今日も監督の家で映画編集の手伝いだ。
炎上によって一時はメンタルをやられた俺だが、ミヤコさんの機敏な対応とお姉ちゃんや学校の友人たちとの交流のおかげで快方に向かっていた。しかし炎上自体はなくなっておらず、そのことを考えると気が重い。ミヤコさんの言う通り、好きな映画製作の話でもして辛いことは忘れるに限る。
「おう、来たか。ほれ、スマホよこしな。預かっててやる。」
「ああ。はい、コレ。」
俺は今スマホ禁止令が出ている。監督にもミヤコさんから説明があり、俺のスマホを預かってくれるのだ。
「泰志!アクア君!夕飯できたわよ!」
「おう、今行く。」
「はーい。」
五反田家の食卓を3人で囲む。炎上が起きてから俺は毎日こうして監督の家に通っている。
俺が監督に弟子入りしたばかりの頃を思い出す。あの頃の俺はひどく傷ついていて、放っておけば死んでしまいそうだった。それを何とか持ち直すよう手を尽くしてくれたのが監督だ。俺は4歳の頃からほぼ毎日この家に通い、余計なことを考える暇がないほどに演技や映画製作の勉強に没頭したのだ。
第2の実家のようなこの家には、俺専用の椅子や食器など、生活に必要なすべてが常備されている。俺がこの家の子供と言っても疑う人はいないだろう。
「早熟、この前面白い映画見つけたんだ。ちょっと聞いてくれよ。」
「へぇどんなの?」
「いわゆるB級映画で出来はそこそこなんだが、ちょっと面白い作り方しててな。時代なのかねぇ。なんつったか、確か新しいCG技術の…」
「おかわりいるかい!?」
「かあちゃん!今良いところなの!ちょっと黙ってて!」
「ははは」
夕飯を食べている間も、こうして監督は延々と映画の話をしてくる。元々そういう人だけど、炎上で落ち込んでいる今の俺にはありがたい。監督の映画トークを聞いている間は辛い現実を思い出さずに済む。
食事が終わればいつものように映画の編集。黙々と作業を続け、気づけば時間は夜の9時。今日も結構頑張ったな。最近俺の担当が恋愛がらみのシーンばかりになっているのは気のせいだろうか?多分監督の仕業だろう。全く、余計なお世話だ。
作業に集中していて気づかなかったが、外は大雨になっていた。窓ガラスも揺れかたを見るに、風も相当強い。
「ちょっと風強くなってきたか?思ったより台風来るの早いな。母ちゃん、これ早熟を帰すのマズくないか?」
「そうね。アクア君今日は泊っていきな。お家には泰志から電話させとくから。」
思ったより早い台風の到来により、俺は監督の家に泊まることになった。
監督はミヤコさんやお姉ちゃんと違って口うるさくないから、夜更かししても文句を言わない。そして監督の家には、古いものから最新作まで面白い映画が沢山用意されている。となれば、やることは一つだ。
「今夜は映画観賞会だな。」
「そう来ると思ってたぜ。早熟、お前は何が見たい?」
「これとかどうだ?」
「ほぉ、恋愛ものか。そうかぁ、お前もそういう年頃だもんな。」
「違う。後学の為だ。」
「そうかい。」
布団をセットし、寝落ちするまで映画を見る準備を整える。手元には選りすぐりの映画DVDが10本。その気になれば一晩中でも見続けられる。さあ、楽しい夜の時間だ。
いざ上映開始と思ったが、最初のDVDを流し始めようとした時俺のスマホが鳴った。
「おい早熟。電話だ。」
「なんだよもー。これから良いところなのに。…もしもし、MEMか。…えっそれ本当か?…うん。…ああ分かった。俺も行く。」
「お、おい!待て早熟!」
この台風の中、あかねが出かけたまま帰ってこないという。今まさに炎上の渦中にいて、心を痛めているであろう彼女がだ。嫌な想像をするなという方が無理がある。
居てもたってもいられず、俺は部屋着のまま家を飛び出した。
・・・
本当に間一髪だった。
歩道橋の手すりから飛び降りようとするあかねを、ギリギリのタイミングで手すりの内側へ引き戻すことが出来た。腕の中にはあかねが居る。良かった、生きてる。
「ああ!いやぁ!放して!」
「落ち着け。ほら、お兄ちゃんがぎゅってしてあげるから。よしよし、よく頑張ったな。」
取り乱すあかねを落ち着かせるために、咄嗟に出た言葉と行動が、コレだった。えっ何してるのという顔であかねが俺の顔を覗き込む。俺にも良く分からない。咄嗟にやってしまったんだから。
しかし効果はてきめんだった。あれほど全力で暴れていたあかねが、こうも冷静になっている。まぁ、いきなりお兄ちゃん面されるという意味不明な状況に戸惑っているだけなのだろうが、この際なんでもいい。あかねを守ることが出来た。それが全てだ。
「アクア君…なんで…?」
「MEMのやつが台風の中お前が出かけて、なのに全然帰ってこないって探し回ってるんだよ。だからコンビニまでのルート辿ってたら…馬鹿野郎が。」
「うっ…あっ…」
その場にへたり込み静かに泣くあかね。命の危機は去ったが、心の傷は癒えていない。
「あかね、辛いよな。分かるよ。でもさ、死ぬのは違うよな?」
「うん…。ごめんね…。」
「謝らなくて良い。辛いときは誰かに寄りかかって助けてもらうもんだ。」
「でも…でも…ゆきにケガさせたのは私で、怒られて当然で…私がせいだから…」
「一旦全部忘れろ。まずは元気になれ。何度も言うが、死ぬのは違うからな?」
「…」
酷く憔悴している。ゆきにきちんと謝罪し、本人間では解決したことすら忘れ、ネットの批判に洗脳されている。ひたすらに自分を責める声を聴き続け、ついに精神に異常をきたしてしまったのだろう。
俺以上にひどいバッシングを受け続けたのだ。無理もない。
「ちょっと君達!危ないでしょあんな所に!何してんのさ!」
運よくその場に居合わせた警察官が駆け寄ってくる。そのまま俺とあかねは警察に保護された。
アクアはあかねの命を救い、咄嗟に出たお兄ちゃんムーブであかねの鎮静化に成功。
原作だとアクアの単独行動に誰も疑問を持ちませんが、このシリーズではそうもいかず、ちょっと考える必要がありました。結果、監督の家を便利に使わせてもらうことに。