「うるっさいわねー!!あんたの姉そんな事言ってたの!?死ねよあいつ!」
「は?お姉ちゃんに死ねとかふざけんなよお前。」
「すいませんでした。」
アクアとの共演を決めた私は、さっそくアクアを打ち合わせに誘った。
私の演技を下手だというアクアの姉に対し、つい強い言葉で反応してしまう。しかし重度のシスコンなのは子供の頃から変わっていないようで、見事なカウンターを食らってしまった。
「有馬、お前が演技を抑えてるってのは分かってる。他の演者に合わせてるんだろ?」
「そうよ。他のキャストは演技経験のないモデルだから。」
今回のドラマはこれから売りたいモデルを兎に角いっぱい出してイケメン好きな女性層にリーチする企画だ。演技力は二の次。まともに演技が出来るキャストは私だけという状況だ。
作品が破綻しないようそれなりに上手く演技しつつ、他のキャストが浮かないようにそれなりに下手な演技に抑えるという、かなり厄介な役回りを求められている。
「良い作品を作るため、全力で演技したい気持ちをおさえてるってことか。いつの間にか協調性なんか持つようになっちゃって。」
「ふふん。私オトナだから。」
そう。私は大人。自分勝手に演技をして得意げになっていたあのころとは違う。
ひどい話を持ち掛けたという自覚はある。そもそも作品として面白くなりようがない上に、アクアをねじ込んだ役はストーカー役で印象も悪い。今までのキャストのような大根役者なら何も出来ずに経歴に傷がつくだけだろう。
でもアクアなら出来るんじゃないか。そう思った。たった一度共演しただけの彼だけど、あの日の演技は異質だった。自分の演技力の高さに天狗になっていた私の自信を見事に打ち砕き、大人になるきっかけを与えてくれた。
今なら監督の気持ちも分かる。私にお灸をすえたかったのだ。そして見事に私を改心させてくれた。私よりも演技が上手い子供はいて、それでも私を使う理由。それが理解できた。
少しでも作品の質を高める。それが私達役者の仕事だ。
「アクアを誘った理由はもう分かってくれたよね・・・?誰にボロクソに言われようとも、大根と言われても良い。お願い、私と一緒に良い作品を作って。アンタとなら出来ると思うの。」
あの監督の弟子であるアクアならこの状況における最適な仕事をしてくれるはず。私が認めた私以上の天才、星野アクア。
あんたになら期待してもいいわよね。
・・・
今日の撮影はドラマの最終回。しかしロケ地を一日しか確保できなかったため、スケジュールが詰まっている。ろくに練習する時間さえ与えられない。
「雑だなぁ。うちの監督でももうちょい丁寧だぞ。」
「時間も予算も無いのよ。」
なんというか、座長として申し訳ないわね。別に私が悪いわけではないんだけど。
アクアは主演の鳴嶋メルトや責任者の鏑木Pとの挨拶を早々に済ませている。そういうところも昔から卒なくこなしてたわね。あの時はお姉ちゃんにべったりだったけど。
さらに、直接は関わらない裏方への挨拶や、ロケ地の観察、カメラやマイクの配置などの確認に余念がない。さすが、裏方の作業を学んでいるだけのことはある。
さて、もう時間ね。まずはリハーサル。アンタの実力、見せてもらうわよ。
「リハ始めまーす。」
「行くわよ。」
・・・
「なかなかやるじゃない。メルトの棒読みにも合わせてるみたいだし、良い感じね。」
「まあな、これくらいは出来ないと役者名乗れないだろ。」
主演のメルトがまともに演技出来ない以上、どれだけ演技力が有ろうと抑えて演技するしかない。さすがのアクアもこればかりはどうしようもない。分かってはいたけど、悔しい。
しかし、役者星野アクアはここで止まるような俗物ではなかった。
「有馬。ちょっと話がある。」
「・・・ちょっと。それ本気で言ってるの!?」
「ああ。これならメルトも本気出してくれるだろうし、お前のやりたかった演技もできるだろ。」
にわかには信じられなかった。なんてことを提案するんだろう。
まず、ヒロインの泣き演技が輝くよう、悪役としての怖さ、キモさを出来る限り際立たせる。そこまでは良い。問題はその先。
小道具、カメラ、照明、水たまり、役者の位置をすべて頭の中で再現し、雨音を効果音として利用しつつ逆光になるように照明とカメラの間に位置取る。
主演で大根役者のメルトの耳元でわざと暴言を吐き、激高させる。そして狙った感情を引き出し、本来彼には出来ないはずの感情演技をやらせる。
メルトとの殴り合いの演技中に本来の立ち位置へそれとなく移動し、ラストの私の涙が最高のアングルで映るようにする。
理屈は分からないでもない。でも、そんな芸当、一体誰が出来るというのか。思いついたところで実行に移そうとする人間はいない。そう断言してもいい位にバカげた提案だった。
しかし彼は本気だった。本当に成立すると思っているのだろうか。こんな意味不明なプランが。
「まあ、アンタがやりたいならやりなさい。どうせこれ以上落ちることも無いだろうし。」
結局、縋るしかない。もう私にはどうしようもないくらいひどい現場だ。ならば彼に賭けてみても良いだろう。
「お前は最初から全力で演技しろよ。ぬるい演技見せたらすべて台無しだからな。」
「ふん、任せなさい。あいつの事ぶり大根にする勢いでやってやるわよ。」
こんなに本番が楽しみなのは何年ぶりだろうか。
今日あまの最終話、改めて文章に起こすとアクアは大変なことをしているな。
星野アクア
個性はないけど演技力は同年代ではトップクラス。有馬かなにも引けを取らない。
その上頭がよく器用で裏方の知識も持ち合わせており、現場全体を見通して作品の質をありとあらゆる観点から高めることが出来る。
有馬かな
太陽のように眩しく輝く笑顔に加えてトップクラスの演技力を持ち、芸能界の第一線でも通用する逸材なのだが、諸事情あって自分の持ち味を抑え込んでしまっている。今でも普通に天才なのだが世間はそうは思っていない。