【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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開幕

ついに舞台『東京ブレイド』の公演初日。

 

普段着る事のない和服を身に纏い、左目には眼帯。特殊メイクで頭に角を生やした俺は、どこからどう見ても『東京ブレイド』のキザミだ。

 

もう後は舞台に出て練習通りの演技を披露するだけ。

 

廊下の先では同じく衣装を身に着けたつるぎ役の有馬と鞘姫役の黒川がバチバチに互いを威圧しあっている。しかし以前見たような互いを罵りあうだけの無益な言い争いではない。互いに良い舞台を目指すもの同士、相手を鼓舞するように挑発しあっている。

 

嫌いなものは嫌いだが、実力は認めている。まさにライバルって感じだな。

 

出番の早い有馬は足早にその場を去り、近くで見ていた俺は黒川と二人で舞台袖へと向かおうとする。しかし黒川は人を探すようにあたりを見渡した後、俺に尋ねて来た。

 

「あれ…アクア君は?」

「個室の方いるよ。なんか最近ずっとやってんだよな。瞑想? 精神統一?」

「ふぅん? まぁ気分の作り方はそれぞれだしね。本番前は一人になりたい人も多いし。」

 

ここの所アクアは一人で部屋に籠ることが多くなった。稽古が本番の形式に近くなるにつれてその頻度は高まっていた。

 

アクアがしばらく精神統一をした後は、決まって強烈な感情演技を披露する。あれにはきっと相当な集中力を要するのだろう。最高の演技をするためには心身のコンディションをしっかり調整しておく必要があるってことだ。

 

そこまで繊細な感覚は俺にはまだないけど。

 

「アクアが出て来るまで待つか。」

「そうだね。」

「なぁ、黒川は精神統一とかしないのか?」

「演技の内容にもよるけど、事前に用意した役に入るだけならほんの数秒あれば十分かな。アクア君もそこは同じだと思うけど。」

「てことはやっぱりあの強烈な感情演技をするための下ごしらえって事なのか。」

 

いい演技をするためには俺の知らないテクニックが沢山あるんだろうと、特に重く受け止めることは無かった。

 

黒川とセリフの確認をしながら待つこと数分、アクアが個室から出て来た。衣装を身に着けメイクを施したアクアは正しく刀鬼そのもの。行くぞ、と声を掛ける刀鬼は鞘姫の懐刀としての剣呑な雰囲気を纏っている。

 

ええ、行きましょう、と応えて歩き出す黒川。いつの間に役に入り込んだのか、ついこの瞬間まで黒川だった女性はもう鞘姫以外の何者でもなくなっていた。

 

二人は並んで歩きだす。原作そのままの刀鞘の姿がそこにはあった。なんとなく雰囲気を壊してしまうのではないかと思い、数歩遅れて後をついていく俺。

 

舞台袖で金田一さんが最後の号令をかける。

 

「よし、これで役者は揃ったな。さぁ開幕だ。全部出して来い。」

 

物語のモニターが開いていく。

 

・・・

 

『東京ブレイド』物語は主人公が一振りの太刀を手にするところから始まる。

 

舞台は新宿。しかし新宿と聞いて誰もが思い浮かべるような、高層ビルが立ち並ぶ大都会の風景ではない。さびれた飲み屋街だろうか。純和風の居酒屋が数件並んだと思えば、その向かいにはギラギラと眩しいネオンの光。

 

下町のカオスな飲み屋街が無人のまま数年ほど放置されたような、薄汚れた建物が立ち並ぶ背景。

 

そうしてリアルに再現された東京ブレイドの世界の中に、主役のブレイドが一人歩いて登場する。

 

ただ歩くだけ。舞台の中央にこれ見よがしに突き刺さっている一振りの太刀をめがけて、ただ真っ直ぐに歩く。たったこれだけの動作で、ブレイドを演じる姫川大輝は見る者を東京ブレイドの世界へと引きずり込む。

 

「なんだ、これ。光って……」

 

訝しげに太刀を手に取るブレイド。すると物陰から様子を伺っていたもう一人の登場人物は彼が太刀を手したことを確かめた後、跳ねるような軽快な動きで登場する。

 

「ウチは剣主の一人「つるぎ」様だ! その『盟刀』を捨てて逃げるか私と戦うか選びな!」

 

根っからの戦闘狂なのだろう。これから命のやり取りが始まるというのに、つるぎは緊張する素振りは微塵も見せない。不敵な笑みを浮かべ、剣主としての力を振るいたい一心でその盟刀の切っ先をブレイドへと向ける。

 

強い奴と戦う。楽しい。つるぎとはそういう女だと説明するのに、言葉など必要なかった。

 

極東に集った21本の刀…『盟刀』は持ち主に様々な力を与える。その力の大小は盟刀が持つ力と剣主の潜在能力、そして刀と使い手の相性によって大きく左右される。

 

淡い光を放つ太刀を手に取ったブレイドが、ぼそりと呟く。

 

「お前……風丸って言うのか。」

 

つるぎの顔から笑みが消える。未だ自分の持つ小ぶりな剣の名を知らずにいたつるぎは、あの盟刀が早くもブレイドの実力を認め、相応の態度を返したことに戦慄した。

 

「アンタ、ただもんじゃねぇな……」

 

早くも敗色が濃厚となるも、戦う意思だけは曲げようとしないあたり、やはりつるぎは戦闘狂だ。

 

しかし余裕はない。震える体の振動が舞台用のも模造刀へと伝わり、カチャカチャという金属音となって客席に届いていた。それは恐怖によるものなのか、あるいは武者震いか。観客たちには自由に想像を膨らませる余地が残されている。

 

つるぎが切りかかる。慣れない刀捌きでそれをどうにか受け止めるブレイド。

 

いざ戦いが始まれば、初めの方こそ経験の差で優位に立つつるぎだったが、驚異的な速度で剣主としての力に順応するブレイドにしだいに押されていく。

 

その後の戦いは終始ブレイドがつるぎを圧倒。盟刀・風丸に主として認められたブレイドは、早くもその力の片鱗を使いこなしつつあった。

 

盟刀・風丸

一の刃『疾風刃雷』

 

背後のスクリーンに映るド派手な映像と、激しい効果音。それらと寸分も違わぬタイミングで繰り出されたブレイドの剣撃は、容易につるぎの刀を弾き飛ばした。

 

「やめてけれ! おらまだ死にたくねぇだ!!」

「なら俺の方が強いと認めるか?」

「認めるだぁ! 屈服する! アンタの方が強いだぁ!」

 

敗北したつるぎがブレイドの軍門に下る一連のやり取りは、たったの一往復の会話で表現された。涙を流して無様に這いつくばって命乞いをするつるぎと、余裕の表情でそれを見下ろすブレイドを見れば、もはやそれ以上の説明は邪魔ですらある。

 

ブレイドが上で、つるぎが下。言葉など無くとも二人の様子を見れば分かる。紛う事なき一流の役者の仕事だった。

 

そんな彼らでも言葉で説明せざるを得ない設定と言うものはある。

 

命までは取られないと分かると、泣いて許しを乞うていたつるぎはけろりと態度を変え、再び元気いっぱいに話始める。なんという切り替えの早さだろうか。

 

「どうしてついて来る? 俺に従うことでお前になにかメリットがあるか?」

「強いやつと一緒に居れば強い奴と戦える。こんなに面白いことが他にあるか? そんで、アンタが王様になった際にゃ私を大臣にしてくれりゃ良い! したらこの「つるぎ」が王道を切り開いてやるさ!」

「王さまだと? そんな世迷言―――」

「なんだ知らねえのか? 『盟刀』ってのがどういうものか。」

 

一流の役者はセリフを喋らせても一流だ。全ての『盟刀』が最強と認めた者には国家を手にするほどの力、『國盗り』の力がもたらされるという、東京ブレイドの根幹をなす設定をつるぎが淀みなくブレイドに説明していく。

 

そこに長台詞にありがちなのテンポの悪さは全く感じられない。

 

「この日本を盗めるほどの力ね、良いじゃん。王様になって見たかったんだよね俺。」

 

つるぎを従えたブレイドが独白する。

 

力を手にし、勝利の味を知り、つい数分前まで純朴な青年だったはずの男は、今や一国をその手中に収めんと野望に燃える戦いの鬼へと変貌を遂げていた。

 

「俺が最強になってこの國の王になる!」

 

・・・

 

舞台袖から姫川さんのキメ台詞を眺める俺は、演者だという事を忘れて東京ブレイドの世界観に引き込まれていた。姫川さんも有馬も仕上がっている。これからキザミとして舞台に上がるのが申し訳なくなるくらいに。

 

圧倒的なクオリティーの高さに圧倒され、緊張する俺。心底面白そうにその様子を眺めるアクアとはと対照的だ。

 

「緊張してんのか? らしくないな。」

「これからあの二人と()り合うんだぞ。緊張するに決まってんだろ。」

「何言ってんだ。これからあの二人と()り合えるんだぞ。楽しみで仕方がない。」

 

この演技バカめ。俺も演技の楽しさに目覚めたとはいえ、さすがにこの状況でも演技を楽しめる自信はない。

 

今日の為に積み重ねてきた努力の大きさが、そのままプレッシャーとなってのしかかってくる。

 

俺のせいで作品が台無しになるかもしれない。原作者をまた失望させるかもしれない。必死に努力してそれでもダメだとなったら、いよいよ俺は役者としての道を諦めてしまうかもしれない。ただの顔だけの男に逆戻りだ。

 

半年前の俺なら、それで良いやと笑ってたんだろうな。

 

「マジになればなるほど、失敗の恐怖も大きくなるんだな。初めて知ったよ。」

「まぁそうなんだけど、何も大きくなるのは恐怖だけではないだろ? 緊張感の中で演じる楽しさは言葉にできない。緊張ってのはそれ自体良いものでも悪いものでもないんだ。だったら味方につけた方がお得だよな?」

「理屈の上ではそうなのかもな。」

 

言いたいことは分かる。プレッシャーを味方につけろというよくあるアドバイスだ。はいはいそうですかと軽く受け流すつもりだったが、アクアはそこで止まらない。

 

「……この前初めて監督の前で演技した時、どう思った?」

「まぁ、あん時は確かに楽しいと思ったよ。だけどそれを今思い出せってのは難しいぞ?」

「お前さ、あの程度で演技の面白さが分かったとか思ってないよな?」

「え?」

「稽古と違って本番は衣装もセットもあるし、皆本気で演技してくるんだぜ? 没入感は段違いだ。今お前が観た姫川さんと有馬の演技にノれたら凄いことになると思わないか? せっかく一流の役者と()るんだから、利用しない手はないだろ。」

 

俺って案外、チョロいのかもな。真っ直ぐ俺を見据えるアクアの目力に押され、なんだか本当に面白くなりそうだなんて思い始めている自分が居る。

 

「今だけなんだぞ? ここまで完璧に東京ブレイドの世界が再現されて、一流の役者達の中でキザミを()れるのは。」

 

ああダメだ。もう顔が笑ってしまっている。

 

「……いい顔してんな。」

「ったく、お前はいつも俺を良いように操りやがって。」

「嫌だったか?」

「嫌じゃねえから困るんだよ。」

「なら良いじゃねえか。ほら、行ってこい。出番だぞ。」

 

依然として緊張はしている。心臓はうるさいし、手に汗もかいている。

 

でも嫌じゃない。この高ぶりをそのまま舞台に持っていってキザミになりきったら、どんなに気分が良いだろうかと期待してしまっている。アクアにまんまと乗せられているのが少し残念だが、そんなことがどうでも良く思えるくらいに気分が上がっている。

 

舞台に出る直前、後ろからアクアの声が聞こえた。

 

「気分良さそうだな。意気揚々とブレイドに戦いを挑むキザミにそっくりだ。」

 

わざとらしく言いやがって。どうせこれもお前の計算通りなんだろ?

 

舞台の中へと踏み出し、新たな登場人物に観客の視線が集まる。ぞわっと何かがこみあげるのを感じる。

 

「オイ、そこのお前。俺と勝負しろ。」

「あんた何もんだ? このつるぎ様に勝負を挑むとはいい度胸だ。」

「誰でも良いだろ。ほら、剣を抜けよ。」

「言われなくたって!」

 

自分で考えて喋ってるみたいだ。笑えるほど自然とセリフが出てくる。

 

過去一番の演技で俺はつるぎへと斬りかかる。

 

キザミとつるぎの剣の実力はほとんど互角。だがパワーで勝るキザミが少しずつつるぎを追い詰めていく。しばらく打ち合った後、キザミは大きな隙が出来たつるぎへと気分よく刀を振り下ろす。

 

ここでキザミは何を思うんだっけ……たしか『次の一閃でこいつは真っ二つ。俺の勝ちだ。』だったか。そしてブレイドに止められて―――

 

思い切り振り下ろした刀から手に伝わる感触は、キザミの期待したものではない。刃がつるぎに届く寸前で、助太刀に入ったブレイドに受け止められていた。

 

―――すげぇ。本当に『もう少しで』って気持ちが湧いてくる。つるぎ(有馬)ブレイド(姫川さん)も再現度高すぎんだろ……!

 

「今度はお前が相手してくれんのか?」

「ああ、こんなんでも一応俺の配下なんでな。悪く思うなよ。」

「望むところだ!」

 

続くブレイドとの闘いはボロ負け。剣主としての圧倒的な格の違いを見せつけられ、キザミは身の程を知った。

 

「クソ…アンタら強ェな……」

 

振り返れば引き連れていたキザミの配下も全員やられている。ブレイドほどではないが、つるぎも強い。徒党としての戦力の違いは歴然だった。

 

「國を盗るのは俺だと思ってたんだけどな。上には上がいるもんだ。……なぁ俺も仲間にしてくれよ! お前が王になった時、俺のポジションは将軍な!」

 

―――こんなに凄い奴なら、俺も仲間に入れてもらいたいもんだ……って何考えてんだろうな。これはただの演技なのに。ああくそっ、またアクアの言う通りになってるじゃねーか。没入感?ってやつのせいでマジでその気にさせられちまった。

 

ここで場面は切り替わり、俺の出番は一旦終わり。しばらくブレイドとつるぎの作戦会議が行われる。

 

舞台袖へと戻る俺に、真っ先にアクアが声を掛けてくる。

 

「メルト、どうだった? ……って聞くまでも無いか。さっきより良い顔してるもんな。」

「うるせぇよ。」

 

演技の魅力に取りつかれた一人の少年がそこに居た。

 




メルト目線だと演劇のワークショップですね。
もう鏑木さんには頭が上がらない。
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