【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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おもちうにょーん

今日もツクヨミは苺プロの事務所に入りびたりながら、なんとなくスマホを弄っていた。

 

夏休みは速攻で宿題を終わらせ、横浜アリーナでB小町のライブを堪能した。ツクヨミの本音としては全国各地の会場を回りたかったのだが小学生の身ではさすがに叶わず歯がゆい思いをしたものだ。

 

ちょっとアクアに八つ当たりしたりもしたのだが、当のアクアは余裕綽々の様子。むしろツクヨミの方が悔しい思いをすることになってしまった。

 

そんなこんなで寂しい夏を過ごし、お姉ちゃんニウムが不足した状態で迎えた9月1日。

 

ツクヨミは下校のチャイムが鳴ると同時に学校を飛び出し、早速苺プロの事務所に足を延ばしたのだ。別にツクヨミが早く苺プロに到着したところでお姉ちゃんに早く会えるわけでもないのだが、そんなことはどうでも良かった。

 

単に我慢できなかっただけの事である。

 

「ミヤコさん、お姉ちゃんまだー?」

「もう少し待っててね。すぐ帰ってくると思うから」

 

集合時間より早く到着したツクヨミがルビーの帰りを待つ。これも苺プロの日常だ。

 

ミヤコに聞いてもはやくしろーと念じてもお姉ちゃんの帰りが早くなるわけではないので、今日もツクヨミはスマホを手におとなしく帰りを待つ。

 

暇つぶしにスマホの画面をスワイプすればニュースが次から次へと上に流れていく。芸能関係のネタを多く取り扱うこのサイトはツクヨミのお気に入りだった。B小町のネタをいち早く届けてくれるからだ。

 

お姉ちゃん達の活躍は欠かさず目を通さなければならない。関係者なので中身は大体知ってるけど、それでも記事は読みたくなるものだ。

 

今日もツクヨミはニュースのチェックを欠かさない。

 

「あれ? これはもしや」

 

ツクヨミの手が止まった。画面にはとある記事のタイトルが映し出されている。それはお目当てのB小町に関する記事ではない。いや、ある意味ではツクヨミのお目当ての記事ではあったのだが……。

 

あまりにも縁起の悪い見出しだった。

 

『片寄ゆら無期限活動休止!』

 

まさか、と思うと同時に手に汗がにじみ、呼吸が早くなる。

 

その内容はざっくりいえば、大きな仕事を終えて長期休暇を取っていた片寄ゆらが、休暇が終わっても連絡が取れない状態が続いているということだった。

 

文章は長々と綴られているが、書いてあるのはそれだけ。

 

引退したとか、雲隠れしたとか、()()()()()()()()()()。そういう肝心な部分は分からず、連絡が取れないとだけ記されている。

 

希代の大女優、片寄ゆら。

 

あの頭のイカレた殺人鬼の興味は、片寄ゆらに向いていたはずだ。その片寄ゆらが無期限休止となれば、ツクヨミとしては彼の関与を疑わざるを得ない。

 

ついに彼は目的を果たしたのだろうか?

 

だとしたら、次に狙われるのは。

 

・・・

 

10月、11月と時は進んで行く。小学校はもう2学期の中頃。

 

書ける漢字もかなり増えてきた頃だが、ツクヨミにとってはそんなことはどうでも良い。初めから常用漢字はほとんど知っているし、学校に居るのは小学生という設定上仕方なくだ。

 

任務遂行が第一。これは絶対だ。*1

 

片寄ゆらは死亡したと見て間違いないとツクヨミの上司*2から情報が降りてきた。いよいよかと身構えるツクヨミだったが、しかし予想とは裏腹に何も起こらない。

 

あの男が一向に表立った動きを見せないのだ。お気に入りの才能あるタレントを見つければすぐにマークし、好青年を演じて懐に入り込むのがあの男のやり口。そろそろ星野姉弟の前に現れてもおかしくない頃合いの筈なのに。

 

いや、姿を見せてはいる。

 

ライブで見かけたこともある。握手会でアクアによく似たおじさんが居るとルビーがよく話している。確実にマークはされているのだ。

 

しかしあの男はルビーの周囲に度々現れては深く接触することなく消えていく。

 

それがツクヨミにとっては堪らなく不気味だった。

 

学校中の子供たちが待ちに待った給食の時間、2ねん3くみの教室には漂う美味しそうな匂いにも気づかずツクヨミは一人考えを巡らせる。

 

「聞いていた情報と違うのか……? あの男のやり方はいつだって気になる相手と深い人間関係を築くところから始まるはずじゃなかったのか? 過去にいきなり殺害やその他の凶行に及んだ例はないはずだ……」

 

思考に没頭するあまり、独り言が漏れていたことには気づかない。

 

小学生を演じるツクヨミだが、精神年齢と肉体の年齢のギャップから周囲からは少し変わった人と思われている。ツクヨミの事をある者は神秘的、あるものは不気味だと言う。

 

しかし大抵のクラスメイトはこんな風に思っていた。

 

「また始まったね、つーちゃんの()()()()()()()

「おにいちゃんが言ってた。あれ()()んだって」

「え? 痛いの? でも痛そうには見えないよ?」

「つーちゃんは大人だからへいきなんだよ」

 

こうしてツクヨミの事を遠目で見守る子供達も、ツクヨミの正体がまさか本物の神様などとは思うまい。勘違いしてしまうのも当然の事なのだ。

 

しかし肉体は9歳の少女。

 

「つーちゃん、今日の給食あげぱんだよ」

「あげぱん!? やったー!」

 

給食で出てくるあげぱんにの魅力には逆らえないのだった。

 

・・・

 

12月。クリスマスシーズンと言えばやっぱりライブをするのがアイドルだ。

 

B小町も当然クリスマスライブを開催する。

 

最近のB小町の勢いは凄まじく、ライブの観客動員数は増える一方だ。今や、日本中の誰に聞いても日本で一番波に乗っているアイドルグループと聞けばB小町と答えるだろう。

 

男女問わず、幅広い年齢層にウケているのも大きな特徴だ。

 

B小町の3人を恋愛の対象として見る人間はもちろん居る。しかし彼女たちの持ち味はそこではない。老若男女誰が見ても微笑ましく思う3姉妹の仲睦まじい姿こそがファンの心をつかんで離さないのだ。

 

ツクヨミもそんなB小町に心を奪われた一人。今も昔もルビー単推しだ。

 

12月24日。クリスマスイブ。ツクヨミはさいたまスーパーアリーナに居た。目的はただ一つ。あの男がルビーに接触を図ろうとするのを阻止するため。あるいは現行犯で捕まえ、B小町の関係者にその男の危険性を認識させるためだ。

 

お姉ちゃんのライブを見るのはそのついで、という事になっている。これは任務であって、誓ってライブを楽しみに来たわけではない。

 

「お姉ちゃんまだかなぁ……いや、集中しろ! お姉ちゃんの危機だろう!」

「ターゲットは金髪の青年……恐らくフォーマルな服装……人を騙す目……あっお姉ちゃんのポスター!」

 

あの男の動向を気にしつつ、でもやっぱりお姉ちゃん大好きなのでライブとなると周囲への警戒は薄れてしまう。

 

子供の躰というのは言う事を聞かないのだ。お姉ちゃんがステージに出てくると思うとどうしてもこうなってしまう。頭では分かっていても止められない。みっともないと思いながらも溢れる気持ちに蓋は出来ない。

 

開始前からこんな有様なのだ。ステージ上にライブの主役が登場し大音量で曲が流れ始めれば、当然こうなる。

 

「お姉ちゃーん! がんばれー! かわいーよー!」

 

キラキラと輝く瞳はステージに釘付け。視界には3人のお姉ちゃんしか映らない。聞こえているのはお姉ちゃんの歌声と音楽だけ。

 

ぴょんぴょんと飛び跳ね、短い腕をぶんぶん振り回し、お姉ちゃんお姉ちゃんとステージに向かって叫び続ける。誰がどう見てもライブを楽しむ少女だった。

 

この様子ではすぐ隣に目的の男が立っていても気が付かないだろう。

 

「なかなかに容姿が整った少女だ……。アイドルに憧れているのか。っと、よそ見はいけない。アイの忘れ形見……才能あるアイドルの姿をこの目に焼き付けておかないと……」

 

まさかこの男もこの少女が自分を監視する神の使いなどとは夢にも思わなかったことだろう。

 

・・・

 

「あけましておめでとうございます」

「ツクヨミさん、いらっしゃい」

「つーちゃんあけおめ!」

 

2034年1月1日。早朝。ツクヨミは斎藤家のリビングに居た。

 

年越しは3人のお姉ちゃん達と斎藤家でお泊り会。4人で一緒に年を越して、MEMちょとかなも含めた6人でまったり朝ごはんを食べようと以前から約束していたのだ。ちなみにアクアお兄ちゃんは彼女と旅行で居ない。

 

MEMちょに起こされ、眠い目をこすりながらパジャマ姿で部屋を出たのが10分ほど前の事。

 

テーブルに並ぶのは、餅と鶏肉とせりだけのシンプルなお雑煮。湯気に乗って漂ってくる出汁の香りが食欲をそそる。

 

お餅の数は申告制だ。

 

「有馬さんはお餅何個食べる?」

「3つでお願いします」

「ルビーは?」

「3こ」

「MEMちょは2つ、私はひとつと半分ってところね。で、鶏肉多めっと」

 

正月と言ったらお雑煮なのだ。誰が何と言おうと実家で母の作るお雑煮を食ってニューイヤー駅伝と箱根駅伝を見届けなければ一年は始まらない*3

 

「ツクヨミさんはお餅2つね。小さく切っておくけど、ちゃんと噛んで食べるのよ? 喉に詰めないようにね」

「分かってるさ。餅の危険性は良く理解しているつもりだよ」

 

体は小さいが育ち盛りのツクヨミはお餅2つ。年齢は自身の3倍のMEMちょと同じ数の餅を食う。

 

時間はニューイヤー駅伝のスタートにはまだ早い。テレビに流れてくるのはニュース番組だ。

 

都内の高齢者が丁度餅を喉につまらせて病院に運ばれたとか、去年は餅が原因でお亡くなりになった方が何人いたとか、そんな事をアナウンサーが喋っている。

 

ある意味これも正月の風物詩みたいなものだろうか。縁起はすこぶる悪いが。

 

「いただきます」

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

新年最初のいただきます。

 

「やっぱ正月はコレだよねー」

「へぇ、うちはあんまりお雑煮やらなかったなぁ。ルビーちゃんはずっとこれなの?」

「そうだよ。やっぱり柔らかく煮たお餅を食べると正月って感じがする! …………ん? んんー!」

 

各々が思い思いに雑煮を食う。今年の餅はやわらかくて良く伸びるらしく、早速ルビーが口に咥えた餅を噛み切れずに慌てている。箸で引っ張るが、おもちがうにょーんと伸びるだけ。

 

そんな様子を見て笑いながら、ツクヨミもまた子供用に小さく刻まれた餅を一つ口に放り込む。

 

テレビで流れるニュースを何となく眺めながらもにゅもにゅと咀嚼して、雑煮の汁の味がしなくなった辺りでごくんと飲みこもうとした……その瞬間。

 

「うぐっ!! んん~~!? ゲホッゲホッ」

 

ツクヨミがくぐもった声を上げ、盛大にむせた。

 

その驚いた表情と普段は聞かない声色から、周囲の大人の緊張感が急速に高まる。餅を食べた子供が突然せき込んだのだから当然の事だ。

 

「ちょっとつーちゃん!? 大丈夫!? お餅? お餅つまっちゃったの!?」

「待ちなさいルビー! その姿勢のまま背中を叩いちゃだめよ! こういう時は深く前かがみにさせて頭の位置を下げないと!」

「ツクヨミちゃんしっかり! 苦しいの? 息できる? あわてないで」

「壱護! 救急車! 早く!」

「お、おう! ……もしもし救急だ! 子供が餅を喉に詰まらせ────」

 

斎藤家は大パニック。真っ先に気付いたルビーが餅を喉に詰まらせたと()()()、その様子を見たかなが餅を喉に詰まらせた際の適切な対処を指示し始める。MEMちょはお姉ちゃんとして優しく寄り添い、ミヤコと壱護は救急車を要請。

 

時間にしてほんの数秒の出来事だった。

 

しかし救急車を呼ぶ壱護が突然通話を切り、ツクヨミをまじまじと見つめ始めた。そこには何事も無かったようにごくんとお餅を飲み込むツクヨミが居り……。

 

「えっと、私は何ともないよ? だから、安心して欲しいんだけど……」

「「「「よかったぁ~!!」」」」

 

新年早々騒がしい苺プロなのであった。

 

ちなみにツクヨミが驚いた原因は餅ではない。まぁ元をたどれば餅なのかもしれないが。

 

リビングのテレビの中ではアナウンサーが次のニュースを読み上げている。画面上の帯にはそのニュースのタイトルが大きく映されていた。

 

『芸能プロダクション社長の○○さん死去。死因は餅を喉に詰まらせたことによる窒息死。』

 

そういう事なのだ。

 

*1
でもルビーお姉ちゃんだけは別

*2
つーちゃんは神というか神の使いという設定。本人に特別な力はない。

*3
異論は認める





あの男をどれだけ滑稽に退場されられるかをこの数日間ずっと考えてました。スッキリした気分です。
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