シーンはハイライト。新宿クラスタと渋谷クラスタが真っ向から激突。6人の剣主と大勢の配下たちが集まり、大規模な白兵戦を繰り広げている。
舞台の中で一人、階段の上から戦いの様子を眺めるのは鞘姫を演じる私。
刀鬼の励ましにより組織のトップとして合戦の決断をした鞘姫だが、やはり目の前で人が傷つくのは耐えられない。『傷移しの鞘』によって密かにこの場に居る剣士たちの傷をその身に移し、可能な限り死傷者が出ないようにしていた。
原作を読んでいれば誰でも知っている設定。故にそれと分かるように演技をしなければならない。
時々鞘を力強く握りしめては苦痛に顔をしかめる。果たしてどれだけの人間がこの微妙な表情の変化に気付くだろうか。恐らくやってもやらなくても舞台としての評価にはほぼ影響はないだろう。
それでも私はやる。どんなに細かくても、誰も気づかないようなことでも、役に近づけるなら私は迷わずそれをやる。それが私のこだわり。
敵味方入り乱れての白兵戦ではあるが、誰がどこに居て、誰と戦うかは事前に決めてある。私の相手はかなちゃん。それも、戦場の中でひときわ目立つ高台での勝負だ。演技で白黒付けるならここだと事前にあたりを付けておいたワンシーンである。
一段高いところから澄ました顔で戦場を見下ろす鞘姫に対し、乱暴に突っかかってくる人影。声の主は新宿クラスタ随一の暴れん坊、つるぎだ。
「アンタが渋谷の親玉? 刀を抜きなさい。」
挑発するつるぎに対し、鞘に納めたままの刀を手に取って鞘姫が答える。
「貴方には…これで十分です。」
「舐めて…くれて!!」
渋谷クラスタの姫と、ブレイドの相棒の一騎打ち。
片や戦いを好まない心優しい少女に、片や強敵と見るや誰彼構わず喧嘩を吹っ掛ける戦闘狂。この正反対の思想を持った二人のぶつかり合いは、原作でも記憶に残る名シーンとしてファンに愛される一幕となっている。
階段を駆け上がり、かなちゃんが私の前に立ちはだかる。お互いにやる気は十分。さあ、全力で
負けないよ、かなちゃん。
私は貴方が居たからここに居る。昔の事なんて貴方は覚えても居ないんだろうけど。ずーーーっと、ずっと何年も、私はこの時を待っていた!
今のかなちゃんは、縮こまった演技しか出来なくなっていたあの頃とはまるで違う。B小町のお姉ちゃん達に支えられて、もう独りぼっちじゃない。あの時のライブで見た笑顔は間違いなくかなちゃんの本来の笑顔だった。
でも私だって成長したんだよ? アクア君がきっかけをくれたの。
見ててね。私もちょっとだけ出来るようになったんだよ? 周りを食べちゃうような演技。私は私が一番目立つように戦う。だから思い切りぶつかってきてよ。
斬りかかってくるつるぎの剣を難なく受け止め、鍔迫り合いとなる。それをはじき返すと同時、刀を振りぬく勢いで鞘から刀を引き抜く。
刀を振るう様は、さながら踊りのように。流れるように美しく。
思い浮かべるのはB小町のアイ。アクア君の理想の
着物の袖を靡かせ、揺らす。顔が隠れたと思えば妖艶な笑いを浮かべる口元がちらりと覗く。鞘から解き放たれ、抜き身となった刀身はまるで芸術作品。それを抱きすくめるように体に密着させ、
ありとあらゆる動きに意味がある。他人の目を惹くための工夫に満ちている。
―――かなちゃんはどう対抗してくるのかな? 早く見せてよ。凄い演技。
―――とても楽しそうな提案だわ。私もアンタと白黒つけたいと思ってたのよ!
役者らしく身体で語る私達。私の意図は伝わった。そしてその返事が…これだ。
かなちゃんが笑った。とても楽しそうに。あのライブで観たのと同じ笑顔。わがままで身勝手で、太陽のように眩しいあの笑顔。
つるぎが体勢を立て直し、再び斬りかかってくる。鞘姫の流れるような動きとは対照的な、緩急に富む跳ね回るような動き。体の小ささを全く感じさせない躍動感あふれる刀捌きだ。
ああ、なんて可愛いんだろう。私のかなちゃん。
天真爛漫と言う言葉はかなちゃんの為にある。鞘姫としてつるぎとの斬り合いを演じながら、同時に有馬かなの光に焼かれる自分が居た。
こんなに近くでかなちゃんが演技してる。私を見ろ!って叫んでる。
かなちゃん!かなちゃん!有馬かな!
私も叫ぶ。もっと見せてと語り掛ける。まだまだ行けるよねって、全身で表現する。
すると面白いくらいに反応が返ってくる。どんどん強く、明るくなっていく。際限なく増していく存在感に呑まれそうになるのを必死でこらえ、食らいつく。
眩しいなぁ。出来ることならもっと近くで、可愛いかなちゃんを……
距離を取って体勢を立て直そうとするつるぎだが、鞘姫がそれを許さない。体が触れそうなほどに肉薄し、途切れることのない連撃でもって自慢の機動力を発揮する機会を与えない。
しかし鞘姫の猛攻はつるぎに捌かれ、やがて隙を突いたつるぎに手痛い反撃を食らってしまう。
―――離れろ! 鬱陶しい!
―――ああっ、かなちゃん!
鞘姫の実力はつるぎよりも上。しかし傷移しの鞘により敵味方の傷を一身に引き受ける鞘姫は、本来の実力を発揮できずにいた。
真正面から
つるぎに押されて鞘姫は一時撤退。刀鬼が殿を務め、城の中へと逃げ込んだ。それを追いかけてブレイド、つるぎが城へと攻め込む。
これで舞台から剣主の4人がはけ、戦いはキザミと匁のリベンジマッチへと焦点が移る。
私達は舞台袖でしばしの休憩。
「かなちゃんはやっぱり凄いなぁ。私も目立つ演技が出来るようになったと思ったんだけどね………。かなちゃんには敵わなかったよ。」
「その割には満足そうな顔だが。」
「うふふふふふ。ふふふ。分かる?」
「そりゃあ、そんなに楽しそうな顔されればな。」
「そういうアクア君だって、いい顔してるよ? メルト君なんか目じゃないくらいに。」
「俺も遠目に有馬とあかねの闘いは見てたからな。あかねも大したもんだったぞ。派手さは無かったが、芸術品みたいに美しかった。評価軸が違えばあかねの勝ちでも全然おかしくない。」
「私はかなちゃんに憧れてこの世界に入ったんだよ? かなちゃんの土俵で勝たなきゃ意味ないに決まってるでしょ。」プクー
「ははは、それもそうだな。」
私とかなちゃんの勝負はひとまず決着が着いた。悔しいけど、私の負け。
でも気分は悪くない。子供の頃から憧れ続けたかなちゃんと真正面から
「あかね。次は俺の番だ。姫川さんと全力で
「もちろん。全力で鞘姫になりきってアクア君が違和感なく演技を出来るようにサポートするよ。」
「助かる。」
物語は佳境に入る。
新宿クラスタと渋谷クラスタの最大戦力同士のぶつかり合いだ。
城の前ではキザミと匁の闘いが繰り広げられている。刀鬼と鞘姫を追撃するブレイドたちに邪魔が入らぬよう、キザミが入り口をふさいでいるのだ。そこを突破するべく匁がキザミへと攻撃を加えるのだが、根が優しい匁は力ずくでキザミを退かせることが出来ずにいた。
そのまま膠着状態に陥りキザミは防波堤の役目を見事に果たすことになるのだが、それは今回の台本の範疇ではない。
「よし、行くぞあかね。」
「うん。」
二人で舞台に出れば、そこは城内の広い敷地の中でもひときわ豪華で堅牢な建物の中。長い廊下を幾度も曲がり、渋谷クラスタの構成員でも限られた人間しか知らない隠し通路を抜けた先の広い空間だ。
乱戦の中では鞘姫を守り切れないと判断した刀鬼は、確実に剣主を仕留めるべくブレイドとつるぎをこの場所へおびき出したのだ。
後を追うブレイドとつるぎに、振り返った刀鬼が鞘姫を背にかばうように対峙する。
芸能界を代表する天才役者に、業界では知る人ぞ知る話題の新人。そして同年代では並ぶ者のいないハイレベルな演技力をもつ女優が二人。
これから繰り広げられる彼らの
「鞘姫、下がっていろ。こいつらは俺が始末する。」
「へぇ。アンタ一人でやる気? なめられたものね!」
早々に斬りかかるつるぎの剣撃を刀鬼がこともなげに捌いていく。渋谷クラスタ最強の剣主である刀鬼にとって、つるぎなど取るに足らない相手だ。つるぎとの戦闘の中であってもブレイドへの警戒は一切怠らない。
「アンタ……やるわねっ」
「退け。鞘姫に手を出さないと誓うなら見逃してやる。」
「うるさいっ! あんたたちを倒してブレイドが王になる! それだけよ!」
戦闘狂を相手に交渉の余地などないらしいと悟る刀鬼。あくまで冷静に、守るべき姫の事だけを考えてつるぎの攻撃をいなし続ける。
「そのクールぶった顔が気に入らないのよっ!」
「……! くそっ!」
刀鬼の攻撃をすり抜け、鞘姫の下へとつるぎが駆ける。意表を突かれ焦る刀鬼。
一瞬遅れて駆け出す刀鬼はギリギリのタイミングでつるぎへ追いつき、鞘姫との間に割り込んだ。しかし体制は崩れ、駆ける勢いそのままに打ち込まれるつるぎの渾身の一閃に盟刀を弾き飛ばされてしまう。
「ブレイド! 今よ!!」
刀鬼と同時に走り出していたブレイドが殺意を籠めた刃を大きく振りかぶり、刀鬼へと突進する。防ぐ術を失った刀鬼は絶体絶命。もはやこれまでと死を覚悟した……その時。
「姫!!!」
鞘姫は自らの身を盾に、ブレイドの攻撃から刀鬼を庇った。
大量の鮮血が宙を舞い、力なく倒れる鞘姫。地面に無残に転がったままピクリとも動かない。誰が見ても致命傷だった。
その横に崩れ落ちるのは、まるでこの世の全てを失ったかのように深い絶望に沈む刀鬼。
主人公の勝利だというのに、ホールの中はどんよりと重苦しい空気で満たされる。あまりにも美しい鞘姫の献身、そして無表情ながらも悲哀に満ちた様子で鞘姫を抱きすくめる刀鬼の姿が見る者の心を打つ。
才能ある若き役者達による名演技。そう何度も見られるものではない。私は地面に倒れながら、良い仕事が出来たと心の中で自分を褒めた。
だが物語はここで終わらない。
「刀を抜け。女を斬られて黙って引き下がるのか。」
「もういい。俺は鞘姫の為に戦っていた。鞘姫を守れなかった今となっては戦う理由が無い。」
「それだけか? あるんじゃねぇのか? お前の中にも……人並みの感情ってやつがよ。」
鞘姫の亡骸を抱きしめたまま糸の切れた操り人形のように動かない刀鬼にブレイドが語り掛ける。このまま止めを刺してオシマイでは味気ないとでも思ったのか、あるいは情が移ったか。それは誰にも分らない。
ただ確かなことは、刀鬼は再び立ち上がったという事。そして生まれて初めて鞘姫の命令なしに行動を起こしたということだけだ。
「殺す。お前たち新宿クラスタの連中を、残らず、この手で。」
魂の底から絞り出すようなおぞましい呻きだった。
先ほどまでの無表情で冷静な刀鬼は見る影もない。事情を知る私でさえこの場から逃げ出したくなる程の強烈な負の感情。観客も、演者でさえも復讐の悪鬼と化した
そんな中で、不敵な表情を崩さず悠然と刀鬼に歩み寄る男が一人。
「良い顔してんじゃねぇか。ほら、かかって来いよ。」
主演俳優、姫川大輝演じるブレイドが、刀鬼の相手に名乗りを上げた。