【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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もしお母さんが死んじゃったらどうする?

台本は無事に完成し、休止していた稽古も再開。今日は台本が配られることもあり、いつものスタジオには久しぶりに役者が全員揃っている。

 

台本を手に取り、各々が内容を確認する。喜ぶ者、焦る者、動じない者と反応は様々だ。俺が脚本の修正に関わったことはあの場にいた5人しか知らないので、なんとなく皆と一緒に台本を読み、「尖ってんなぁ」などとそれっぽい感想をつぶやく。

 

バレてないよな? ここにいるのは皆一流の役者達だし、半端な演技では気づかれてしまう。

 

台本のチャレンジングな内容に役者陣が揃って緊張感を高める中、俺は一人別の意味で無駄な緊張を強いられていた。

 

「アクア君、この脚本どう思う? 随分と説明セリフが少ないし動きで表現することが多くなってる。」

「あ、ああ、良いんじゃないか? さすがGOAさんだ。役者の気持ちが分かってる。」

「随分とGOAさんの事詳しいんだね。」

 

あかねの勘の良さは次元が違う。ひょっとすると彼女にだけは関与がバレてしまうかもな。まぁバレたところであかねは何も言ってこないだろうけど。

 

それよりも、あかねは鞘姫役だ。今回の脚本で最も大きな変更を加えられたキャラクターでもある。アビ子先生の監修により原作と比べても違和感のない人物像に仕上がっていると思うが、あかねから見てもそうなっているだろうか?

 

あかねなら原作者も見落とす矛盾点を見つけるなんてことがあり得るかもしれない。

 

「あかね。鞘姫のイメージがかなり変わってるみたいだな。どうだ? お前の解釈と合ってるか?」

「うん、これなら「鞘姫」の解釈は私と合ってる! それどころか新しい一面も発見できる脚本で……。ふふふ、これは考察のし甲斐があるなぁ。」

 

新しい一面って、やっぱりあれだよなぁ。俺とお姉ちゃんのぎゅっを見てアビ子先生が閃いたあの設定。

 

刀鬼と鞘姫は幼馴染であり、まるで兄妹のように親しい間柄。ちょうど俺とお姉ちゃんの生まれた順番を逆にしたような感じだろうか。演じやすくて助かる部分はあるが、それよりも気恥ずかしさが勝ってしまう。

 

プロとして完璧に演じ切るつもりだが、お姉ちゃんを知る人たちはどう思うんだろうな……。

 

新たな台本に喜びを隠せないあかねに対し、深刻な顔で困っているのは演技経験の少ないメルトだ。壁際にへたり込み、頭を抱えながら台本を眺めている。

 

「マジかぁ。こんなん出来る気しねぇ……。本番まであと半月…間に合う気がしねぇよ……。」

「そんな事ないぞ。台本をよく読んでみろ。ト書きの部分な。キザミに対する難しい指示は無いから何とかなるんじゃないか?」

 

ト書きとは人物の状況や動作の指示だ。メルトを含む主要な役者の実力をかなり正確に把握している俺は、脚本を修正するにあたって誰がどのような動きが得意なのかも踏まえた上でト書きの修正を依頼していた。

 

その結果、それぞれの役者のレベルに合わせた指示が書き込まれており、メルト演じるキザミに関しては割と詳細に動作の指示が書き込まれることとなった。

 

「GOAさんは役者のレベルに合わせてくれたんだ。見ろよ、姫川さんなんて最低限のセリフ以外はほとんど何も書いてないぞ。」

「うわ本当だ。てか刀鬼も難しそうだな。まあアクアにとっちゃこんなの朝飯前なんだろうけど。」

「いや……どうだろうな。」

 

朝飯前……か。変更前の脚本ならそうだったんだが。

 

自信なさげな返事に対し、メルトは少し意外そうな顔でこちらを見る。そりゃあ彼からしたら遥か先をいく先輩役者なのだろうが、俺だって完璧な役者じゃない。姫川さんより格下だし、まだまだ至らない部分も多いと自分でも思っている。

 

今回の脚本で言えば、鞘姫が目覚めるシーンの演技に不安が残る。

 

刀鬼を庇い、目の前でブレイドに切り捨てられる鞘姫。致命傷かと思い絶望する刀鬼だが、『傷移しの鞘』により奇跡的に目覚める。それを見た刀鬼は涙を流して鞘姫の無事を喜ぶ、というシーンだ。

 

俺の一番の見せ場となるシーンであり、舞台での演技であることも考慮すれば、ここでは思い切り感情を爆発させて絶望し、号泣するべきところ。そして俺はそのような演技が出来るだけの技量と経験を持っている。持ってしまっている。

 

そう。思い出すだけで絶望し、あるいは号泣出来てしてしまう程の強烈な経験を。

 

スタジオ中央ではいつものように演出の金田一さんが役者を読んで演技の確認を行っている。

 

ここまで着実に演技をこなしてきた俺だが、次のシーンだけは精神的な負荷が大さに身構えてしまう。しかしベストを尽くすならあの辛い記憶を呼び起こすことが最善の方法。選択の余地はない。

 

金田一さんが号令をかける。

 

「次。鞘姫がブレイドに切られて倒れたところから。」

 

刀鬼とブレイドの闘い。傍らに横たわるのは刀鬼を庇って倒れた鞘姫だ。

 

想像力を働かせ、凶刃に倒れる母さんの姿をあかねに投影する。目の前に立つ男は手を下した犯人と思い込む。瞬間的に心を埋め尽くす憎悪、怒り、悲しみ。それを少しだけ刀鬼の雰囲気に寄せて姫川さんに向ける。

 

俺の感情演技を受け、姫川さんの目の色が変わった。お返しとばかりに全身で熱い血の滾りを表現し、俺にぶつけてくる。

 

舞台のラストバトルに相応しい魂と魂のぶつかり合い。その迫力にその場にいた全員が固唾をのんで戦いの様子を注視している。あの金田一さんすらもが感心した表情を見せている。

 

良い演技が出来ているのだろう。

 

怒りに駆られてブレイドに突っ込む刀鬼、しかしついにブレイドに刀を弾き飛ばされ敗北が決定的となった。

 

守るべき(ひと)を失い、惨めに破れ絶望する刀鬼。それはまるで、血が抜けて冷たくなった母さんの前でただ立ち尽くすあの日の俺だ。幼さ故に犯人に抵抗する力を持たず、目の前で母親を失ってしまう無力な少年。

 

だが物語はここで終わらない。

 

傷移しの鞘により奇跡的に鞘姫は目を覚ます。そこに母さんの姿を重ねる俺は、どんなに強く願っても決して叶うことのない夢をそこに見ていた。

 

―――ああ、母さん。無事でよかった。

 

今胸の中にあふれてくるこの感情は、一体何なのだろう。喜び? 安堵? 希望? もはや言葉にすることも出来ないほどに強烈で複雑な感情。あの日俺が欲しかった気持ち。それを何とかコントロールして演技を続ける。

 

目を覚ました鞘姫の側に膝をつき、涙を流しながら鞘姫を強く抱きしめた。

 

「OK。刀鬼、ブレイド、良かったぞ。本番もその調子で頼む。」

「……はい。」

 

演技が終わり、役に入り込んでいた精神を現実に引き戻す。

 

精神的な疲労感がかなり大きい。やはり危惧していた通りだ。過去のトラウマは強い感情を引き出すことが出来るものの、自らの精神にダメージを与える。今日はもうあのシーンをやることは無いだろうが、もし一日に二度あの演技をしろと言われても出来ないだろう。

 

そんな俺の様子を察したのか、あかねが心配そうに話しかけてきた。

 

「アクア君、大丈夫? かなり深く役に入り込んでたみたいだけど。」

「あんまり大丈夫じゃないかもな。かなり精神的に疲れた。」

「無理はしないでね。演技は大事だけど、心も大事なんだから。楽に演技ができる方法がないか考えるのも良いかもよ。」

「そうだな。心を壊してしまったら元も子もない。」

 

楽に演技が出来る方法か。

 

確かに今のやり方は負担が大きすぎる。妥協するつもりは毛頭ないが、同じ演技が出来るならダメージが少ない方が良いのも事実。本番の公演が約1か月続くことを考えると、体力のやり繰りも考える必要があるだろう。

 

その辺に詳しいのは看板役者の姫川さんと元天才子役の有馬だ。

 

俺は早速二人にアドバイスを求めた。

 

「姫川さん。ちょっと相談が。」

「さっきの演技のことか?」

「分かりますか。」

「当たり前だ。辛そうな顔してたからな。あれだけ負の感情を爆発させればダメージも大きいだろ。」

「何か良い方法はありませんか。」

「知らん。感情があるから体が動く。それ無しに良い演技をしようなんて虫のいい話はない。せいぜい負の感情を引きずらないようすぐに頭を切り替えるくらいだな。気分転換に彼女とイチャイチャすれば良いんじゃねぇか?」

「……考えておきます。」

「そうか。」

 

気分転換はお姉ちゃんに……いや、それはダメだ。

 

俺が今やったのは例えるなら痛そうな顔をするために体を傷つけるような行為、詰まるところ精神的な自傷行為だ。お姉ちゃんが知ったら演技の為にトラウマを利用すること自体を止めようとするだろう。それでは満足のいく演技はできない。

 

感情があるから良い演技が出来る。まったくその通りだ。何の感情も感覚も無しに望んだ動きを完璧に再現できるなら感情演技など要らない。ただ無機質に動きだけを考えればいい。

 

そうじゃないから感情演技をするんだ。当たり前のことだ。

 

姫川さんのアドバイスに妙な納得感を覚えた俺は、続いて有馬へと相談を持ち掛ける。感情演技を得意とする彼女なら何か答えやヒントを持っているかもしれない。

 

心の底からあふれ出るその激情に、彼女はどう対峙しているのだろうか。

 

「なぁ有馬。有馬って感情演技が得意だったよな。泣き演技とか特に。」

「ええ、そうね。元々感情が出やすい方でもあるし、日ごろから感情豊かに生きてれば自然と得意になるのよ。」

「そういうもんか。」

「そういうもんよ。」

「それって疲れないか? いつも思うけど、あんなに感情を爆発させてよく平然としてられるよな。」

「そんな事言われたって分からないわよ。無感情な人間になった事ないんだし。」

 

有馬の話にも説得力がある。

 

結局演じる人間の人格がそのまま役者としてのスキルとなって表れているのだ。俺が強烈な感情演技を出来たのも、それによって心にダメージを負うのもつまりはそういう事だ。

 

自分の中に無いものは出せない。中にあるから出せる。それだけの事だった。

 

ならば俺がやらなければいけないことは、自分の中にどんな感情や感覚が眠っているのかを探る事。自分の内面と徹底的に向き合う事。

 

要するに役者が普段からやっている演技の練習であり、役作りだ。

 

今回はその役作りで必要な感情がたまたまあの日の感情だったに過ぎない。何も特別なことは無いし、言い方を変えれば抜け道のようなやり方も存在しない。俺はあの日の記憶と真正面から向き合う必要がある。

 

「ありがとう有馬。やっぱり愚直に頑張るしかなさそうだな。」

「そうね。まぁあんたの事だから上手くやるでしょ。心配はしてないけどなんか気になる事があったら何でも聞きなさい。力になるわよ。」

「そうか。じゃあ一つ聞いて良いか。」

「なに?」

「有馬はどうやって泣き演技をしてるんだ?」

 

軽い気持ちで、本当に軽い気持ちで俺は尋ねた。

 

「んー……感情なきとか体泣きとか色々手法はあるけど……。子役の世界でよく使われてるのは……」

 

有馬もまさかこんな形で俺のトラウマを刺激することになろうとは思いもしなかっただろう。子役からやっている役者ならだれでも知ってるテクニックを答えただけなのだから。

 

有馬は得意げに、そのテクニックを俺に披露する。高い演技力を駆使して底冷えするような冷たい声でこう囁いた。

 

 

 

「アクア君、もしお母さんが死んじゃったらどうする?」

 

 

 

感情演技で弱った心に、不意の一撃。心の奥底にしまっていたあの日の感情は、瞬く間に制御できるレベルを振り切って俺の精神を支配していく。正気を保っていられたのはほんの数秒だった。

 

息が詰まり、体の自由が奪われる。平衡感覚を失った俺は、そのまま床に倒れ込んだ。

 

―――多分これ、無理だぁ。

 

弱弱しく絞り出される母さんの声が聞こえる。

 

玄関の扉にもたれかかるように座る母さんと、その腕に抱かれる俺。顔を胸にうずめたまま、親子で最後に交わした言葉がはっきりと聞こえてくる。

 

何もかもがあの日と同じ。母さんの次の言葉も、その先の結末も。

 

―――ルビー、アクア、愛してる。

 

俺も愛してる。心の底から愛してる。だからお願い、死なないで。

 

俺の頬に触れていた手は力なく滑り落ち、そのまま母さんは動かなくなる。この瞬間を何度目にしただろうか。母親の命が消えるのを何も出来ずに眺めるのはこれで何度目だろうか。

 

……もしお母さんが死んじゃったらどうするだって? 何も出来やしないよ。

 

俺を抱いたまま動かなくなった母さんが、冷たくなっていくのを感じるだけだ。

 

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