がある。また一人の親としても、映画を通じてアクアが何を表現してくれるのか非常に気になるところ。
きっちり見届けないとね。愛する息子の渾身の作品を。
上映が始まった。
映画の内容は全カットで。