あれから1年。
俺たちは立ったり喋ったりしても怪しまれないくらいには大きくなり、姉はますます俺を甘やかすようになっていた。もう大人に隠す必要もないと開き直っている。
「アクア。お姉ちゃんがよしよししてあげるー。お腹空いてない?ママのおっぱい飲む?」
「やめてよお姉ちゃん!恥ずかしいって!もうおっぱい飲む年じゃないだろ。」
「よーしよしよしよし。」
「やめろ。俺は犬や猫じゃないぞ。」
一方、俺は俺で母とのスキンシップに抵抗がなくなり、前世の記憶があること以外は完全に幼児として生きていた。姉と母の愛情を一身に受け、すくすくと成長している。もう母親の愛情に飢えたアラサーのおっさんではない。家族からうっとうしいほど溺愛され、それもまんざらでもないと内心思っている一人の男の子がそこにいた。
「母さん、助けて。」
「おいでーアクア。ママはこっちだよー。」
「あー、ずるーい。アクアを取らないでよ。」
「アクアが自分で来たんだから、ママは取ってないよー。」
「むむむ・・・」
星野一家は今日も仲良しだ。
モデルにラジオアシスタント。アイは着実に仕事を増やしている。今日はその集大成と言える仕事の日だ。いつもなら家でお留守番になるところだが、ミヤコさんにおねだりしたところ現場に連れて行ってもらえることになった。
「いい、二人とも。現場では私のことをママって言うのよ。間違ってもアイさんのことをママって呼んじゃだめだからね。」
「はーいママ」
「ミヤコママー」
ミヤコさんはにやけた顔をしている。以前間違えて母さんと呼んだことがあるが、その時も同じようなにやけた顔をしていたっけ。あれ以来、自分のことをママと呼ばせようとしてくるようになった。今日の現場はミヤコさんにとっても楽しみなのだろう。俺たちの母親として、自身をママと呼ばせる口実が出来たのだから。
仕事の内容はドラマの撮影だった。アイにとっては初のドラマ出演となる。その日の撮影は問題なく終わったが、俺はなぜか監督に気に入られ、名刺を渡されたり映像業界について教えてもらったりして監督と仲良くなった。
そして放送当日。
「さ!オンエアーだよ!結構撮ったからね。」
「ママの演技楽しみ!」
「母さん、どんな感じで映ってるんだろうな。」
「あっ、このシーンだ!」
「あっ、ママ!!」
「もっと大きく映せ!!」
「・・・」
「・・・」
「えっ、これだけ!?」
「ワンシーンちょびっとじゃん!!」
「私演技ヘタだったのかなぁ・・・」
「そんなことないよっ」
アイの出演時間はほとんど削られていた。居ても立っても居られず、監督に貰った名刺の番号に電話をかける。
「ちょっと監督!アイ全然使ってないじゃん!」
「あー、あれなぁ。・・・」
監督は事情を丁寧に説明してくれた。アイが可愛すぎて主演の女優を食ってしまった。だから上からの要望で出演時間を削らされたという事のようだ。
それでも納得いかない様子の俺に、監督はある提案をしてきた。アイに映画の仕事を振るというのだ。俺が出ることを条件に。
「母さん、ルビー、ちょっといいかな。例の監督と話したんだけど、また母さんに映画に出て欲しいって言ってたよ。俺も共演で。」
「えーっ、アクア、ママと共演するの!?」
「へぇ、アクアが役者さんかー。さすが私の子。」
アイとルビーの反応も上々だ。このまま話を進めても良いだろう。
それからミヤコさんや社長にも話を通し、俺は苺プロ所属の子役、星野アクアとして芸能界に足を踏み入れたのだった。
・・・
「本日はアクアがお世話になります。」
今日は俺とアイが出演する映画の撮影だ。ミヤコさんと一緒に監督への挨拶を済ませ、俺はルビーと一緒に台本を読んでいた。
「アクア、緊張してない?お姉ちゃんが手握っててあげようか?」
「いいって。いろんな人が見てるんだぞ。恥ずかしいよ。」
「今日はママいないんだよ。無理しないでね?」
「だから大丈夫だよ。」
相変わらずのお姉ちゃん面である。しかし鬱陶しいと思う反面、なんだかんだ姉が構ってくれるおかげで緊張してないのも確かだ。今回ばかりはお姉ちゃんが一緒に居てくれて良かったと思う。
そんな時だ、あの天才子役と出会ったのは。
「ここはプロの現場なんだけど!あんたお姉ちゃんと一緒じゃなきゃ原稿も読めないの?遊びに来てるなら帰りなさい!」
「えと・・・」
「私は有馬かな。今日の共演者よ。」
「重曹を舐める天才子役・・・?」
「10秒で泣ける天才子役!!」
重曹はないだろう、お姉ちゃん。
「知ってるわよ。あなたコネの子でしょ!」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「こないだ監督が撮ったドラマ見たけど全然出番なかったじゃん。どうせカットしなきゃいけないほどへったくそな演技したんでしょ。媚びうるのだけは上手みたいだけど!」
アイのことを貶され、殺意が芽生える。
「アクア・・・」
「分かってる相手はガキだ・・・殺しはしない・・・」
第一印象は最悪だった。
「ところでアクア、どんな役をやるの?」
「ああ、村の入り口で主人公の女が出会う気味の悪い子供だってさ。」
「ああーアクア確かに気味悪いもんね。」
「なんだよ急に。」
「だって喋り方が子供じゃないもん。」
「それはそうだけど。というか逆にお姉ちゃんはなんで違和感ないんだよ。」
「ま、まあそんなことはどうでもいいよね。ほら、撮影してきなよ。」
露骨にはぐらかしたな。まあ、前世でも子供だったから年下扱いされるのが嫌だとか、そんなところだろう。今は同い年なんだし、別に気にしないんだけど。
さて、そろそろ撮影が始まる時間。お姉ちゃんとはちょっとの間お別れだ。
撮影開始。村の入り口に有馬かなと俺が並んで立つ。先にセリフを喋るのは天才子役の有馬かな。
「ようこそおきゃくさん。かんげいします・・・」
天才子役と言われるだけあって、演技が上手い。同じことしても実力差で目も当てられないことになるな。ズブの素人でもそれくらい分かる。
ならどうする。普通に考えれば気味の悪い子供の演技をすればいい・・・。あ、そうか。
『ああーアクア確かに気味悪いもんね。』
お姉ちゃんの言葉が脳裏によぎる。そうだ、演じる必要なんかないんだ。監督の意図が分かった。ありのまま、普通に話せばそれでいい。
ありがとうお姉ちゃん。いいアドバイスだ。
「カット、OKだ!」
お姉ちゃんのおかげで良い仕事が出来た。何やら10秒で泣ける天才子役が納得いかない様子で癇癪を起しているが、監督がOKというのだから問題ない。
撮影後、役者に一番大事な要素はコミュ力と監督に教わった。他の役者やスタッフに嫌われたら仕事なんてすぐなくなるという。そういえばミヤコさんに虐められそうになった時も似たようなことを考えたっけ。人間社会で生きていくためには人に気に入られることが大事だと。
監督は俺のことを褒めてくれた。いつも通り話しただけの俺に、ぴったりの演技が出来ていたと言ってくれた。言語化できない監督の意図を台本から読み取り、正解の画を作ってくれたと言ってくれた。
でも、俺一人で同じことができただろうか。監督の意図が読めずに、下手糞な演技を披露することになっていたかもしれない。お姉ちゃんのあの一言が無ければ気づけなかったかもしれない。
生まれてこの方、お姉ちゃんのコミュ力に助けられてばかりだ。