【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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頂上決戦

足元には鞘姫を演じる黒川あかねが居る。

 

あかねの完璧な演技により、本物の死体と見紛うような女性の肉体がそこにはあった。腹から血を流し、力の抜けた肢体。冷たくなっていくことは無いが、()()()の母さんの様子を思い起こさせるには十分すぎる。

 

もう俺の目には鞘姫の姿など見えていない。凶刃に倒れ、命を落としたあの日の母さんの姿がはっきりと俺の目には映っている。

 

(母さん………母さん………!!)

 

凍り付くような憎悪の感情が漏れ出す。今は、今だけはこの感情に身を委ねよう。それが良い演技に繋がるのなら俺はやる。

 

そのためにここまで準備をしてきたのだから。

 

目の前に立つブレイドを睨みつけ、ゆっくりと刀を構える。それを見たブレイドも一拍遅れて構えを取った。

 

―――悪いがもう手加減は出来ない。全力で行かせてもらう。

―――望むところだ。こんな活きのいい奴は滅多に居ないからな。楽しませてもらうぜ!

 

刀鬼がブレイドに切りかかる。最短で命を奪うべく、一切の無駄な動作を省いた殺意に満ちた攻撃だ。

 

しかしブレイドは的確に攻撃を受け止める。その表情には動じるどころか楽しむ余裕さえ見て取れる。

 

「バカな……。お前の技量で何故防げる。」

「何でだろうな? 俺が強くなってるからか?」

 

ついひと月前まで刀を握った事すらなかった青年は、盟刀に力を引き出され驚異的な速度で成長を続けていた。この乱戦の中、つい一刻ほど前に刀を交えた時のブレイドとはもはや別人となっている。

 

その実力は既に刀鬼をも上回り、この戦場で彼を倒せる人間は最早存在しない。

 

鞘姫(母さん)の仇が目の前に居るのに、ソイツは刀鬼()よりも強い。憎悪で頭がどうにかなりそうだというのに、敵を討つことは叶わない。

 

「ほら、もうお終いか? つまんねぇな。」

「黙れ!」

 

力の差を理解するも、再び攻撃に転じる。

 

刀鬼は止まらない。もう止まる理由が無いからだ。新宿クラスタを皆殺しにして自決するか、今ここでブレイドに切り殺されるか。そのどちらかの結末を迎えるまで殺戮を続ける。自分がどうなろうと関係ない。姫の無念を晴らすべく、一人でも多くの敵を殺すだけ。

 

―――オイオイ、随分と熱心に演じるじゃねぇの。私情入りまくりって感じだな。

―――訳アリなんだよ。

 

これはあり得たかもしれないもう一つの未来。

 

母さんを殺した相手が逃げずに目の前に居たら、俺はどうしてた? あるいは失意に沈む幼少期の俺の目の前にふと奴が現れたら?

 

間違いなく殺しにかかるだろう。勝てる勝てないの話じゃない。感情が体を突き動かすんだ。自分の意思では止められない。

 

……こんな風に。

 

「死ねぇ!! とっととくたばれ!! このくそ野郎がぁ!!!」

 

感情のままに盟刀を振るう。本来であれば息をのむほどに美しい刀鬼の太刀筋はもうそこにはない。ただ力の限り乱雑にブレイドへと叩きつけられる盟刀が哀れだ。怒りで我を忘れた刀鬼は今や剣主の器ではなかった。

 

盟刀に見放された刀鬼は剣主としての力を急速に失っていく。

 

「なんだ? 急に弱くなりやがって。」

「ぐうぅうっ!」

 

ブレイドが相棒の風丸を軽く一振りするだけで刀鬼の手から刀が弾け飛ぶ。力の差は明らか。誰がどう見ても刀鬼に勝ち目は無かった。

 

それでも刀鬼は止まらない。

 

「がああぁあぁぁ!!」

 

言葉にならない叫び声を上げ、得物を失った刀鬼はブレイドに噛みついた。

 

勝算の無い敵に気迫だけで立ち向かって行く姿はキザミを思い起こさせるが、その心の内は正反対。燃えるような闘志など無く、ただ自暴自棄になり目の前の憎い人間を殺すことだけに囚われている。

 

そこに将来への希望など微塵もない。

 

「この野郎! いい加減諦めろ!」

「うあぁあ、あぁあ……」

 

ブレイドが拳で刀鬼を引き剥がす。頭蓋を揺らされよろける刀鬼だが、虚ろな視線はブレイドに固定されたまま微動だにしない。獣のような呻き声を上げながらよろよろとブレイドに近づいていく。

 

鞘姫の懐刀と呼ばれた気高い剣士としての姿はもう見る影も無い。唯一の救いは鞘姫がこんな刀鬼の姿を目撃しなかったことか。

 

迫る刀鬼の腹部をブレイドが盟刀の柄で突き、ついに刀鬼は力尽きた。

 

膝をついて蹲る俺。一通りの感情を吐き出し尽くして我に返る。頭の中は重苦しい感情でぐちゃぐちゃで、全身から冷や汗が噴き出し、呼吸が苦しい。パニック障害の発作と言っても差し支えない程に自身を追い込んでいる。

 

虚ろな眼も、ふらつく足取りも演技ではなく本物の症状が混じっている。本当にギリギリなのだ。

 

だが、もう一幕。まだ続きがある。

 

観客席は静まり返っている。鞘姫を失った刀鬼のあまりの悲痛さに声を発するどころか呼吸さえ忘れて舞台に見入る。

 

ラストシーンに向け、物語は続いていく。

 

「鞘姫のいない世界に意味など無い。殺してくれ。一思いに。姫と共に俺も逝く。」

 

全てを失い、ブレイドに敗れ、惨めに項垂れる刀鬼は、せめて最後は鞘姫と共に逝きたいとブレイドに申し出た。動かなくなった鞘姫を大事に抱き抱え、人生の終わりを静かに待っている。

 

ここで異を唱えたのは、意外にもつるぎだった。

 

「まだ、諦めるには早いんじゃないかしら。」

 

刀鬼の顔がゆっくりとつるぎへと向けられる。

 

「この子の『剣』は傷移しの鞘。自分が負った傷を配下に移し替える事の出来る支配者の力。それをこの子は仲間の傷を自分に移し替える事に使っていた。」

 

眼に僅かな希望が宿った。鞘姫は助かるかもしれない。そんな期待が芽生え、表情に生気が戻ってくる。

 

「心当たりはあるでしょう。私にもあるのよ。戦いが終わって体のどこも痛くないのは初めて。敵にここまで情けを掛けられたのは初めてなのよ。」

 

つるぎの意図を察したブレイドが鞘姫の鞘を拾い、つるぎと二人でそれを強く握りしめる。ブレイドは即座にその盟刀の名と力の使い方を理解した。

 

「まったく……」

「この鞘の本来の使い方はこういう事だろ!!」

 

鞘が光り、盟刀が力を発揮する。

 

ブレイドとつるぎが傷を負っていく。それは鞘姫が配下の身を案じ、身代わりとなって受け続けた傷。二人に分散してもなお、相当な量の傷が肉体に刻まれてゆく。

 

これほどの傷を抱えながらも毅然と振る舞い弱音の一つも吐かなかった鞘姫。そんな誰よりも強く高潔な精神を持つ彼女をこのまま死なせることをブレイドは良しとしない。

 

傷が癒え、鞘姫が息を吹き返した。大量の傷を引き受けて満身創痍になりながらも、顔を歪めながら笑うブレイドはどこか満足気だ。

 

ここからが最後の山場。感動のラスト。俺の最大の見せ場であり、最も強く感情を引き出すシーンとなる。鞘姫に母さんの姿を投影し、あたかも死んだ母親が生き返ったと錯覚することで強烈な喜びの感情を引き出すことになる。

 

舞台中央、スポットライトに照らされる刀鬼が恐る恐る鞘姫に声を掛ける。

 

「鞘姫。俺が分かるか?」

「刀鬼……。」

 

腕の中で鞘姫がゆっくりと目を開ける。鞘姫に母さんの幻影を重ねる俺はその姿を見て歓喜に震えた。

 

 

 

母さん、会いたかった。あの日からずっと。

 

これが都合の良い夢だってことは分かってる。何度も何度も願い続けた、叶うはずのない夢。この母さんは俺の心が作り出した幻だ。

 

それでも、今この瞬間だけは確かに俺の腕の中に母さんが居る。

 

もうそれだけで、俺は嬉しすぎてどうにかなりそうだよ。

 

 

 

「うあああああああああああああああああああ!!!」

 

鞘姫を抱きしめ、号泣する刀鬼。

 

観客も、スタッフも、演者も、その場にいるすべての人間が息をのんで俺と鞘姫(母さん)を見つめていた。

 

あまりにリアル。あまりに生々しい。もはや演技と呼べるかのかも分からない、ただの感情の爆発。

 

シナリオと偶然一致した過去の経験とその記憶を呼び起こす入念な準備、そして今日まで徹底的に鍛え上げて来た演技力。その全てが上手く噛み合って生まれた奇跡の演技。

 

この舞台の為に努力してきた全てが報われた瞬間だった。

 

ブレイド演じる姫川さんすら俺の演技に魅入っていたが、やがて気を取り直して舞台の続きを進め始める。

 

「鞘姫。俺達新宿クラスタの勝ちだ。俺の軍門に下るというなら悪いようにはしない。どうする?」

「それで配下の命を見逃していただけるなら是非もありません。鞘姫と渋谷クラスタの構成員は貴方様に忠誠を誓いましょう。」

 

新宿クラスタと渋谷クラスタの抗争は新宿クラスタの勝利に終わった。渋谷クラスタはブレイドを新たなトップに据えるもその実態はこれまでと変わらず、鞘姫が引き続き渋谷の地を治めることとなる。

 

その際、刀鬼が鞘姫の護衛の任を解かれ、見聞を広めるようにとブレイド一行に加わるよう命じられたりもするのだが、それは後の話。

 

ブレイド達が城の外へ出て、戦いの終結を宣言する。

 

「皆聞け! この戦いは俺達新宿クラスタの勝利だ!」

 

ブレイドが相棒の風丸を高々と掲げ、そのまま物語のモニターは閉じていく。

 

かくして『東京ブレイド』の舞台は大きな拍手の中、幕を下ろした。

 

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