【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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それでも光はあるから

雨漏りによって撮影は中断。再開には少し時間がかかりそうだ。有馬との作戦会議も終わり、待ちの時間になっている。

 

「アクアの演技、ずっと努力してきた人の演技って感じがして私は好き。」

 

有馬はやはりよく見ている。俺と同じ、根っからの役者だ。

 

「細かいテクが親切で丁寧っていうか、自分のエゴを殺して物語に寄り添ってるっていうか・・・。もしかしてそれは普通の人には分からなくて、長く役者やってる私達以外にはどうでも良いことなのかもしれないけど。」

「大事なのは作品だ。この役ならエゴを抑えるのは当然。台本の意図を読んで当たり前のことをしただけだ。」

「誇っていいと思うわよ、そういう心がけ。中学生のうちからそんな事考えてる役者なんてそう居ないわ。」

「俺は俺が関わった作品の質を少しでも高めるために動く。それが俺に向いた役回りだし、そのための準備もしてきた。待ちに待った演技の仕事だ。適当な演技は出来ねえよ。」

「私も主演級の仕事なんて十年ぶりの大仕事よ。負けてられないわね!」

「確かに、最近見ないしまだ役者続けてたのかって思った。」

「うぐう!」

 

やっぱりここを突かれると痛いよな。まぁ、仕事が無かったって意味なら俺も同じようなもんだ。役者として大成することを夢見つつも、その機会を得られなかった者同士、シンパシーを感じる。

 

「有馬、最初の仕事の共演がお前で良かったよ。ひどい現場だが、まだやれることはある。本番よろしくな。」

「ええ、任せなさい!」

 

彼女ならやってくれるだろう。演技にかける情熱は間違いなく本物だ。

 

・・・

 

ダメな企画に演技の出来ない役者陣。

 

だけど話を聞いてから改めて観ると、脚本と演出は役者に合わせてるのが分かる。駄目な演技でも「観れる作品にするテク」がそこらで使われてることに気付く。

 

裏方は優秀。そしてヒロインはバリバリの実力派。

 

最終回の登場人物は3人。主役のメルトとヒロインの有馬、そしてストーカーの俺だ。役者二人にモデルが一人。十分フォローする余地はある。

 

さしあたり重要なのはヒロインが主人公に助けられて涙を流すあの名シーンだ。ここの印象で最終回の評価が決まると言ってもいい。ここ最優先に組み立てていく必要がある。

 

漫画から伝わる作者の意図を読めば、ドラマにおけるこのシーンで表現すべきことは明確だ。『それでも光はあるから』というセリフと共に描かれるヒロインの涙。これをいかに感動的に演出出来るかが勝負になる。

 

台本は問題ない。当たり障りのない無難な構成と言ってしまえばそれまでだが、演技経験のない若い演者がイレギュラーな演技をしても問題ないよう、細かい部分をあえてぼかしている。役者陣に原作の理解を求めるのを諦めたともいえるが。

 

都合がいい。

 

台本を読んだ素直な感想がそれだった。多少のアドリブや独自解釈は大目に見てくれるだろう。ならば俺は、俺のやりたいようにやらせてもらう。

 

カチンコの音が強く響き、カメラが回り始める。ずしりとした空気が辺りを満たし、一年の時を全て凝縮したかの様な重くて強い時間が流れる。

 

人生そのものを問われるかのような長い一瞬。

 

問題ない。この重圧をむしろ俺は待ち望んでいた。役に入り込んだときだけに得られる、あの感覚。夢中で演技をしているうちに、まるで役そのものになってしまったかのような錯覚。

 

同時に俺は神の視点で周囲を見通す。他の演者の位置、動き、表情を漏らさず把握する。カメラ、照明、マイクの位置を考え、脳内で最適な位置を割り出す。

 

有馬は良い演技をしている。若干メルトが浮き気味だが、ぎりぎり問題ないラインだろう。この後の本気の泣き演技に違和感なくつながるよう、有馬なりに気を使ってくれている。

 

さあ、ようやく俺の出番だ。

 

水たまりを踏みつけ、水が跳ねる音をマイクに拾わせる。水の音から連想するのは、湿り気。ストーカー役になりきった俺の風貌と合わせて、陰湿な印象を与えるはずだ。

 

背後には照明、正面には有馬とメルト。その向こうにメインのカメラがある。照明を覆い隠すように登場する俺の姿は逆光で真っ暗に映っていることだろう。このシーンで重要なのは光と闇の対立。その闇をシルエットだけがかろうじて見える俺の姿で演出する。

 

入場は完璧。そのまま歩みを進め、主演のメルトの目の前に移動する。何が起きてるのか分からないって顔してるな。リハの時とはまるで違う俺の動きに戸惑っている。刺すなら今だ。

 

「お前、そばで顔見るとブスだなぁ。パソコンで加工しないとこんなもんか。」

 

彼から最も怒りの感情を引き出せる言葉を選び、耳元で呟く。

 

「・・・・・・は?なんつったオメェ!!」

 

かかった。メルトが怒りの声を上げるが、この言葉なら問題ない。アドリブの範疇だろう。さて、台本に合流するには何を言えばいいだろうか。

 

「聞こえなかったか!?そんな女守る価値ないって言ったんだ!」

 

2カメが俺を追い、照明が少し強くなる。現場のスタッフは俺の演出の意図に気づいているようだ。

 

メルトの演技は見違えるほど良くなっている。原作通り、怒りの感情を露わに声を荒らげて俺に突っかかってくる。そうだそれでいい。感情を乗せろ。

 

有馬は驚きの感情を表情と身体で表現しながらこちらの様子を伺う。メルトの豹変ぶりに驚いているのか、演技なのかは分からない。有馬なら本当に驚いたとしても、その感情をさも予定通りかのように演技に利用してくるだろう。

 

次はあの面倒なシーンか。激高していた主人公がストーカーに気圧され、ひるんで手を止めるシーン。だが、メルトにそんな器用な感情の変化は真似出来ないだろう。一つ、工夫が必要になる。

 

俺に殴りかかるメルトに一歩近づき、わざと殴られる。さすがのメルトも演者を殴ったとなれば頭も冷えるだろう。こちらの目論見通り、『やっちまった』って顔でその場に立ち尽くす。本当はもっと汚物を見るような目が良かったが、まぁこんなもんか。メルトの背後にもカメラがある。表情に問題があればそっちの映像を使う選択肢も残ってる。

 

メルトの出番はもう終わり。そこで立ってるだけで良い。後は俺と有馬の二人舞台だ。

 

このシーン一番の見せ場はヒロインの涙。そこの一点が輝くように俺が『闇』を演出する。

 

怖く。キモく。

 

「お前なんて誰にも必要とされてない。身の程わきまえて生きろよ。夢見てんじゃねぇよ。この先もろくなことはない。お前の人生は真っ暗闇だ。」

 

仕上げだ。有馬かなが上手く泣いてくれれば――

 

「それでも光はあるから。」

 

そういや得意技だったな。

 




演技を楽しむアクア君。
なんか微妙に姫川さんのイメージと重なる気がする。
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