【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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黒川あかね

私は黒川あかね。女優だ。

 

子供の頃に親の勧めで劇団に所属し、それ以来私は演技一筋で生きてきた。練習すればした分だけ私の演技は上達した。お父さんやお母さん、それから劇団のみんなに褒められるのが嬉しかった。

 

台本に書かれた登場人物のセリフや背景からその内面を考察し、パズルのように人物像を組み立てていくことが好きだった。そうして緻密に役の行動原理を組みあげて、それを再現して舞台に立てばもう私の独壇場。

 

中学に上がる頃には重要な役も任されるようになって、高校に上がる頃には劇団ララライの若きエースなんて呼ばれて。

 

真面目に努力すれば出来ないことなど無いと、本気で信じていた。

 

「私・・・もう『今ガチ』辞めたい。」

「「「「ええっ!?」」」」

 

今ガチ収録中の教室で、窓際の椅子に腰掛けた鷲見ゆきが告白する。日の光を浴びて輝く黒い瞳には、今にも零れ落ちそうな涙。尋常ではないゆきの雰囲気と、その口から発せられた言葉に驚き、教室にいた今ガチメンバーがどよめきの声をあげる。

 

「こんな途中で!?」

「なんでそんな事言うんだよ!」

 

ケンゴ君とノブ君がゆきちゃんに詰め寄る。性根がおとなしい私はその勢いに気圧され、何も言葉を発することが出来ない。

 

これは恋愛リアリティショーであって演劇ではない。台本も無ければ、役もない。すべては今ここで起きている生の人間関係。もともと引っ込み思案な私が目立てるわけが無かった。

 

どうにかして目立つことは出来ないかと試行錯誤を重ねるも、ことごとくうまく行かない。危機感だけが募っていく。

 

「最近ね、学校の男子とかがからかってくるんだ。お前こういう男が好きなんだーとか。自分の「好き」って気持ちを皆に見せるって、こんなに怖いことないよ。始めるまで全然分かってなかった。大勢の人に注目されるって良いことばかりじゃない・・・」

「メムも自分のチャンネルでバカやってるからぁ・・・分かる・・・。皆私の事バカだと思って・・・まぁ実際バカなんだけどぉ。」

 

ゆき続いてMEMちょが自分語りを始めている。相手が何を言うか分からず考える時間もないというのに、なぜこんなに長い台詞が違和感なくスラスラと出てくるのか。

 

私もこんな風に喋れたら、もっと出番が増えるのに。

 

「ほ・・・本当に辞めちゃうの「俺がいつでも話聞くからさ!ゆきが辞めるなら俺もやめるからな!」

「ノブ君・・・」

「そんな事言わないで続けようぜ!」

 

やっとのことで絞り出した台詞はノブ君の良く通る声にかき消されて。

 

ああ、今日もダメだった。

 

「お疲れ様でーす。」

 

スタッフの掛け声が撮影終了を告げ、カメラマンをはじめとした番組スタッフが撤収作業を始める。私達演者は画面の外でも仲が良く、毎週のように仕事終わりの現場に残り雑談で盛り上がっていた。

 

「私ちょっとは視聴者獲得に貢献できたかな。」

「そうだな。今のは良く撮れてたと思うぞ。ゆきの語りの良さもさることながら、窓際で夕陽を浴びながらっていうシチュエーションが感傷的な雰囲気を演出してた。ほんと上手いなお前。」

「そういうアクア君こそ。私見てたよ?こっそりノブ君を焚きつけてたでしょ。」

「友人として、ちょっと背中を押してあげたまでだ。」

 

役者のアクア君は凄い。自分以外の演者も含めて、番組全体を通して良い画を撮ることに余念がない。彼自身が大きく目立つことは無いけれど、必要な言葉を正しいタイミングで発し、話題をうまく作ったりもできる。

 

ゆきちゃんはノブユキ君と共にいつも皆の中心にいる。その小悪魔的な可愛さを存分に発揮して番組を盛り上げている。

 

MEMちょさんは可愛いマスコット的存在だし、ケンゴ君はゆきちゃんをめぐる三角関係を作り、番組のメインストーリーの一旦を担っている。

 

私はこの番組で何をしただろうか。

 

…何もしていない。何も役割を果たせていない。ただ撮影現場に居るだけでほとんど番組に出演できず、居ても居なくても変わらないとさえ思う。仮に私が番組を降りたとして、そのことに気付く人ながどれだけいるだろうか。

 

番組をやめると言えば、ゆきは本当にこの番組を辞めるつもりだろうか。そう思って彼女を見れば、先ほどまでの物憂げな表情がまるで嘘のように明るい笑顔で談笑している。出番を作れずに落ち込む私とは対照的だ。

 

「ゆきちゃん、番組やめるの?」

「えー辞めれないでしょ契約残ってるのに。」

「えっ、じゃあ演技って事?」

「いやいや…黒川さんみたく女優じゃないし私に演技なんて出来ないよ。ちょっと自分の気持ちを膨らませて話してるだけ。学校でイジられて悲しかったのはホントだし、辞めたいって思った事もホント。だって収録朝一でやるんだもん。あたし眠くて眠くて…」

 

辞めたい気持ちは確かにあるが、辞めるつもりはない。演技ではなくあくまで本心。要はテレビ映えするように、思っていることを嘘にならない範囲で大げさに表現したって事でいいのだろうか。

 

懐からペンとメモ帳を取り出し、要点をかいつまんで書き残す。

 

『本当に思った事を誇張して話す』

 

この番組のために新しく買ったメモ帳はすでに半分以上使い込まれている。リアルな人間関係で目立てない私が、どうにかして出番を増やす為に積み重ねてきた試行錯誤の記録。昔から真面目に努力することならだれにも負けないという自負があった。

 

しかしこの番組に関してはどんなに人のアドバイスを聞いても、動画を見て立ち回りを分析しても後の祭り。次の収録で同じことをやっても通用しない。分析が役に立つ場面が来ない。何をどう頑張ればいいのか分からない。

 

私の心はほとんど折れかけていた。

 

・・・

 

「おらぁ特上盛り合わせ追加じゃーい!!思う存分食えや餓鬼共!!」

「わぁい!!」

 

今日の打ち上げは個室の焼き肉屋さん。結構高いはずなのにMEMちょさんのおごりだ。さすが事務所の取り分5:5の人気ユーチューバー。凄いなぁ。

 

演者は皆同年代で、仲がいい。ここ最近は、撮影終わりに皆で食事に行くのが私の一番の楽しみとなっていた。撮影で折れそうになった心も、こうしてみんなで楽しくお話ししていると少し楽になる。

 

隣に座るのは高校一年生で俳優をやっている星野アクア君。

 

「アクアさん、カイノミ焼けましたよ。どーぞ。」

「ん。」

 

慣れた手つきで皿を差し出すアクアさん。まるで誰かが肉を焼いてくれるのが当たり前の日常であるかのような素振りだった。

 

「なんだか手慣れてますね。いつも誰かに焼いてもらってるんですか?」

「お姉ちゃんがさ、焼肉に行くと俺の分まで全部肉を焼くんだよ。自分ではあまり焼いたことない。」

「そうなんですか。じゃあ私がアクアさんの分も焼いてあげますね。」

「そんなに気を使わなくてもいいのに。黒川さんさっきから全然食ってないだろ。」

「いえっ、自分、精進の身なので!こういう場では絶対トングを手放さないって決めてるんです。最初は良く焦がして怒られましたが、今では上手に焼けるようになったんです。」

「黒川さん最近ちょっと元気ないだろ。無理すんなよ?」

「大丈夫ですよ。心配しないでください。あっ、この子食べ頃かも。」

 

美味しそうに肉を頬張るアクア君からは、撮影の時に纏うプロのタレントとしてのオーラは感じない。容姿が整っていることを除けば、どこにでも居そうな普通の高校生だ。

 

「ほんとお姉さんと仲いいですよね。私一人っ子なので、そういうの憧れます。」

「そうかな。一人っ子も自由気ままで良いんじゃないか?」

「じゃあお姉さんが居ないほうが良かったですか?」

「そんなわけないだろ。冗談でも言っていいことと悪いことがある。」

 

相変わらずお姉ちゃんのことが大好きすぎるアクア君。こんなに懐いてくれる弟か妹が居たら可愛いだろうなぁ。お姉さんの溺愛っぷりも理解できなくもない。

 

トングを片時も離さずひたすら肉を焼いていると、いつの間に結構な時間がたっていた。アクア君もお腹いっぱいという顔で、背もたれに寄りかかって体を休めている。

 

「もうそろそろお開きかな。なんか悪いな、結局黒川さん焼いてばかりで。」

「これで良いんです。精進の身なので。お粗末様でした。」

「ほんと真面目だな。あ、お姉ちゃん来た。もう店の外で待ってるみたいだ。」

 

アクア君のお姉さんは毎回打ち上げの後当たり前のようにお迎えに来る。

 

「満足したか餓鬼共・・・」

 

MEMちょさんがお会計を済ませ、私達はぞろぞろと店の外に出る。出入口の重い扉を開けると、一足先に店を出たアクア君がお迎えに来たお姉さんと仲良くイチャついている。

 

「はー…焼肉とは豪勢ですね。可愛い子たちを眺めながら食う肉はさぞ美味しかったんでしょうねぇ。」

「いやただの付き合いだし。」

「嘘だ!顔から堪能感があふれ出てるもん!」

「出てねぇよ?」

「目を見て話しなさい!」

 

毎度毎度こんな感じのやり取りを見せつけられるせいで、星野ルビーさんは私達今ガチメンバーとは顔見知りになっている。星野姉弟の遠慮のない掛け合いはもはや打ち上げ後の恒例行事だ。

 

「あーこれこれ。もうこれを見ないと打ち上げ終わった感じしないよねー。」

「全くだよぉ。見せつけてくれちゃってぇ。私らと恋愛する気あんの?」

「アクアが欲しければ私を倒していきなさい。」

「ちょ、お姉ちゃん。勝手なこと言うなよ。」

「「「あはははは!」」」

「じゃあ綺麗にオチもついたことだし、ここらでお開きにしますか!」

 

今の会話、番組だったら盛り上がってたのかな。自然体で話しているのに見ていて面白いなんて、羨ましい。

 

アクア君と同じ金色の髪に、吸い寄せられるような赤い瞳。いつも元気で明るくて、笑顔はまるで太陽みたいに眩しい。アクア君に対して時折見せる大人びた雰囲気もギャップがあって目を惹く。今の私にはそんな彼女のすべてが魅力的に見える。

 

ああ、私もあんな風になれたら良いのになぁ。

 




黒川あかね
高校2年生にして劇団ララライの若きエース。
恋リア向きの性格をしていないため、番組で目立てず苦労している。

星野ルビー
今ガチの打ち上げでいつもアクアのお迎えにいくので今ガチメンバーと顔見知りになっていた。

星野アクア
焼肉ではいつもルビーが肉を焼くので目の前の皿に勝手に焼けた肉が積まれていく。
毎日可愛い子たちを眺めているので肉の味はいつも通りだった。
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