警察署に到着し、あかねは事情聴取を受けている。取調室の前で一息つく俺。そういえばずっとスマホが鳴っていたことを思いだし、通知を確認する。
通知画面には監督とミヤコさんとお姉ちゃんからの着信履歴がずらり。慌てて監督の家を飛び出したが、俺の置かれた状況を考えるに、かなりマズいことをしたかもしれない。
俺は今炎上の渦中におり、一時はひどく心を病んでしまった。それを受けミヤコさんは、俺にいくつかのルールを課した。スマホを見ないこと。ちゃんと学校に行くこと。そして、決して単独行動をしないこと。
単独行動を禁止したのは、お姉ちゃんや友人との交流がメンタルの回復につながることが理由だが、最悪のケース、つまり自殺をする隙を与えないこともその目的の一つだった。
そんなルールを課された俺が理由を告げず逃げるように監督の家を飛び出した。その上かかってくる電話を無視し続けているのだ。これは確実に変な誤解を生んでいる。
「…やっべ。」
スマホには丁度ミヤコさんから電話がかかっている。意を決して、通話ボタンをタップした。
「もしもし」
「…!ああ、やっとつながった。アクア…無事で良かったわ。警察から電話がかかってきた時は、もうだめかと思ったのよ。」
「ごめん。心配かけたよな。俺は大丈夫だから。」
「まったくもう、こっちが大丈夫じゃないのよ。…一旦ルビーに代わるわね。あなたの声を聴かせてあげて頂戴。」
「ああ。」
「アクア!!!こんなにお姉ちゃんを心配させて!!!本当に死んじゃったかと思ったんだから!!!」
「お姉ちゃん…本当にごめん。」
「謝るくらいなら初めからこんなことしないでよ…!もう、こんな大変な時に無茶しないで…。生きてて良かった…。」
お姉ちゃんが泣いている。
怒られるのを覚悟してたけど、それ以上に俺の安否を心配する気持ちが強かったみたいだ。そうだよな。少し考えれば分かることじゃないか。
もしもお姉ちゃんが居なくなったらどう思う? …そんな事、仮定の話でも考えたくない。しかし俺がやったのはそういう事だ。自らの行動によって、そのもしもをお姉ちゃんに突きつけたのだ。本当にひどいことをした。
しばらくはお姉ちゃんの傍で大人しくしていよう。
「アクア、今からミヤコさんがそっちに迎えに行くって。ちゃんとそこで待っててよ?どこにも行っちゃだめだからね?」
「分かってるって。もう勝手なことはしないよ。」
お姉ちゃんも落ち着いたみたいで一安心だ。
しばらくして、ミヤコさんがやってきた。
「五反田さんから連絡があったときは色々覚悟してたけど、よくやったわアクア。誇らしいわよ。ちゃんと見てたのね。」
「人は簡単に死ぬ。誰かが悲鳴を上げたらすぐ動かなきゃ手遅れになる。」
「それがあなた自身にも当てはまることを努々忘れないことね。」
「それはもう分かったって…。」
あかねの聴取が終わり、同じタイミングであかねの捜索に当たっていた今ガチメンバーも到着した。あかねには番組を降りる選択肢もあると伝えたが、最終的には本人の強い意志により番組出演を続行するということで決着がついた。
あかねの復帰宣言に喜ぶ今ガチメンバー。炎上をきっかけに仲間が欠けるようなことにならなくて良かったと皆本気で思ってくれている。本当に仲の良い現場だ。こんな温かい仲間たちが待っているからこそ、あかねも復帰したいと思えるのだろう。
自殺未遂の一報、そしてあかね降板の危機によって張り詰めていた空気から一転、いつものように明るい雰囲気に変わる。そしてその中心に居るのは復帰を宣言したあかねと、あかねと共に炎上の渦中にいる俺だ。
「アクア君は強いんだね。こんな時でも私を助けてくれるんだ。」
「俺が強いんじゃない。頼れる人がいただけだ。俺一人だったら確実に折れてた。」
「そう…なんだ。」
あかねと俺の違いは頼れる人がいたかどうか、その一点に尽きる。もしお姉ちゃんが俺の異変に気付かなかったら。ミヤコさんが的確な指示を出してくれなかったら。俺だってあかねと同じ行動をとってしまう可能性は十分にあった。
辛いときほど孤独になってはいけないのだ。過去にも死にたくなるほど傷ついた経験のある俺は、そのことが身に染みて分かっている。
「じゃあ、私もアクア君に頼って良いかな…。」
「良いに決まってる。一人で抱え込んじゃだめだからな?」
「うん。分かった。」
俺に何が出来るかは分からないが、頼りたいなら頼ればいい。それであかねが救われるならいくらでも手を貸してやる。共に炎上を乗り越えようとする者同士、苦痛を分かち合うことだってできるだろう。
「もう大丈夫だ。これ以上悪いことはもう起きない。一緒に乗り越えよう。」
「うん。頑張る。」
そしてどちらともなく歩み寄り、熱い抱擁を交わす。
二人だけの世界にどっぷりと入り込んでいた俺たちは忘れていたが、ここには今ガチメンバーもミヤコさんも居る。周囲から聞こえてくる歓声か驚きの声かよく分からない大音量で我に返り、二人揃って真っ赤に照れる俺とあかね。
この日を境に、俺とあかねの仲は今ガチメンバー公認のものとなる。
・・・
あかねの命は助かった。しかし、事件はこれだけでは終わらない。
『炎上中の未成年女優が自殺未遂(渋谷区)』
どこから情報が洩れたのかあかねの自殺未遂のニュースが流れ、界隈で様々な議論が巻き起こったのだ。もちろんそれで引くやつもいるが、新たな火種に中傷も加速した。あかねは今も番組出演を見送り、復帰の目処は立っていない。
そんな難しい状況のなか、監督からある提案があった。
「なぁ早熟。演者視点の今ガチを作ってみたらどうだ?恋愛リアリティショーについて色々勉強してただろ。なら自分で作るのが一番手っ取り早い。」
確かに、恋愛リアリティショーを理解するためにそれを自ら製作し公開してみるというのは良い案だ。演者は公式SNSに番組のオフショットを投稿しても良い契約になっているから、撮影した素材を使って作成した動画をアップしても問題はない。
しかし、監督の狙いはそこではなく。
「何より、あかねのイメージを回復させれば炎上も収まるかもしれんぞ。」
番組側の意図により、あかねは悪役に仕立て上げられた。俺たち演者が独自に作成したドキュメンタリー映像を公開することでその印象を覆そうというわけだ。
さらに言えば、すでに素材があるとはいえゼロからドキュメンタリー映像を作成するというのはそれなりに手間のかかる仕事。それを今あえて俺にやらせることで当面の目標を作ると同時に、炎上の事を思い出す隙を作らないようにという事だろう。
「手ぇ抜くんじゃねぇぞ?いっちょ、デカいムーブメント起こしてやろうぜ。」
「ああ。うまく行くかは分からないけど、やれるだけやってみるよ。」
「決まりだな。愛する女の為にも頑張れよ。」
「…そんなんじゃねえって。」
「聞いたぞ?お前、他のメンバーが見てる前で黒川といちゃついた挙句、抱きしめ合ったんだってな。もう付き合っちまえよお前ら。俺は祝福するぞ。」
「それは問題が片付いてから考える。ドキュメンタリー映像の制作が先だ。」
「はいはい。」
こうして今ガチメンバーによる裏のドキュメンタリー映像が作成され、完成したデータはバズらせのプロことMEMちょ監修の元、世論を動かす最高のタイミングで投稿された。
結果、この動画は24時間後に7万4千RTを達成。黒川あかねと俺のイメージを変革すると同時に『今ガチ』の人気を決定づけるものとなった。
その映像作成で無茶をしてお姉ちゃんにこっぴどく叱られたが、それははまた別の話だ。
長い鬱展開もこれでひと段落です。ああ疲れた。