この世から残業が無くなれば良いのに。
斎藤夫妻の夢
「アクア、お誕生日と映画公開おめでとー!」
「お姉ちゃんも誕生日おめでとうな」
今日は俺とお姉ちゃんの18歳の誕生日。そして俺の映画が一般公開される日でもある。
という事で現在、苺プロの事務所では盛大にお誕生日パーティーをしている最中だ。有馬、MEMちょ、ツクヨミ、吉住兄妹がお祝いに駆けつけてくれた。
「いやーアクアもついに成人なんだね! 大きくなったなぁ」
「お姉ちゃんだって同い年だろ、双子なんだから。いつまでも俺を子供扱いするなよ」
「言われてみれば確かにそうかも」
確かにって、このやり取りほぼ毎年やってる気がするんだけど。いつになったらこのお姉ちゃんは俺と同い年だという事に気が付くんだろう。
そんなに俺って子供っぽいか?
「アクアが子供っぽいからそういわれるのよ。悔しかったら姉離れして見なさい」
「有馬、ブーメランって言葉知ってるか?」
子供はどっちだ。雰囲気だけなら有馬の方が年下だ。
有馬も今年19歳になる。そしてMEMちょは既に27歳だ。
何と言うか、時の流れは残酷だな。まだまだアイドルとして通用する容姿のMEMちょだが、いつ曲がり角がやってきてもおかしくない年齢になって来た。
ケーキも小さな一切れしか食べていないようだ。体重も落ちにくいんだろう。
「MEMちょ、最近肌の調子が……」
「マジで!? どの辺!? ルビーちゃんちょっと後で教えて!」
「あ、うん。後でね」
MEMちょが手鏡で念入りに肌の様子をチェックする。この光景も最近は見慣れたものだ。横でシュンさんがMEMちょを慰めているのもいつもの光景。
B小町のメンバー的にMEMちょが抜けるとキツイのでもう数年は頑張って欲しいところだ。
MEMちょの年齢詐称技術とミヤコさんのアンチエイジングの知識を合わせて、出来れば30過ぎくらいまで現役を続けてもらいたいと壱護さんから言われている。MEMちょとしても長くアイドルを続けたい意思があるのでこうして年に抗っているわけだ。
そしていつかは新メンバー、ツクヨミにバトンタッチ。というのが今後のB小町の大雑把なプランとなっている。
「つーちゃんも大きくなったねー。もうお姉ちゃんのお膝には乗れないかな?」
「私もいつまでも子供じゃないって事さ。早く大きくなってお姉ちゃん達の後を継げるようにならないと」
「うんうん。楽しみだね! 早く一緒にステージに立ちたい!」
ツクヨミはまだ8歳。アイと同じく12歳になったらB小町に加入するという事で話がまとまっている。それまでは歌とダンスのレッスンをしつつ、子役の仕事を徐々に減らす……と言うよりも年齢的な問題で減っていく予定だ。
その時MEMちょは30歳。頼むぞマジで。
「いやぁ、あと少なくとも3年くらいは若さを維持しなきゃいけないってことだねぇ。出来ればツクヨミちゃんと同じステージに立ちたいけど、さすがに厳しいかなぁ」
「卒業ライブとデビューライブを同じにするとかはアリかもね」
「私としてもMEMちょお姉ちゃんと同じステージには立ちたいと思ってるよ。1度と言わず何度でもね」
B小町の現状と展望はこんな感じ。
俺はケーキを頬張りながら、わちゃわちゃと仲良くアイドル談議に花を咲かせるお姉ちゃん達を眺める。彼女達はこれからどんどん高みへと昇っていくだろう。悲願のドーム公演だって手が届くかも知れない。
やっぱりお姉ちゃんは凄いってことだな。
一方俺の方はというと、まさに今日が映画の公開日だ。監督が気を利かせて俺の誕生日プレゼントだとか言ってこの日にしてくれた。
映画の内容を考えれば夏休み真っ盛りの7~8月がベストなのだろうが、まぁ6月でも問題ない内容ではある。そもそもそこまで季節を意識した作品でもないしな。オールシーズン楽しめるようになっている。
映画製作の他にはドラマ、映画、ファッション雑誌、バラエティ番組など、鏑木さんのおかげで様々な仕事をさせてもらっている。
最近は役者としての仕事をくれと言ったら本当にその通りの仕事を斡旋してくれたりと、かなり鏑木さんに認められてきたような実感がある。例のバラエティ番組だけは今でもレギュラー出演しているけどな。
まぁそんなこんなでタレントとして順調に名が売れてきているという訳だ。
B小町もアイドルとしては中堅どころかトップクラスの人気を誇っているし、苺プロもただの弱小事務所とは言えないレベルの規模になりつつある。
2年前からは考えられない程の大躍進だ。
「がははっ酒がうめぇな!」
「壱護、ほどほどにしときなさいよ?」
「良いじゃねぇか、めでたい日なんだからよ。ルビーもアクアも元気に育ってタレントとしても順調に売れて来てる。こういう時はパーッと飲んでいい気分になりゃ良いんだよ。ほら、ミヤコも飲め飲め」
「じゃぁ少しだけ貰おうかしら」
壱護さんも上機嫌だし、ミヤコさんとの関係修復もかなり進んでいるように見える。お姉ちゃんが言うには壱護さんが失踪する前の関係とほとんど変わらないくらいまで仲直りできているとのこと。
会社としても家族としても上手く行っている。
ここに母さんが居れば、文句なしに最高だったんだけどな。
・・・
「事務所を移転します」
家族そろっての朝ごはんの最中、ミヤコさんが唐突に告げた。俺とお姉ちゃんはいきなりの報告に顔を見合わせる。
移転? なんで急に?
「あー、お前たちに黙って話を進めてたのは悪いと思ってるんだが、変に悩ませるのも違うと思ってな。最近はウチと契約するネットタレントも増えてきたし、B小町も勢いづいてる。そろそろデカい事務所を構えようかと思ってな」
「へー。ついに苺プロも弱小事務所じゃなくなるんだ」
「まぁそういう事だ。中堅と言うにはまだ小さいけどな」
どうやら急な話でも無かったらしく、壱護さんの中では事務所を移転する構想が前からあったようだ。粛々と事情の説明を終え、朝食の目玉焼きをまた口に運び始めた。
事務所というか住まいに関しては俺もお姉ちゃんも思う所がある。
母さんの事だ。
B小町はもうただの地下アイドルではない。メジャーなアイドルグループと真正面から戦えるほどの人気アイドルグループへと成長している。当然ファンも多く、その中にはどうしても危険な人間も混じっていることだろう。
こればかりはどうしようもない。人気になるという事はそういうリスクを伴う。
俺もお姉ちゃんも、その危険性を痛い程知っている。母親をストーカーに殺されているのだから。
またしてもお姉ちゃんと顔を見合わせる。考えることは同じらしい。
「セキュリティはしっかりしたところにしてくれよ。多少お金がかかってもそこは譲れないからな」
「ちゃんと防犯カメラがあって、警備員さんが居て、鍵がいっぱいついてて、えっと、えっと……」
「安心して。その辺はきちんと考えるから」
お姉ちゃんが暴走しそうになったところをミヤコさんが止めてくれた。
何でもない様子で会話は続く。しかしミヤコさんから語られる今後の予定が衝撃的だった。事務所の移転も合わせてかなり思い切った計画だったから。
「夏休みなんだけどね、B小町のライブツアーをやる予定なのよ」
「へぇ。そうなのか」
「北は北海道、南は鹿児島。日本全国を回る予定よ」
「凄いね! 全国ツアーなんだ!」
「ええ。しかも会場も大きなところを押さえてあるわ。今までの会場とは段違いよ」
「良かったなお姉ちゃん。デカい箱でライブできるってよ」
「楽しみ!」
「で、そのライブツアーのチケットの売れ行き次第で、
三度顔を合わせる俺とお姉ちゃん。
やはり同じことを考えているのだろう。自分の耳を疑うように俺の顔を覗き込んでいる。ドーム公演って言ったよな? 今、ミヤコさんは確かにドームって。
もうそんなところまで来ているのか。お姉ちゃん達は。
「ミヤコさん、今ドームって……」
「ええ、ドームよ。東京ドーム。心の準備だけはしておいて頂戴。まだ確定ではないけどね」
「まだデビューして2年だぞ? 来年でようやく3年。そんな短期間でドーム公演って、そんな事があり得るのか?」
「前例がないわけじゃないわ。女性アイドルグループで一番早い例だとデビューから1年11カ月という記録もあるくらいだしね*1」
「しかし地下アイドル出身で……」
母さんが居た頃のB小町もデビューから8年かかっている。それをお姉ちゃんは3年で達成しようと動き始めているというのか。
実力を疑うわけじゃないが、いくらお姉ちゃんでもちょっと無理な計画に思えてしまう。
そんな俺の心境を見透かすようにミヤコさんは言う。
「言いたいことは分かるわ。焦ってると思ってるんでしょう」
「いや、ミヤコさんと壱護さんの判断を信用してないわけじゃ……」
「良いのよ、普通に考えればこの段階でのドーム公演は無理があると思われても仕方がないし、出来るからと言ってすぐにやれば良いってものじゃない。普通なら効果的なタイミングを考えるべきところね。でも……」
ミヤコさんはそこで一度言葉を切った。
そして自分の中にある思いを今一度確認するように、大きく息を吸い込んだ。
「ドームをサイリウムで染め上げるのが私と壱護の夢だから」
……思えば、ミヤコさんが俺とお姉ちゃんに自分の気持ちをここまでさらけ出すのは初めてかも知れない。いつだって俺とお姉ちゃんの事を第一に考えて、自分の気持ちを押し殺して良き母親、強い社長を演じていた。
そんなミヤコさんがこんなに真っ直ぐ自分の夢を語るなんて。
18年間一緒に生きてきたが、こんなことは初めてだった。
戸惑う俺達に壱護さんがフォローに入る。
「驚いたか? お前らが生まれる前からの夢なんだよ。一度は直前で台無しになっちまったけどな、こうしてまた機会が巡って来た。焦る気持ちも分かってくれ」
「そうね。これをあなた達に打ち明けるのは初めてだから、ちょっとびっくりしたかしら」
ああ。驚いたとも。ミヤコさんがドームの舞台にこれほど強く焦がれていたなんて。毅然とした態度は崩さないが、心に秘めた思いの強さは十分に伝わっている。
事務所の移転にドーム公演に向けた準備。
この二人はもう見据えているんだ。B小町が、お姉ちゃんがドームに立つ瞬間を。サイリウムの光に染まったドームの景色を。
「お姉ちゃん」
「うん、私頑張るよ。絶対にドームの舞台に立つ。ママが叶えられなかった夢を私が叶えるんだ」
いずれとは思っていた。堅実にファンを増やして、知名度を上げて、会社を大きくすれば、いずれドームにも手が届くかもしれないと。
そんな呑気なことはもう言ってられない。来年だ。来年の夏にドーム公演を成功させる。
無謀なチャレンジだが、B小町なら出来るはずだ。
なんたって、俺の自慢のお姉ちゃんが居るんだからな。
いつの間にか結構な時間が経ってたので時系列を簡単に書きます。
重曹とあかねは既に高校卒業しています。いつの間に。
・1月
宮崎旅行
・2、3月
ルビー入院
壱護復帰
つーちゃんご乱心
映画製作始動
・7月
ルビーが深堀りリポーターに
・8月
夏コミで深掘れ炎上
吉住兄妹苺プロの加入
・翌2月
炎上から半年後
B小町がアイドル新星賞受賞
・6月
アクア、ルビー18歳
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