東京ブレイド
とあるオシャレなカフェであかねと二人きり。
JIFが終わって時間に余裕が出来た俺は、かねてからの約束通りあかねとゆっくりデートをしている最中だ。恋人証明の写真を気合入れて撮影したせいで変な空気になりつつも、なんだかんだそんなやり取りも楽しいと思える今日この頃。
前のデートと同じく巨大な甘味をゴリゴリと削っていくあかねを眺める。その姿は以前より少し隙があるというか、みっともないというか。俺に気を許しているのが分かる。
パフェは残り7割くらいか。相変わらずものすごい勢いだ。
「例の件…もうそっちには話行った?」
「『東京ブレイド』の話か?」
「そうそう」
「もちろんやる」
「だよね!」
鏑木さんから新しい仕事のオファーが来たと思ったら、なんと舞台だった。本当は映画の方が好きだが、新米役者の俺は仕事を選ぶ余裕などなかったのですぐに了承した。これも良い経験になると彼は言ったが、良いように使われているだけな気もする。
俺の役は『
「絶対キャスティングした人狙ってるよね。」
あかねの言う通り、間違いなく狙ってるだろうな。鏑木さんのしたり顔が目に浮かぶ。
そういえば刀鬼には鞘姫以外にもカップリング論争になるキャラクターが居たはずだ。名前は確か……『つるぎ』だったか。天真爛漫な戦闘狂。ビジュアルがどことなくあいつに似ている。鏑木さんの事だ、どうせ面倒なことを考えてるに違いない。
あかねもその辺は気になるようで。
「刀鬼といえば相棒キャラの『つるぎ』との関係性も大事だよね。」
「そうだな。どんな台本か分からないが、ファンに迎合して『刀つる』推しの舞台になる可能性もある。」
「えー。それは嫌だなぁ。」
「可能性の話だよ。」
「それはそうだけど……。つるぎ役、誰になるんだろうね。」
「私よ。」
有馬が答える。やっぱりこいつか。
どうやってこの場所を突き止めたのだろうかと思えば、ついさっき投稿した恋人証明写真から場所を特定したらしい。
これじゃ悪質なストーカーに追いかけられるわよと一通り説教をかました有馬。対するあかねはやはり怒っているのだが、何故かただならぬ雰囲気を感じる。二人の間に割って入るのがためらわれるような、そんな空気だ。
「かなちゃんがつるぎ役かぁ。共演は何年振り? てっきり役者辞めたんだと思ってた。今はアイドルだもんね?」
「あかね?」
「ずっと板上に引き籠ってお金にならない仕事してても仕方なくない? あっそう言えば最近恋愛リアリティショー出てたっけ。私生活切り売りして人気出てきたらしいじゃない。」
「有馬?」
突如始まる女の闘い。バチバチだ。だがさすがに分別は付いているようで、公共の場でこれ以上口喧嘩がヒートアップすることは無かった。
「ま……丁度ルビーと近くを通りかかったから注意しに来ただけよ。デートの続きは場所を変えなさい。じゃ」
スタスタと速足で去っていく有馬。お姉ちゃんと二人でお出かけとは、随分と仲良くなったものだ。最近お姉ちゃんがあまりデートに誘ってこないのは有馬を誘ってるからなんだろうな。
余裕の表情を崩さなかった有馬に対し、向かいに座るあかねは何とも言えない険しい表情だ。パフェのグラスを握りしめる手がプルプル震えている。
あかねと有馬は同い年。そして有馬は一世を風靡した天才子役だ。あかねの抱く複雑な気持ちも想像がつく。大方、役を片っ端から持っていかれて悔しい思いばかりしてきたんだろう。俺もつい最近まで監督に役者の仕事を止められていたから、悔しい気持ちはなんとなくわかる。
「積年の恨みを晴らすチャンスがやっと来た…負けないぞ…」
「ああ。ここは同年代の役者として絶対に負けられないな。良い機会じゃないか。刀鬼と鞘姫の演技で俺たちは組むことになるだろうし。」
「勿論そのつもりだよ。でも、そう簡単にはいかないと思う。」
「なんでだ?」
「かなちゃんはつるぎ役でしょ? 脚本にもよるけど、主役のブレイド役との共演シーンが多くなる可能性が高い。」
「だろうな。」
「そのブレイド役なんだけどね。……ララライの先輩の姫川さんなの。」
「マジか。」
姫川大輝か。これは物凄い大物が来たな。
劇団ララライの看板役者。帝国演劇賞最優秀男優賞受賞。月9主演俳優。芸能界に詳しい人間じゃなくても名前くらいは聞き覚えがあるであろう有名人だ。
「言うまでもないと思うけど、姫川さんの演技力は超一流。そこに完全復活したかなちゃんが加わるかもしれないんだよ。」
「それは……とんでもないことになるな。」
「うん。台本はまだだけど、出来るだけ早いうちに準備を始めた方が良いと思う。」
「なるほど分かった。そういう事ならうってつけの場所がある。今度そこでゆっくり話そう。」
「うん。わかった。」
まったりデートのつもりが、結局仕事の話になってしまった。これはこれで楽しいけどな。
・・・
翌日、俺は演技の師匠、五反田泰志監督の家にあかねを連れてやって来た。玄関口で監督が出迎える。
「監督。来たよ。」
「おう早熟。昼飯は食ったか?」
「ああ、食べてきたよ。」
「そうか。ってオイ、後ろにいるの黒川あかねじゃねえか。」
「ああ。改めて紹介するよ。彼女のあかねだ。」
「黒川あかねと言います。よろしくお願いします。」
「アクアから話は聞いてるよ。色々大変だったみてぇだな。俺は五反田泰志。こいつの師匠だ。よろしくな。」
五反田スタジオこと、五反田家の子供部屋にあかねを案内する。
部屋の本棚には、俺が買い集めた『東京ブレイド』の単行本が揃っている。お姉ちゃんにはジュースを零して俺の大事な漫画をダメにした前科があるので、大事な本は監督の家に置いておくことが多いのだ。
「東京ブレイドについてなんだけど。」
「ああ、今度お前がやる舞台の話か。それがどうかしたか?」
「鞘姫役はあかね、つるぎ役は有馬に決まった。そこで相談なんだけど……」
俺とあかねは同年代の役者として有馬には負けたくないこと、そして有馬は姫川大輝とコンビを組む可能性が高いことを説明した。
「なるほどそれで俺に特別に稽古をつけて欲しいと。そういう事で良いんだな?」
「ああ。」
「なるほど。そういう事なら任せろ。みっちり教え込んでやる。」
さすが監督。演技の話に乗ってくる確率が10割の男。この人が師匠で良かった。
話はまとまり、そこから先は東京ブレイドの読書会だ。台本が無い今の段階でできることは原作への理解を深めること。あかねは鞘姫、俺は刀鬼について深く掘り下げて考察していく。
家でまったり彼女と漫画を読むのも良いものだな。この状況、監督さえいなければお家デートと言っても過言ではない。監督は不満そうだけど。
「なぁあかね。ここの刀鬼の心情なんだけど……状況と表情が一致してないよな?」
「ああ、そこはちょっと複雑だよね。大分前に刀鬼の回想シーンがあるでしょ? 明確な描写は無いけどあのシーンを思い浮かべてるはずだよ。」
「あそこか。よく覚えてるな。でも確かにそれなら筋が通る。」
キャラの考察もあかねが一緒だとスムーズに進む。
あかねのプロファイリングの能力には驚かされる。あかねは以前有馬や母さんになりきったこともあるが、まるで目の前に本物が居るかのような錯覚に陥るほどの完成度だった。
その演技を支えるのがあかねの明晰な頭脳だ。俺も頭は悪くないと思っていたが、上には上がいると改めて思い知らされる。
結局その日はずっと読書会で、あかねと共に東京ブレイドの考察を徹底的に深めた。誰よりも早いスタートを切った俺達は、きっと今回の舞台でもいい仕事が出来るはずだ。
まだ台本も貰っていないのに、もうこんなにも気持ちが高ぶっている。今日あま以来となる演技の仕事。監督の協力もとりつけた。
やってやろうじゃないか、初めての舞台。絶対に成功させてやる。
という訳で『2.5次元舞台編』に突入です。
情報量多くて困る。