一流の役者に囲まれ、演出の金田一さんも見ている前でそれなりの時間演技を披露してきたアクア君だけど、まさかステージアラウンドを知らずにやっていたなんて。
これでバレないのは演技力と適応力の高さ故なのだろうか。だとしたらとんでもない才能だ。アクア君が悪人だったらものすごい詐欺師になっていたのかもしれない。
まぁ、根っからのお人好しなアクア君に限ってそんなことは絶対にありえないけどね。
台本が白紙に戻った影響で稽古は中止。時間はまだ昼過ぎ。今ならまだ当日の公演に間に合うかもしれない。私が前々から気になっていたあの人気漫画『卓球の王子様』の舞台が丁度今日の夕方からやっていたはずだ。
「ほらアクア君、行くよ。」
「お、おう。」
彼の手を引き、さっさとスタジオを抜け出す。せっかくのデートだ、時間を無駄には出来ない。チケットの購入も移動中に済ませてしまおう。
タクシーに乗ってお目当ての劇場へと向かう。
「アクア君。チケット取れたよ。もうすぐで売り切れになるところだった。」
「へぇ、平日なのに満席になるのか。人気なんだな。どんな舞台なんだ?」
「これも2.5次元の舞台だよ。知ってるかな『卓球の王子様』って言う漫画なんだけど。」
「ああーあれか。名前だけは知ってるよ。確か、中国で卓球を学んだ主人公が日本の学校で卓球部に入る話だったよな。」
「そうそう。荒れ狂う大海原で海賊に串刺しにされちゃうシーンとか、五感を奪われて何も出来なくなっちゃうシーンとか、あとブラックホールで敵の攻撃を受け止めるシーンも有名かな。男の子が好きそうな感じだよね。」
「ちょっと待て。卓球の話じゃなかったのか? 超能力を使ったバトル漫画?」
「一応卓球の話だよ? でもギャグマンガって言う人も多いらしいね。」
「バトル漫画ですらないのか……世界は広いな。」
アクア君が困惑するのも無理はない。私もちょっと友達に話を聞いただけだけど、本当にこの漫画は訳が分からない。舞台の脚本に落とし込むのは東京ブレイドなんかよりもずっと難しいだろう。
だからこそステージアラウンドの凄さを思い知らせるのには好都合だ。『卓球の王子様』の舞台で前面に押し出すべきポイントはノリと勢い。決して緻密な考察や心情の描写ではない。とにかく派手に。とにかく熱く。これはそういう漫画だ。
派手な視覚効果が必要で、セットもその場のノリでコロコロ入れ替わる、普通の舞台ではなかなか表現できないだろう。
「それ、本当に舞台化できるのかよ。」
「出来てるから凄いんだよ。言ったでしょ、満員だって。」
「それもそうか……いやしかしなぁ……信じられない。」
「見れば分かるよ。そうとしか言えない。」
こればっかりはどんなに言葉を尽くしても伝えられるものじゃない。まずは見てもらって、話はその後だ。
アクア君の反応が楽しみだなぁ。
・・・
舞台を鑑賞し、隣接するカフェで一息つく私達。
「どうだった?」
「……まあ、正直言うと想像の50倍面白かった……」
「でしょーー!?」
やっぱり分かってくれた。しかしアクア君の表情は優れない。むしろ深刻そうな顔だ。
ステージアラウンドの良さは十分伝わっているみたいだけど、一体どうしたのだろう。
「何か気になる事でもあった?」
「いや、舞台は良かった。特にいう事は無い。」
「でも何か悩んでる感じだよね。」
「ああ。初めてステージアラウンドって奴を見て、俺達の置かれている状況が想定よりも悪いってことに気づいたんだよ。」
「どういう事?」
「俺は今まで舞台なんてどこも似たようなもんだと思ってた。だから脚本作りもアビ子先生の指示がちゃんと反映されればそれで問題ないと思ってたんだよ。でもそれだけじゃダメだ。この舞台を見て良く分かった。この脚本はこの箱の強みをフルに活かす工夫が組み込まれてる。やっぱり最終的にはプロの脚本家がきっちり監修して一から書きあげないと良い舞台にはならない。」
「でも、アビ子先生はそんなの認めてくれるかな。GOAさんを下ろしてって言ってたくらいだよ。」
「アビ子先生にはGOAさんの手腕を認めてもらう必要があるな。脚本家には脚本家のスキルが求められるってことをどうにかして納得させないと。」
本当に色々なことを考えている。
私も役作りに関しては周囲の人間に呆れられるくらい色々な情報を集めてひたすら考察してるけど、アクア君も方向性が違うだけで好きなことに対しては徹底的に考えるタイプみたいだ。
私と違ってイレギュラーなことが起きた方が面白くて頭も回るみたいだけど。アビ子先生がGOAさんと揉めてた時もちょっと楽しそうだったもんね。アクア君と私は似てるようで似てないのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ちょうどいいタイミングでイレギュラーなことが起こった。
「やあやあご両人。」
舞台『東京ブレイド』の総合責任者の雷田さんが突然現れたのだ。
「雷田さん」
「どうしてここに?」
「どうしてって、この舞台は僕の担当だからね。ちょっと落ち込んだときは出ていく客の顔を見るのさ。客の顔は素直だ。楽しんで貰えた時は笑顔だし、イマイチだった時は澄まし顔。見てたらやる気に繋がるからさ。」
楽しそうに語る雷田さん。スタジオでアビ子先生とやり取りをしていた時とは大違いだ。
東京ブレイドの舞台に関わる人たちは皆舞台が好きで、好き好んで悪い脚本にしようとする人はどこにもいないように見える。GOAさんも雷田さんも、勿論金田一さんも。皆素晴らしい舞台にしようと努力しているし、東京ブレイドの面白さもよく分かってくれている。
なのに上がって来た台本があれだった。一体どこから歯車は狂ってしまったのだろう。
アクア君は何か手掛かりと言うか、彼なりの答えを出しているみたいだけど、どうして分かるんだろうか。これが天才ってことなのかなぁ。
「雷田さん、脚本の件大丈夫なんですか?」
「ん-今日も出版社側とやりあって来たんだけどね。やっぱり原作者の先生が頑なみたいでね。脚本家のGOAくんは降りてくれと、先生直々に脚本書き下ろすと言ってるんだ。」
「無理ですよね。アビ子先生はこの舞台の装置のことは何も知らない。やっぱりGOAさんの力がどうしても必要になる。」
ここでアクア君はふぅと息を吐き、雷田さんを真っ直ぐ見据えた。
綺麗なアクアマリンの瞳に星が宿り、キラリと光ったように見えた。
「雷田さん、頼みがあります。どうにかしてアビ子先生とGOAさんが直接意見を交換しながら脚本を作る機会を設けてくれませんか。」
「そうしたいのは山々だけど、アビ子先生が聞いてくれるか……」
「それに関しては俺の方から掛け合います。明日吉祥寺先生の家に訪問する予定なんですよ。そこで吉祥寺先生にアビ子先生を説得してくれるよう頼むつもりです。」
「でも、意見の食い違いで二人の仲が余計に悪くなるなんてこともあるかもしれないよ?」
「それは無いです。GOAさんは東京ブレイドをしっかり読み込んでいるし、キャラクターを大事にしたいというアビ子先生の意図を最大限汲んで脚本を作ったと言っていました。仲良くやれると思いますよ。それに何より、」
「何より?」
「もうこれ以上状況が悪くなることなんてあり得ません。このままいけば許諾の取り下げか、ひどい脚本で舞台を強行するかの2択ですから。」
「それは……そうだね。」
この無尽蔵の行動力は一体どこから湧いてくるんだろう。金田一さんにも臆さず意見するし、急に現れた総合責任者の雷田さんにも堂々と頼み事をするなんて。私には到底考えられない。
アクア君の直談判は雷田さんの心に響いたらしく、少し考えた末にやれるだけやってみるとの返事を貰えた。絶対やると言わないのは立場もあっての事だろう。目は間違いなく本気だった。
方針が決まり、具体的な手順をアクア君が説明する。
「明日、吉祥寺先生経由でアビ子先生にこの舞台のチケットを渡します。台本を書く参考になると言えば来てくれるはずです。そしてクリエイターのアビ子先生がこの舞台を見て何も思わないはずはありません。雷田さんは舞台から出てくる彼女を捕まえて、GOAさんの脚本家としての優秀さを説いてください。」
「なるほど。そこまでお膳立てされちゃあやるしかないね。」
「よろしくお願いします。」
こうしてアクア君は総合責任者の雷田さんをその気にさせることに成功したのだった。
突然現れた責任者を相手に、今見たばかりの舞台を踏まえた上で、こんなにもスラスラと問題解決に向けた筋書きを語れるなんて。凄いを通り越して呆れてしまう。
これが五反田監督の言う適材適所ってことなのかなぁ。私には逆立ちしても出来そうにないや。