GOAさんの脚本に対する不満をここぞとばかりにぶつけるアビ子先生を眺めつつ、これから俺がやるべきことについて思案する。
つまらない脚本に、厳格な指揮系統。もはややれることは無いと思っていたがここにきてチャンスが巡って来た。原作者の登場によって舞台の内容が根本から変わる可能性が出てきたのだ。
まず、アビ子先生の師匠にあたる吉祥寺先生を味方に引き入れるのは必須だ。たかが一役者の意見を売れっ子漫画家が聞いてくれるとは到底思えない。吉祥寺先生への覚えは良いはずだし、有馬と俺が揃って遊びに行くと言えば断らないだろう。
ノリでメルトも誘ってしまったが、まぁ問題あるまい。
今問題となっているのは脚本だ。
俺もこの舞台に向けて東京ブレイドの漫画を徹底的に読み込んできたから分かる。あの漫画は人物の深さを魅せる漫画だ。脚本の出来は悪くないが、シンプルさを取ってキャラの心情描写を捨てるという方針では、東京ブレイドの魅力を引き出すことができない。
しかし先ほど金田一さんを交えてGOAさんと会話した限りでは、GOAさんもそのあたりはよく理解している様子だった。となればこの脚本が出来上がってしまった要因は特定の誰かではない。
原因は恐らく、修正指示を出すアビ子先生と指示に従って脚本を修正するGOAさんの間に存在するディスコミュニケーションだ。
監督は言っていた。言語化出来ない意図まで汲み取ってくれる役者は貴重、喉から手が出るほど欲しいと。要するに頭の中にあるイメージを言語化して他者に伝えるのはプロであっても難しいということだ。
いかにもコミュニケーションが苦手そうなアビ子先生であれば、修正作業はなおの事困難を極めただろう。GOAさんも苦労したに違いない。
映画監督の弟子として培ってきた知識と経験を活用して、何とかこの両者の橋渡しが出来ないだろうか。俺は演出、脚本、役者、その他の裏方など映画製作に関わるすべてを経験してきたし、東京ブレイドだって誰よりも良く理解している自信がある。
この状況を何とかするのに俺は適任の筈だ。そうだよな、監督?
アビ子先生はブチギレ真っ最中で、総合責任者の雷田さんとアビ子先生のマネージャーが何とか諫めようと頑張っている。少し離れた場所にGOAさんと吉祥寺先生。揃って暗い表情だ。
「GOAさん。ちょっと話が。」
「なんだい?」
「アビ子先生は何度も脚本に修正指示を出したと言っていましたが、具体的にはどのような指示を受けましたか? 言える範囲で構わないので教えていただきたいです。」
「別に構わないけど、どうして?」
「これは予想なんですけど、アビ子先生の指示が正しく伝わっていないと思いまして。先ほどの会話からGOAさんはアビ子先生が東京ブレイドで表現したいことを良く理解していると感じました。今回の脚本がこうなったのはGOAさん以外の何者かの意思が介入しているはずなんです。」
「ははは、良く分かってるじゃないか。そこまで言うなら教えてあげよう。……リライティングってのは、地獄の創作だよ。」
GOAさんは淡々とリライティングの苦労を語ってくれた。
原作者の趣味と違えば憎まれ嫌われ、つまらなかったらファンから戦犯のように晒し上げられて、面白かったら全部原作の手柄。プロデューサーの趣味を捻じ込まれて、大手事務所には
これは辛そうだ。
監督が何故超低予算の映画ばかり作っているのかが良く分かった。自分がトップなら邪魔は入らないし、全体に目の届くから役者が好き勝手してくれて構わない。彼はそんな自由な現場が好きなのだ。
俺も全く同じ意見だ。監督、早く新作作らないかな。
そして問題の修正指示だが、やはり原作の良さをかき消す方向のものが多く、GOAさんもそれを知りつつ仕方なく指示に従っていることを明かしてくれた。読み通りだ。
よし次。吉祥寺先生を味方につけるべく、策を講じる。
「こんにちは吉祥寺先生。アビ子先生に付きそうのも大変そうですね。子供みたいな人だ。」
「漫画家はこだわり強くて社会性に著しく欠けてる人多いから……。もちろんアビ子先生は極端な方だけど…。」
「だからこそ東京ブレイドを描けたのかもしれませんね。」
「それはそうかもね。」
「ところで先生。このトラブルで俺たちは少し暇になりそうなんですけど、今度吉祥寺先生のお宅に遊びに行っても良いですか? 有馬とか他の役者友達と一緒に。」
「え、本当? それはとても嬉しいけど……。むしろ良いの? 芸能人が家に遊びにくるなんて……。」
「本人が良いと言ってるんだから良いんですよ。今日あま読みました。とても面白かったです。吉祥寺先生が喜んでいただけるなら是非お邪魔したいです。」
「そ、そう? なら来てもらおうかしら。」
いきなり自宅に遊びに行きたいなどと不躾なお願いをしてしまったが、すんなりと受け入れてくれた。今日あまでの働きを認めてくれているのか、それとも芸能人が家に来ることに舞い上がっているのかは良く分からないけど。
最終的な目標は、なるべく近い距離でアビ子先生からGOAさんへと修正指示が届くルートを確保すること。それにはアビ子先生の歩み寄りが不可欠となる。
吉祥寺先生もアビ子先生も、この舞台を良いものにしたいという思いは変わらないはずだ。東京ブレイドについて熱く語り、作品への愛を認めてもらえれば、吉祥寺先生からアビ子先生に説得を頼めるかもしれない。
そしてアビ子先生の意図が正しく伝わりさえすれば、GOAさんは素晴らしい脚本を作り上げてくれるはずだ。原作者、脚本家、劇団、観客そのすべてが幸せになる最高の展開。そこを目指す。
そうこうしているうちにアビ子先生と雷田さんの間で話がまとまった。どうやらGOAさんを下ろしてアビ子先生が直々に脚本を書くと言い出したらしい。
何とわがままな人だろうか。
これが原因で脚本は白紙に戻り、新しい脚本が上がるまでは稽古が休止となった。
脚本が気に入らないのは分かるが、稽古をストップさせることの重大さには全く気付いていない辺り、やはり演劇を理解していないと言わざるを得ないな。
役者陣は皆困った顔をしている。あかねも同様だ。
「稽古中断は痛いなぁ……。今回の舞台はステージアラウンドだし、稽古期間多く取りたいんだけどなぁ。」
「そういやそのステージアラウンドって何?」
「えっ! 知らないで稽古してたの? それが分かってなきゃイメージ出来なくない!?」
「劇のステージなんて殆ど同じだろ。」
「アクア君、舞台そんなに好きじゃないでしょ?」
「気づかれたか。」
「そら気づきますとも。」
演劇を理解していないのはアビ子先生だけじゃなかった。言われるまで気づかなかったが、俺は映画専門で舞台には疎いのだった。
「好きと言うか好んで観ないだけだけど。」
「どうして?」
「場面転換の度にセット入れ替えてテンポ悪いし可動式のセットは安っぽい。劇特有の大げさな演技にいまいちノれない。同じ時間使うなら演出効かせられる映像の方を観……」
「大体想像通りの答えだね。」
「そっちから聞いておいて…」
とにかく、あかねは俺の舞台への理解が古いことが気に入らないようだった。
だが、舞台なんてどこも同じだろう? ステージがあって、幕があって、その中にセットを用意して役者が演技して。テンポが悪いのも演技が大げさなのも、物理的にどうしようも無いと思うのだが。
ステージアラウンドとやらがそれを解決するというのだろうか?
「ステアラで舞台観たことないんだ? ふーん?」
「なんだよ」
「せっかく時間出来たんだからちょっとデートしよ? 演劇は映像より上位の
随分と大きく出たものだ。あかねがここまで自信たっぷりに推すのだから、ただ事ではない。
ステージアラウンド、略してステアラ。いったい何者なんだ?