『ピヨピヨピヨ~~。ぴえヨンチャンネルぅうぅ!』
スマホの画面に映るのは、アヒルのようなふざけた声で喋るぴえヨンだ。動画があるのだから、確かにユーチューバーである。この事務所に居るんだし、社長が呼んだのだから信用のおける人物なのは確かなんだろう。
でも怖いものは怖い。ひよこのマスクを被ったイカツイ体のゴリマッチョが突如事務所に現れるというのは絵面としてインパクトが強すぎる。いやマジで。
動画からぴえヨンへ視線を移そうとするが、恐ろしくて彼を直視することが出来ない。視界の端に極限まで鍛え上げられた張りのある筋肉が映りこんだ瞬間、反射的に目をそらしてしまう。ああもう何なのよあの筋肉。見た目が生物として強すぎる。
「先輩、震えてる。よっぽど怖かったんだね。大丈夫、怖い人じゃないよ」
「いやぁ、撮影用の衣装で来たのは悪手だったヨ・・・。それにしてもルビーちゃん、手慣れた感じだネ。こういう事よくあるの?」
「アクアっていう可愛い弟が居るんです!アクアが泣いたときはいつもこうやって慰めてあげてました。最近は先輩にもやってあげてます。」
ルビーはここぞとばかりにお姉ちゃん面である。本心からの行動なのが余計にムカつく。その上私がやっとのことで平常心を取り戻しつつあるのは偏にそのお姉ちゃんのおかげだというのだからもう手に負えない。
アクアともども、まったく恐ろしい姉弟だ。この二人にはもう一生頭が上がらない気がする。
「ぴえヨンさん。変質者とか言ってすみませんでした。」
「いいよいいよ。確かに知らない男の人がいきなり部屋に入ってきたら怖いよネ。」
あのムキムキボディに目を慣らし、ぴえヨンさんに面と向かって謝罪するまでに10分かかった。結構頑張った方だと思う。
「というワケでかなちゃんも元気になったことだし、レッスンをはじめるヨ!」
「待ってました!」
「よろしくお願いします。」
ああ、ぴえヨンさんずっとそのテンションで行くのね。もういいわ。
相変わらずふざけた格好と喋り方のぴえヨンだが、レッスンの質の高さには正直驚いた。
「なんでボクがこんな格好してると思う?」
「はい!キャラづくりのため!」
「セイカイ!ユーチューバーとして売れるためにボクはとにかく目立ちまくる作戦をとったってワケ。この格好なら一目見たら忘れないよね。それと、サムネイルってわかる?動画の検索結果をたくさん並べたときに出てくるタイトルみたいな画像なんだけど、これもめちゃ大事。キミら二人が映ったサムネイルとボクが映ったサムネイルだったらどっちを開きたくなる?」
「そりゃ、ぴえヨンさんの方が気になりますね。」
「そゆこと。」
内容自体は本屋やネットで勉強すればたどり着けなくもないレベルではある。しかしあのルビーにビジネスの勉強をさせるなんて芸当、仮にこの教材を貰ったとしても私には到底無理だ。
さすが覆面筋トレ系ユーチューバーという子供向けのジャンルで覇権を取った男というわけだ。飽きさせずに話を聞かせるための雰囲気づくりや話の緩急が完璧。適度に質問を投げて考えさせることで内容も頭に入りやすいし、褒め方もうまい。
隣のルビーを見てみれば、まるで某夢の国でキャストに遊んでもらう子供のようにはしゃいでいる。勉強しているという自覚すらないのだろう。こんな子供みたいな年下の女に妹扱いされる私は何なのかという疑問は残るが、それについては考えないようにする。
レッスンはいよいよ私たちB小町がユーチューバーとして取るべき戦略についての解説へと移る。もうこのレッスンも終盤かと思うとちょっと名残惜しい気持ちになる。悔しいけど、面白い。
「イイカイ?登録者を稼ぐにはいくつかのテクニックがあるヨ!ナンだと思う?」
「毎日投稿!」
「元々の知名度?」
「うんうんそうだね。デモ君達には毎日投稿する根気も知名度も無いよね?」
「辛辣ぅ~」
「ところが手っ取り早く登録者を増やす裏テクがあるんだ!」
「そういうの待ってました先生!」
「おしえておしえて!」
「ソレはね~・・・。」
ソレは何なの、もったいぶらずに早く教えてよ。こんなところでお預けなんてしたら・・・ほらもうルビーが待てのポーズで餌を待つワンチャンみたいになってる。くそ、こんな時でも可愛いなコイツ。
「ああもう早くおしえてよ!もったいぶらないで!」
「ふっふっふ。聞きたい?」
「ききたい!」
「知りたい?」
「しりたい!」
唐突に始まるコール&レスポンス。盛り上がりは最高潮だ。私たちのユーチューバーとしての最初の動画、コレで良かったんじゃないかしら。
「答えはコラボ!有名ユーチューバーとコラボするのが一番手っ取り早い!」
「えっコラボって・・・」
「キミ達二人には、ボクのチャンネルに出演してもらいます!」
「えー!ぴえヨンさんの動画にでれるの!?」
「その通り!張り切っていこう!」
「はい!」
この短時間でハートをがっちりつかまれた。私達二人はすでに彼のファンだ。
・・・
「さて、レッスンはここまで。ここからは君たちが出る企画について話をしようか。」
ぴえヨンさんが用意してきたレッスンが一通り終了し、私たちの最初の仕事についての話が始まる。あの面白いレッスンのおかげでもうちっとも怖くない。
「君達アイドルだし寝起きドッキリとかやる?」
「あー良いんじゃないですか?」
「えっでも寝起きドッキリやるって予め言われたらドッキリにならなくない?」
「・・・あんたマジで言ってる?本当にアイドルの寝起き撮りに行って男と寝てたらどうするの?」
「ああいうのは前日に通達にいってるものだよ。」
「そうなの!?」
仮にも芸能人で、芸能事務所の社長宅に暮らしてる人間のくせに、純粋にも程がある。子供の夢を壊すようで悪いけど、これが現実。ここは社会勉強と思って飲み込んでもらうしか・・・
「でも私たちの初めての仕事だよ。」
ルビーの圧に思わずたじろぐ。
「嘘は嫌だ。」
この目だ。
どうしてこの子はこんなに強い意志をその瞳に宿すことが出来るんだろう。この場を支配する圧倒的な存在感。まるで世界の中心にいて、すべてが彼女のために動いているかのような圧倒的カリスマ。
かつて地下出身ながらドーム公演まで上り詰めた伝説のアイドル、アイを彷彿とさせる。
そうだ、私はこの目に、ルビーのカリスマに可能性を感じていた。自分の芸能人としての嗅覚を信じるなら、ここでルビーのやりたいようにやらせるのが正解なのかもしれない。
「いいわ、あんたの好きな企画をやりなさい。」
「良いの?先輩。」
「良いわよ。どうせ私が適当な企画だしてもあんたは納得しないでしょ?」
「分かった。じゃあ・・・決めた!」
嘘ではない、本当の企画。
私たちの初めての仕事。
ルビーが選ぶ企画とは一体・・・。
「ぴえヨンブートダンスにしよ!あれやってみたかったの!」
やっぱり私は人を見る目が無いのかもしれない。
ぴえヨン
小中学生に大人気の覆面筋トレ系ユーチューバー。
画面上でのインパクトを追求した結果、ビルパンとひよこの覆面だけというスタイルにたどり着いた。きちんとした市場調査とターゲティングに基づき、ビジネスとして至って真面目にやっている。
子供が好き。
有馬かな
あまりにインパクトが強い仕事姿のぴえヨンを不意打ちで食らって軽くトラウマになっている。
ただでさえ年頃の乙女にビルパン姿のゴリマッチョは荷が重いのに意味不明な覆面まで被ってアヒル声でいきなり登場したらオーバーキルである。
星野ルビー
年相応に子供っぽいところもあり、憧れのぴえヨンの生レッスンにはしゃいでいた。
有馬は芸能人としての嗅覚から可能性を感じていたが、やっぱりはしゃいでいた。
アイドルとしての初仕事はぴえヨンとの共演。