「おはよ。アクア。」
「お姉ちゃん。おはよう。」
目覚めたら隣にお姉ちゃんがいる。久しぶりだな、この感じ。いつもより良く寝れた気がする。
今ガチの収録はもうすぐ最終回。
俺は迷っていた。あかねに告白するのか、それとも突き放して有馬を取るのか。番組の流れとして最終回に男性陣からの告白がある以上、それまでに気持ちの整理をつけておく必要があるだろう。
半端な気持ちでは告白したくない。
『アクアが真剣に悩んで決めたことならお姉ちゃんは何も言わないよ。きっと相手もそれで納得してくれる。適当に誤魔化すのだけはやめてね。』
昨日は丸投げかよと文句を言ってしまったが、やっぱりお姉ちゃんの言う通りだ。あくまで誠実に、俺自身が真剣に考えた上での結論に意味がある。俺があかねや有馬の立場だったら、たとえ振られるにしても真剣に悩んだうえで振って欲しいと思うだろう。
「ママ、行ってきます。」
「母さん、行ってきます。」
玄関に立てかけてある母さんの写真に挨拶し、今日もお姉ちゃんと一緒に登校する。
通学路の途中の横断歩道で、長い信号待ち。ここは陽東高校の近くなので、信号待ちする人ごみの中にも俺と同じ制服姿が多く混じっている。芸能科の生徒もちらほらおり、そういう生徒はやはり周囲とは少し違ったオーラを纏っている。
その中に、ひときわ明るい太陽の光のようなオーラを放つ少女を発見する。お姉ちゃんもその人物に気付いたようだ。
「お姉ちゃん。俺、今日学校休むかも。」
「うん、わかった。行っておいで。」
俺はその少女、有馬かなの方へと向かう。
信号が変わる前に声を掛けなければと、少し急いで人をかき分けて進む。少しづつ彼女の姿が大きく見えてくるにつれ、胸の鼓動が早くなる。意識してしまっているのだ。これから意中の女性を遊びに…デートに誘うというこの状況を。
ふぅと息を吐き、気持ちを落ち着けて声を掛ける。
「有馬。有馬かな。なぁ…今から学校サボって遊ばね?」
「いく。」
俺に気付いて振り向いた彼女は、二つ返事で了承した。俺に向けられた笑顔は先ほどまでよりもさらに眩しく、その明るさに照らされて一瞬思考が止まってしまう。入学試験で再会した時から思っていたが、この先輩の笑顔は本当に可愛い。
「は~っ! マジあり得なくない!? 学校サボって遊びに行くとかマジ不良じゃん! あり得ない! マジさいあく! マジさいあく!」
「そんなに言うならやっぱやめとく?」
「そうは言ってない。なんだかあんたが思いつめた顔してるからちゃんと見てあげなきゃっていう先輩心?心が天使よね、私。」
口ではあり得ないだの最悪だのというが、遊びに行くことに反対はしない。それに、俺が悩みを抱えていることにも気づいている様子だ。少し気を使わせてしまっただろうか?
……いやそれはない。有馬の全身からご機嫌オーラがあふれ出ている。遊ぶ気満々だ。このテンションの上がり方がいかにも有馬らしいな。こっちまで楽しくなってくる。
「で、どこ行く? ディズニー? 東京タワー?」
「学校サボってそんな張り切った遊び提案する度胸がヤベえな。」
仕事も遊びも全力投球ってか? 元気のいいことで。
「だって制服でサボったら周りの視線気になるでしょ。着替えに帰るのも時間のロスだし! あの辺制服の人多いし丁度いいかなって……!」
そんな慌てた顔をして短い腕をぶんぶん振り回して言い訳を並べても説得力ないけどな。普通に考えればこんなにもあざとい仕草を何の打算もなしにやるんだから有馬は凄い。
・・・
場所は変わり、近所の公園。
野球のグローブを手に、距離を取って向かい合う俺と有馬。
二人きりで遊ぶとなれば、やはりキャッチボールだろう。若い少年少女がキャッチボールをしながら本音で語り合い、愛情を深める素晴らしい映画のワンシーンを見たことがある。有馬と本音で語り合うのにこれ程適したシチュエーションはあるまい。
しかし目の前の有馬はどんよりと落ち込んだ様子。やっぱりディズニーの方が良かったか?
「やっぱあんた変わってる。」
「そうか?」
「そうよ! うら若き男女が学校という牢獄から抜け出して何をするかと思えば、公園で呑気にキャッチボールだもん! わざわざグローブとボールまで買ってさ。変なの。」
私野球なんてやったこと…と言いながら、有馬はぴょんっと小さく飛び上がるようにしてボールを投げる。ボールはあらぬ方向へ飛んで行ったが、ボールを投げる有馬の姿を拝むことが出来たので問題ない。別に本気で野球の練習をしたいわけじゃないからな。
「私みたいな下手っぴじゃなくてもっと上手な人誘えば良かったんじゃない……? ルビーとか…」
「いや、今日は有馬に用があったんだ。」
「用って?」
有馬が投げたボールを拾い上げ、今度は俺が投げ返す。
「いや、用事があるってわけじゃなくてさ…。ちょっと有馬と二人で話がしたかった。」
「ふーん、二人で。良いわよ。とことん付き合ってあげるわ!」
ボールを投げた先を見れば、今度は上手くキャッチできたと有馬が無邪気に笑っている。この笑顔だ。この心の底から感情を爆発させる有馬の屈託のない笑顔に俺は惚れたんだ。
「『今ガチ』そろそろ収録大詰め?」
「ああ。」
「一番人気はゆき? でも最近黒川あかねも調子良いみたいだし。実際の所あんたは誰狙いなの?」
「………番組の中だったら、あかね。」
「なんか含みのある言い方ね。」
「分かってるんだろ?」
「…まぁ、あんなこと言われたらね。」
会話とシンクロするように俺と有馬の間をボールが行き来する。心も体も緊張がほぐれてコントロールが良くなり、ようやくキャッチボールらしくなってきた。少しだけ距離を広げて遠くなった有馬に、ちょっと強めの球を放る。
「番組の最終回は男性陣からの告白で締めくくられるんだ。俺はもちろん、あかねに告白する。」
「流れ的にはそうなるでしょうね。」
力強くボールをキャッチする有馬。なかなか様になってきている。グローブからボールを取った有馬は深く踏み込み、また俺へとボールを投げ返す。結構いい球だ。
「ビジネスとはいえ告白したらカップルになるのよ。その辺分かってんの?」
「もちろんだ。それまでには俺も心を決めるよ。」
「へぇ、この期に及んでまだ迷ってんの? 学校サボってまで私をデートに誘っておいて。」
有馬へとボールを投げ、再び投げ返される鋭い球に驚いた俺は、危うく落としそうになりながらもギリギリで受け止めた。
捕球したボールを真上に高く投げ上げる。ボールの行先を見ようと空を見上げればそこには眩しく輝く太陽。その光の強さに目が眩む。光を遮るように手をかざし、試しに太陽に向かって手を伸ばしてみるが、当然ながら届くことはない。
太陽の輝きは皆に平等に降り注ぐものだ。決して誰かの手に入ることは無い。
見失ったボールはいつの間にか地面に落ち、その音で思考が中断される。ボールを探そうと空から視線を外して再び地面を見れば、目が強い光に慣れたせいか周囲の景色が暗く映る。
ようやくボールを見つけ薄暗い視界の中で有馬へ投げ返すが、少し方向を誤ってしまう。
「……まぁ、炎上とかあって辛いときに一緒に居てくれたのがあかねだからな。情が移るっていうか、仲良くなるのも当然だろ。」
「フン。弱ってる所に付け込まれて好きになっちゃったとでも言いたいわけ?」
体の正面から少し外れたボールへ手を伸ばし、上手く受け止める有馬。すっかりグローブ姿が板についてきた。返ってくる球もどんどん良くなっていく。
有馬の投げるボールを再びキャッチする。当たり所が悪かったのか、手にしびれるような痛みが残った。太陽とは違い丁度よく手に収まるボールを、今は何故だか手放すのが惜しい。
「…………」
「何、図星?」
マジで?って顔でこちらの様子をのぞき込む有馬。困ったことに、大マジだ。正確に言えば弱ってる所に付け込んだのは俺の方なのだが、それを言えば余計にややこしくなるので伏せておく。
「見たわよ最新話。あいつ私になりきって番組に出演なんかして。何考えてるんだか。」
手の痛みが引いてきた。視線を上げれば仕切り直しだと言わんばかりに俺を見据えてグローブを構える有馬の姿。
「俺の理想の女性像を勘違いしたんだと。」
「それで私? まあいいわ。勘違いじゃなくて本当の事にしてあげれば万事OKだと思わない?」
やや強めに投げた俺の球を難なくキャッチした有馬が、お返しとばかりに今日一番の鋭い球を披露する。
「お、いい球じゃん。」
「そう? えへへ。」
「本当に初心者か?」
「そうよ。アクアとするのが初めて。一番最初。」
ずれた帽子を押さえながら微笑む彼女は、雲一つない晴天の下でひときわ明るく輝いて見えた。
キャッチボールは会話のメタファーってことで頑張って書いてみましたが、柄にもなく意味深な文章が出来上がりました。
国語のテストに出てきそう。