「今日もお疲れさま。そろそろ有馬さんのダンスも仕上がって来たから、二手に分かれての練習は今日で終わり。明日からは全体練習をメインに進めていくよ。じゃあ、解散!」
「「「はい!」」」
地獄のトレーニングを終え、今日の練習はこれで終わり。私とルビーの『姉チーム』は体力と歌唱力に難ありとのことで、ダンス練習に打ち込むかなちゃんとは別に、発声練習と体力づくりを基本とした練習メニューを組まれていた。
私の今の生活は大体こんな感じ。
朝起きたらマネージャーのアクたんにボトルを手渡される。中に入っているのは紫色の液体。アミノ酸とかビタミンとか、なんか色々入っているらしい。
アクたんが早起きして、数種類の謎の粉を水に溶いて作っているものだ。ちなみにぴえヨンは溶かす前の粉をそのまま口に放り込んで水で流し込んでいた。
彼は化け物か何かなのだろうか?
謎の液体を飲んだら柔軟体操を30分。かなちゃんは普段から体づくりをきっちりやっているらしく、慣れた様子だった。一方最年長で運動不足の私は一番体が硬いので
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛痛い痛い痛い!」
毎日こんな感じで拷問を受けることになる。2週間で大分柔らかくなったとはいえ、まだまだ理想には程遠いのが現状だ。
そして朝食。
社長が腕によりをかけて作った料理が振舞われる。得体の知れない粉を溶いた飲み物と違い、こちらは普通に美味しい。5人で座るには少し手狭な食卓を囲み、本物の姉妹のように仲良く食べる。
朝食が終われば高校生たちは学校へ行き、私は一旦自宅へ戻ってお仕事だ。筋肉痛で痛む体に鞭打って、ガラガラの声で配信をこなす。
夕方になるとかなちゃんがぴえヨンに強制連行され、残った姉二人は筋トレと発声練習。姉チーム担当のアクアが仕事モードで容赦なく追い込んでくる。水分補給で渡されるのはやっぱりあの紫色の液体。
練習中に限らず、事務所にいる間の飲み物は基本的にコレだ。体内の水が入れ替わるのに1か月程度かかると言われるから、JIF本番になる頃には私の身体はこの得体の知れない紫色の液体で満たされることになる。
……私もぴえヨンみたいな筋肉の化け物になったりして。
その日の練習が全て終わると今度はプロテインと謎の錠剤をいくつか。ここで解散となりぴえヨンは帰宅する。
そのあとすぐに皆で夕食。この時点で大体夜の8時だ。次の朝も早いのでお風呂に入って宿題の柔軟体操を少しやって早々に寝る。
そんな感じの生活を続けて大体2週間が経っていた。
「あー今日もきつかった。MEMちょ大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないけどどうにか乗り切ったよぉ。」
「無茶しないでね。怪我とかしたらシャレにならないよ。」
ルビーの心配はぴえヨンにはお見通しの様で、マネージャーのアクたんが毅然とした態度で説明する。
「そこはぴえヨンさんの絶妙なさじ加減でコントロールしてるから大丈夫だ。本番直前に怪我とかさせたら一大事だからな。食事についてもカロリー収支と栄養バランスは完璧だ。安心してくれ。」
「左様ですか……」
今や私たちは完全にぴえヨンの手のひらの上だ。
「そっちは大分大変そうね。体力づくりは日ごろの積み重ねがものを言うのよ。サボって来た罰ね。」
「返す言葉もございません……」
ぴえヨン曰くダンスが仕上がってきたというかなちゃん。大分余裕のある様子。
「ダンスはどうなの? ぴえヨンは仕上がって来たって言ってたけど。」
「振りはとっくに完璧よ。後は歌いながらどこまでキレのある動きが出来るかってとこね。今のレベルでもステージには立てるでしょうけど、細かい部分はまだまだ修正する余地があるわ。」
「さすが先輩。もうそんなところまで行ってたんだ。」
「舐めんじゃないわよ。明日からの全体練習でびっくりさせてやるわ。」
「望むところだよ!」
あっちは順調のようだ。特訓初日、ぴえヨンに一人連れていかれるかなちゃんを見たときはまるで生贄のようだと思ったものだが、マンツーマンのレッスンによってダンスの方はかなり上達したらしい。
あのかなちゃんがステージに立てるレベルと評しているのだ。淡々と語っているが、恐らく並みのクオリティではないだろう。
翌日、学校から帰って来た高校生組とダンススタジオで合流し、全体練習を行った。
かなちゃんのダンスは見違えるほどに上達していた。はっきり言って、すでに私より数段上手い。ぴえヨンをして仕上がっていると言わしめたあのルビーと並んで踊っても、ほとんど見劣りしないレベルに達している。
「先輩! めっちゃ上手くなってる!」
「これは完全に追い抜かれちゃったかなぁ。」
「ぴえヨンさんのおかげね。伊達に2週間マンツーマンのレッスン受けてないわよ。」
歌唱力よってセンターに選ばれた彼女だが、そこにハイレベルなダンスまで加わってしまった。いったいこの子はどこまで成長していくのだろうか。
「ルビーも余裕かましてるとかなちゃんにダンスでも勝てなくなるかもよ?」
「それはヤバいかも。がんばろ。」
「うんうんその意気だ。私も少しでも二人に追いつけるように頑張るよぉ。」
ルビーにも発破をかける。お互いに刺激を受け合い、どんどんモチベーションを上げていく好循環になればと思っての事だ。
私はもうその輪に入れなさそうだけど。
・・・
ある日の苺プロの事務所。
パジャマ姿で仲良くおしゃべりに花を咲かせる3人組。ルビーとかなちゃん。そして私。B小町のメンバーだ。
姉妹と言う設定で活動しているけど、この三週間ずっと共同生活を送っている私たちは実際の関係性もまるで本物の姉妹みたい。
「2曲目のサビ前さ! 上手側からぐるっと回って入れ替わったらカッコよくない!?」
「あー、良いかも!」
「ダメよ。それじゃセンターの私が一瞬とはいえ隠れるじゃない。奥から回りなさいよ。」
事務所のホワイトボードを借りてルビーとかなちゃんと本番のフォーメーションについて語り合う。
今でこそノリノリで会話に混ざるかなちゃんだが、ついこの前まではかなちゃんはこういう会話には興味がない様子だった。当然だ。彼女はもともとドルオタではない。
しかしかなちゃんがB小町のセンターに決まったあの日、心の中で何かが吹っ切れたのか、俄然アイドル活動に興味を示すようになった。
かなちゃんの心境の変化は嬉しいが、腑に落ちなかった。あれだけ役者にこだわっていたというのに一体どういう事だろうかと。
かなちゃんがぴえヨンに連行されルビーと二人で会話する機会が多かったので、いつだったか付き合いの長そうなルビーにそれとなく聞いてみた。
「先輩は役者とか歌手とかアイドルとか、そういう括りにはあまり興味が無いんだよ。役者をやりたがってるのは多分役者でしか褒められた経験が無いからだと思う。その役者にしたって赤ちゃんの頃からやってて自分の意志で選んだわけじゃないし。」
「褒めてくれるならなんでもいいって事?」
「うん。仮に先輩のお母さんが本気で応援してくれるなら勉強でもスポーツでも何でもやると思うよ。」
「じゃあ、あの時アイドルとして褒めてもらえるって思ったから、やる気が出たってわけ?」
「それもあるけど、問題はもっと根深いんだよね。」
「そうなんだ?」
「うん。先輩はね………」
珍しく深刻そうな顔をして、ルビーは語った。
有馬かなは孤独に苦しんでいる。
子役として人気絶頂にあった頃から仕事が減るにつれ、人はどんどん離れていった。事務所の人間も、マネージャーも、親でさえも。母親を始めとした周囲の大人たちが喜ぶ姿を見たくて仕事を頑張ってきた彼女にとって、それはどんな責め苦よりも辛い仕打ちだったに違いない。
彼女は失敗の恐怖から自我を封じ込め、使いやすいタレントを目指した。しかし皮肉なことにそれは彼女の持ち味を殺すことになる。そしてまた失敗して、人が離れて、以下無限ループ。そうして今のかなちゃんという人格が出来上がったわけだ。
卑屈になるのも無理はない。
ルビーは早々にかなちゃんの心の闇に気付いていたらしい。その語り口から察するに、理屈ではなく感覚で。
今のかなちゃんに必要なのは、失敗しても売れなくても傍に居続けてくれる存在だ。「つまりお姉ちゃんだね」とはルビーの言葉だが、普通はそれが母親だったり父親だったり、あるいは友達だったりするのだろう。
しかし家族に見捨てられ、仕事一筋で友人にも恵まれなかったかなちゃんにはそういう存在が居ない。「だから私が傍にいてあげるの」と力強くルビーは言った。
本当に良く見ている。普段はお子様なルビーだが、時々年齢不相応に大人びた雰囲気と鋭い洞察力を発揮する。特に、不安や恐怖と言った負の感情の分析はもはやプロの域だろう。不思議な子だ。
長い思考から戻り、すぐ横でアイドル談議に花を咲かせるかなちゃんに問いかける。
「ねぇかなちゃん。JIF楽しみ?」
「当たり前じゃない。皆に私の凄さを見せつけてやるわ。」
眩しい笑顔で即答された。
この太陽のような笑顔は大きな武器だ。センターのかなちゃんがどれだけ輝けるかがライブの印象を大きく左右するだろう。彼女のためにも、B小町のためにも、かなちゃんが失敗を恐れることなく、また周りの人間に遠慮することなく全力で輝ける舞台を整えなければ。
「MEMちょはどうなのよ。」
「楽しみに決まってんじゃん。一番可愛くて目立っちゃうのは私だからね。」
「言うじゃない。望むところよ。絶対に負けてあげないんだから。」
JIFまで残り2週間。メンバー間の雰囲気もいつになく良くなっている。実力もメキメキと上がっている。
確かな手ごたえを感じつつ、残りの特訓をやり抜く決意を固める私であった。
重曹関連の話はちょっとしつこいかなと思いましたが、MEMちょにはどう見えてるのかを書かないのも気持ち悪いので書きました。
次回、ライブ本番です。