【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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ルビーがお姉ちゃん

ステージ上で泣きだすお姉ちゃんの気持ちが、俺には痛い程良く分かった。

 

母さんが殺されてから今日にいたるまでずっと、お姉ちゃんの心の中には母さんのかわりにドーム公演を果たすという目標があったはずだ。アイドルになるずっと前からこの舞台を目指して頑張って来たんだ。

 

思い入れの強さが横に並ぶ二人とはまるで違う。

 

あれは緊張とか恐怖だけじゃない。この15年間の間にため込んできた色々な感情が爆発してるんだ。

 

俺は叫ばずにはいられなかった。俺の大好きなお姉ちゃんが舞台の上で泣いている。そしてそれは俺達家族しか知らない秘密の事情で、今声を掛けられるのは俺だけだから。

 

全身全霊、魂を込めてお姉ちゃんに向かって叫んだ。

 

「どんなお姉ちゃんでも俺は大好きだぁ!! そこにいるだけで誇らしい!! 気の済むまで泣けぇ!! そして気が済んだら俺に最高の笑顔を見せてくれぇ!!」

 

俺の気持ちは届いたかとステージを見れば…………お姉ちゃんは明後日の方向を向いていた。

 

気づいてないのかよ!

 

と思ったら有馬がこちらを見ている。

 

いや違う、今のはお姉ちゃんに語り掛けたのであって有馬じゃないんだ。はっと何かに気付いたような顔してるけど、絶対聞こえてなかったよな? 聞こえてたら自分への言葉じゃないって分かるよな?

 

しかし直後、有馬は俺の方を指さしお姉ちゃんに何かを囁く。するとお姉ちゃんがこちらに気付き、俺と目が合った。

 

どうやら有馬はお姉ちゃんに俺の居場所を教えなければと思っただけのようだ。

 

「アクア、もう一回言って」とお姉ちゃんが視線で訴える。

 

良し分かった。もう一回だな? お姉ちゃんのお願いとあらば仕方がない。伝わるまで何度だって叫んでやるさ。

 

……では気を取り直して。

 

「どんなお姉ちゃんでも俺は大好きだぁ!! そこにいるだけで誇らしい!! 気の済むまで泣けぇ!! そして気が済んだら俺に最高の笑顔を見せてくれぇ!!」

 

2度言う台詞ではないような気もするが、お姉ちゃんに聞こえなきゃ意味が無いからな。格好つかないとか言ってる場合じゃないんだ。

 

それにほら、言う価値はあっただろ?

 

「ふふっ、あははっ。あっはははは!!」

 

今度はちゃんと伝わったらしい。お姉ちゃんは何か吹っ切れたように盛大に笑っている。

 

泣いたり笑ったりと本当に忙しいな、今日のお姉ちゃんは。

 

これも東京ドームの舞台にかける想いの強さの表れだろう。いつだったかメルトにも言ったが、緊張というのはそれ自体良いものでも悪いものでもない。味方に付ければ高いパフォーマンスと気分の高揚をもたらすものだ。

 

プレッシャーも楽しさも、普段のライブの何倍も強く感じているはずだ。

 

そしてお姉ちゃんはプレッシャーをはねのけ、満面の笑みでマイクを握っている。強烈な緊張感を味方につけ、最高に楽しい気持ちでパフォーマンスを披露しようとしている。

 

これで良い。これなら心配いらない。

 

最高のパフォーマンスを披露して、東京ドームに集まったファンたちを思う存分沸せてくれるだろう。流石はお姉ちゃん。ドームでも輝いてるな!

 

曲が流れ始めてからはもう凄まじいの一言だった。

 

ライブの演出も、お姉ちゃん達のパフォーマンスの仕上がりも、観客の声援の大きさも何もかもが素晴らしかった。俺は夢中になってお姉ちゃん、MEMちょ、有馬の名前を叫び、食い入るようにステージで踊るアイドルを見つめる。

 

隣からはもう一人のファンの熱い声援が聞こえている。

 

「かなちゃん! かなちゃん! 有馬かな!!」

 

そう、あかねだ。

 

B小町グッズで全身武装し、普段の落ち着きぶりからは想像できないような声で叫び散らしている。髪は乱れ、顔は歪み、両手に握りしめた白のペンライトをぶんぶん振り回している。

 

もう有馬以外は何も見えていないんだろう。有馬の声以外は聞こえていないだろう。どっぷりと二人だけの世界に入り込んで、有馬の笑顔に脳を焼かれているに違いない。

 

だが声援の熱量で負けるのは癪だな。今日は特別な日なんだ。俺だっていつも以上の熱量でお姉ちゃん達を応援したい。

 

あかねにだって負けるものか。

 

「お姉ちゃーん! 可愛いぞー!」

 

今日一番の大きな声援だ。

 

するとあかねが俺の声に気付いたのか分からないが、さらにボルテージを上げてきた。演劇で鍛えた声量で、本当にステージで踊る有馬に届くんじゃないかと思うような大きな声を張り上げる。

 

「かなちゃーん!」

 

負けるものか! もっと、もっとだ! お姉ちゃんに届く声で!

 

「お姉ちゃーん!」

 

「かなちゃーん!」

 

「お姉ちゃーん!」

 

「かなちゃーん!」

 

 

 

「お姉ちゃーん!!」

 

「かなちゃーん!!」

 

 

 

応援合戦だ。もう自分が有名人だとか、ライブ会場には他の観客も居るとか、そんなことを考える余裕もなくなっている。ただただお姉ちゃんに声を届けたくて、隣にいるあかねに負けたくなくて。

 

俺はただ必死にお姉ちゃんと叫び続けた。

 

この上なく幸せな時間だった。

 

心の中が楽しい気持ちで満たされて、お姉ちゃんの一挙手一投足が愛おしくて、笑顔が眩しくて。他の観客より少しだけ合わせてくれる回数の多い目線にちょっと優越感を感じたりもした。

 

生きててよかった。お姉ちゃんの弟で良かった。B小町のファンになって良かった。色んな思いが押し寄せてきた。

 

15年分のパワー、しっかり受け取ったよ。お姉ちゃん。

 

・・・

 

クリスマスイブ、クリスマス当日と2日間にわたって開催されたドーム公演は大成功に終わった。

 

初日の出だしこそお姉ちゃんが緊張に耐え切れずに泣き出してしまうというハプニングがあったが、それすらライブを盛り上げるスパイスとなった。

 

MEMちょと有馬が本気でお姉ちゃんを心配して寄り添い、それによりプレッシャーを乗り越えてお姉ちゃんが笑顔を見せた瞬間はファンの間でも記憶に残る一幕になった事だろう。

 

これは俺達姉弟、あるいは斎藤家にとって、一つの大きな転機となる。

 

ドーム公演を終え、1日の完全休養を挟んだ今日、俺たち家族はドーム公演で後回しにしていた母さんの墓参りに来ていた。

 

これは今までの墓参りとは少し違う意味合いになるだろう。

 

あの事件の悲しみを乗り越え、悲願だったドーム公演の夢を叶え、俺達が前を見て歩き出せるようになるための最後の儀式。

 

そう、母さんへの報告だ。

 

『星野家之墓』

 

母さんの前に最初に立つのは壱護さんだ。

 

手には森伊蔵のボトル。サングラスを外し、万感の思いを込めて語り掛ける。

 

「アイ、やったぞ。お前が出れなかったドーム公演を、ルビー達がやったんだ。お前と飲もうと思ってたこの酒も、ルビーとアクアが成人したら開ける予定だ。まぁ後半年待たなきゃいけないんだがな。その頃には夏のライブツアーの企画も動き出してまた忙しくなるだろうよ。…………本当に……この二人をお前に見せてやれないのが悔しくてたまんねぇよ……。じゃあな……今日はこれくらいにしとくわ」

 

次はミヤコさん。

 

「アイさん、子供たちはもうすぐ20歳、あなたが亡くなったのと同じ年になるわ。二人の母親としてあなたの代わりに育ててきたけど、もうその役目も終わろうとしてる。少し寂しいけど、とても誇らしいことだわ。こんなに立派に育ってくれたんだもの。もう心配いらない。二人はきっと逞しく人生を謳歌してくれるわ」

 

お姉ちゃん。

 

「ママ、きっと天国から見ててくれてたよね、私のドーム公演。すっごく楽しいライブだったんだよ? 先輩もMEMちょも輝いてて、私もそれに負けないように全力で笑顔と元気を振りまいたの。きっと一生忘れられない思い出になるよ。これも全部、ママがアイドルの素晴らしさを教えてくれたおかげだよね。私の心の真ん中にはいつもママが居るんだもん。じゃあ、また来るからね」

 

最後に、俺。

 

「母さん……できれば隣で一緒に見たかったな、お姉ちゃんの晴れ姿を。母さんが居なくなって色々変わっちゃったけどさ、もう殆ど元通りなんだ。壱護さんは戻って来たし、俺のトラウマも直ってきてる。ドーム公演だって開催できた。母さんだけなんだ……母さんだけが……居ないんだよ……。ごめんな、泣くつもりはなかったんだけどさ……うぅっ」

 

何で泣くんだよ俺。

 

せっかくドーム公演を終えていい気分で母さんに報告しに来たってのに。母さんの前では笑顔で報告しようって心に決めてたのに。こんなつもりじゃ……無かったのに……。

 

「アクア、泣いても良いよ。泣いてスッキリして、さよならだけは笑顔で言おう? それまでお姉ちゃんがぎゅってしてあげる。」

「うん……ありがとう、お姉ちゃん」

 

母さんの目の前で、子供のように泣きじゃくりながらお姉ちゃんに抱きしめられる。

 

こんな恥ずかしい姿も母さんには見せたくなかったのだけど、やっぱりお姉ちゃん離れはまだまだ出来そうにない。俺はそのまましばらくお姉ちゃんの胸の中で泣き続けた。

 

「落ち着いた? もう笑える?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「じゃあ、今年も笑顔でさよならしよっか」

「うん」

「母さん」「ママ」

「「さようなら、また来るよ」」

 

こうして母さんへの墓参りを終え、笑顔で別れを告げる。次に来るのは、また来年になるだろう。その時はまた面白い話を用意してくるよ。だからそれまでは安らかに眠っててくれ。

 

「行くよ、アクア」

「うん」

 

さぁ、もう時間だ。名残惜しいが今日はこれで帰るとしよう。じゃないとまた泣いてしまうかも知れないからな。

 

そう思い、お姉ちゃんに手を引かれて墓の前を去ろうとしたとき。

 

『ありがとう、可愛い私の子供たち。愛してるよ』

 

そんな母さんの声が聞こえたような気がした。

 

(おしまい)

 





あとがき

これにて執筆も一区切りです。ここまで本当に長かった……。
推しの子のアニメで脳を焼かれて衝動的に書き始めた小説ですが、最初の数話をノリノリで執筆したあと、なんとなく途中で途切れるのが嫌で気合の毎日投稿を続けて5ヶ月半も苦しむ羽目になりました。計画性のないバカとは私のことです。
でも同じくらい楽しかったので良しとします。
まさか本当に完結まで走りきれるとは思っていませんでした。執筆にあたりコメントは本当に励みになりました。コメントくれた方々、ありがとうございます。
これでやっとゆっくり読めますね。たっぷり60万字近くあるのでしばらく退屈せずに済みそうです。
ではさようなら。

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