「あかねちゃん攻めてるねー。」
「ああ。なんだか吹っ切れたみたいだな。」
今ガチ収録でのこと。これまでずっと目立てずにいたあかねが、ノブユキをゆきから引き剥がして二人きりの会話に持ち込むという思い切った行動に出ていた。それをMEMちょと遠目に見ながら、俺はあかねの魅力をうまく演出する方法はないものかと考えていた。
そろそろ番組も終盤。ここらで何か爪痕を残さなければ本当に何も出来ずに終わってしまう。
プロの芸能人としてはここであかねが落ちてくれるのは喜ぶべきなのだろう。ライバルが減り、自分の出番が増えるのだから。しかし彼女の頑張りをずっと傍で見てきた友人として、あかねの魅力が伝わらずに番組が終わってしまうのは後味が悪い。
真面目で努力家だし、引っ込み思案なところだって、奥ゆかしさという魅力としてとらえる人も居るだろう。少なくとも、俺はそういうあかねは嫌いじゃない。
お姉ちゃんや有馬と違ってガツガツ踏み込んでこない。そんな距離の取り方が心地良い。こういうタイプの女性はお姉ちゃんを恐れて近づいてこないから、こうやって仲良くなるのはあかねが初めてだ。
「あくたん、あかねの事気になってるぅ?」
「まあそれなりに。このメンツの中では一番相性いいかなとは思ってるよ。」
「クールぶっちゃってぇ。ちゃんとアタックしなよ。番組も盛り上がるよぉ?」
「あかねはノブを狙ってるだろ。ここで俺があかねに言い寄ったら関係性が複雑になりすぎて番組の見どころが分からなくなる。俺たちはサポートに回るべきだ。」
「キミはもうちょっと恋愛を楽しんでもバチは当たらないと思うよ…」
何やらMEMちょが呆れているが、気にしない。俺としてはやはり番組が一番だ。もし流れが来ればあかねとそういう関係になってみたいとも思うが、やはりプロとしてコンテンツの質を落とすことは許せない。
まぁでも、あかねとノブの駆け引きがひと段落着いたら少しアプローチしてみようか。
「おやおや、今度はケンゴ君にもちょっかいかけてるねぇ。」
「マジか、見境ないな。相当焦ってるぞ、あれは。」
「あかねのカメラに映らない範囲で追いかけようか。いつでもフォローできるように。」
「そうだな。」
MEMちょと二人で遠巻きにあかねを見守る。
俺とMEMちょはメンバー間の恋の駆け引きに対し、場外から野次を飛ばすキャラが定着している。こういう役回りなら色々とフォローしやすいということで、当初から狙ってこういうキャラを演じてきたのだ。だからこうして堂々とあかねを追いかけることが出来る。
あかねは上手くケンゴと二人きりになれたようだ。表情は明るくないが、何とか目立とうと頑張っているのが伝わってくる。このまま上手く話せるといいが。
「ケン!」
やはりうまく行かない。
ゆきの声だ。あかねとは対照的な、自然体で明るい雰囲気。ケンゴの表情もつられて明るくなり、カメラマンがその表情を逃すまいとケンゴとゆきを映せる位置へ移動する。あかねは当然のように画面の外に追いやられた。
「ラブラドール好きって言ってたよね!あっちにデカいラブラドール居た!」
「えっマジ!?」
いつものあかねならここで引き下がっただろう。だが今日は違った。彼女は追い詰められていたのだ。ケンゴを連れ去ろうとするゆきに対し、思わず強硬手段に出てしまうほどに。
「やめてよ!!そうやって男に簡単に引っ付いて、やり口に品がな……!」
あかねがゆきを追い払うように手を振る。運の悪いことに、その手の爪には大きなネイルストーンが付いており、ゆきの頬をかすめた爪の先には、血の赤色。
呆然とするゆきとあかね。ゆきの頬に走る赤いひっかき傷と、自身の手に付いた血をしばらく見て、ようやくあかねは自分が何をしたのかを理解した。
あろうことかカメラの前で、ファッションモデルの顔に傷をつけたのだ。
「ごめんなさ…こんなつもりじゃ…わた…私…」
「ゆき!あかね!」
モデルの顔に傷をつけたとあっては、バッシングは避けられない。場合によっては炎上もありうる。ここは少しでも早くあかねを落ち着かせて仲直りを促し、彼女の心証が悪くならないようにしなければ。
そう考えた俺はあかねに駆け寄り、激しくうろたえる彼女を抱きすくめ頭を撫でた。この場に姉ちゃんが居たら、きっとこうしただろうから。
「あかね!大丈夫だ。一旦落ち着け。ゆき、ケガは大丈夫か?」
「大丈夫。こんなのフォトショで消せるし仕事に影響はないよ。」
「あかね。ゆきもああ言ってる。そんなに怖がることはない。素直に謝れば許してくれるって。」
「アクア君…」
どうにか落ち着きを取り戻したあかねが謝罪し、ゆきがこれを受け入れ、何とかこの場は収まった。一連の出来事を遠巻きに見ていたMEMちょの方を見れば、手でOKサインを作っている。よくやったという意味だろう。
あかねはまだ少し動揺が残っているが、それもゆきがきっちり慰めている。皆も事情は分かっているし、今ガチメンバーにあかねを悪く言うような奴は居ない。この分なら後腐れなくこの後の撮影に臨めるだろう。大事にならなくて本当に良かった。
…この時は、これですべて丸く収まったと思っていたのだが。
・・・
あの事件があった日に収録した分の映像が公開された。
『やめてよ!!そうやって男に簡単に引っ付いて、やり口に品がな……!』
『あかね!大丈夫だ。一旦落ち着け。ゆき、ケガは大丈夫か?』
やはり、あかねがゆきに手を上げた場面はしっかり使われている。番組の見せ場を作りたい制作サイドからすれば、おいしい素材だっただろう。演者からすればたまったものではないが、裏方の考えも分かる俺には、一方的に制作サイドを責めることは出来なかった。
ここまでは想定通り。しかし、SNSでの反応は想像以上だった。
画面を埋め尽くす罵詈雑言。あかねに対するものが目立つが、俺への誹謗中傷も結構な割合を占めている。
『あそこであかねの味方するとか意味不明。』
『あかねもだけど、アクアも相当やばい奴じゃん。』
『本当に不快です。もう二度と人前に出ないでください。心の底から軽蔑します。』
『アクアとか言う役者、顔の良さにかまけてろくに努力とかしてないんだろうな。人間性の薄っぺらさがにじみ出てるわ。』
『アクあかはいらない。もう映すな。』
『うざい。キモイ。消えろ。』
これは…心に来るな…。
役者を志す身として、いずれこういった心無い批判の声にさらされることになると覚悟はしていたはずなのだが。いざ目の前にこういう言葉が並ぶと、やっぱりキツイ。
この時俺は、番組を見られるのが恥ずかしいからといって、寝る前に自室にこもって一人で番組のチェックをしていた。その流れでSNSもチェックしたのだが、もともと人に相談事をするのが苦手な俺は、この心の痛みに一人で向き合うことを選んでしまった。
明らかな嫌がらせであっても、ついつい目を通してしまう。強い言葉を浴びせられ、ショックで思考停止に陥る。冷静に考えればこんなことをしても自分が傷つくだけだと分かるのに、画面をスクロールする手は止まらない。そしてまた次のコメントが目に入る。
心を破壊する負のスパイラル。一度はまり込んでしまえば、自力で抜け出すのは難しい。囚われたことにさえ気づけずに、更なる深みへと嵌っていく。初めは気にならなかった単純な人格否定の言葉も、やがて冷静さを欠いた俺はそれを否定することなく受け取ってしまう。
『死ね』
『生きてる価値ないよ』
『お前はいらない』
俺はふとんの中でスマホを握りしめ、ただひたすら言葉の暴力に耐え続けた。