稽古も4日目ともなると稽古場でグループが出来上がっている。
ララライの面子が仲が良いのは当然として、他の役者は自然と共演シーンが多い人間と行動を共にするようになる。キザミを演じる俺の場合はそれが姫川さんと有馬なのだが、金田一さんに見学と個人練習を言い渡された俺は一人でずっとスタジオの隅を占領していた。
どうして俺がキザミ役なんだろうな。ただでさえレベルの高い役者陣の中でも特に実力のある二人を相手に俺がまともに
「ようメルト。今日も個人練習に精が出るな。」
「おう。」
この舞台でただ一人の大根役者に気さくに話しかけてくるこいつは、刀鬼役の星野アクア。俺と同じ高校一年生の役者で、以前今日あまの最終回で少しだけ共演したことがある。
共演した当時は演技の仕事に興味が無く、適当な演技でドラマを台無しにしてしまった。アクアのおかげで最終回だけは良いシーンが撮れたものの、今となっては俺の立派な黒歴史となっている。
そんな経緯もあってアクアと有馬は今回の舞台でも俺が下手糞な演技で作品を台無しにするのではと危惧しているようで、やたらと構ってくる。特にアクアは出番も少なくて割と暇だそうで、時間を見つけては俺に話しかけてくるのだ。
出番が少ないなら大人しくしていればいいのに、アクアの奴やる気ありすぎだろ。
「メルトお前、今日あまが終わって以降ずっと演技の勉強してたって言ってたよな。」
「まあな。お前と有馬の演技を見て目が覚めた。」
「そう言ってもらえるのは嬉しいな。頑張った甲斐があったよ。」
良い笑顔するなコイツは。本当に心の底から演技が好きって言うのが伝わってくる。有馬や姫川さんもそうだが、演技が上手い奴ってのは皆演技が好きで仕方が無いって顔をしてる。
「なあアクア、演技は楽しいか?」
「楽しいに決まってるだろ。」
「そうだよな。そんな顔してるわお前。」
「メルトはどうなんだよ。」
「分かんねえ。今は周りに追いつくことに必死でそんな事考える余裕もないし。お前は良いよな、ずっと楽しそうで。」
「そうでもないぞ。」
「そうなの?」
ああ、とアクアは肯定し、この舞台の愚痴をこぼし始めた。
自分の役の出番が少ない上に刀鬼と言うキャラクターが作劇上の都合で単純化されていること、指揮系統が厳格で他の役者や裏方のスタッフと意見交換したり演出についての提案が出来ないことなどなど。
舞台のクオリティを上げるために色々やりたいのにやれることが無いのが不満らしい。やっぱりやる気ありすぎだろ。今からでもキザミ役を代わってやりたいくらいだ。
「お前はお前で大変なんだな……」
「そうなんだよ。ウチの師匠の現場はやりたい放題やれるのになぁ。ここは息苦しい。」
「色んな現場があるんだろうな。」
「そりゃもう。間違っても今日あまの現場が普通だなんて考えるんじゃないぞ?」
「あの時の話はもうやめてくれ。結構心にくる。」
「はははっ」
同い年と言うこともあり、4日目にもなると軽口を叩き合える程度には仲も良くなっていた。
一通り雑談が終わって俺が練習に戻るとアクアは隅で壁にもたれて座った。リラックスした様子で台本や原作漫画を読み返したり、時々俺に構ってきたりしながら金田一さんの指示を待っている。
しばらく個人練習をアクアに見てもらっていると、スタジオに訪問者が現れた。脚本家のGOAさんと、原作者の鮫島アビ子先生だ。アビ子先生には付き添いで今日あま原作者の吉祥寺先生も一緒に来ている。
脚本家と原作者の登場でアクアの顔色が変わる。
「これはチャンスだな。」
「何が?」
「金田一さんは厳格な人だから脚本通りの舞台を完成させようとするだろ? だったら脚本家に掛け合って脚本から変えてもらえばいいんだ。しかも今日は原作者も居るから、キャラを掘り下げる方向の提案は通しやすいかもしれない。」
「お、おう。」
急に饒舌になったな。余程嬉しいのだろうか。
説明もそこそこに、アクアは彼女の黒川あかねを引き連れて脚本家GOAさんと金田一さんの下へと向かった。ちょっと気になるので俺も後から付いていく。
「あかね。脚本で気になるところあるんだろ? 丁度GOAさん居るから聞きに行こうぜ。金田一さんを通せば問題ないだろ。」
「昨日の今日でいきなり金田一さんに意見しにいくんだ……。なんというか凄いね。」
「後悔するよりマシだろ。それに顔が怖くても実際は気の良いおっさんだったなんてことはよくあることだし。」
「もう好きにしていいよ。」
「分かった。行くぞ。」
だからやる気がおかしいんだよお前は。
相変わらず強面の金田一さんの前にアクアは臆さず立つと、鞘姫と刀鬼のキャラクターが単純化されていることについてGOAさんへと質問をぶつけた。回答は想像通りだったようで落胆するでも驚くでもなく、淡々と話を聞いている様子だ。
脚本変えてもらえなかったが良いのかと聞くと、元から期待していないとの答え。僅かでも可能性があるならやってみるんだと。
アクアと金田一さんのやり取りも終わり俺のテリトリーに戻ろうとした時、ふと視界に鮫島アビ子先生と吉祥寺先生の姿が映った。せっかくなのでアクア共々挨拶しに向かう。
「アクアさん。またお会いできて嬉しいです。」
「光栄です。」
先に吉祥寺先生に挨拶したアクア。結構いい雰囲気だ。先生の機嫌も良さそうだしこのままのノリで俺も…
「先生、おひさっす。」
「あっ、ども……」
やっぱり駄目か。分かっちゃいるけど塩対応だ。
「お前『今日あま』では滅茶苦茶してたしな。原作者からしたら親の仇みたいなもんだろ。」
「……まぁな。」
仕方がないか。ここは演技で見返すしかないな。
俺たちが挨拶するのを見て、他の役者達も続々と集まって挨拶をしに来ているようだ。イケメンと美少女はムリといって隠れるアビ子先生。俺も多分話すの無理なんだろうな。
再びアクアとスタジオの隅に戻って練習を続ける。
原作者に群がっていた役者達も金田一さんの一喝によって散り散りになり、いつも通りに稽古は再開した。しかし何やら脚本家のGOAさんと原作者のアビ子先生の間に不穏な空気が漂っているような。と言うかあれ、喧嘩してないか?
「おいアクア。なんか脚本家と原作者揉めてるぞ。」
「みたいだな。」
「みたいだな、って。ヤバいんじゃねぇの? あれ。」
「ヤバいだろうな。でも今俺たちが出張ったところで何にもならないし。」
達観してるな、とこの時は思ったが、星野アクアと言う男は俺の想像をはるかに超える奴だということをこの時は忘れていた。
「冷静なんだな。」
「いや、内心結構燃えてる。これは面白い展開かもしれない。」
「なんでだよ。明らかにトラブってんだろ。」
「そのトラブルのおかげで面白いことになるんだよ。」
ダメだ。何を言ってるのか分からない。
だが、今日あまの時もそうだったがアクアは人を思いのままに操って自分にとって良いように動いてもらうスキルを持ってる。最終回で俺が感情演技を出来たのもこいつのおかげだった。
多分今回も何か凄いことをやるんだろう。そう考えればなんだか俺も面白くなってきた。
「なるほど。良く分からないがお前は何かやる気なんだな。で、どうするんだ?」
「とりあえず、吉祥寺先生の家に遊びに行く。お前も来るか?」
「は?」
唐突に出てくる吉祥寺先生宅の訪問。それをやって一体何になるんだ? アビ子先生でもGOAさんでもなく吉祥寺先生なのも意味不明だ。俺がバカなのだろうか。
さっぱり意図が読めない。一体何を考えてるんだろうな、アクアは。