稽古二日目。
いよいよ本格的な稽古が始まるが、顔合わせの時とは違い不参加の役者もちらほら居る。主演級の役者はこの舞台以外の仕事を抱えている人も多く、すべての稽古に全員が参加できるわけではない。
看板役者である姫川さんもやはり忙しく今日は不在だ。とはいえ主役が居ないからといって稽古をしないわけにもいかない。そういう場合はどうするかと言うと
スタジオ中央では今まさに山中さんと言う役者が姫川さんの代わりに有馬との共演シーンを務めている。
「早速姫川さんの演技が見られると思ったんだけど、今日は休みか。」
「仕方がないよ、姫川さんは忙しいから。今だって映画の撮影やってるみたいだし。」
良くあることだよとあかねは気にも留めない様子。あんなに凄い役者が身近に居て羨ましい限りだ。一応学校では不知火フリルと飯を食う仲ではあるのだが、仕事仲間でもないしあまり演技の話はしない。
演出の金田一さんが見つめるスタジオ中央では順調に場面が進んでいき、キザミが登場するシーンに差し掛かろうとしている。
初日は台本を読み上げるだけで終わったが、今日からはより本格的に体の動きも入れて稽古を行う。しかし具体的な動線や身振り手振りなどはまだ決まっていない状態なので、ここから本番までの間にどんな立ち位置でどんな動きをするのかを詰めていく必要がある。
こういった台本に明記されない細かい動きを細部に至るまで作り上げ、演者に指導するのが演出家の役割だ。恐らく金田一さんの頭の中には既におおよその雰囲気や動きのイメージがあり、それを役者の実際の動きとすり合わせているのだろう。
演出の金田一さんの前で役者が次々と演技を披露していく。金田一さんのイメージ通りなら良し、駄目なら演技を変えてやり直し。それを繰り返して徐々に演技の内容が確定していく。
ここで困った事になってしまったのが、キザミ役のメルトだ。
「キザミ。もっと感情を乗せろ。ここは格下と侮っていた相手に敗北したキザミが根性で立ち上がるシーンだ。全身ボロボロの人間が最後の気力を振り絞って立ち上がるってときに、うめき声の一つも上げないと思うのか?」
「うあああぁあぁぁ! 負けてたまるか! ………こんな感じですか。」
「全然だめだ。話にならん。キザミ。もう少し見学してろ。次、ブレイドとつるぎが助太刀に入る場面からだ。」
金田一さんは顔色一つ変えずにメルトを下がらせた。もういい、お前の動きは全部俺が考えると言わんばかりに。これでは事実上の戦力外通告だ。
メルトには気の毒だが、この面子の中では明らかに実力不足なのも事実。舞台全体の雰囲気を煮詰めていくこの大事な局面では、彼の稚拙な演技が邪魔になると考えたのだろう。非情ではあるがより良い舞台を目指す金田一さんの判断は正しい。
だが一方、ここでメルトのやる気を削ぐのも得策ではないと思う。メルトがこのまま挫けてしまえば稽古に身が入らなくなり、それこそ舞台の質を落としかねない。
そして俺個人としても、心を入れ替えて役者として頑張る彼を応援したい。
演技とは本来楽しいものだ。しかしここで何のフォローもなく隅で見学させられてしまっては、演技は難しくて辛いものだと思ってしまうだろう。役者としてこんなに悲しいことは無い。
落胆した様子で戻ってくるメルト。たった9か月の勉強しただけであの演技が出来るならよくやった方だと思うが、ここでは求められるレベルが高すぎた。
ちょっと話し相手になってやるか。
「そう落ち込むなよ。よくやった方だと思うぞ?」
「そうか…そうかもな。ありがとう。」
「今のシーンだが、もっと痛そうな顔をした方が良い。キザミは既にやられてるんだからな。立ち上がるだけでも辛いはずだし、もっと全体的に緩慢な動きをした方がリアリティーあるんじゃないか?」
「なるほどな……参考になる。」
「考えることは山ほどあるからな。一緒に頑張ろうぜ。」
「ああ。助かるよ。」
しんどそうな表情が少し和らいだのを見てホッとする。少なくとも俺はお前の味方だという気持ちは伝えることが出来ただろう。
この演技バカの集まりの中で彼が浮いてしまうのは仕方がないが、見方を変えれば成長のチャンスでもある。気に病んでしまうのはもったいない。やる気を取り戻したメルトを見て俺は良いコミュニケーションが取れたとこっそり自画自賛した。
ところが。
「刀鬼。いや、星野。ちょっとこっちへ来い。」
「何でしょう。」
演出の金田一さんに呼び出しを食らってしまった。金田一さんを良く知るララライの面々もちょっと気まずい感じだ。何故だろう。
「演出で何か意見があるなら俺を通せ。お前のやる気や実力を疑うわけじゃないが、役者同士で演技の内容を勝手に考えるのは無しだ。混乱を招く。」
「分かりました。気を付けます。」
淡々とこの舞台における方針を俺に突きつける金田一さん。どうやら彼は秩序を重んじるタイプのようだ。
舞台全体のイメージを決定するのは自分の仕事であると考え、知らないところで勝手にイメージと違う事をされるのを嫌うのだろう。確かにその方が一貫性のある舞台になるだろうし、その姿勢は理解出来る。
俺としては役者同士で色々考えながら一つの舞台を作り上げていくようなスタイルが良かったが、演出の方針に背くのはご法度。ここでは金田一さんに従う他ない。
「分かれば良い。下がれ。」
「はい。」
演出の下を離れ、壁際で台本を読むあかねの横へと戻る。
「アクア君。金田一さんも悪気があるわけじゃないの。演劇が好きで信念を持ってる人なんだよ。」
「ああ、それは分かってるよ。ララライの面々も信頼してるみたいだし、情熱も実力も本物なんだろうな。」
「腕は間違いないよ。金田一さんの演技指導は凄いってララライの皆も認めてるから。あと顔も話し方も怖いけど、怒ってるわけじゃないからね。」
「分かってるって。」
俺だって劇団ララライを率いる演出家の腕を疑っているわけではない。これは好みの問題だ。
ウチの監督も雰囲気は怖いが、スタッフや役者に気さくに話しかけるし現場の雰囲気を大切にしている。監督のイメージと違うことをしても面白ければOKだし、撮影中に脚本を大きく変えることもしばしば。
現場に面白い子供が居たからノリで映画に突っ込んだこともある。それが俺のデビュー作だ。
俺としてはそういうアットホームで良いと思った事にどんどんチャレンジしていける自由な現場が好みなのだが、ここはそういう現場ではないらしかった。かなり厳格に指揮系統が定められている。
「あかねはもっと自由に意見を出し合ったり柔軟に脚本を変えたりとかしたくならないか?」
「特にそういう事は考えないかな。きっちり台本が決まってる方が役作りに没頭できて好き。」
「そういうもんか。俺としては監督の現場みたいに好き勝手出来る方が楽しいんだけどなー。さすがに今日あまレベルの無法地帯は嫌だけど。」
「人を巻き込んで何かするの得意だもんね。アクア君らしいよ。」
「というか、今回の舞台は出番が少ないから他の役を上手く魅せるように色々動こうと思ってたけど、それも出来ないわけか。」
「そういう事になるね。」
今回の舞台はあかねの分まで楽しんでやろうと思っていたのに。金田一さんの指示の下で厳密に役割分担されたこの現場では一人の役者として命じられるままに動くしかない。初めて役者として大きな仕事を貰えたと思って楽しみに準備していた俺は、割と真面目に落ち込んだ。
結局その日は監督の家にも寄らずに直帰。お姉ちゃんに愚痴をこぼしてなでなでされ、そのままふて寝して怒られたのだった。
あかねに続いてアクアも意気消沈。
東京ブレイドのストーリーはこんなイメージ。
バトルシーンは5回あるが、鞘姫と刀鬼の出番は最後の1回だけ。
ブレイドが盟刀を拾う。
つるぎを倒して仲間にする。
キザミを倒して仲間にする。
次々と敵を倒し、仲間が増えていく。
キザミと匁の闘い。キザミが負ける。
ブレイドとつるぎが参戦。匁が撤退。
鞘姫が全面戦争を決断する。 ※刀鬼・鞘姫の出番はここから
最終決戦。鞘姫が致命傷を負い、刀鬼は絶望する。
ブレイドが刀鬼を倒し、最終決戦は新宿クラスタの勝利で終わる。
『傷移しの鞘』により鞘姫が復活。