とある昼休み。
お姉ちゃんと寿さんと俺、いつものメンツで机を合わせて飯を食べる。
「あーあ、『今ガチ』終わってもうたな~。」
「そうだな。ようやく肩の荷が下りたというか、ホント疲れた。」
「そうやなぁ。炎上とかもあったし、お疲れさん。」
いい勉強にはなったが、ダメージも大きい仕事だった。無事に乗り切りはしたもののあの炎上とあかねの自殺未遂は軽くトラウマだ。
しかし世間はそういう見方はしていない。これはあくまで恋愛リアリティショーであり、出演者たちの恋愛を見て楽しむコンテンツ。出演するタレントの苦悩などお構いなしだ。
炎上の時は寄り添ってくれた寿さんも年頃の女の子な訳で、恋バナにはやはり目が無い。おっとりしていて落ち着いているように見えるが、本質的にはゆきやMEMちょと同じタイプなのだろう。
「いやぁ、それにしてもめっちゃドキドキしたわぁ。」
「アクアが出てるんだから当然だね。カッコよかったよアクア。」
「最終回のキスシーンなんてほんまに……。なぁなぁ、弟が番組でキスしてたのどういう気持ちなんー?」
「どういう気持ちって、超複雑以外の感情想像つく?」
「せやろなぁー」
どうも恋愛系の話となると俺は蚊帳の外になりがちなのだが、ここまで存在を忘れられているとは思わなかった。キスをした張本人を前にその姉にキスシーンの感想を尋ねるという暴挙。恋は盲目という格言はどうやら当事者以外にも当てはまるらしい。
弟の気持ちは想像つかなかったのか? 寿さん。俺は現在進行形で超複雑な気持ちなのだが。
「『今ガチ』の話?」
「あっうん」
「フリルちゃん知ってるんだ?」
不知火フリルが話しかけてきた。国民的美少女の彼女はいつも忙しく学校に居ないことも多いが、今日は昼からの登校のようだ。
有名人の登場に教室中の視線が集まる。
「知り合いが出てる訳だし。面白かったよ。イケメン美女だらけでほんと目の保養だった。」
「トップスターもそういう事言うんやなぁ。」
「顔が良い人が嫌いな人なんて居ないでしょ。本当に目に良かった。多分視力0.5位良くなったと思う。」
国民的美少女の視力向上の役に立てたなら頑張った甲斐があるというものだ。演者としての立ち回りはそこそこだったが、カメラ映りならあのメンバーの中でもずば抜けて良かった自信がある。次点はMEMちょか。
カッコよく映るのも仕事の内だ。
「個人的にはMEMちょの乙女ヅラが観たかった。私が男子サイドで出てたら絶対押し倒してた。もっと気合入れてオトせって思ったよね。」
「気合足りなくて悪かったな。」
「ちょっと、私のアクアを虐めないでくれる? いくらフリルちゃんでもそれはダメだからね。」
お姉ちゃんは不知火フリル相手でも平常運転。ついでに不知火フリルも本人(俺)の前で男子サイドへのダメだし。二人そろって肝が据わっているというか鈍いというか。もしかしたら似た者同士なのかもしれない。お姉ちゃんも将来大物になるかもな。
「そういえばMEMちょだけど、お姉ちゃんがB小町のメンバーにスカウトしてそのまま加入したぞ。もうアイドルになったわけだし乙女ヅラは拝めないだろうな。」
「へぇ、そうなんだ。」
「そうだよ。MEMちょは私達B小町のお姉ちゃんになったの。」
教室の空気が変わった。
例のごとく、耳を澄ませば背後からひそひそと話し声が聞こえてくる。
(お姉ちゃんが増えた…だと…)
(姉妹アイドルならぬアイドル姉妹か)
(ブラコンお姉ちゃんに妹属性も追加とかもう意味わかんねぇな)
(相変わらず面白い姉弟ね)
当たり前のように混ざる不知火さん……きっちり楽しんでるな。テレビで見る彼女とは全く違う。本当に面白い人だ。
それはそうと、お姉ちゃんの言い回しは独特と言うか、聞く者の興味をそそる。本人が何の気なしに喋っているだけでも陽東高校の皆が話題に困らなくなるくらいに。
『B小町のお姉ちゃん』というワード。これは少しフォローが必要だろう。有馬はともかく、MEMちょまで陽東高校の噂になってしまうのは申し訳ない。俺は1ミリも悪くないが、他にやってくれる人も居ないからな。
「お姉ちゃん、言い方をもっと考えて欲しいんだけど。」
「なんで? MEMちょがB小町のお姉ちゃん以外の何だって言うの。」
「いやほら、本当にお姉ちゃんな訳じゃないだろ? 年上で頼りになるとかさ、そんな感じで言った方が」
「ミヤコさんもこれで良いって言ってたよ? MEMちょがお姉ちゃんなのはもう公式設定なの。」
「え、公式? てことは有馬も…?」
「うん、末っ子だね。」
俺の懸命な努力もむなしく、ざわつき始める教室。MEMちょへの風評被害を抑えるつもりが有馬にまで被害が拡大して……。
ここであることに気付く。これを被害と考えるのは早計かもしれない。
「お姉ちゃん。一つ確認なんだが、公式設定ってのは本当なのか? お姉ちゃんが勝手に言ってるわけじゃないんだよな?」
「うん。ミヤコさんが言ってたから本当だよ。」
これはセーフ。公式設定なら風評被害でもなんでもない。むしろ積極的に広めていくべき情報だ。
お姉ちゃん絡みの噂が広まるのは早い。後で聞いた話によれば、昼休みが終わらないうちに有馬本人の耳にまで届いていたそうだ。
陽東高校の中で強い発信力を持つお姉ちゃんは、広報活動にも適しているのかもしれない。
・・・
週末の駅前。俺は改札の傍に立ちながらある人物を待っていた。さすがに混雑がひどく、この中から目当ての人間を見つけるのは難しい。
ラインの通知にはもう改札を出たとある。このあたりに居るはずなのだが。
「お待たせ。待った?」
「いや、俺も今着いたところだ。」
20分前から居たけどな。
ぼんやりと行き交う人々を眺めるのをやめて声のする方向に視線を移す。声の主は黒川あかね。俺の初めての彼女だ。
夏も近づき蒸し暑い日が増える今日この頃。衣替えの時期も過ぎ、夏らしい格好の人が目立つ。あかねも例にもれず、露出の多い涼しげな格好だ。
折り目の無い薄いベージュのスカートは夏らしい長さで、すらっと長い脚が膝上まで露わになっている。上半身は襟も裾もフリフリしているTシャツ?のような、薄手の白い服で…良く分からないがとにかく似合ってて可愛いってことは分かる。
髪も少し伸びただろうか。いつものストレートではなくゆるく波打っており、紺色のリボンが髪を後ろでゆるく束ねている。
そして言うまでもなく美人だ。周囲の注目を早くも集めてしまっている。
「あかね。早く行こう。ここにいると目立つ。」
「そうだね。皆アクア君のカッコよさに目を奪われてる。」
「いや、あかねだろう。今日のあかねもすごく綺麗だ。」
「もう、アクア君…」
照れるあかねを小一時間眺めていたい気分だが、この場を離脱する方が先だ。あかねの手を引いて目的のカフェへと早足で向かう。
「ふう。このあたりまで来れば大丈夫か。」
改札前の空間を抜け、駅の外へ出る。相変わらずチラチラとこちらを横目で見る人が居るが止まらずに歩き去っていく。立ち止まってあかねの事をジロジロ見てくるような奴は居ない。ここまでくればひとまずは大丈夫か。
「アクア君。手…」
「嫌だったか?」
「嫌じゃ、ない。」
いつの間にかあかねと手を繋いでいることに気付いて動揺するも、持ち前の演技力でごまかす。
歩く速度を緩め、ここからがデート本番と気持ちを切り替えた。
目の前には路地の中にひっそりと、しかしセンス良く佇む喫茶店。
「ここだな。」
「オシャレなお店。なんだか緊張するね。」
店はミヤコさんのチョイスだ。そしてこの店に相応しい服装もまたミヤコさんのアドバイスによる。映画オタクでこういうセンスに乏しい俺は人を頼るしかない。
ちなみに俺はミヤコさん、と言うか苺プロ社長にある任務を言い渡されている。インスタとかツイッターとかいうアプリにキラキラな写真をアップせよとのこと。要するにビジネスカップルとして仲良くやってますよという証拠のようなモノを上げろと言う事だ。
写真を撮るのは問題ないが、アップするアプリの方はお姉ちゃんに止められてて良く分からない。まぁその辺はあかねにやってもらうとしよう。
今の俺たちはどこに出しても恥ずかしくない美男美女のオシャレなカップルだ。シチュエーションも完璧。後はゆっくり二人の時間を楽しんで折を見て写真を撮ればいい。簡単なことだ。
「こちらジャンボストロベリーパフェとチョコクレープになります。ごゆっくりどうぞ。」
あかねが注文したのは写真でしか見たことが無いような巨大なパフェ。確かに写真写りは良いが、コレ本当に一人用なのだろうか? 小ぶりなホールケーキくらいのボリュームだ。2人前は軽くある。
対する俺のクレープはちゃんと一人用だ。あかねが食べきれない分も俺が処理できそうで一安心。
「じゃあ、まずはアリバイ作りだね。」
「ああ。そうだな。」
さっそく写真撮影か。腕が鳴るな。スマホのカメラとは言えバカには出来ない。撮り方次第ではプロのカメラマンが撮影した宣材写真に劣らぬクオリティが…
「ほらアクア君撮るよ。笑って。」
「おいおい、そんな適当に撮るなよ。」
おもむろにスマホを構え、インカメで撮影しようとするあかねを慌てて止める。何を考えているんだ。まだ構図も決まっていないというのに。
「ちょっと待て。パフェの位置はここだ。光源がこっちにあるから…撮影は俺の側からやるか? いや、あくまであかねのアカウントだからあかねの自撮りでないと駄目だな。よし、席を入れ替えて……」
撮影が終わったのは5分後。何とかパフェが溶け始める前に写真に収めることが出来た。出来は上々。あくまで俺とあかねをメインに据えつつ、画面端に映る巨大な苺のパフェがアクセントとなり色を添えている。
しかし写真の出来栄えと反比例するようにあかねの表情は晴れない。
「アクア君がこういうの好きなのは知ってるけど、もうちょっと恋人らしくして欲しいかな。」
「そ、そうか。」
恋人らしく。
そういえば恋人って何をすれば良いのだろう。好きな人と一緒に居たいという気持ちに従って、暇を見つけて一緒に行動さえすればあとはなるようになる気もするが。写真撮影に関しては付き合わせた俺が悪いかな。
これは仕事なので大目に見て欲しい。
「悪い悪い。ちょっと仕事モードに入ってた。」
「もう。」
プクーと頬を膨らませるおなじみの感情表現。怒ってはいるけど本気じゃないやつだ。
「じゃああかね。どうすれば恋人らしくなるんだ?」
「えっとね………どうすれば良いんだろう?」
恋愛ごっこは早くも詰みか。
「あかねが言い出したんだろ。なんかないのか?」
「そんな事言われても、いきなりは出てこないよ。」
「まぁ、写真は撮れたし後は俺たちのやりたいようにすればいいんじゃないか? こうすれば恋人なんて定義はないんだし。」
「そんな適当でいいの? もうちょっと真面目に考えてよ。」
「いや真面目に考えるのが既にデートっぽくないっていうか。」
「なにそれ。」
ふと気づく。これが痴話喧嘩というやつでは。
かなり目立ってしまっているようで、周囲を見渡してみれば俺たちをちらちらと眺めるオシャレな大人たちが沢山。揃いも揃ってブラックコーヒーを注文している。
「俺はあかねと一緒に居れれば楽しいぞ。あかねはそれだけじゃ嫌か?」
「嫌じゃない。」
「じゃあ、それで良いだろ。」
「うーん、そういうものかな…。」
やっぱり難しく考える必要はない。あかねと一緒に居ればそれだけで立派なカップルだ。
「さ、パフェを食おうぜ。早くしないと溶けるぞ。」
「そうだね。」
そこからのあかねは凄まじかった。あれだけ巨大なパフェがみるみるうちに小さく削られてゆき、あかねの胃袋に収まってしまったのだ。
女子はスイーツを無限に食べれるという噂はどうやら本当らしい。
腹一杯に甘味を詰め込み、満足した様子のあかね。背もたれに体を預け、身体も表情もふにゃふにゃと緩ませている。何度だって見たくなる彼女の気の抜けた姿。これこそ写真に収めておきたいが、あかねに怒られそうなので自重した。
しばらく店でゆっくりした後、駅まで一緒に歩いて帰る。もうお別れかと思うと名残惜しいが、この気持ちがきっと次のデートまでの生活に色を付けてくれるのだろう。
「また来ような。」
「うん。」
もう一度会う約束をして、俺たちは別々の帰路についた。
昼休みの様子を書いたらボリューム足りない感じだったのでアクあかのデートを突っ込んでみました。
2本立てです。