【完結】ルビーがお姉ちゃん   作:座右の銘

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添い寝

公演は無事に終わった。

 

メイクを落として衣装を着替え、楽屋へと戻る。今日はこのまま監督の家で反省会をする予定なので、あかねとメルトも一緒だ。

 

「アクア君、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「問題ない。少し休めば元通りになるだろ。」

 

子供の頃から何度もフラッシュバックやパニック発作を起こしてきた経験上、こういうのは時間が過ぎれば症状が引くと分かっている。危ない橋を渡っているのは確かだが、自分の精神が壊れるまで追い込むつもりなどさらさらない。

 

もしそうなったらお姉ちゃんに合わせる顔が無いからな。なるべく心配はかけたくない。

 

ぐったりする俺とは対照的に、あかねはツヤツヤと輝いている。

 

「一か月かぁ……。これが後一か月続くのかぁ……。ふふふふ、うふふふふふ。」

「黒川って時々気持ち悪い笑い方するよな。」

「素のあかねは割とこんな感じだぞ。」

「マジか。お前彼氏だろ。何とかしろよ。」

「どうすりゃいいんだ。」

 

途方に暮れていると、当のあかねが俺に寄ってきて、おずおずと頭を差し出す。

 

「お兄ちゃん。」

「はいはい。」

 

なでなで。

 

お姉ちゃんに毎日のように撫でられていた俺は、撫でられるだけでなく撫でる方の技術もプロ級だ。こうしてあかねの蕩けた表情を引き出すのもお手の物。

 

メルトの前だが、監督との稽古で散々見せているのでもう隠すことも無いとあかねは開き直っている。

 

「薄々気づいてたけどよ、やっぱりアクアと黒川のそれ、演技じゃなかったんだな。」

「色々あってな……。あかねがこうなったのは一応俺のせいでもあるんだ。ほとんど事故みたいなものなんだけど。」

 

まあいいか。あかねが可愛いから。

 

こうして人と仲良くお喋りすることが心に負ったダメージを回復させるというのは、今ガチの炎上の時にミヤコさんに教わった。実際学校の友人や監督との何気ない会話のお陰でかなり気持ちが楽になったのを覚えている。

 

勿論お姉ちゃんが一緒に居てくれるのが一番だけどな。

 

ドアをノックする音だ。誰だろうか。

 

「誰だ? こんな時間に。………ああ、アクアの姉か。それと、アクアのお母さん?」

「アクア、ちょっとお姉ちゃん聞きたい事があるの。入って良い?」

 

メルトが扉を開けると、そこには険しい顔のお姉ちゃんとミヤコさん。

 

「分かった。あかね、メルト、良いよな?」

「うん。良いよ。」

「俺と黒川は出てった方が良いか?」

「二人にも話を聞きたいから、ここに居て。」

 

お姉ちゃんが話をしたいのは俺だけじゃないらしい。

 

机を挟んで皆が席に着く。俺、あかね、メルトが並んで座り、その向かい側にお姉ちゃんとミヤコさんだ。お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんモード全開で、初めてそれを見るメルトが驚いている。

 

全員が座ると同時にお姉ちゃんが話を切り出す。

 

「アクア。あの演技の時何を思い出してたか正直に言って。」

「良いのか? あかねとメルトも聞いてるけど。」

「どうせ知ってるんでしょ? アクアの本当のママはもういないってこと。」

「私は当然知ってるよ。メルト君もね。」

 

俺が稽古で倒れたあの時、きっかけとなった有馬の発言は「もしお母さんが死んじゃったらどうする?」だった。さらに俺がうわ言で「母さん」と口にしていたのも多数の人に聞かれている。

 

星野アクアの母親は既に死んでいると皆薄々気づいていたのは俺も知っていた。

 

尤も、その母親がB小町のアイだという事実は明らかになっていないが。

 

もし俺が母さんの事を「アイ」などと呼ぼうものなら、少なくともあかねは真実にたどり着いていただろう。B小町に関わりが深い有馬もひょっとすると気づくかもしれない。かなり危ないところだった。

 

とりあえず、ここで母さんの話をすることは問題ない。

 

「じゃあ良いよね。アクア、答えて。」

「お姉ちゃんの想像してる通りだよ。感情演技をするために鞘姫に母さんを重ねてた。」

「それは駄目だって言ったよね。」

「今回は見逃してくれ。頼む、お姉ちゃん。」

 

このトラウマを利用した感情演技は初めての事ではない。

 

そもそも子役が泣き演技をするときに母親の喪失を想像するというのはありふれたテクニックだ。それを知る俺がこの方法を思いつかない筈もなく、いつだったか監督の映画の撮影で試したことがあった。

 

結果はお姉ちゃんの知っての通り。

 

「またあの時みたいに倒れたらどうするの? あれがきっかけでパニック発作の症状も悪化したんじゃなかった?」

「今回はさすがに抑えてやってるよ。もう子供じゃないんだし昔よりは症状も落ち着いてる。」

「落ち着いてるって、私がどんな思いでアクアの事見て来たと思ってるの? やっと治った傷をまた抉るようなことしないでよ。」

「抑えてるから大丈夫だって。」

「抑えても駄目。」

「大丈夫」

「駄目」

「大丈夫」

「駄目」

 

無限ループに入ってしまった。

 

お姉ちゃんは絶対に引かないだろう。それもそのはず、俺の心の傷を癒すのに尽力してくれたのは他ならぬお姉ちゃんだ。人生をかけて俺の為に尽くしてくれたと言っても過言ではない。

 

その努力を当の本人が無駄にするようなことは我慢できない筈だ。

 

だが、俺にも言い分はある。

 

役者として生きると決めた第2の人生。母さんを失い、生きる理由を無くした俺が死なない為に始めたのが演技だ。母さんが夢に見たように、役者星野アクアとしてどんどん上を目指していきたい。それが俺の生きがいなんだ。

 

そのためなら多少の苦しみは覚悟の上だし、心の傷も使いこなしてこそ一流の役者だと思っている。

 

これは大きな武器になる。封印してしまうのはもったいない。

 

「二人とも落ち着いて。とりあえずこの舞台に関してはアクアのやりたいようにやらせましょう。もう本番も始まってしまったのだからこのままやるしかないわ。今更稽古をやり直すわけにもいかないでしょ。」

「でも!」

「でもじゃありません。あなたもプロのタレントなら周りの人が困るようなことはやめなさい。」

「……はい。」

「ただあの演技は確かに問題ね。アクアの顔色も良くないし、ケアは間違いなく必要になるわ。」

 

演技は続行しても良い。ただしメンタルのケアは必要。

 

無難だな。俺もこの辺が落としどころだろうと思っていた。後はお姉ちゃんが納得してくれれば丸く収まるが、どうだろうか。

 

「納得はしてないからね。」

 

駄目だったか。まあここで納得するようなら初めから楽屋に押しかけたりなんかしない。さすがはお姉ちゃん、芯が強いな。

 

「俺は大丈夫だから。」

「駄目。」

「だから大丈夫だって。」

「私が大丈夫じゃないの!!」

 

それは突然だった。

 

滅多に聞かないお姉ちゃんの怒鳴り声に体が跳ねるように固まってしまう。

 

「こんな事一か月も続けてアクアがまた壊れたらお姉ちゃんどうしたらいいの!? 少しは私の気持ちも考えてよ………。アクアが居なくなったら私耐えられないよ……。」

 

大粒の涙を流して不安を打ち明けるお姉ちゃんがそこに居た。

 

くそったれ。自分の事をぶん殴ってやりたい気分だ。お姉ちゃんがどんな気持ちで俺の演技を見ていたか少しでも想像したか? 俺が辛いときはいつでも優しく抱きしめてくれると思って頼ってばかりじゃないか。

 

俺が傷つけばお姉ちゃんだって傷つく。また俺は同じ過ちを犯してしまったのか。

 

「ルビー、アクアは大丈夫よ。もう子供じゃないんだから上手くやれるわ。」

「ううぅ………。それでも怖いものは怖いんだよ……。」

「アクア。今ガチの炎上の時も言ったけど、あなたが危ない目に遭ったら私たちは不安になるし、あなたが傷ついたら悲しくなるのよ。アクアは自分さえ大丈夫なら良いって考える癖があるけど、そういうのは駄目。逆の立場になって考えてみれば分かるでしょう?」

「それは分かってるんだけどな……。」

 

本当に悪い癖だ。俺は目標達成を急ぐあまり視野が狭くなりやすいというか、本当に大事なものを時々忘れてしまう。

 

感情演技を上手く駆使して役者として大成したとして、それをお姉ちゃんが素直に喜んでくれないのでは意味が無い。ボロボロになりながら売れたって、母さんは悲しむだけだろう。

 

そんな当たり前のことを見落としていたんだ。

 

「ごめんお姉ちゃん。俺、自分の事しか考えてなかった。なんで役者やってるのかを忘れてた。不幸になるために演技してるんじゃないんだよな。幸せになるために役者やってるんだ。これからはちゃんと周りの人に心配かけないように気を付けるから。」

「約束だよ。」

「ああ。約束する。」

「じゃあ舞台の日は添い寝だからね。」

「ああ、分かっt……んん?」

「決まりだね。」

 

涙を流しながらふふっと笑うお姉ちゃん。やっぱりお姉ちゃんには敵わないな。こんな時でも強かだ。まんまと一杯食わされてしまった。

 

まあいいさ。添い寝くらいいくらでもしてやる。初心忘るべからず。これまでも、そしてこれからも、俺とお姉ちゃんは支え合って生きて行くんだ。

 

「分かったよ。今日はよろしくな。」

 

了承の返事をする頃には、俺の心はすっかり晴れやかになっていた。

 

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