【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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命懸けの執筆作業

描いても描いても終わらない。

 

本誌の原稿に、カラーのイラストがいくつか、それから私が直接監修しなきゃいけないグッズにスピンオフ作品への原作者イラストとかもあったっけ。やらなきゃいけないことが多すぎて、もう訳が分からない。

 

昨日が締め切りのイラストを描き上げ、次の作業に取り掛かる。次に締め切りが近いのは、えーとどれだっけ? 

 

机の上の封筒から適当に画用紙を取り出すが、そこには完成したイラスト。おかしいな、最後まで描いた記憶は無いのに。まだ下書きだったはず……。

 

私はもうとっくに限界だった。

 

しかし作業を止めることは無い。いや、止められない。もし人気が落ち、東京ブレイドが数ある漫画の一つとして埋もれてしまったら? 死ぬ程怖い。

 

少しでも手を抜けば一瞬で読者に見放されてしまうだろう。だから体が軋もうが、記憶が無くなろうが全力で描くしかない。作品が完結するか作者たる私が死ぬか、どちらになるかは分からないがその時が来るまで走り続けるしかない。

 

その覚悟はできている。

 

一コマ描き終え、ほんの数秒だけ休憩する。凝り固まった首と背筋を伸ばし、顔を上げ、視界が一気に広くなる。山積みの資料の中、ある冊子が偶然目に留まってため息が出た。悩みの種だ。

 

冊子の表紙には『舞台 東京ブレイド』の文字。

 

3流のクリエイターが蔓延るこの世界で、苦労して産み育ててきた大事なキャラクター(子供達)を守るのは私の役目。東京ブレイドと銘打って世に出される以上は、ちゃんとキャラの柱を崩さずに創作してもらわないと困る。

 

あんなクソみたいな台本など、論外だ。

 

何をどう読んだらあんな意味不明な脚本が出来上がるのだろう。うちの子は世間にはあんな事を言うと思われている? 私の漫画を分かってくれる人は居ないって事? プロの脚本家でさえあのレベルの理解なの?

 

全くもって話にならない。これなら私が一人で書いた方がよっぽどマシだ。

 

所詮世の中の人間なんてこんなものだ。確かなのは自分の才能だけ。自分の作品は自分で守るしかない。

 

「アビ子先生おじゃまするわよー」

「原稿中なのでこちらからすみません。」

 

ああそういえば先生が来るって連絡が来ていたっけ。すっかり忘れていた。

 

「あれ? そっちの締め切りって昨日じゃなかった? ……オーバーしてるの?」

「はい。」

 

これだけの作業量、オーバーして当然だ。文句はマネージャーに。

 

指示を出すまでもなく作業に加わる先生。編集が持ってくるアシスタントもこれくらい有能だったらいいのに。

 

「寝てるの?」

「一応毎日2時間は寝てるのでまぁなんとか。今日はデッドなので寝てないですけど。」

「それ死ぬわよ。もっとリアルに言うなら鬱病リタイアコース。二度と元のペースで描けなくなるわよ?」

 

こうやって小言を言ってくるのはいつもの事。先生なりの優しさだけど、今はそれどころじゃない。

 

そこから先もいつものように先生の小言は続いた。アシスタントをちゃんと育てろだとか、人とコミュニケーションを取れだとか。そんなの無理だって何度も言ってるのに。

 

たまり続ける仕事でいっぱいいっぱいだった私は、ついに我慢の限界を迎えた。

 

「そういうの5000万部売ってから言って貰えます!? こっちはそういうレベルで戦ってるんです! 重い期待の中毎週必死にやってるんですよ!?」

 

こんなことを言われれば当然先生だって怒る。

 

「……言うようになったわね…。それ言われて言い返せる漫画家は今この業界に殆ど居ない、本当に無敵の返しよ。確かに私はアンタほど売れてない。」

 

とはいえ、ここまでガチギレするとも思ってなかった。

 

「でも悪いけど私の方が面白い漫画書いてっから!!」

 

鬼の形相だ。紙を前髪をバンドで上げているからおでこの皺まで良く見える。

 

精神的に追い込まれていた私は年上で漫画のいろはを叩きこんでくれた先生を全力で罵った。かと思えば先生も普段の落ち着き具合からは想像できないほどの剣幕で言い返してくる。こんなに熱意の籠った先生の言葉は久しぶりに聞いたかもしれない。

 

何か先生の心を動かすような出来事でもあったのだろうか。いつになく本気で説得を試みてくる。

 

「アンタだって作品に命懸けてるクリエイターなら分かるでしょうが! 脚本家だって命懸けで脚本書いてんだ! どこに好き好んで駄作を作るクリエイターがいるっていうの!」

「じゃああの台本で舞台をやられて先生は納得するんですか!? 冗談じゃない! それこそ命懸けで阻止しなきゃいけない事です!」

「だからってあのやり方は無いでしょ! 歩み寄れるのはアンタだけなんだから!」

 

口喧嘩は続けつつも原稿を描く右手は止まらない。こんな時でも一番大事なのはやっぱり作品。そこは先生も同じだった。締め切りは明日の朝。何としてでもそこまでには完成させる。

 

どうにか原稿を描き上げた時には、外はすっかり明るくなっていた。

 

・・・

 

「おはよう。体調はどう?」

「先生……」

 

いつの間にか床で眠っていたようだ。時刻は昼の14時。確か原稿を描き終えて床に倒れ込んだのが9時くらいだったから、久しぶりに5時間も寝ることが出来たことになる。

 

隣で私が起きるのを待っていてくれたのは、吉祥寺先生だ。

 

「ねぇ、アビ子先生。ちょっと話があるの。聞いてくれる?」

「はい。なんでしょう。」

「昨日ね、東京ブレイドの舞台の役者さんたちが家に来たのよ。それで刀鬼役のアクア君って子がね、あなたが脚本家のGOAさんに歩み寄ってもらうよう説得してくれって頼まれたの。」

「ああ、そういう話ですか。はっきり言います。無理です。もうその話はやめてください。」

「……はぁ、相変わらずね。」

 

相変わらずも何も、これが普通の対応だ。自分の作品を守る為に戦って何が悪い。先生も漫画家なら私の気持ちが分かるはずだ。

 

しかし今日の先生は少し違った。

 

「でも今日ばかりはそうも言ってられないわ。貴方もクリエイターを名乗るなら、私の話を聞きなさい。」

 

これだ。昨日も感じた、吉祥寺先生の心の中で確かに燃える情熱。一体何が彼女をここまで熱くさせたのか。一人の漫画家として興味をそそられる。

 

「先生。一体何があったんですか? そんなに熱くなるなんて、らしくないじゃないですか。」

「久しぶりにね、本物のクリエイターを見たのよ。星野アクア君、彼の情熱は本物だったわ。舞台を良いものにしたいって言う純粋な気持ちだけでわざわざ私の家まで来て、もの凄い熱量で役者陣や脚本家の事を信じてくれって私を説得して来たのよ。」

 

本物か。

 

星野アクア。私の尊敬する吉祥寺先生にここまで言わせるなんて。一体どんな人なんだろう。その人だったらこの舞台の脚本について語り合ってみたい。

 

「アクア君言ってたわよ。アビ子先生とGOAさんの意思疎通さえ上手くできれば素晴らしい舞台になるって。きっとGOAさんだって望んであんな脚本を書いたわけじゃないのよ。貴方とGOAさんの間には沢山の人が挟まってて、碌に意思疎通が出来てなかったはず。貴方が歩み寄ればその壁もきっと超えられるわ。私からもお願い。GOAさんに歩み寄ってあげて。」

「でも、そんなのどうすれば良いか分からないですよ……」

「まずはGOAさんが脚本を担当した舞台を見るのはどう? ってこれはアクア君の提案なんだけど。仮に貴方が台本書くにしたって実際の舞台を見なきゃイメージ湧かないでしょ?」

「そう…ですね。それ位ならできます。」

「決まりね。今日の夕方から公演よ。私も付いていってあげるから、見に行きましょう。」

「はい。」

 

GOAさんの脚本を担当した舞台か。それ位なら見てもいいかもしれない。

 

私は軽い気持ちでその舞台とやらを見に行った。

 

・・・

 

想像以上だった。

 

観客を360度取り囲むスクリーンに回転する観客席。私の想像していた舞台とは全く次元の違う何か。そうとしか表現できない体験だった。

 

そして何より驚いたのはその脚本。悔しいけど、これは私には書けない。舞台の仕掛けを上手く利用した演出やバックに映像を流すことを前提にしたセリフや動きなど、私の知らない方法で観客の心を揺さぶる仕掛けが盛りだくさんだった。

 

「どう? アビ子先生。少しはアクア君とGOAさんのこと信じる気になった?」

「まぁ、確かにまともなクリエイターなんだなとは思いましたよ。」

 

この舞台に関しては、だけど。

 

漫画の締め切りが近いからと急いで帰る私。吉祥寺先生は少しのんびり観客席で舞台の構造を眺めた後、ホールを後にするという。

 

建物の外に出ようと通路を歩いていると、特徴的なモノクロの服を着た見覚えのある男の人が駆け寄ってきた。確か、東京ブレイドの舞台の責任者の雷田さんだったはず。一体何の用だろうか。

 

「これはこれは先生。まさかこの舞台にお越しいただいていたとは。ささ、こちらへ。」

「あ、はい……」

 

勢いに流され、言われるままに楽屋のような部屋へと通された。机の上にはお弁当とお茶。そこそこ長時間私を引き留める気でいるらしい。これから何をさせられるんだろう。

 

その答えは雷田さんの一言ですぐに分かった。

 

「先生。腹を割って話しませんか。」

 

そこから長々と話をしていたけど、言いたいことは一点だけ。GOAさんに脚本を書かせてあげて欲しい。それだけだった。

 

この人からも確かな熱意とセンスを感じた。「こっちはジジイのチンポの1本や2本しゃぶる覚悟で仕事してるんです!」という発言には少し引いてしまったが、彼なりに必死に仕事をしているという意味だろう。

 

舞台を作る人たちも確かにクリエイターだ。編集者とか出版社の偉い人とかみたいな分からず屋とは違うのかもしれない。信じてみて良いのかもしれない。

 

「分かりました。私もプロの言葉を信じます。ただし、条件があります。」

「なんでしょう。」

「GOAさんと直接会話しながら修正指示を出させてください。」

「…良いでしょう。私の権限で出来る範囲で何とかして見せます。」

 

吉祥寺先生も言っていた。私とGOAさんは碌に意思疎通が出来ていないはずだと。つまりGOAさんとの間に漫画のマの字も分からないような素人を挟んだことが、あの台本が出来上がった最大の原因と言う事。

 

これは当然の要求だ。

 

「ありがとうございます。」

「先生の頼みとあればこのくらいお安い御用です。じゃあ、追って日時をお知らせ―――」

「待ってください。条件はもう一つあります。」

「…なんでしょう。」

 

舞台にかける思いを吉祥寺先生にぶつけ、見事に説得して見せた役者。星野アクアと言ったっけ。彼の意見も是非聞いてみたい。漫画家としての勘が彼も脚本に関わらせるべきだと告げている……気がする。

 

彼は間違いなく本物だ。信用できるはず。

 

「もう一つの条件は、刀鬼役の星野アクアさんも脚本の修正に携わってもらう事です。」

 

余程想定外だったのか、驚いた雷田さんの顔は見ものだった。

 

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