山の上に建つ病院を目にした時、奇妙な感覚に陥った。
目の前には小高い山。その頂上には見慣れていないはずの建物。彼が、雨宮吾郎が勤めていた病院だ。今日、あの病院を俺は初めて見た……はずだ。
しかし妙に見覚えがある。
自分が誰であるかを思い出したと表現するのもいいかもしれない。
転生してから16年。ほとんど彼の記憶は呼び起こされることなく俺はただの星野アクアとして生きて来た。
お姉ちゃん曰くおっぱいを始めて飲んだ日から徐々に雨宮吾郎としての人格は薄れ、彼はその記憶と共に眠りについたのだ。俺と雨宮吾郎は別人。彼が経験したことは俺にとっては他人の記憶でしかない。
それが今、俺の中であふれ出した。まるで自分が経験した記憶のように。
役に深く入り込んだ感じと似てるだろうか。雨宮吾郎と言う役を完璧に作り込み、全力で演じればこうなるのかもしれない。
勝手にこうなってしまうのはちょっと困るが。
「あはは、バタバタだねぇ。私たちはどうする………って、アクア君。どうしたのそんな難しい顔して。」
「……ああ、ええっと、あの病院が見えるか? あそこで生まれたんだよ俺。なんだか懐かしいなーって。」
……考え事はここまでだ。まずは目の前の事に集中だな。当初の予定通り、あかねとゆっくり観光を楽しむこととしよう。
「アクア君達が生まれた病院…あっアクア君の祖父母がこの辺りの人なんだ? 里帰り出産みたいな?」
「まぁ……大体合ってるよ。」
「今回は帰省旅行も兼ねて組まれた撮影なんだ?」
「いやそれは全くの偶然。MEMはここが俺達の故郷だって知らないみたいだし。」
「えっすごい。そんな事普通無いよ。」
「俺も驚いたよ。」
ここが俺の故郷だと話すと、あかねは俺を気遣ってか俺の思い入れのある場所を見て回ろうと提案して来た。確かに俺としても病院を始めとして気になる場所はいくつかある。
しかし移動手段は徒歩。これでは移動できる範囲などたかが知れている。
「車が無いとこういう時不便だよなぁ。病院には寄りたかったけど、あそこまで歩くとなると片道で1時間はかかるぞ。」
「あっアクア君原付免許は持ってる?」
「あるけど。」
「さっきスタッフの人がね、電動キックボードを借りれるって言ってたの。それなら楽にあそこまで行けるんじゃないかな。」
「へー。今はこんなものがあるのか。」
スマホで場所を調べればレンタルはすぐ近くで出来るらしいと分かり、2台をレンタル。
渋滞とは無縁の広い田舎道を颯爽と走り出す。速度はそこまで出ないものの、車と違い視界を遮るものはなく、肌に感じる冷たい風が心地よい。これは観光地の移動手段としては面白いな。我が故郷ながら頑張ってるじゃないか、高千穂。
「田舎にこういう新しいものがあるって新鮮だよな。」
「そうかなー。私は安心するかも。コンビニとか文明の灯りって感じするもん。病院にはどんな用事があるの?」
「ちょっと確認したいことがあるだけ。すぐ戻るよ。」
気になるのは
病院の付近で崖から落ちて死んだのは覚えているが、あの後彼はどうなったのか。あの男は明らかに殺意を持って彼の事を殺しに来たし、16年も見つかっていないことを考えると見つかる望みは薄いだろう。
しかし気になるものは気になる。前世の記憶とは言え、あれは確かに俺自身なのだから。
「ここで待ってて。」
「うん。」
病院のエントランスであかねを待たせている間に受付へ向かう。
しかしあれから16年。人員の入れ替えもあり、
「お待たせ。」
「早かったね。何の確認だったの?」
「知り合いがここに勤めててさ。」
「ふーん。ねぇ見てアクア君。ここ凄く景色がいいんだ。ちょっと歩かない?」
「じゃあ病院の周りを散歩でもしようか。」
そう言えば建物の周りはぐるりと一周歩いて回れるようになっているんだったな。今思い出した。
小高い山の上に立てられた病院なので、確かに見晴らしは良い。記憶の中の彼はもう見飽きていたがこうして久しぶりに訪れると新鮮な気分で景色を堪能できる。
良い場所じゃないか。
「スマホ見ながら歩いて転ぶなよ。」
「だいじょうぶー。」
また一つ思い出した。彼は僕を生む前の母さんとこうして病院の周りを散歩していたらしい。
妊婦に運動不足は良くないとウォーキングを進めたら、「じゃあ先生も一緒に」なんて可愛いこと言ってくれたんだ。澄んだ空気に満点の星空。ご機嫌に彼を引き連れて歩くのは
戻ってから看護師さん達の冷たい視線を浴びるまでがセットだ。
「屋上はもっと眺めが良いんだろうなー。」
「あー確かに。あそこからの眺めは良いぞ。」
そうそう屋上。そこで彼と母さんと交わした会話も鮮明に思い出せる。季節は今と同じ頃みたいだな。
アイドルはやめない。子供も産む。彼はなんて図太い女の子なんだろうと思ったようだ。しかし転生してから数年間、
どちらも確かに全力だった。親としては少々、いやかなり駄目な部類だったけども。でも確かに彼女は母親で、精一杯俺とお姉ちゃんを愛してくれていた。
思い出に浸りつつ建物を一周し終え、散歩も終わり。
病院から出ようとあかねを連れてキックボードの置いてある駐車場へと向かう途中のこと。少し山の斜面を下ったところに広場が見えた。
直後脳裏に浮かぶのはまたしても雨宮さんの記憶。
黒いフードを被った不審な男。その男はいきなり星野アイの担当医かと話しかけてきた。星野アイと言う名前を知っていることに疑問を持ち関係者かと尋ねると、男が逃げ出す。追いかける雨宮さん。しばらくして見失って……
彼は崖から突き落とされて亡くなった。
この先だ。この先に彼がいるかもしれない。居てもたってもいられず、俺は柵を乗り越え野山へと踏み入った。
「えっどこいくの!?」
「ちょっと探し物。あかねは中で待ってて。」
「いや行くよ~~~」
当時とは違い、草木が生い茂り人が歩けるような場所ではなくなっている。
骨が折れるな。
歩くこと数分。記憶が正しければ彼が落ちた崖の真下がこの辺りになるだろうか。しかし辺りにそれらしき物体は見当たらない。
「あかね。例えばの話だけど、15年位前にここで迷子になったペットの死骸とかって見つけることが出来ると思うか?」
「んー埋めたなら骨くらいは見つかるかもだけど、野ざらしなら野生動物に食い荒らされて散り散りになってると思うから難しいかもね。」
「だよな。」
埋められたならお手上げだが……無理に探す理由もない。
俺達は来た道を引き返し、病院へと戻った。
「あと見ておきたい場所は………」
再びキックボードでの移動。
あかねを連れて、彼の生家へとやって来た。空き家になって久しい立派な一軒家。誰かが手入れでもしているのか、周囲は以外にも綺麗だった。落ち葉のひとつもない。
初めて訪れるというのに、ひどく懐かしい気分だ。
「色々連れまわして悪いな。」
「ううん、勝手に付いて来てるだけだし。」
「これで最後だから。」
彼がドアポストに入れておいた鍵で中に入る。
「ここは……」
「ここは知り合いの家だ。と言っても住人は全員もう故人で誰も住んでないんだけどな。」
「わざわざ足を運ぶくらいだから大事な人なんだよね? どんな人だったの?」
「雨宮吾郎さん。彼には母親が居なかったんだ。」
普通に考えれば、雨宮さんの仕事や人柄を一言か二言で説明すれば良い所。しかし、いざ彼の事を話始めると自分でも驚くほどに言葉があふれてくる。記憶が次から次へと表出してきて頭がパンクしそうだ。
産科危機的出産。祖父母との関係。それから母親を犠牲にして生まれた罪悪感。
話しながら思う。あかねはこんな話を聞いたって面白くないだろう。しかし言葉が止まらない。この家を見た時から、雨宮吾郎の記憶が溢れて止まらなくなっている。
続けて語るのは、産科医になった事。本当は外科医になりたかった事。そして、さりなちゃんのこと。
頭に浮かんだすべてを吐き出し、ようやく口を閉じる。数分は語りっぱなしだっただろう。朽ちた空き家と言う場所も相まって異様な雰囲気になっている。
どこから集まったのか家の外にはカラスの群れが居るらしく、カァカァと鳴く声がしんとした実家に響き渡る。
「……アクア君、なんだか今日ずっと変だよ。疲れてるなら休もう?」
「そうだな。なんだか調子が良くないみたいだ。皆に合流しよう。」
見ず知らずの故人の紹介をあんなに熱心にするなんて確かにどうかしてるな。
「行こうか。」
「うん。」
言葉少なく、俺とあかねは歩き出す。
宮崎に着いてから彼の、雨宮吾郎の記憶が次々と想起されて止まらない。お姉ちゃんも転生者ならこんな経験をしたことがあるのだろうか。今度聞いてみよう。
再びキックボードに乗り込む俺とあかね。少し暗くなってきた。このままでは先の見えない山道を走ることになってしまう。
俺達は
完結か続行か。原作単行本9巻以降、本格的に復讐劇が話のメインになっていきます。復讐をしない今作において、原作沿いのストーリー展開はここで破綻です。つきましては、8巻の内容で完結とするか原作沿いを諦めてオリジナルストーリーを描き続けるかをここで決めさせてください。
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原作沿いのまま完結!
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オリジナルストーリーで続行!