ずっとずっと会いたかった。
せんせに会えたらまず思いっきり抱き着いてよしよししてもらって、それからさりなですって言って驚かせて、結婚してって改めてお願いしてもう一回なでてもらって。それからそれから……
お話ししたいことが沢山あった。憧れのアイドルになれたと報告したかった。可愛い弟も紹介したかった。大好きなママが死んじゃったことも、せんせになら話したいと思った。
私は今、ようやくせんせとの再会を果たした。最悪の形で。
目の前に転がってるのは白衣を来た白い骨。
心の中で「嘘だ」と反射的に否定した。白衣のお医者さんならせんせ以外にもたくさんいる。これがただの死体なら私だってこんなに取り乱すことは無かった。
でも、この死体が首からかけているネームプレートの中には私が良く知るキーホルダーが入っていた。そっとそれを取り出してよくよく見てみれば、もう他の可能性なんてあり得なかった。
それはどうみても私が大事にしていたキーホルダーで、それは死ぬ間際にせんせに渡した忘れ形見で……………
この死体は間違いなく雨宮吾郎その人だった。
「せんせ! せんせ! 何で? 何でこんなところに居るの!? 嫌ぁ! 嘘だと言ってよぉ!」
私はせんせの前で思い切り泣いた。もうどうしようもなかった。
先輩が見てる前でも、アクアが私を死体から引き剥がしても構わず泣いた。泣くしかなかった。さりなとして生涯を終えるまでの1年間、そして転生してからの16年間。会わせて17年間も一途に想い続けた男性が、とっくの昔に亡くなっていたのだから。
ママは居ない。せんせも居ない。じゃあ私はこの先何を頼りに生きて行けば良い?
そんな先の見えない絶望感に囚われ、沈みそうになったその時。私はぎゅっと抱きしめられる心地良い圧力と頭を撫でられる感触に気が付いた。
「お姉ちゃん。大丈夫だ。ほらぎゅってしてやる。よしよし。元気出せよ。」
「アクアぁ……ありがと……」
光が見えた気がした。
この先の人生を生きて行くための道しるべ。私の生きる意味。私の一番身近なところに居て、いつだって全力で私が守り抜いてきた、たった一人の可愛い弟。
「今度は俺の番だから。」
力強く励ます姿が、何故だか記憶の中のせんせと重なった。
・・・
警察と共にミヤコさんやMEMちょと合流するころにはどうにか冷静さを取り戻した私は、死体を見たから気分が悪いんだとせんせのことは誤魔化した。前世の記憶があるなんて言ったら、私の精神がおかしくなったと心配されてしまう。
警察の取り調べが終わり、宿に戻れたのは深夜2時。スタジオを出発してから5時間後の事だ。
MEMちょが私たちの事が心配でたまらない様子。涙を流しながらお出迎え。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛良がっだよぉ……。警察から電話があったって聞いたからもう、お姉ちゃんてっきり山で遭難でもしたのかと………。良く帰ってきてくれたよぉ……」
「ごめんMEMちょ。私がカラスを追いかけて山の中に入っちゃったの。」
「怖いもの見ちゃったんだよね? 大丈夫だよルビーちゃん、お姉ちゃんが付いてるから。ほら、かなちゃんも。怖かったよねぇ。よしよし。今日は3人で一緒に寝ようねぇ。」
最初に死体を見た先輩もひどく憔悴している。感受性の強い先輩の事だ、見ず知らずの他人の死体でも、色々想像したり感じ取ってしまうものがあるのだろう。
私も同じ。しかも元は私の良く知る人物だったモノだから、リアリティーも人一倍だ。
頭の骨が凹むほどの大けが。崖から落ちたか、鈍器で思い切り背後から殴られたんだろうって警察の人が言ってた。きっとものすごく痛かったよね。しかも死んだ後もあんな訳の分からない場所に隠されて16年間も一人ぼっち。怖くて寂しくて、想像するだけで足がすくむ。
殺害。大けが。激痛。遺棄。恐怖。孤独。
ぐるぐると考えが巡って止まらない。ネガティブな感情に支配されてしまいそうになる。
私が一人で誰にも相談できなかったら、本当にこのままどこまでも堕ちて行ってしまったのかもしれない。かつての先輩や、炎上した時のあかねちゃんのように。
「お姉ちゃん。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……けど今大丈夫になった…。」
「なら良かった。」
アクアが私の様子に気付き、手を強く握ってくれた。それだけで私の頭の中のネガティブはなくなって、気持ちが落ち着く。
もう寝る時間だよとMEMちょが仕切り、努めて明るく振舞う。そして当然のようにB小町の3人で寝ようとする。
でもちょっと待って。
「MEMちょ。」
「どしたの? ルビーちゃん。」
「今日は、アクアと二人きりにさせて。」
「……分かった。二人でゆっくりしな。かなちゃんは私が見るから心配しなくていいよ。」
去り際にぽんぽんと私の頭を撫でて、MEMちょは先輩を連れて部屋へと向かった。私はあかねちゃんとミヤコさんにおやすみを言い、アクアに手を引かれて宿の廊下を歩きだす。
しばらく無言の時間が流れた。
「ここだな。」
部屋番号を確認。アクアの部屋だ。
そして中へ入り、扉を閉めた瞬間。私とアクアは同時に口を開いた。
「アクア。」
「お姉ちゃん。」
「………アクアから言って。」
「あの死体……警察の人は雨宮吾郎って言ってたけど、あの人はお姉ちゃんにとって大事な人だったのか?」
探り探りといった様子でアクアは聞いてくる。
「うん。あの人が私の好きな人。ううん、好きだった人。アクアは知らないかもしれないけど、前世で私に優しくしてくれたお医者さんなの。」
「そうか……やっぱり……」
アクアは深く考え込んだ。宮崎に着いてから時折見せて来た、戸惑うような、思いつめたような顔。その顔のまましばらく押し黙り、何かに悩んでいるように見えた。
しかし少し間をおいて意を決したように私に向き直り、アクアは言った。
「お姉ちゃん。雨宮さんは……俺の前世だ。」
「嘘だ……。」
「嘘じゃない。お姉ちゃんなら分かるだろ?」
衝撃の大きさの割りに、気持ちの揺らぎは少なかった。と言うよりも、私の関心はすぐに別の方向へと移ったという方が正しい。だって私の予想が正しければ、せんせはもう…………
「アクアが、せんせ……いや……でも……」
「宮崎へきて、彼の職場や実家を巡って色々思い出したんだ。雨宮さんはさりなちゃんが死んだ後もずっと気にかけてた。あのキーホルダーもずっと持っていたし、携帯の待ち受けもずっとさりなちゃんだった。」
「そう…なんだ。」
せんせを『彼』と呼ぶアクア。まるで他人事のように私との思い出を語っている。
「でもアクアは…………せんせじゃない。」
「……ごめん。」
そのことを確認してみれば、アクアの返事は謝罪の言葉。
なんとなく分かってしまう。申し訳なさそうにせんせの生まれ変わりであることを打ち明け、私を元気づけるような思い出話ばかりを語るアクアが何を考えているのか。
上手く言葉に出来ないけれど、胸の中がひどくざわついた。
「どうして謝るの?」
「お姉ちゃんは雨宮さんに会いたかったんだろ? だからさ……俺なんかが居るから彼の人格は消えてしまって―――」
「ダメッ!」
私はアクアの頬を平手で打った。考えるよりも早く体が動いた。気が付けば掌がじんじんしていて、その痛みを感じてようやくアクアを叩いたことに気が付く。アクアは突然の衝撃にあっけに取られたまま私を見つめている。
しかもいつの間にか涙目になっていた。自分で言い出したくせに。
この先は絶対に言わせてはいけない。直感的にそう思った。それをされたら私は………もう立ち直れない。それがたとえ私の事を思っての行動だとしても、心からの善意だとしても。
考えただけで、アクアがその選択肢を提示しただけで、私はもう涙をこらえきれなかった。
「その先は言っちゃ駄目。駄目だよアクア……。」
愛する弟を強く抱きしめる。
嗚咽が止まらない。思うように喋れない。大事なことを伝えたいのに、アクアに言いたいことを上手に言葉にできない。ただ、抱きしめるしかない。
お願い、これで伝わって。
「ごめん……お姉ちゃん。」
帰ってくるのは謝罪の言葉。それはどっちの意味? 分からないよ。お姉ちゃんをこれ以上不安にさせないで。
抱きしめる腕にぎゅっと力を籠めた。
「俺は……ずっとお姉ちゃんと一緒に居るから。」
「アクアぁ……」
アクアにしがみついたまま、私は再び気が済むまで泣いた。
・・・
「落ち着いたか? お姉ちゃん。」
「うん。何度もありがとね。」
「良いんだよ。言っただろ? 今度は俺の番だからって。」
一つのお布団に二つの身体を押し込み、安らかな眠りに就こうとする私達。子供の頃とは違い、ぴったりくっついていないと成長して大きくなった体が布団からはみ出しそうだ。
これだけ近くに居れば見失いようがない。アクアは確かにここに居る。体温も、心臓の鼓動も、呼吸のリズムも、全部直接伝わってくる。
話しかければ、応えてくれる。
「私ね、実はせんせに会うためにB小町っていうグループ名にしたんだ。せんせはB小町好きだったから見つけてもらえると思って。」
「そうだったのか。」
「あとは、ママの意思を継ぐ為。」
「それはそうだろうな。俺もB小町が復活して嬉しかった。」
「なら良かった。もう一つの理由はアクアを喜ばせるためだったんだよ?」
「………さすがはお姉ちゃんだ。」
えへへ。褒められちゃった。
「アクアも知ってると思うけど、私の前世………さりなは子供の頃からずっと病室で独りぼっちだったの。家族もお見舞いに来てくれなくて、ずっと寂しかった。」
「でも、さりなちゃんには母さんと雨宮さんが居てくれたんだよな。」
「そう。さりなにとってはね、ママとせんせが世界の全てだったんだ。でも、ママが殺されて、せんせもいつの間にか殺されちゃってて、アクアの中のせんせも消えちゃってた。もう全部無くなったって思ったよ。生きる意味がこれで無くなったんだって。」
せっかちなアクアの腕が、私の身体を押しつ潰さんばかりに強く抱きしめる。
まだ話は途中なのにね。私の事が本当に大好きなんだから。
「アクア、怖がらないで。」
「怖がってない。」
「嘘。」
だってまだぎゅうぎゅうに締め付けられてる。手がプルプル震えて、不安なのが丸分かりだよ。
「生きる意味はね、実はまだあるの。」
「そうなのか?」
アクアの腕が少しだけ緩んだ。
「うん。だってアクアが居るから。それにミヤコさんに先輩にMEMちょもね。星野ルビーには素敵な家族が沢山いる。もう独りぼっちじゃないの。」
「………なら、大丈夫だな。」
やっとアクアの腕から解放された。
じゃあ次は私の番だ。アクアをぎゅっとしてなでなで。
「やっぱりお姉ちゃんのほうが上手だな。」
「何年やってると思ってるの?」
生まれてからずっとアクアの事が可愛くて仕方が無くて、ひたすら可愛がって甘やかして、こうやってぎゅってしてなでなでして来た。それは確かに私の生き甲斐で、アクアはママとせんせと同じくらい大切な存在だった。
いつの間にかアクアが傍に居ることが当たり前になって、いなくなるのが怖くなって。
「ねぇアクア。さっき何て言おうとしたの?」
「……なんでもねぇよ。」
「また嘘ついた。お姉ちゃんに隠し事は無しだよ。」
「じゃあ言うけど、怒るなよ?」
「多分怒る。でも言って。」
「はぁ……分かった。宮崎に来てから雨宮さんの記憶を色々思い出したって言ったろ? その中にはさ、転生した後の記憶もあったんだ。俺がまだ雨宮さんとして生きていた頃の記憶。」
「懐かしいなぁ。お姉ちゃんはよく覚えてるよ。どうせおっぱいの話でしょ?」
「まぁ、そうなんだけど。雨宮さんは赤子として生きるために自ら自我を捨てたんだ。それはつまり、俺が俺として生きていけるための気遣いだったんだろうなって。じゃあ、俺が同じことをしたらお姉ちゃんと雨宮さんを合わせてあげられるかもしれないって……痛い痛い!」
ほっぺをつねる。
分かってたけどやっぱり無理。せんせの為とはいえアクアが消えるなんてあり得ない。
それにそんな方法でせんせと再会しても嬉しくないよ。どんな顔してお話すればいいの? 弟を犠牲にしてせんせに会いに来ましたって?
絶対に怒られる。
「怒らないでよ、お姉ちゃん。」
「怒ってない。」
「嘘だな。」
私の手がぎゅうぎゅうにアクアを締め付けている。手がプルプル震えて、怒ってるのが丸分かりだ。
「話の続きがまだある。」
「そうなの?」
アクアを抱きしめる手を少しだけ緩める。
「ああ。だってお姉ちゃんと離れられるわけが無いからな。仮に雨宮さんを呼び起こすことが出来たとしてだ、俺がそれを実行に移せると思うか? お姉ちゃんに会えなくなるんだぞ?」
「ふふっ。出来っこない。」
「そういう事だ。」
「じゃあ、大丈夫だね。」
布団から顔だけ出して、笑い合う。
言いたいことを言い尽くし、前世からのしがらみにも気持ちの整理を付けた私達。結局私はアクアが大好きで、アクアは私が大好き。それだけの事だった。
「おやすみ、お姉ちゃん。」
「おやすみ、アクア。」
互いの体温を感じながら、私達姉弟は静かに眠りに就いたのだった。
予想通りと言うか、予定通りですね。
アクアとルビーが互いに一番大事。ここは譲れません。
しかしゴローとアクアを天秤にかけてどちらかに消えてもらうなんて、ひどい2択もあったものですね。書いたのは私ですけど。
完結か続行か。原作単行本9巻以降、本格的に復讐劇が話のメインになっていきます。復讐をしない今作において、原作沿いのストーリー展開はここで破綻です。つきましては、8巻の内容で完結とするか原作沿いを諦めてオリジナルストーリーを描き続けるかをここで決めさせてください。
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原作沿いのまま完結!
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オリジナルストーリーで続行!