ここは斎藤家に設けられたのB小町専用のお部屋。
3人分のお布団が敷かれていて、私と先輩とMEMちょの3人で今まさに寝ようとしているところだ。大事なライブの前日はいつもこうして3人並んで寝ている。JIFの時からずっと続いているB小町の慣習だ。
明日はとってもとっても大事なドーム公演。ママが果たせなかった夢を私が果たす時が来た。
「うぅ~さすがに緊張するねぇ。会場の大きさで言えば他のドームと大差ないのに」
「やっぱりそれだけ東京ドームが特別って事なのよ。……私達にとってはなおさらね」
「ミヤコさんも壱護さんも気合入ってた……。他のライブじゃあんな顔しないのに」
MEMちょも先輩も緊張してるみたいだ。もちろん私も。
アイドルとして、一つの到達点だとミヤコさんは言ってた。どんなに有名になっても、東京ドームよりキャパが大きいステージに立っても、やっぱり東京ドームは特別なんだって。
緊張して当たり前。むしろこの緊張をどうやってパフォーマンスに生かすかを考えるのが腕の見せ所だ。
「とにかく笑顔で行こう! 緊張も力に変えて、明るく笑って全力でパフォーマンスすれば良いだけだよ!」
「そうだねぇ!」
「いわれなくたって!」
私たちはアイドル。皆の前で歌って踊って、パワーと笑顔を振りまく存在。だったらどんな時でも笑顔を忘れちゃいけないよね。
難しいことは考えず、ただ最高のパフォーマンスをすることに集中しよう。
そのためにも、しっかり寝ないとね。
・・・
ライブ当日。控室。
刻一刻と開幕の時間が近づいてくる。もう1時間後には私たちは憧れのステージに立っている。
新作の衣装はばっちり。歌も踊りも練習は十分。アクアとぴえヨンも最後の通し練習を見て褒めてくれた。今のB小町は過去最高の仕上がりだ。
だからなんの心配も無い。……はずなのに。
「ヤバい、やっぱり私緊張してきたかも……」
「はあ? 今朝はあんなに楽しそうにしてたじゃない。どうしたのよ」
「東京ドームの魔力、かな? そういうのに呑まれちゃったみたい」
「なーに言ってんのよ、らしくない。…………ねぇ、ちょっとマジで顔色悪いわよ? 本当に大丈夫なの?」
手足が震えて冷たくなってる。お腹もなんだか重たい。
ここにきて私は過去最高に緊張してしまっていた。デビューライブのJIFでも、初めてのサマーツアーでもこんなことにはならなかったのに、今日に限って私の心と体は言う事を聞いてくれなくなってしまった。
なんともない。大丈夫。問題ない。
そう自分に言い聞かせてもまるでダメだった。人って言う字を掌に書いて飲み込んでみたけど手がよだれまみれになっただけ。
「あっははは、本当に舐める人初めて見たよぉ! おっかしー!」
MEMちょがそんな私を見て盛大に笑ってくれたのも、きっと緊張をほぐすためだろう。
「え? あ、そうなんだ」
一緒に笑う余裕も無かった。
そんな私を見たMEMちょは笑っていた顔をスッと引き締める。とっても頼もしいお姉ちゃんの顔だ。
「……ねぇルビーちゃん。こっちおいで。お姉ちゃんがぎゅってしてあげるから」
「うん」
「私もよ。撫でてあげる」
MEMちょと先輩と私が部屋の真ん中で抱きしめ合う。正面にMEMちょで背中に先輩。
二人の間に挟まれて、心も身体もとっても暖かかった。
「こんなに震えて……らしくないじゃない。本当にどうしちゃったのよ?」
「理由を考えるのは後で良いでしょ。今はとにかくステージに立つことだけ考えよ? 最高のステージで皆に可愛いトコ見てもらって、いっぱいコールしてもらうんでしょ?」
「うん……」
私は椅子に座らされ、その後も絶えずMEMちょと先輩に励まされ続けた。3人で並んで座って、でもいつもと違って私が真ん中で、左右からぎゅってされたり撫でられたり。
「こうしてるとルビーちゃんが末っ子みたいだねぇ」
「一番年下なのはルビーなんだけどね。…………って意外だなぁって顔するんじゃないわよ。知ってるでしょ?」
「未だに信じられないや、ルビーよりかなちゃんの方が年上だなんて」
「それを言うならMEMちょがアラサーなのがおかしいわよ」
「それは言っちゃいけない」
二人の会話に交ざることなく、じっと床を見つめる私。
ライブ開始直前、ミヤコさんに呼び出されるまで、私はまるで末っ子のように撫でられ続けていた。
・・・
「さぁ、本番よ。準備は良いわね?」
「「「はい!」」」
控室にミヤコさんがやって来た。時間だ。
「ルビー、行くわよ?」
「さぁ、立って。ファンの皆が待ってる。アクたんもあかねも、他の皆も」
「うん、行こう」
私の様子を見たミヤコさんも何か言いたげだったけど、何も言わずに前を歩いてくれた。きっとMEMちょと先輩が居れば大丈夫って思ったんだろう。
広い会場を歩き、いよいよステージの裏にやって来た。
「全部出し切ってきなさい。あなた達なら大丈夫、練習通りの事をやれば良いの。後は楽しむだけよ」
ミヤコさんからの最後の激励を背中で聞きながら、最初の曲のイントロと共に私たちはステージに出た。
そうだよね、楽しまなきゃ。こんな緊張して震えてる場合じゃない。やっとたどり着いた夢のステージなんだから。
笑わなきゃ。笑わ……なきゃ……。
床がせりあがってステージ中央に私達3人が出現する。ドームを揺さぶるような大歓声に、目がチカチカしそうなほどの眩しい光。人の多さだけでは推し量れない、東京ドーム独特の熱量があった。
それをドームの中心で受け止める。途轍もないプレッシャーに押しつぶされてしまいそうになる。
「ううぅ、うわあぁぁん」
「ルビー!?」
「ルビーちゃん!?」
ついに私は泣き出してしまった。
曲のイントロが止まる。ステージの照明も予定にない展開に右往左往している。観客も静かになってしまった。
ああ、なんという大失態。ステージの上で子供みたいに泣きじゃくるなんて。
ライブは一時中断になるし、MEMちょも先輩も驚いてるし、ファンの皆も……
ごめんママ、私失敗しちゃった。皆の夢を背負って、15年かけてミヤコさんや壱護さんが連れて来てくれたこの舞台で、集まってくれたファンの皆の前で泣いちゃった。
「ごめん、ごめん二人とも……! 私、私こんな時に……うぅ……」
「ルビー! 大丈夫よ! しっかりしなさい!」
「ダメだよね。こんな大事な時に泣き出しちゃうなんて。アイドル失格だよ……」
「そんな事無い!」
MEMちょの大きな声。
振り向けば、MEMちょの目にも大粒の涙が流れていた。気づけば先輩も泣いている。どうして二人まで。
「ほら、周りを見てごらん。ルビーちゃんの事アイドル失格だなんて思ってる人は一人も居ないよ? 皆静かに待っててくれてる。私達がまた笑顔で歌って踊るのを待っててくれてるんだよ」
「そうよルビー。感極まって泣いたくらいで見放されるほど薄情じゃないのよ。安心して泣きなさい。それに、ほら、あそこに見えるでしょ?」
先輩はある場所を指さした。その先を目で追えば、そこには愛する弟、アクアが居た。
「~~~~~!!」
必死に叫んでる。でもいかにアクアが最前列に居るとはいえ、さすがに声を聞き取るのは難しい。良く耳を澄まして、もう一度お願いって合図する。するとアクアがうなずいて、また私に向かって叫んでくれた。
今度ははっきり聞こえたよ。アクアの激励の言葉。
「どんなお姉ちゃんでも俺は大好きだぁ!! そこにいるだけで誇らしい!! 気の済むまで泣けぇ!! そして気が済んだら俺に最高の笑顔を見せてくれぇ!!」
周りの観客がちょっと引くくらいの大声。顔をあんなにくしゃくしゃに歪めて、必死過ぎ。
「ふふっ、あははっ。あっはははは!!」
アクアったら、お姉ちゃんの事好きすぎるでしょ。まぁ私も負けないくらいアクアの事大好きだけどね。どんなアクアでも私は大好きだから。
やっぱり持つべき物は可愛い弟なんだ。
あー沢山泣いたからスッキリした! アクアのおかげで心の底から笑えたし、MEMちょと先輩も私を見て笑顔になっている。それだけじゃない。ドーム全体がほんわかと優しい気持ちであふれてる。
うん、やっぱりB小町のライブはこうでなくっちゃ!
マイクを手に、私は語りだす。涙の跡はそのままだけど、もう気持ちは晴れてる。ちゃんと笑顔で元気いっぱいになった。今度はそれをファンの皆に届けよう。
「皆ごめんねー! ちょっと色々考えちゃって泣いちゃったの! でももう大丈夫! 元気になった!」
「その意気だよぉルビーちゃん! やっぱり笑顔のルビーちゃんが一番可愛い!」
「いいえ2番目よ! 一番は私なんだから! そうよねファンの皆! まぁ可愛いのは認めてあげるけど!」
「じゃあMEMちょお姉ちゃんも負けてあげなーい。今日の主役は私が頂いちゃうよぉ!」
「二人とも喧嘩しないの。私が一番なのは明らかでしょ?」
「そこまで言うなら今ここで決めてやるわ!!」
「望むところ!」
「良いねぇ、その勝負乗った!」
本当はちゃんとオープニングの流れとかセリフとか考えて来たんだけどね。最初の曲が止まった時点でプランは崩れてるしこれで良い。むしろこの方が良い。
これが私達B小町。嘘偽りのない、本当の姿。
ママ見てる? 私、今ドームのステージに立ってるんだよ! こんな可愛い仲間と一緒に、最高に楽しいライブを始めるの!
「先輩! MEMちょ! 行くよ!」
「はいさ!」
「ええ!」
さぁ、ドーム公演を始めよう!