自室のベッドで一人、今ガチの最新話を確認する。
私がゆきちゃんの頬に傷をつけたあの映像は、きっちり番組で使われていた。公式SNSにはものすごい量のコメントが寄せられている。その内容はほとんどが私とアクア君への批判の意見。
やっぱり、と思った。
でも、ちゃんと謝れば許してもらえると思った。番組との契約で放送に乗ってない部分の事は言えないけど、言えることだけでも出来る限り説明して謝れば…
「なんて謝ればいいのかな。あの内容じゃ、どうみても私がキレてゆきちゃんに暴力をふるったようにしか見えないよ…。」
映像はアクア君が私を抱きしめて落ち着かせるところまでしか映っていない。さらにこの週のラストシーンには、赤いひっかき傷がついたゆきの顔のアップに私とゆきの仲たがいを連想させる煽り文句。
本当はゆきへの謝罪と和解まで撮影は出来ているはずなのに。どうしてこんな意地の悪い切り取り方をするんだろう。
ゆきは私の謝罪を受け入れて許してくれているし、メンバーの皆も納得してくれているが、視聴者の目線ではそれが分からない。モデルの顔に傷をつけたという事実だけがクローズアップされている。これでは何の説明も出来ずにただごめんなさいと言う事しか出来ない。
『沢山のご意見を頂き、自身のしてしまったことの重大さを改めて理解しました。本当にごめんなさい。私はゆきちゃんのことが嫌いだから叩いたわけではありません。これだけは信じてください。』
精一杯の謝罪の気持ちを籠め、公式SNSに投稿する。
それが合図だった。
『今ガチにお前はいらない。マジで早く消えろ。』
『はい終了。変わりはいくらでもいるから。』
『正直失望しました。』
番組を見ている皆が一斉にコメントを書き込んでくる。ものすごい勢いで増えていく。私は悪いことをしたから当然だ。これは皆の意見…目を逸らしちゃダメだ…。
私は批判の意見も出来る限り目を通した。
片時もスマホを離さずSNSをチェックし、寝る間際までコメントを読み続けた。目を瞑ると炎上の事しか考えられなくなって、朝になったら全部収まってるって自分に言い聞かせて強引に眠った。
でもそんな事あるはずなくて…。
気づけば朝になっていた。全く眠れた気がしない。少しも気分は良くなっていない。沢山の人から批判の意見を貰うのがこんなに辛いことだなんて思ってもみなかった。これも私の心が弱いせいだ。ちゃんと向き合わなきゃ。逃げちゃダメだ。逃げちゃ…。
「あかね?大丈夫?顔色悪いわよ。」
「大丈夫。」
「学校休む?」
「大丈夫。行く。」
朝食を食べようとするが食欲がわかない。食事がのどを通らない。でも、これは私の問題。お母さんに心配をかけてはいけない。私は食事を拒絶する体に無理やり朝ごはんを詰め込んだ。しかしどうしても体が受け付けず、母が見ていないところでこっそり吐き戻すことになる。
「あかねの見た?」
「ヤバくない?いつかやると思ってた。」
「なんかいつも仕事があるからーとか芸能人ぶってさー」
「いちいちマウント取らねーと気が済まないのかって」
「マジ性格悪いし」
「自分はアンタ達とは違うからみたいな空気出してくるよねー」
「今頃囲いの男共に慰めてもらってるんでしょ」
「ありそー」
教室の前まで聞こえる声で、私の陰口をいうクラスメイト。ああ、学校でも私の居場所はないんだ。結局教室に入る勇気はなく、トイレにこもって時間をつぶした。
そこでもやっぱり批判のコメントに目を通す。
私は確実に追い詰められていく。
『母親がちゃんと教育しないからこういうカス女が生まれる負の連鎖じゃんw』
『育ちが分かるって正にこのことだよな。親に叩かれて育てられた奴はすぐに手を上げる奴に育つ。』
「ごめんねお母さん…。」
ついに批判は私だけでなく、家族やマネージャーや事務所にまで及ぶようになっていた。攻撃のターゲットはどんどん増えていく。もはや私一人の問題ではなくなってしまった。私に関わる人たちまでこんな目に合うなんて。
『今炎上してるあかねって子、ララライの劇で主演やっててめちゃくちゃ頑張り屋な子なんだけどさ。今回の騒動見てたらそういうのもただのアピールに思えてきた。今まで推してたけどちょっと無理になった。』
私を応援してくれていたファンの人でさえも、この事件を境に私から離れていく。元ファンからのコメントは私の心を深く抉った。
そして極めつけは、私を助けてくれたアクア君までもがこの地獄に突き落とされてしまったという事実。私一人ならいくら悪く言われたって良い。でも私を庇った大切な友人まで心無い批判のに晒されるなど、耐えられない。
『星野アクアとかいう役者、あかねのせいで炎上に巻き込まれてて草。』
『共演者まで巻き添えかよ。死ぬなら一人で死ねや。』
「アクア君、ごめんなさい…私を庇ったばっかりに…。」
何時間こうしてトイレにこもっていただろうか。スマホで時間を確認するともう昼休みも終わり午後の授業が始まっている。結局私は学校が終わる時間になるまでトイレに隠れていた。
そこから先は記憶が曖昧で、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。
・・・
「そういえば、何も食べてないや…」
一通り批判のコメントに目を通し、しばらく自室で仮眠をとった私はほんの少しだけ食欲が戻っていた。今ガチメンバーも何も食べていないという私を気遣ってくれている。気分転換にコンビニにでも行って、夜食を買って来よう。そう思い立った私は、台風の中だというのに家をでてコンビニへと向かう。
暴風によって傘はぐしゃぐしゃに折れ曲がり、横殴りの雨に全身が打たれる。しかし限界まで心をすり減らし喪心状態にあった私は、そんなこともお構いなしに死んだようにふらふらと歩き続ける。もう何もかもがどうでもよくなっていた。
コンビニからの帰り道。歩道橋を渡る途中。突然強い風にあおられて転んでしまう。飛ばされていく傘。あたりに散らばる夜食として購入した品物たち。ああ、拾い集めるのももう面倒だ。
「疲れた」
一言、弱音がこぼれた。
私の心はここで挫けてしまった。一度折れた心は、あっという間に諦めに似た感情に埋め尽くされていく。生気が抜けた無表情で、今まで必死に抑え込んでいたネガティブな気持ちに身をゆだねる。
「もういいや。考えるの疲れた。何も考えたくない。」
丁度いいや。ここから身を投げれば死ねる。もう全部終わりだ。何も考えなくて良い。
歩道橋の手すりへとよじ登る。結構高いんだね。まぁ落ちないためのものだから当然か。そんなどうでも良いことを思いながら、私は確実に死への準備を整える。
手すりの上に立つと、そこは道路の真上。土砂降りの雨で良く見えないけど、眼下には車のライトと思しき光がどこまでも遠くへ続いていくのが見える。
これが最後に見る景色ってことになるのかな。車のライトや信号、それに町の建物の照明。沢山の明かりがキラキラ光って綺麗だ。暴風雨のおかげで私を批判する声も一切聞こえない。このまま一歩前に踏み出せば解放される。すべてが終わる。
よし、いこう。
久しぶりの純度100パーセントの鬱回でした。
やっぱり筆が進まない…