【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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15年目の正直

「なぁ、ミヤコ」

「何よ」

「神様って奴を信じても良いんじゃねぇかって最近思うんだが」

「奇遇ね。私もよ」

 

年が明け、新年早々子供たちとどんちゃん騒ぎで新年を迎えたその日の夜。俺と妻のミヤコはテーブルを挟んで静かに酒を飲んでいた。

 

開けるのは安い缶ビールではない。タワーマンション高層階からの景色を眺めながら飲むのはお高い日本酒。そして付き合ってくれるのはいつまでも美人な自慢の妻。

 

勝ち組とは俺の事だ。がはは。

 

こんな素晴らしい夜だ。ちょっとくらい調子に乗ってしまうのも仕方がないよな。

 

しかし苺プロの躍進を喜ぶ一方で、俺はルビーとアクア、あるいは苺プロの置かれた状況が未だに信じられずにいた。

 

今や新生B小町は、アイドルオタクの間で伝説と語り継がれるアイが居た頃のB小町よりも勢いのあるアイドルグループになった。アクアはアクアで演技派の役者として名が売れているし、映画監督として映画製作までやってのけるスーパー高校生と話題になっている。

 

苺プロも過去最高益を更新し、こうして今俺は気分よく酒を飲んでいるという訳だ。人生山あり谷ありというが、さすがに高低差が大きすぎてにわかには信じがたい。

 

本当に激動の1年だった。

 

夏のライブツアー、そして年末のクリスマスライブを経て、B小町は日本を代表する国民的アイドルグループに成長した。その成長の速度は凄まじく、日本の芸能界史上例を見ないスビートでスターダムを駆け上がっていった。

 

まるで神に愛されたかのような活躍ぶり。彼女たちの勢いを止められるものは誰一人としていなかった。

 

この数年、国民的美少女と言えば真っ先に名前が挙がるのはかの有名な不知火フリルだ。

 

しかし近年、国民的お姉ちゃんと聞けば星野ルビーの名が上がるようになった。あるいは国民的妹なら末っ子……もとい、有馬かな。そしてその二人を一歩引いた位置から支え、可愛がるのが国民的長女のMEMちょである。

 

お姉ちゃんと長女は別枠なのかと突っ込みが入るが、そこはニュアンスで理解して欲しい。俺も良く分からん。

 

何はともあれ、最早B小町を知らない人間を探す方が難しいくらいの知名度になったという事だ。

 

ほろ酔いになり、少し遠い目をしたミヤコが呟く。

 

「本当に良い子達よね……私達にはもったいないくらい」

「何言ってんだよ。俺達だからこそ神様はあんな可愛い子達をここに集めてくれたんじゃねぇか」

「ふふっ、相変わらずポジティブなのね」

「ちょっと頭のネジ外れてるくらいじゃねぇと芸能界で成り上がろうなんて思わねぇよ」

「言えてる」

 

ルビーはアイの事を今でもママと呼んで慕っていて、ママの夢を叶えるんだと言って日々ダンスや歌のレッスンに精を出している。

 

有馬かなは言うまでもなくプロ意識の塊で常にストイックにパフォーマンスの質を追求。MEMちょはそろそろ年齢的に厳しいはずなのだがミヤコとぴえヨンの鬼のアンチエイジング生活によりまだまだ一線で活躍できる若さを保っていた。

 

かつてのB小町とは全く違う、全員がエースであり全員が主役のアイドルグループ。引き立て役など居ない。それが今のB小町だ。

 

「さて、そろそろ寝ましょ。もう年なんだからあんまり飲み過ぎちゃ駄目よ」

「分かってるよ。明日から仕事三昧だしな」

 

楽しい晩酌の時間もお終いだ。

 

ミヤコがグラスをキッチンに持っていき、俺は酒瓶を日本酒用の棚へしまう。手に持った日本酒を棚の中へしまう一瞬、その一番奥に『森伊蔵』が鎮座しているのが見えた。

 

思い出の酒だ。

 

アイと飲むはずだったあのボトルはほんの一口だけ飲んだ後、残りは事件のショックで味も分からぬまま飲み干してしまった。今ここにあるのは2本目。ルビーとアクアが成人し、ドーム公演の夢を叶えたその時に開けると心に決めている。

 

今度こそ、最後の一口まで味わって飲みたいものだ。

 

・・・

 

新年最初のミーティング。

 

俺は苺プロのスタッフとタレントを集められるだけ集め、抱負を語った。

 

今年の目標は決まっている。

 

「良いか! 今年のクリスマス、12月24日と25日にB小町ドーム公演を行う! 俺とミヤコを含めた苺プロ全社は全ての力をそこに注ぎ込む! かつてB小町のアイがストーカーに襲われ帰らぬ人となった。初めてのドーム公演が行われるその日にだ! 15年の歳月を経て再びチャンスは巡って来た! 何としてもドーム公演を成功させるぞ!!」

「バイト君が熱くなるのも分かって頂戴。本当にこれは苺プロの悲願なの。B小町の贔屓に気を悪くする人が居るかもしれないけど、ここは譲れないからそのつもりで」

 

おいミヤコ、今くらいはバイト君呼びはやめてくれないか?

 

というのは良いとして、今言った通り、今年の年末はいよいよドーム公演が控えており、スケジュールや人員やカネの割り振りやらはそこを基準に決めていく。

 

ドームは全てに優先するのだ。

 

まぁウチのタレントの大半はぴえヨンとB小町とアクアの稼ぎで飯を食ってるようなものだから反対意見など出来るはずも無いんだがな。そのアクアもぴえヨンもB小町の大ファンだから万に一つも不満などあり得ない。

 

とにかく、今年はB小町の年にすると決めたのだ。

 

・・・

 

その後の一年間、俺たち苺プロは宣言通りドームに向かってただひたすらに突き進んだ。

 

B小町chはほぼ毎日投稿。ぴえヨンほか苺プロ所属で有望株のチャンネルはほぼすべてに声を掛け、コラボしまくった。

 

腕の良い動画編集者を雇い、構成作家を雇い、MEMちょには徹底的に楽をさせた。激務に加えて特別なボディメイクも並行してこなす彼女はいつ無理がたたってダウンしてもおかしくないからだ。MEMちょが健在で居てくれなければドームに手は届かない。

 

ちなみに構成作家はすぐにクビにした。B小町chはただ3人が仲良く喋っている方が面白く、初めから筋書きなど不要だったからだ。

 

ルビーが高校を卒業してからは月1以上のペースで大規模なライブを開催。そして夏は去年に引き続きサマーライブ。

 

全員学生ではなくなったので夏休み開始前からツアーを開始。前年プラス3か所の全国11か所を巡った。会場のスケールもワンランクアップ。全てが満員御礼。大成功に終わった。

 

こうしてB小町は動画だけでなくライブに行く価値のあるアイドルであると世間に印象付けることになる。

 

これもまた、ドームへの布石だ。

 

しかし何事も無く走り抜けられたわけではない。トラブルもそれなりにあった。

 

ある日の苺プロ事務所、仕事の合間に少し休憩していると、とあるニュースが舞い込んできた。どこぞのアイドルがファンに刃物で切り付けられたというのだ。

 

あからさまに青ざめるルビーを見て、俺は慌ててフォローを入れた。

 

「ルビー、気にするな。セキュリティは万全だから心配する必要は無い」

「分かってる……けど……私あの人より有名でファンも多いし、ママだってファンの人に刺されてるし……」

「誰かお前を恨んでる奴に心当たりはあるか?」

「ない」

「そういう奴が居たとして、この事務所や自宅まで来れると思うか?」

「思わない」

「そういう事だ。アクアと仲良くお喋りでもしてニュースの事は忘れちまえ。気にするだけ無駄なんだから。いいな?」

「分かった。今日はもうお家に帰るよ」

 

自宅に戻っていくルビーを見送る。

 

その後もしばらくはインターホンが鳴るたびにルビーとアクアが揃って気まずい顔をするようになった。アイが殺されたあの日、この二人はインターホンの音を聞いて玄関に向かうアイをその目で見ているからな。

 

あの音を聞くのが怖くなってしまうのも当然の事だろう。

 

アイが殺されたことによる心の傷の深さを再認識した事件だった。

 

また別のある日、今度は俺がやらかした。

 

「39.3℃か……くそっ、動けねぇ……」

 

15年前と違い、今の俺は若くない。あの頃の感覚でがむしゃらに働き続ければいずれガタが来るのは当たり前の事だった。

 

日ごろからミヤコに無理はするなと言われていたのにこのザマだ。

 

「無理は駄目って言ったでしょうに。私もあなたもあの頃程若くないんだから。焦る気持ちは分かるけどね、ドームの日に寝込んだりしたら元も子も無いわよ?」

「おう……肝に銘じる」

 

しかしこんなアホをやらかす俺だが、こんなんでも一応苺プロのブレーンだ。おいそれと休むわけにもいかず、結局布団にタブレットを持ち込み、電話で方々に指示を飛ばした。

 

『壱護さん、この前話した案件なんですが……』

「B小町関連か?」

『いえ、ネットタレントのマネジメント方法についての……』

「悪ぃ、後にしてくれ」

『えっ!? ちょ、』

 

ブツッ

 

慌てるスタッフの声も無視して電話を切った。

 

こういう時ミヤコなら無理してでも丁寧に事情を説明してスタッフに無用なストレスを掛けないように気を遣うんだろう。生憎俺にそういうのは無理だ。キツイものはキツイし、相手をの気持ちを思いやるあまり重要な決断の時に決心が鈍っちゃいけねぇとも思ってる。

 

まぁ、ミヤコが何とかしてくれる、アイツはそういう奴だと思って押し付けた面もある。

 

もちろん後でこっぴどく怒られたとも。

 

こんな具合にこの一年間は小さな事件がひっきりなしに続いた。上げればキリがないが、とにかく忙しいときほど面倒事は起きるもので、ドームを目指して一致団結する苺プロにはこまごまとした災難が容赦なく降りかかって来た。

 

しかしそれに反比例するように致命的な事件は無く、毎日慌ただしくはあるものの極めて平和な日常でもあった。

 

ある時へとへとに疲れ果てた俺が、ドーム公演だけは何としても成し遂げろと言う神の思し召しだと言い出したのだが、これ位は大目に見て欲しいものだ。それ位疲れていたし、それ位平和で充実した一年間だったのだから。

 

・・・

 

そして(きた)る12月。

 

半年前から段階的に発売開始したB小町のドーム公演チケットは、何度やっても発売解禁と共に瞬く間に完売。世のB小町への関心の高さが伺える。アイの時でもこうはいかなかったというのに、新生B小町は常に俺の想像を超えてくる。

 

ライブのタイトルはB小町のメンバーが決めた。いつだったか、3人の代表としてMEMちょが俺とミヤコの所へ来て、タイトルの案を提示してきた。

 

「社長、壱護さん、決まりました」

「どうなった?」

「『B小町クリスマスライブ2034 ~15年目の正直~ in東京ドーム 』です。少々長いですが、これ位仰々しいくらいが特別感があって良いかと思いまして」

「15年目の正直……か。ちょっと俺とミヤコに気を使ったか?」

「いえいえ、私だってアイの大ファンですから。あの時の無念は今でも覚えてますよ」

「そういやお前アラサーだったか。見た目若いからつい勘違いしちまうが」

「あ、えっと、アンチエイジングの成果を喜べばいいのかなぁ? ちょっとアラサー呼びはショックなんですが」

「喜んでおきなさい。ストレスは美容の大敵よ」

「はぁ」

 

何とも締まらない感じになってしまったが、こうしてドーム公演のタイトルは『B小町クリスマスライブ2034 in東京ドーム ~15年目の正直~』に決定したのだった。

 

そんなわけで念願の舞台、『B小町クリスマスライブ2034 in東京ドーム ~15年目の正直~』……やっぱり長いのでドーム公演と呼ぶことにするが、ドーム公演が開催されるまで残り数日というところまでやって来た。

 

もう年内に他の仕事は無い。ドーム公演の事だけを考えれば良い。確実にドーム公演を成功させて、全てが終わったらアイの墓に報告しに行く。それだけだ。

 

見てるか、アイ? お前の分まで盛大に盛り上げてやるよ。

 

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