【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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アクアお兄ちゃん

いよいよ今日からは舞台の始まりから終わりまでを通しで練習する『通し稽古』が始まる。

 

本番にかなり近い形の稽古ということで、控室に集まった役者達はそれぞれの方法で集中力を高めている。それは刀鬼役の俺やキザミ役のメルトも同じで、俺は経験の浅いメルトをサポートするために彼と行動を共にしていた。

 

「どうだメルト? 行けそうか?」

「これでも一応、演技が下手なだけでプロのタレントなんだけどな。なんならお前よりカメラの前に立った経験は多いぞ。」

「そういえばそうだったな。まあ楽しんでいこうぜ。」

「おう。」

 

控室で笑い合う俺達。

 

メルトはもうすっかり演技の楽しさに魅了されたらしく、今ではこうして稽古前にも笑顔を見せるようになった。同年代の同志が一人増えたのがたまらなく嬉しい。メルトは雰囲気も華やかだし、重宝されるいい役者になるかもな。

 

しかし、先ほどから控室の一角が何やら騒がしい。

 

様子を見てみると、どうやら有馬とあかねがまた喧嘩を始めたようだ。もう何度も見ている為か、他の役者たちは慣れた様子でスルーしている。

 

「おいアクア、お前止めに行かないのか?」

「なんで俺が。」

「お前の彼女だろ。何とかしろよ。」

「いや、あの二人の因縁には俺は一ミリも関わってないから。マジで勘弁してくれ。」

「そうなのか。俺はてっきり、お前を取り合って喧嘩してるのかと。」

 

心外だ。俺がまるで女たらしみたいな言いぐさじゃないか。俺は誓ってピュアな気持ちであかねと交際しているし、有馬を必要以上に弄ぶようなこともしていない。

 

そんな事より、と視線の先で繰り広げられる女の戦いへと話題を戻す。

 

「お、有馬が何かカバンから出したぞ。あれは……本?」

「あかねは驚いてるみたいだな。」

 

有馬が取り出したのは、演劇の雑誌だった。あかねが演劇を始めるきっかけになった役者が居るということで、あかねのインタビュー記事が載っている雑誌を通販で買ったのだという。本を開き、わざとらしく憧れの人は誰かなーなどと言いつつぱらぱらと読み進めていく。

 

そしてお目当てのページを素早く見つけ、芝居がかったあざとい声であかねを口撃し始めた。

 

「あれっ!? あれー!? 憧れの人って私!? あかねちゃん私に憧れて演劇始めたの!? やだもーっ! 私が大好きならそう言ってくれたら良いのにーっ。ごめんね!? 私は貴方の事全然好きじゃなくて! 一方通行の想いでごめんねー!?」

 

当然あかねは激怒する。今まで見たことが無いような鬼の形相で犯人捜しを始めた。

 

「誰!! 誰が教えたの!? ララライの誰かでしょ!!」

「すまん。」

「姫川さん…」

 

手を上げたのは、劇団ララライ看板役者の姫川さん。他の役者ならともかく、姫川さんが相手ではあかねもおいそれと追及できず、泣き寝入りするしかない。

 

その後もしばらく喧嘩は続き、結局俺とメルトが仲裁に入った。あかねを俺が、有馬をメルトが引きずるように引き剥がしてその場を後にする。暴れるあかねを抱え、俺は誰もいない舞台袖へと移動した。

 

「あーもうむかつくむかつく! なんなのあの人は!!」

 

当の有馬は既にいないというのに、落ち着く気配はない。

 

マズいな。じきに稽古が始まるというのに。他人の目があった方が冷静になれただろうか? 誰もいない空間に連れてきたせいで周囲に気を使う必要もないとばかりに怒りをまき散らしているように見える。

 

困った。こんな時お姉ちゃんが居てくれたら助かるんだが……。

 

ここでふと妙案を閃いた。

 

階段に座るあかねの横に腰を下ろし、体を密着させて座る。そのまま右手で彼女の肩を抱き寄せ、左手は頭の上へ。そう、お姉ちゃん直伝のぎゅっからのなでなで。お姉ちゃんが居なくたって、俺が同じことをすればいいんだ。

 

急激に大人しくなるあかね。ここまでうまく行くと逆に不安になってくるが、今更だ。もう戻れない。この道を進むしかない。

 

さらにスパイスとして東京ブレイドの新たな設定を利用させてもらう。

 

「鞘姫。そうカリカリするな。匁に見られたらどうする。」

 

刀鬼と鞘姫は設定上そういう関係であり、頭なでなでをするシーンも実際に脚本に組み込まれている。これならあかねの機嫌を取りつつ、役作りの一環にもなる。そしてなにより、可愛いあかねを自然な流れでなでなですることができる。まさに完璧なプランだ。

 

ただ一つ誤算があったとすれば、あかねは鞘姫としてではなく、あかね本人としてこの状況を受け入れていることだろうか。それも、どうやら()()()の事を思い出しているようで―――

 

「アクア君……もう少し、強くぎゅってして欲しいかな……」

「こ、こうか?」

「あの歩道橋で私を助けてくれた時みたいにさ、もっと思いっきり抱きしめて……」

「わ、分かった。」ギュウッ

 

あの歩道橋。

 

あかねが自ら命を断とうとし、それを間一髪で阻止したあの場所。思えば、あかねと俺の今の関係はあそこから始まったようなものだったな。確かあの時もこうやってあかねを抱きしめて、頭を撫でて………

 

―――落ち着け。ほら、お兄ちゃんがぎゅってしてあげるから。よしよし、よく頑張ったな。

 

こんなクサい台詞を口走ったような気がする。

 

あれは気の迷いと言うか、なんとかしてあかねを落ち着かせようとして咄嗟に出てきた言葉であって、別に深い意味などない。強いていうならお姉ちゃんの英才教育の賜物と言うか、刷り込みの結果なのであって、俺に罪はない。と思う。

 

だがあの危機的状況において、命を救ってくれた恩人が最初にかけてくれた言葉と抱きしめられる感触は、彼女の心に強く刻み込まれていることが容易に想像できる。

 

決してわざとではないが、俺が彼女の恋愛観を大いに歪めてしまったのも事実なわけで。

 

「お…お兄ちゃん……。」

 

などと意味不明なことを言って甘えてくるあかねの相手は、俺が責任をもって努めなければならないのだろう。

 

「あかね。」

「なぁに。お兄ちゃん。」

「こういうのは、場所を選んだ方が良いんじゃないか?」

「今までちゃんと二人きりになれる場所なんてあった?」

 

記憶を探るが、そんな機会は確かに無かった。俺がトラウマのフラッシュバックで倒れた時も二人きりで介抱してもらった気がするが、まぁノーカンだろう。

 

するとあれか。あかねは俺と兄妹のように身を寄せ合ってなでなでしたりぎゅっとしたりという欲求を今まで我慢していたことになるのか。約半年もの間、ずっと? ただの一言も、ほのめかすような言動さえもせずに?

 

それに気づいた瞬間、罪悪感が湧き上がる。

 

「ごめん。もっとあかねとコミュニケーションを取るべきだったのかもな。」

「ううん、良いの。アクア君は立派に彼氏をやれてると思う。」

「そうかな。俺そういうの良く分かんないって言うか、初めてだから良く知らないんだよな。」

「初めてデートした時もちゃんと考えようって言った気がするんだけどなー。はぐらかされたけど。」

「そんなこともあったな。じゃあ改めて聞くけど、あかねはどういうのが恋人だと思う?」

「………やっぱり分からない。」

「俺はあかねと一緒に居られればそれで良い……ってこれじゃあの時と同じか。」

 

恋人ごっこはまたしても詰みらしい。何かないだろうか、起死回生の一手は。

 

「いや、あの時とは違うよ。だって、お兄ちゃんがこうしてなでなでしてくれてるんだもん。」

「なるほど?」

「きっとこれが私たちの彼氏彼女としての在り方なんだよ。」

「うーん、まあ、あかねがこれで良いって言うなら良いか。何度も言うけど俺は一緒に居られればそれで良いし。」

 

会話はそこで途切れ、そのまま体が触れ合う感覚だけを味わう。

 

抱きしめる力を弱めればあかねが不満そうに腕を引き、強めれば満足そうに身をよじらせる。撫で方にも好みがあるようで、いろんなパターンを試すもやはりあの歩道橋で咄嗟にやったあの撫で方をした時の反応が一番嬉しそうだ。

 

こんなスキンシップの取り方も悪くない。あかねが望むならいくらでもお兄ちゃんになってやろう。いつものように二人だけの世界を構築し、その中にどっぷりと浸かる。

 

これは特にあかねに言えることなのだが、集中すると周りが見えなくなることが良くある。高い集中力の裏返しだ。今この状況においてもその悪癖はしっかり出ているようで、俺もあかねも周囲に気を配る余裕もなく互いの体温を感じることに集中していた。

 

故に気づくことが出来なかった。

 

こちらを面白そうな顔で眺める姫川大輝の姿に。

 

「よぉ星野。随分と見せつけてくれるじゃねぇの。」

 

ふにゃふにゃだったあかねの体が一瞬にして硬直し、抱きしめる腕から動揺が伝わってくる。俺の動揺もまた彼女に伝わっていることだろう。

 

―――アクア君! どうしよう!

 

―――落ち着けあかね! 場所がちょっとアレだが何も後ろめたいことはしていない!

 

どうする? 凄く恥ずかしいところを見られたが、別に悪いことはしていない。俺とあかねは正式に付き合っているし、ハグくらいは人前でしても許されるはず。何よりこれは役作りの一環でもあるし……

 

そうだ役作り。

 

「……決めるのは鞘姫だ。俺は鞘姫の指示に従うだけ。」

「そう、だよね。渋谷クラスタのトップは私。私が決めないといけないんだよね。ごめん、こんなこと言って。」

「鞘姫の懐刀として、地獄の果てまでお供すると言ったはずだ。君がどんな決断を下そうと、結果がどうなろうと俺は君を守る。だからそんな顔をするな。」

 

決まった……! 俺の意思を瞬時に察し、合わせてくれたあかねに感謝だな。本番そのままのセリフだし、これなら通し稽古前に課題のシーンを練習している様子にしか見えないはず。

 

しかし俺の完璧(笑)なプランは早くも破綻していたことが明らかになる。

 

「……見つかってから始めても遅いぞ?」

「「はい。」」

「それにしても見事なイチャつきっぷりだったな。これで恋愛とか良く分からないとか言うのマジで笑える。」

「あの、姫川さん。私達、カップルに見えますか?」

「はぁ? それ以外の何に見えるって言うんだよ。」

「そうですか。」

 

良かったなという気持ちを込めて、あかねの頭をひと撫でする。表情は見えないが、安心や喜びと言った明るい気持ちが触れ合う体を通して伝わって来た。

 

ごゆっくり、と言い残して去っていく姫川さん。またしてもこの空間には俺とあかねの二人きりとなる。しかしもう同じ轍は踏まない。あかねから手を放し、少しだけ距離をとって座り直す。

 

「今度、二人で遊園地でも行かないか? 観覧車とか乗ってみたいんだよな。」

「良いね、遊園地。私はのんびり温泉旅行とかも良いと思うな。」

「そうだな。この舞台が終わったら、どこかに出かけようか。」

「うん。お誘い待ってるね。」

 

あかねの体温を感じられず寂しいが、この気持ちは次の機会に取っておくことにする。

 

その時が来たら、今度こそ心ゆくまで。

 




―――落ち着け。ほら、お兄ちゃんがぎゅってしてあげるから。よしよし、よく頑張ったな。

↑今ガチ編のアクアのセリフなのですが、いつか回収しようと思ってなんとなく機会を伺ってたら36話も進んでしまいました。初デートの回で入れたかったのですが、やはりパブリックな空間では難しく……。刀鞘ネタもあって丁度良かったのでここで消化させてもらいました。
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