「大丈夫大丈夫!」
「あかんてぇー…」
アクアの稽古場に行こうとする私と、それを引き留めるみなみちゃん。良いじゃん別に。ちょっとアクアがお稽古してる様子を見学させてもらうだけだし。一人っ子のみなみちゃんにはこういう気持ちは分からないのかな?
「やっぱり姉としてはね、弟がちゃんとやれてるか心配なわけ。いわばこれは授業参観! 見学も家族の義務だと思うわけ!」
「ウチの事務所厳しいんよ~! バレたらマネージャーにどやされるぅ~!」
どやされると言いつつも帰ろうとはしないみなみちゃん。それは実質的にOKと思って良いのかな?
さて、稽古場の入り口はどこかなっと。建物の周りをうろうろ歩き回りつつ、それっぽい人が居ないかと周囲を見渡す。アクアか先輩か、あるいはあかねちゃんか、誰でもいいから知り合いが居てくれればいいんだけど……。
人を見つけてはこっそり顔を確認し、何人か面識が無い人をスルーした後、今度は見覚えのあるイケメンがこちらに向かってくるのが見えた。知っている人なのでこちらから近づき、その顔面を良く確認する。
「ん?」
不審者に睨まれたような顔で固まっているこの人は確か…
「『今日あま』のドラマに出てた……」―――大根の人!
危ない危ない。口に出すところだった。でもラッキー。この人ならアクアと先輩の事も知ってるはずだ。
「俺の事知ってんの?」
「はい! 星野ルビーです。弟がお世話になってます。」
「ああアクアの姉かなんか?」
「ですです」
「アクアならもう帰ったよ。」
さぁ、アクアの居場所を吐いてもらおうか! と思ったのも束の間、まだ昼過ぎだというのにもうアクアは稽古を終えて帰っているらしい。あれ? じゃあ先輩は?
「先輩…じゃなくて有馬かなさんは居ますか?」
「ああ、有馬なら居るぞ。」
「まだ稽古の時間なんですよね。アクアはなんで帰ったんですか?」
「なんか体調不良らしい。立ち眩みみたいな? 稽古中に倒れて彼女に介抱されてたな。」
「え……嘘、私には何も連絡来てないのに。」
アクアが体調不良? 大丈夫なのかな。けど、それ以上に気になるのは体調不良なのに私に連絡が来ないことだ。何かあったら真っ先に私に電話してくるはずのアクアがどうして連絡してこないの?
稽古場にはまだ先輩が居る。先輩なら何か知ってるかもしれない。聞いてみよう。
「有馬さんは……えっと同じアイドルグループでアイドルやってて、ちょっと話があるんです。会わせてくれませんか?」
「普通はダメだけど、まぁ同じ事務所のタレント同士ってんなら良いか。分かった、こっち来て。あ、お友達の子は? そっちもアイドルの子?」
「うちはちゃいますねん。ルビーちゃん、気にせんといて。うちは一人で帰るから。……怒られたくないし。」
私だけ中に入れることになった。
そそくさと帰るみなみちゃんを眺めつつ、大根の人に連れられて建物の中に入る。少し廊下を進んだ先には大きな部屋。Bスタジオと書いてある。へえ、役者ってこういう所で練習してるんだ。
「ちょっとここで待ってて。有馬を連れてくるから。」
「はい。」
待つこと数十秒。先輩がスタジオから出てきた。その曇った表情を見て、やっぱり何かあったんだと直感する。私はそのまま誰もいない控室に案内され、先輩と二人きりの空間で話を聞くことになった。
既に泣きそうな顔の先輩は、とても申し訳なさそうに語り始めた。妹モードの先輩に対し、私はお姉ちゃんモードで対応する。
「ごめん、ルビー。私アクアにひどいこと言っちゃった。」
「なんで私に謝るの。謝るならアクアでしょ? ほら、何があったか正直に教えて?」
「アクアが倒れたって言うのはもう聞いた?」
「うん。これから先輩に詳しく聞こうと思ってたところ。」
「それ、私のせいなの。私がアクアにあんな事言ったから……」
「落ち着いて先輩。アクアになんて言ったの?」
「『もしお母さんが死んじゃったらどうする?』って……そしたら急に倒れて……。後になってあかねに聞いたんだけど、アクアとルビーっていろいろ複雑な家庭なのよね? だから、アクアは昔の事を思い出しちゃったんじゃないかって……」
先輩の口から語られたのは、こちらの想像以上に良くない出来事だった。
これは間違いなくアクアのトラウマが再発している。しかも倒れるほどに重たいやつ。もしかしたら私に連絡する余裕すらなくて、それで電話しなかったのかもしれない。ああ、ただの立ち眩みだったら良かったのに。
「アクアは今どこにいるの?」
「分からない。あかねと一緒に帰ったから。というかルビーも知らないの?」
「知らない。私には何の連絡も無かったから。」
「となると、やっぱり監督の所かしら。」
先輩が答えた次の瞬間にはもう先輩の手を引いて歩き始めていた。一秒も無駄には出来ない。アクアが辛いときには私が傍に居てあげなきゃいけない。それに、先輩だってアクアに謝ってもらわないと。
タクシーを捕まえ、先輩共々五反田スタジオへと直行する。早退の連絡は移動しながら電話した。
「先輩。アクアの様子はどうだったの? 何か言ってた?」
「分からない。倒れてすぐにあかねが別の部屋に連れて行って、私は会わせてくれなかったから。あんなひどいこと言ったんだから当然なんだけど。」
「倒れた時は? 苦しそうだった?」
「凄い苦しそうだった。私はてっきり心臓麻痺みたいな病気かと思ってて……慌ててたせいでよく覚えてないの。ごめんなさい。」
「仕方がないよ。アクアを心配してくれたって事でしょ?」
移動中も詳しく話を聞きつつ、罪悪感に沈む先輩を慰める。全く忙しい。
先輩には悪気は無かったし、ここまで反省しているのだからあの発言をこれ以上咎める必要はないだろう。とにかく今は元気になってもらってアクアにごめんなさいを言ってもらうだけだ。
そして一刻も早くアクアを元気にしてあげないと。大丈夫、何度もやって来たことだ。いつものように傍に居て寄り添ってあげれば良い。
「支払いSuicaで!」
「はいよ。」
目的地に到着し、タクシーを飛び降りて急いで五反田スタジオへと向かう。
五反田家の呼び鈴を鳴らし、監督が応対しに出てきた。
「おう、ルビーか。アクアに会いに来たんだよな。ほら、上がれ。」
「アクアは? いつもの部屋ですか?」
「ああ、そこで寝てる。黒川あかねも一緒に居るはずだ。」
「ありがとう監督。ほら先輩、行こう。」
先輩を連れてアクアの部屋へ。そこには布団で寝込むアクアと、側でその様子を心配そうに眺めるあかねちゃんがいた。この場にはアクアとアクアの女(意訳)が勢揃いしたことになる。
全員顔見知りなのに、揃うのは初めてだ。
なんとなく気まずい空気になり、アクアを起こしてはマズいと3人揃ってリビングに移動した。ダイニングテーブルを囲うように椅子に腰かけ、なんとなく黙る私達。最初に口を開いたのは、あかねちゃんだ。
「来てもらったところ悪いんだけど、今日は帰ってくれないかな。アクア君は監督が面倒見てくれてるし、私もお夕飯食べたらすぐ帰るから。」
いつもはふわふわした雰囲気のあかねちゃんが、いつになく緊張感のあるキリッとした眼差しで先輩を睨みつけている。アクアが倒れる原因の先輩に怒ってるんだ。
しかし先輩もあかねちゃんの言いなりはならない。一言アクアに謝るまでは帰れないと反論し、そのまましばらく言い合いが続く。両者一歩も譲らない。そのうちいくら話しても無駄だと悟り、五反田家に居座り続ける先輩の不戦勝のような形になった。
じゃあそろそろ私も聞きたい事聞いて良いよね?
「相変わらず強情だね先輩。ところであかねちゃん。さっき帰ってって言ったのは私も含まれてるのかな?」
「うん。アクア君の事は私が見ておくから、ルビーちゃんはもう帰って良いよ。勿論かなちゃんもね。」
オーケー分かった。第2ラウンド開始だね。私を差し置いてアクアの看病をしようだなんて100年早い。現実的に考えても16年くらい早い。アクアの事を一番良く分かってるのは生まれた瞬間から一緒に居る私に決まってるからね。
納得するまで何時間でも語り合ってあげる。
あかねちゃんとの議論に向けて気持ちを高める私。ところが急にあかねちゃんの視線が私ではなく私の背後に注がれ、驚いたような気まずいような複雑な表情へと変わった。
「アクア君……」
「えっと……あかね。これはどういう状況なんだ?」
がばっと振り向くとそこにはすっかり顔色の良くなった可愛い弟の姿。この場に居る3人の顔を順に見つめている。そしてあからさまに困惑した様子であかねちゃんに説明を求めるのだった。