【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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刀つる派の命日

「よくやったわ、あとは私たちに任せなさい!」

 

匁に敗れ地に倒れ伏すキザミ。だが彼から盟刀を見つけたと連絡を受けていたブレイドとつるぎが駆けつけ、状況は一変する。まだ息はある。強い生命力を誇るキザミならこの程度の傷で命に関わることは無いだろう。

 

―――本当によくやったわね。鳴嶋メルト。

 

裏でアクアとこっそり稽古をしているのは知っていたが、まさかここまでの成長を見せるとは。特に、刀を投げ上げるパフォーマンス以降の感情演技はララライの役者陣と並べても引けを取らないものだった。

 

さあ、今度は私の番。ここまで中々良い仕事をしてきた自負はあるけど、まだまだこんなレベルで満足は出来ない。

 

キザミを庇うように後ろで控えるのは、ブレイド演じる姫川さん。悔しいけど、彼の演技には圧倒されっぱなしだ。さらにこの後のシーンからはもう一人の天才、アクアも加わってくる。そして、あの子も。

 

黒川あかね。私のライバル。

 

アクアや姫川さんならともかく、あの子にだけは絶対に負けたくない。

 

匁を見据えてつるぎが啖呵を切る。

 

「よくも私の身内を痛めつけてくれたわね。1兆倍にして返してあげる。」

「これ以上先に攻め入ると言うなら我々渋谷クラスタも黙っては……」

 

匁が応えるが、ここでビュウゥという効果音がセリフと被ってしまった。匁役の鴨志田さんもやれやれと言った様子でセリフを言いなおそうとしている。同じセリフを二度言うのはテンポが悪いが、普通なら仕方がないだろう。

 

でも、ここにいるのは芸歴イコール年齢のベテラン女優よ? 任せておきなさいって。

 

ここで出さなきゃいけない情報は、彼が『渋谷クラスタ』の構成員であり、新宿クラスタ(私達)の敵だという事。それを攻め込む気満々な戦闘狂のつるぎの口から説明するなら、どうなるだろうか。

 

多分、こんな感じ。

 

「ごちゃごちゃうるさいわね! 只の肉塊になればその口も静かになるのかしら!? 渋谷クラスタなんて知った事じゃない! 全員切り倒して私たちがこの國を盗る! この剣でね!」

 

どう? 私の『受け』は大したものでしょ?

 

私のアドリブに対し、匁が応える。言い回しが台本と微妙に異なるため、相手にも多少の修正能力を求めることになってしまったが、彼なら問題ないだろう。

 

「流石に2対1は分が悪いですね。また日を改めてお会いしましょう。」

「こらぁ! 逃げるなボケナス! このタルタルチキン!」

 

撤退する匁。何ら違和感のない受け答えで完全に台本に合流することに成功した。

 

ここで場面は変わり、匁の撤退した先、渋谷クラスタの本拠地へと舞台は移る。長いこと出ずっぱりだった主演グループの数少ない休憩場所だ。舞台袖から役者の演技を眺められる絶好のチャンスでもある。

 

そう、チャンスではあるのだが……。

 

これから舞台上で繰り広げられるのは、壮絶なイチャつき合い。原作者は何をとち狂ったのか、この舞台に際して新たな設定を追加してきた。しかもその内容は刀鬼と鞘姫が幼馴染であり、兄妹のように親密な関係であるというもの。

 

それを演じるのがアクアとあかねだというのだから私の心は穏やかではない。

 

客席がぐるりと回転し、次のシーンへと移行する。そこには仲睦まじい様子で鞘姫を抱きしめ、頭をなでなでする刀鬼。その距離の近さと言ったら、もはや事務所で見せる星野姉弟のそれと遜色ないくらい。

 

客席から黄色い声と悲痛な叫びが同時に上がる。刀つる派の皆さま、ご愁傷様ね。私も同じ気持ちよ。

 

サービスシーンのつもりなのか、そのまま何の会話も無い状態でしばらく濃密な二人だけの時間が流れる。蕩けた顔で刀鬼にされるがままになっているのは、鞘姫を演じる黒川あかね。

 

それ、演技なのよね? 黒川あかねお得意の没入型演技で鞘姫を演じてるだけなのよね!? なんだかこう、演技にしてはあまりにもリアリティーがあるというか……とにかく穏やかではない。

 

そんな密のように甘い時間は匁の帰還によって終わりを迎える。ナイスよ匁。

 

「……えー、鞘姫様。ご報告にございます。」

 

慌てて離れる鞘姫と刀鬼。演じる役者の技量が無駄に高いせいで、違和感なくその関係性が表現されている。

 

「……何です。手短に説明しなさい。そしてすぐに下がりなさい。」

「哨戒任務中に剣主と遭遇しました。」

「剣主に、ですか。それで?」

 

流石の鞘姫も、剣主が現れたとあっては無視はできない。すぐに続きを促す。

 

「その者は新宿クラスタなる組織の一員とみられ、私を配下に引き入れようと持ち掛けてきたのですが、それを拒否したところ戦闘となりました。確認できただけでも剣主が3名、戦闘の継続は不可能と判断し、撤退した次第です。」

「よろしい。よくぞ無事に帰って来た。報告は以上か? ならば下がるがよい。」

「はっ。失礼します。」

 

匁からもたらされた情報は、鞘姫にとって特大の爆弾だった。剣主が徒党を組んで行動している。最低でも3本の盟刀を保有しており、戦力は渋谷クラスタと同等と見て良い。出来ることなら融和の道を行きたいが、これまでの報告から言ってもそれを許してくれる相手ではなさそうだ。

 

鞘姫は今後の物語を左右する重要な決断を下すことになるだろう。

 

しかしそれはそれとして、彼女にはやることがある。

 

「刀鬼お兄ちゃん……」

 

これである。

 

再び刀鬼にすり寄り、身をあずける鞘姫。刀鬼は一切表情を崩さずそれを受け止め、慣れた手つきで鞘姫の頭を撫でる。流れるような自然な動作だった。

 

再び二人きりになった部屋で、苦悩する鞘姫が刀鬼に話しかける。

 

「ねえ刀鬼。やっぱり戦うしかないのかな。」

「だろうな。だが心配することは無い。そのために俺が居るのだ。」

 

刀鬼は孤児だ。身元の分からぬ天涯孤独の赤ん坊を鞘姫の母親が拾い、娘の用心棒として育て上げた。感情の無い無機質な性格や鞘姫への絶対的な忠義は、そんな彼の成育歴に由来している。彼にとって、鞘姫はこの世のすべてなのだ。

 

………アクアにとってのお姉ちゃんみたいなものと思えば大体オッケーな感じね。

 

「このままじゃ被害は大きくなるばかり……。私の仲間たちはどんどん殺されていく。このまま何もしないわけには行かないよね。」

「だろうな。このまま削り合いを続ける意味はない。よしんば彼らを抱き込むことに成功しても、消耗は避けられないだろう。その隙をついて他の剣主が攻めてこないとも限らない。」

「うん、分かってる。新宿クラスタの勢力が大きくなる前に潰すのが得策……。でも、それをすれば私の命令で大勢が死ぬことになる。ねえ刀鬼、私どうすれば……」

「姫に拾われた日から俺の全ては貴方のものだ。ただ持ち主の命令に従うだけ。」

「そう、だよね……。こんなこと言っても刀鬼を困らせるだけ。分かってるのに、なんでこんなこと言っちゃったんだろ。ごめんね刀鬼……。」

 

懐刀の刀鬼も組織のトップとしての意思決定には口出しはできない。鞘姫自身が決断する以外にないのだ。

 

そんなことは刀鬼も鞘姫も良く分かっている。多くの仲間の命を背負って決断を続けるプレッシャーは相当なものだろう。そのプレッシャーに押し潰されそうになる鞘姫を歯がゆい思いで見つめるのも初めての事ではない。

 

だからこそ、こういう台詞も自然と出てくるのだろう。

 

「鞘姫の懐刀として、地獄の果てまでお供すると言ったはずだ。君がどんな決断を下そうと、結果がどうなろうと俺は君を守る。だからそんな顔をするな。」

 

ピクリとも動かない表情とは裏腹に、声色からは優しさを感じる。

 

全体的に説明台詞をバッサリ切り捨て、余った時間を惜しみなく投入して出来上がったのがこのシーンだ。どんな心境の変化があったかは知らないが、原作者は随分と刀鞘のカップリングに入れ込んでいるらしい。

 

客席から刀鞘派の歓声が上がる。刀つる派は既に脱落したのか、悲鳴はもう聞こえなかった。刀つる派筆頭の私としても、このシーンをやられたら抵抗する気力も湧いてこない。完璧なワンシーンだった。

 

一通りイチャついたあと、鞘姫は再び匁を始めとした配下を呼び集めた。

 

決心を固め、普段通りの威厳のある表情と振る舞いで鞘姫が告げる。

 

「刀を抜けば…血が流れる。ですが、戦わねば守れないものもあるのでしょう。ならば刀を抜きましょう。合戦です。」

 

そこにいるのは先ほどまでの年頃の女の子ではなかった。厳かに告げられる鞘姫の命を、彼女の配下だけでなく観客までもが息をのんで聞き入っている。僅か十数秒の演技でホールを支配してしまった。

 

大した表現力ね。さすがは私のライバル。

 




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