「なるほど……こういう感じになりましたか。」
目の前には仕事用のノートPC。脚本家として生計を立てる僕の大事な仕事道具だ。その画面に映るのは原作者のアビ子先生とそのマネージャー。それから雷田さん。意外なことに刀鬼役の星野アクア君の姿もある。
いわゆるビデオ通話というやつだ。
これから行われるのは脚本の編集。それもビデオ通話で原作者の確認と修正を行いながらリアルタイムで脚本を修正するというかなりチャレンジングな試みだ。それを仲介屋である雷田さんが提案してきたときは驚いたが、まあそんなことはどうでも良い。
アビ子先生は僕を脚本家と認め、こうして汚名返上の機会が巡って来たのだから。
最後のチャンス。ここを逃せばもう次はない。やるだけやってみよう。誠心誠意作品に向き合えば、きっとアビ子先生も分かってくれるはず。
改めて椅子に深く腰掛け、気持ちを切り替えた。
画面の中の雷田さんが説明を始める。
「クラウド上のテキストデータをリアルタイムで共有。それを通話しながらその場で修正していく。これがプロデューサーとして許可できるギリギリのライン。これがテキストのURLね。それじゃ後はお二人の気の済むまで作業をどうぞ。ボクも声だけは聴いてますので何かあったら呼んでください。では。」
これっきり雷田さんはミュートになり、初めから話すつもりのないマネージャーも除けば僕とアビ子先生、そしてアクア君の3人が残った。
面白いことになったものだ。
雷田さんの説得によりアビ子先生は脚本の制作を僕に委ねてくれたが、その際に二つ条件を提示してきた。
一つがこのビデオ通話。脚本に修正指示を出すにあたって直接僕と会話することだけは譲れないという。これまでの経緯を考えればこの要求は当然。こちらとしても望むところだ。
そしてもう一つの条件がこの通話にアクア君を参加させること。こちらはかなり意外な条件に思える。アビ子先生が言うには師匠の吉祥寺先生を説得して見せた星野アクアという役者に興味があり、是非脚本にも関わって欲しいとのことだった。
少々やりすぎな気もするが、彼の熱意と作品愛は僕も認めるところだ。常識的な人物だし悪いようにはならないだろう。
「じゃあ早速始めましょう。」
アビ子先生の掛け声で作業が始まる。
スタジオで脚本への不満をぶつけるアビ子先生の姿を思い出してしまい最初の方こそ身構えてしまったが、一度作業に入ってしまえばただひたすら真摯に作品に向き合う一人のクリエイターがそこにいた。
正直、すごく話しやすい。修正指示も中々的を射ているし、ロジカルではないけれどしっかりと筋の通った考えが根底にある。どんなに細かい質問をしてもその倍返しで情報が返ってくる。さすがは原作者、この作品に命を懸けている。
そしてアクア君だ。
彼の存在も脚本の構成に良い影響を与えることになるだろう。僕は脚本家であって役者ではない。自分が書いたセリフや動きが役者にどう受け取られるのか、いまいちイメージ出来ないこともある。
そんな時は彼の出番だ。
「つるぎが戦闘狂だということはセリフではなく戦う様子で表現できると嬉しいです。そうするとブレイドとのバトルシーンにスムーズに入れるんですが。アクア君、どうです? いけますか?」
「有馬なら余裕でしょう。彼女は感情演技を得意としています。生き生きとした戦いっぷりを見せてくれるはずですよ。」
「ならここはカットしましょう。」
さすがにララライが主催なだけあって今回の舞台は演技派の役者が揃っている。そしてアクア君が居てくれるおかげで主要な役者の演技力や得意不得意などの特徴などが事細かに分かる。
どこまで役者に任せてよいのか、どこまで攻めた構成に出来るか。それが完璧に分かった上でそのギリギリを攻めるようなことも可能なのだ。
「じゃあココも舞台効果で済ませちゃって、このセリフもカットで良いですよね。」
「ここも要らない。」
「ここも演技でどうにかなりますよね。」
「あはは攻めてますね。アクア君。どうですか?」
「これは姫川さんが喜びますね、もっと色々詰め込んでもいいくらいです。……あ、そのキザミのセリフは削らないでください。ちょっと言いにくいのですが彼は役者陣の中では経験が浅いので。」
「……そうですか、それは仕方がないですね。まぁここで気づけて良かったです。」
「テンポの悪さが気になるならこっちキザミのセリフは削ってもOKです。こちらの方が表現するのが容易ですから。」
大抵の無理難題は役者陣が応えてくれる。仮にそうでなくてもアクア君がブレーキをかけてくれる。僕とアビ子先生は自由に想像力を膨らませ、何も心配することなく脚本の内容に集中できた。
こんなに気分よく脚本を作るの初めてだ。
「ここもカット!」
「カットカット!」
「あははは!」
「あはははは!」
僕とアビ子先生はすっかり意気投合し、作業にも熱が入る。説明台詞は極力減らし、動きで語るシーンがどんどん増えていく。役者の負担は大きいだろうが、今回ばかりは気にする必要が無い。アクア君が大丈夫と言ってくれている。
修正作業は順調に進み、いよいよ最終決戦のシーンに差し掛かろうとしていた。渋谷クラスタが本格的に登場し、この舞台におけるブレイドの最大の敵である刀鬼と、渋谷クラスタのボスである鞘姫が初登場するところだ。
刀鬼と言えばアクア君が演じる役。ここからはより一層彼の意見を参考にしなければならないだろう。
そう思い、画面端のアクア君へ視線を移した瞬間の出来事だった。
「アクアーまた部屋で映画みてんのー? ちょっとお姉ちゃんもみせてー。」
「ちょ、お姉ちゃん! 待って、今はダメ!」
「なんだよもー。独り占めする気なのかな? そんな悪いアクアは、こうだっ」
聞き覚えのない可愛い声が聞こえたと思った直後、唐突に画面に映りこむアクア君によく似た女性。その人物はアクア君の隣までやってくると、慌てて制止しようとする彼に突然抱きついた。
有無を言わさぬ愛情たっぷりの優しい抱擁。
その遠慮のない立ち居振る舞いから、この二人の距離感が相当に近いことが読みとれる。そして二人そろってものすごい美形であり、このままでも何かの商品になるのでは思う程に画面の一角に映る景色が華やかになっている。
思わず画面の端を注視したまま呆然とその様子を眺めることしか出来ない。当然そうなるのは僕だけではない。突然の出来事にアクア君を含む全員が画面の中で固まっている。
…いや一人だけ違うな。目を輝かせてものすごいスピードでペンを走らせているのは……
「……お姉ちゃん。今会議中なんだけど。」
「え? あ、ほんとだ。失礼しましたー。」
「……大変お騒がせしました。さあ、作業に戻りましょうか。」
真っ赤な顔で作業の続きを促すアクア君。このまま何事も無かったかのように仕事を進めるつもりだろうか。さすがに無理があると思うけど。
「アア、アクア君。あの、今の、その、お姉ちゃん、ですか。ですよね!? 仲、い良いいですね! めっちゃ画になる!」
「どうも。」
ほら、やっぱりアビ子先生が食いついてしまった。
テンションが上がってまともに喋れなくなったアビ子先生が子供のようにはしゃぎながらイラストを描き上げている。
タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど今は鞘姫と刀鬼をこの舞台でどう表現するべきかということについて考えている最中だった。そして画面の中には刀鬼役のアクア君とそのお姉さんとの仲睦まじい姿。
どうやら漫画家として、インスピレーションが大いに刺激されたらしい。アビ子先生の画面にはもう即席のイラストが映されている。幼い刀鬼が同じく幼い鞘姫を優しく抱きしめ、頭を撫でている様子が描かれていた。
確かに刀鬼は鞘姫を守るために戦うキャラクターだったが、ここまで親密な様子は原作で描かれていなかったような。
「ゴホン。アクア君。非常に良いものを見せていただきました。刀鬼と鞘姫は許嫁という設定でしたが実は幼少期の関係性が定まっていない部分があったんです。でもアクア君とお姉さんの姿をみて今閃きました。二人は幼馴染で、兄妹のように仲が良く、刀鬼にべったり甘える鞘姫と、無表情ながらも満更でも無くそれを受け入れる刀鬼。うん、こんな感じにしましょう。」
「良いんですか? いきなり原作の設定を変えるようなことをして。」
「原作者は私です。良いに決まってます。最近は読者の意見に押されて中途半端に刀つるの流れを作ってしまいましたが目が覚めました。やっぱり刀鞘です。私が書きたかったのは刀鞘なんです。これで行きましょう。勿論舞台でもこの設定は使います。絶対やります。」
……原作者がこう言っている。その意向は汲むべきだよな。
画面の端で何やら遠い目をしているアクア君には申し訳ないが、今回の舞台は『刀鞘』のカップリングを前面に押し出すことになるだろう。その関係性は兄妹に近いものであり、今アクア君が見せてくれたようなシーンも当然盛り込まれることとなる。
これは面白いことになりそうだ。イメージが次から次へと湧いてくる。
「GOAさん。 全体的にセリフ削ったので時間に余裕出来ましたよね? 刀鞘の出番増やしましょう。」
「うーん、このあたりですかね。匁が撤退して渋谷クラスタ初登場、そこには誰にも見られていないからと気が抜けた様子で仲睦まじく身を寄せ合う鞘姫と刀鬼。とかどうです?」
「いいですねぇ。そして匁に見つかり慌てて距離を取り、いつものように威厳のある姿で匁を迎える。」
「匁からの報告を手短に聞いてすぐに下がらせる鞘姫。そして二人きりになったのを見計らってまた刀鬼に甘える鞘姫……と。刀鬼はどんな感じで受けますかね?」
「無表情だけど、慣れた感じの手つきで鞘姫の頭をなでなでします。鞘姫は刀鬼に弱音を吐くんですけど、刀鬼は鞘姫に従うだけと言って鞘姫は落ち込みます。でもその後に鞘姫を気遣って元気づけてくれるんです。」
「なるほど。じゃあこんなセリフどうです? 『鞘姫の懐刀として、地獄の果てまでお供すると言ったはずだ。君がどんな決断を下そうと、結果がどうなろうと俺は君を守る。だからそんな顔をするな。』これを真顔で言うんですよ。」
「良いです! それ良いです! でもちょっと声が優しい感じだと尚良しです! いけますか!? アクア君!」
「……ええ、いけます。」
さすがのアクア君でも難しい注文だったのか、少し逡巡した後問題ないとの回答を得た。
僕の脚本で刀鬼と鞘姫の新たな設定が初登場するなんて、東ブレファンとしてこんなに嬉しいことは無い。今度友達に自慢してやろう。
続く決戦のシーンも相変わらずセリフをカットしまくり、役者の動きにまかせるシーンばかりとなった。と言うか、もう最初から最後まで役者に丸投げだ。こんな台本、作りたくても中々作れるものじゃない。
劇団ララライとアクア君に感謝だな。
「GOAさんとアクア君のお陰でかなり良い脚本になりました!! 役者さんが演じてるシーンが目に浮かぶようです!」
「GOAくん……ちょっとどういう事……?」
「いや……なんか楽しくなっちゃって……。でも先生は気に入ってくれてるみたいで。」
ビデオ通話の画面では、編集がひと段落着いたのを見て雷田さんが新しい脚本をチェックしていた。期待と不安が入り混じったような『どうすんだよこれ』って顔で悩んでいる。
自分で言うのもなんだけど、明らかに普通の台本ではない。多額の予算をつぎ込んだ失敗の許されないこの舞台でチャレンジするような内容ではない。本来ならもっと確実な構成で臨むべきところだ。
ビジネスとしてはそれが正解。雷田さんが悩んでいるのもそこだろう。
でも僕はビジネスマンじゃない。もちろんアビ子先生も、アクア君も。この3人を一所に放り込んで自由に脚本を書かせた雷田さんにも責任の一端はある。
「いやーさすが雷田さん。クリエイターの気持ちが分かる良いプロデューサーですね。」
「ははは……」
一応釘を刺しておく。
とにもかくにも、舞台東京ブレイドの脚本は無事に完成。すぐにでも役者陣に配られて稽古が再開することになるだろう。
本番まで残り僅か。この台本が世にお披露目されるその時が待ち遠しい。
刀鞘で盛り上がってますが次回はアクアのトラウマが再発するのでそっちがメインになる予定。刀鞘というかアクあかのシーンをもう少し書きたいんですけどね。宮崎旅行まで我慢かも知れません。