【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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フリ入れ

「アクア。B小町のダンスの練習が本格的に始まるのだけど、明日はあなたも付いていってくれないかしら。練習風景の撮影とか色々お願いしたいの。」

 

MEMちょが加入し、正式なスタートを迎えたB小町。そのダンスの練習に俺も同行することになった。

 

今ガチの撮影も終わり、他の仕事もほとんど無い。部活動もしていない俺は当面の間、週末は完全フリーだ。しばらくはB小町のサポート業務に打ち込むことになるだろう。

 

「もしもしお姉ちゃん。こっちはもうスタジオに着いたぞ。」

「うん。分かった。こっちもすぐ着くよ。」

 

肩から下げている大きなバッグを床に下ろす。中にはビデオカメラとノートパソコン。そしてB小町のダンスレッスンのDVDが沢山。結構な重量だ。

 

スタジオに到着するころには夏の日差しと荷物の重さで汗だくになっていた。

 

お姉ちゃん達が来る前に準備を済ませなくては。カメラと三脚を取り出して設置、そしてノートパソコンでDVDが再生できることを確認する。更衣室やシャワールームなど諸々の位置も確認。よしOK。

 

「裏方ってのも大変なんだな……」

 

B小町メンバー受け入れの体制を整え、床にへたり込む俺。火照った体に強めの冷房で冷たくなった床が心地良い。キンキンに冷えてやがる。

 

お姉ちゃん達はそれから5分もしないうちに到着した。

 

「更衣室はあっちだ。準備が出来たら教えてくれ。ミヤコさんに動画取ってくれって言われてるから3人揃ったら一旦カメラ位置の調整するぞ。」

「分かったよぉ。アクたんありがとねぇ。」

 

練習が始まってからは大してやることも無い。お姉ちゃんのキレのあるダンスを眺めて時間が過ぎるのを待つ。なんとなく振りの間違いを指摘してみたり、冷房の温度を調整したり、やることと言えばそのくらいだ。

 

やはりダンスはお姉ちゃんが一番上手い。振りが完全に頭に入っているため動きに迷いが無く、思い切り踊れている。B小町の曲を踊るだけで自然と楽しそうな表情になり、今の段階でもう十分に魅力的だ。

 

MEMちょも振りは完璧だ。お姉ちゃんのような華やかさはないが、彼女には愛嬌がある。計算されつくしたぶりっ子ムーブがダンスにもそのまま生きている。

 

対照的なのは有馬だ。ゼロから振りを覚えなければならない彼女は、どうしても動きがぎこちなくなる。初見であれだけ踊れるのは凄いが、B小町の熱狂的ファンが相手では分が悪い。

 

自分にはダンスなんて無理!などと言って拗ねたりしなければいいのだが。

 

「よーしじゃあ次はお待ちかね。サインはBだよぉ!」

「待ってました!」

「ちょっとタイム! そんな一気にやられても覚えられないわよ!」

 

やっぱりこうなるか。

 

振り入れと言うよりはドルオタ二人がB小町のダンスを楽しく踊っているだけで、有馬は完全に蚊帳の外だった。お姉ちゃん達の暴走に末っ子が反発するのも当然といえる。

 

しかしここにいるのはお姉ちゃんとMEMちょだ。彼女達はどうしようもなく姉であり、末っ子有馬へのフォローは怠らない。

 

お姉ちゃんが謝り、有馬がそれを受け入れる。続いてMEMちょが軽い冗談で場の空気を明るいものに変え、一歩引いた目線からの的確な指示で全体をリードしていく。完璧なコンビネーションだった。

 

「かなちゃんは初めてだもんね。いきなり沢山は覚えられない。分かるよね、ルビー?」

「うん。初めての振り入れで張り切りすぎちゃった。」

「というワケで、既存のB小町の曲に関しては私たちがかなちゃんに教える形で行こう。」

「分かった!」

「お手本はルビー。指示出しは私。かなちゃん、いける?」

「余裕に決まってるでしょ。演技で鍛えた体力舐めんじゃないわよ!」

 

最終的に仲直り出来るなら、多少の喧嘩や諍いはあった方が良いのかもしれない。仲たがいを恐れるあまり本心を隠してストレスをため込むよりはよほど良い。

 

そういう意味では彼女たちの人間関係はかなり理想的に思える。お互いに遠慮がなく、言いたい事は素直に言える。それで意見が食い違ってもルビーお姉ちゃんとMEMお姉ちゃんが大人の対応で解決できる。隙が無い。

 

二人の姉が末っ子にダンスを教えるというスタイルに変更してから、有馬の動きはどんどん良くなっていった。今日の目標である『サインはB』は、一度も振りを間違えることなく通しで踊れるまでになっている。

 

さすがにステージに立つレベルには遠く及ばないものの、高校の文化祭くらいならこれで通用するだろう。たった数時間でここまで仕上げて来るとは、大したものだ。

 

「凄いじゃん先輩! もう『サインはB』の振り覚えちゃったよ!」

「覚えるのは得意よ。子役時代に台本を覚えまくったおかげね。」

「いい感じだねぇ。最低10曲くらいはいつでも披露できるように準備しておきたいけど、この調子なら問題ないかな。かなちゃんも疲れたでしょ? 二人とも休憩にしようか。」

「「はーい」」

 

MEMがこちらへ合図を送る。スタジオの隅で眺めていた俺はクーラーバッグからペットボトルとゼリー飲料を3つ取り出し、彼女達へと手渡す。

 

「どう? 私にかかればダンスの振り入れ程度どうってことないのよ。」

「さすが先輩。その意気だよ。まだいける?」

「何時間でも行けるわ。遠慮しなくて良いわよ。」

「これが若さかぁ……」

 

和気あいあい。休憩中も仲良くお喋りに花を咲かせるお姉ちゃん達を眺める。

 

ここまで個性的で相性の良い3人が揃ったのは奇跡と言っていい。一番星とその引き立て役に分裂してしまった昔のB小町とは違い、三者三様、誰がセンターになってもおかしくない魅力を持っている。

 

その後も末っ子有馬へのレッスンは続き、姉二人の上手な教え方と有馬の驚異的な集中力によってたった半日で3曲の振りをほとんどマスターしたのだった。

 

初日でこれとは、末恐ろしい。

 

・・・

 

久しぶりに訪れるぴえヨンさんの自宅。お姉ちゃんと有馬がぴえヨンとコラボした映像を編集した時以来か。

 

あれは今でも良く覚えている。

 

1時間に渡るぴえヨンブートダンスで限界まで体力を使い、上気した顔のお姉ちゃんと有馬。乱れた呼吸音は漏らさずマイクが拾い上げ、滴る汗の一滴まで高性能カメラにより鮮明に記録された、素晴らしい映像だった。

 

家の中でも被り物を外さないぴえヨンさんには呆れたものの、渡された動画ファイルを見ればそんなことはどうでもよくなった。

 

依頼されたのは字幕の追加。

 

あの素材を渡されてしまったら編集にも気合が入るに決まっている。ピクセル単位、フレーム単位の微調整を幾度となく繰り返し、最高の映像を目指して全力で作り上げた。

 

「おー! 気合入ってて良いねぇ! またお願いして良い!?」

「こちらこそお願いします。色々教えてください。」

 

こうして苺プロの稼ぎ頭ぴえヨンさんと個人的にも親しくなったのだ。

 

今日ぴえヨン宅にお邪魔したのは、とあるお願いをするためだ。

 

社長がメール一通出せば事足りる要件ではあるが、かなり面倒なお願いであり俺がぴえヨンさんを尊敬していることもあって、こうして面と向かって話をする機会を設けたのだ。

 

相変わらず顔は見えてないけど。

 

「ぴえヨンさん。折り入って頼みがあります。」

「ほう。わざわざボクの家まで出向いてくれるなんて、一体どんなお願いをしに来たのかな?」

「B小町の初ライブが決まりました。来月行われるジャパンアイドルフェスに出場します。」

「JIFかい!? それも初ライブで? それはまた凄いことになったね。」

「ええ、とんでもなく大きな初舞台です。これは絶対に成功させたい。」

「なるほどね。それでボクか。」

 

ジャパンアイドルフェス。通称JIF。普通のグループが何年も必死に活動してようやく立てるかどうかという大舞台。本来ならば殆ど何の実績もない今のB小町が参加できるようなステージではない。

 

しかし芸能界はコネの世界だ。

 

今日あまで有馬が、今ガチではMEMがお世話になっている鏑木さんがJIFへのキャスティング権を持っていた。新生B小町に興味を持ったらしい彼は、その絶大な権力を駆使してJIFへとねじ込んでくれたのだ。

 

鏑木さん曰くB小町は有望な投資対象。将来的に金のなる木に育つと踏んで、今のうちに唾を付けておこうというわけだ。

 

この事実を知るのはミヤコさんと俺だけ。そして今ぴえヨンもそこに加わった。

 

「へえ、鏑木さんていうプロデューサーは凄いねぇ。ライブをしたことも無いアイドルをいきなりJIFに出すなんて。あの子たちによほど期待してると見える。」

「お姉ちゃんですから。それくらいは当然ですよ。鏑木さんは見る目があります。」

「キミ、相変わらずルビーちゃんの事になると凄いね……。」

 

何が凄いものか。当然のことを言ったまでだ。

 

「とにかく、お姉ちゃん達はあと1か月でJIFで披露するパフォーマンスを完成させる必要があります。そのためにはプロの指導がどうしても必要なんです。お願いします。ぴえヨンさん。元プロダンサーのぴえヨンさんの力を貸して下さい。」

「分かった。引き受けるよ。ボクも彼女達には可能性を感じてるし、何より気に入ってるからね。」

「ありがとうございます!」

「こっちのスケジュールの調整とかもあるから、折り返し連絡するよ。彼女たちは1か月間自由にスケジュールを組めると思って良いんだよね?」

「ええ。学校以外は何もないですよ。B小町チャンネルに投稿する動画はJIFに向けた特訓のドキュメンタリー動画にする予定ですし。」

「なるほどね。了解。これは腕が鳴るなぁ。」

 

どうやらぴえヨンさんはかなりやる気のようだ。

 

元プロダンサーであり肉体改造のプロが本気で指導するとなれば、生半可な内容ではないだろう。目標の大きさ、いや無謀さか。それも相まって過酷な1か月になる事は想像に難くない。

 

「これが彼女たちの最初のダンスレッスンの動画です。」

「うん。確認しておくよ。」

「では、俺はこれで失礼します。」

「わざわざ来てくれてありがとう。ボクも誠意を見せなきゃね。じゃあまた。」

 

こうして俺は、来月開催されるJIFへの特訓に向けて、ぴえヨンさんの協力を取り付けることに成功した。

 

これ以上の適任は居ないと言って良い。1か月と言う短い時間がネックだが、そこはガッツでカバーするしかない。まぁ彼女たちのことだ。どんなに辛くてもきっとやり遂げるだろう。

 

一か月後が待ち遠しい。

 

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