「え………見学させてもらえないんですか?」
「ごめんなさいね、あかねさん。ロケ車の定員の関係でどうしても無理なのよ。今日はアクアと二人でゆっくり観光でも楽しんできたらいいわ。」
朝食を終え、スタッフに指示を出すミヤコさんに確認してみれば、まさかの同行不可。今日は丸一日かなちゃんの撮影風景を眺めていようと思っていたのに。残念だ。
とはいえ、アクア君とのデートも楽しみの一つ。今日は彼とゆっくり過ごすことにしよう。
私はその足でアクア君の部屋へ。扉をノックし、仲に居るアクア君へ声を掛ける。
「アクア君、居る?」
「ああ。入っていいぞ。」
戸惑いがちにドアノブに手をかける。
彼氏の部屋………ではないけれど、まあ似たようなものだ。私は今からその部屋に足を踏み入れるワケで、ドキドキしてしまうのも仕方がない。
ああ、もしこれが夜中だったら。
ドアを開けて中の様子を見てみれば、アクア君は部屋の奥の
雲一つない青空で、朝の爽やかな日差しが射しこんでいる。
そこに浴衣姿のアクア君が静かに佇み、映画のワンシーンのような美しい光景が出来上がっていた。
「いい宿だよな。」
「そうだね。」
部屋に上がり、小さなテーブルを挟んでアクア君と向かい側に座る。
真正面に大好きな彼。私達以外は誰も居ない空間。今日は一日何も予定がない。ゆったりとした時間に身を任せ、アクア君と気の済むまで一緒に居られる。
………じゃあ、良いよね?
「お兄ちゃん。」
言っちゃった……! 言っちゃったよ……!
プロファイリングも練習もしていないというのに普段の私からは考えられない程甘えた声が出た。アクア君は少し驚いた様子。
一方の私は羞恥に悶えつつもどうにか平常心を保つべく必死に理性をかき集める。
少し顔を伏せ、上目遣いで彼を覗けば彼の綺麗な瞳と視線が合った。耳が、頬が熱い。
顔、赤くなってるんだろうなぁ。
「どうした、あかね?」
アクアお兄ちゃんの優しい声が思考を甘く溶かしていく。ドロドロに溶けて流れてどこかへ消えてしまいそうになる。
またあの力強い腕で身動きが取れなくなるくらいに抱きしめて、優しく頭を撫でて欲しい。ずっとずっとそのままで、私が溶けてなくなるまで………。
気持ちは言葉となって、自然と口から漏れ出ていた。
「なでなでして、欲しいな。」
「だろうと思ったよ。」
アクア君が椅子から立ち上がり、客室においてあった座椅子へと座った。脚を前方に投げ出して、その間に私が丁度収まるスペースが出来ている。そのまま手を大きく広げれば、ルビーお姉ちゃん直伝のぎゅっのポーズだ。
私を待ち構えるアクア君を見ているだけで体が疼く。
吸い寄せられるように真っ直ぐアクア君の下へ向かう私。もうアクア君以外は何も見えていないし、考えてもいない。頭の中にあるのはいつの日か私の心の奥底に刻み込まれたあの感触だけ。
アクア君に背を向け、すとんと腰を下ろした。そして体の力を抜いてアクア君の胸板にくったりともたれかかる。
すると背後からアクア君の囁き声。
「よしよし、いい子だ。」
「えへへ………」
心が温かいもので満たされる。嬉しくてたまらない。たった一言褒められただけなのに。
囁きの余韻に浸っていると、視界の端にアクア君の手が見えた。そのまま私の身体に巻き付けるように腕を回してくる。
いよいよ準備が整った。次の瞬間には私は天国に居るのだろう。
その状態で、数秒ほど。しかし私の期待に反してアクア君の腕は緩く絡みついたまま一向に私を締め付ける気配が無い。
ああ、早くぎゅってして。ここまで来ておあずけなんて我慢できなくなっちゃうよ。
普段なら我慢強い私だけど、今日に限ってはこらえ性が無いみたい。
「お兄ちゃん……早く……」
「まぁまぁ、時間はたっぷりあるだろ?」
「だからってこんな事………うぐっ」
「あかねは可愛いなぁ。お兄ちゃんがよしよししてやる。」
不意打ちだった。
いつ来るかと待ち構える私を油断させ、注意を逸らしたその一瞬を突いて私を強く抱きしめる。同時に頭を撫で、欲しい言葉を魅惑的な甘い声で囁いてくる。
もう無理。
「んぅ………お兄ちゃん………」
なでなでの始め方にもレパートリーがあるようだ。
16年間ずっと姉ちゃんと濃密なスキンシップを取り続けて来たアクア君。そのお姉ちゃんはあのルビーお姉ちゃんだ。レパートリーの広さも一つ一つの技術の高さも並みのレベルではないだろう。
それを一身に受けて育ってきたアクア君もまた、ただ者ではないという事。
ひとたび彼に抱かれ頭を撫でられれば、たちまちのうちに身も心もドロドロに溶かされてしまうということだね。
「もう死んでもいい………」
「そうさせない為に頑張ったんだけどなぁ。そんなこと言うならやめようか。」
「いじわる」
「ごめんて」
しばらく無言で悶える。
人間と言うのは恐ろしいもので、どんなに刺激的な体験も慣れてしまえばそれが当たり前になってしまう。
私も例にもれず、10分もアクア君の腕の中に居ればさすがに正気を取り戻し、いつも通りの会話が出来るまでに回復していた。
体を預けたまま抱きしめられる感触に浸りながら、クリアな思考でアクア君とお話も出来ちゃう。
「今日はどうする? 昨日みたいにアクア君の気になる場所巡りかな?」
「あれはもういい。気は済んだ。」
「じゃあ観光だね。早速準備しないと。」
「そうだな。」
そしてまた無言になる私達。
「観光、だよね?」
「ああ。」
ぎゅっの姿勢のまま微動だにせず答えるアクア君。観光なんだよね?
試しに身をよじって脱出を試みるが、アクア君の力強い腕に引き戻されて再び同じ位置に体が収まってしまう。そして
「もういいのか?」
この甘い囁き声。永遠に私をここに閉じ込めようとしているかのような、抵抗不可能な引力が発生している。物理的にも精神的にも、彼から逃げられない。
ほんの一瞬前までどこに出かけようかと思案していたというのに、もう小一時間くらいこのまま心地よい時間を堪能していたい気持ちにさせられてしまった。
私は最早彼の手のひらの上。
「アクア君が捕まえたくせに。」
「じゃあこれで良いか?」
かといってちょっと抗議すれば、今度はさっと手を引っ込めるアクア君。それまで体に感じていた圧力が急になくなり、私は急に不安にも似た物足りなさに襲われる。
振り返ればいたずらっ子のような笑顔。ドキッと心臓が跳ね、文句を言う気力も失くしてしまう。
ゆっくりと正面に向き直り、力を抜いて体をアクア君に預ける。
「………もう一回。」
「はいよ。」
私たちが宿を出発したのはそれから2時間後のことだった。
・・・
高千穂の街をアクア君と二人で歩く。
「まずはお昼ご飯かな。この辺は飲食店も結構多いみたいだね。」
「流石に観光地だからな。ただの田舎ってわけでもないんだよ。」
スマホで地図を見ながら近くの飲食店を物色する。思えばカフェ以外のお店で一緒に食事を取ったことは無かったっけ。いつもいつもSNSにアップする写真ばかり気にしてオシャレなお店ばかり選んでいた。
アクア君はどんな食べものが好きなんだろう? お弁当とか作ったら喜ぶかな。
「何が食べたい? この辺だとお肉か定食かお蕎麦か…………」
「肉。」
即決だった。お肉が大好きなんだね。
「じゃあ焼肉のランチが良いね。こことかどう?」
「いいな。ここにしよう。歩いて10分くらいだから朝の散歩に丁度いい。」
「そうだね。」
誰かさんのせいでもうお昼だけど。
田舎とは言え街の中心部はそれなりに賑わいがある。建物の隙間から山々が大きく見えることを除けば東京の都心部から外れた町の景色と大差ない。
しかし聞こえてくる話し声は時々方言が混じっていて、何を言っているか分からなかったりもする。
「アクア君は宮崎弁話せるの?」
「全然。生まれはここだけどずっと東京にいるからな。」
「えーアクア君の宮崎弁聞いてみたかったなー。」
宮崎をどげんかせんといかん! みたいな?
いや、やっぱりアクア君のイメージに合わないから却下だね。どうしてもキツイ方言ってジジ臭い感じになっちゃう。お年寄り程訛りがきついから。
そんな会話を楽しんでいると、お目当ての焼肉屋さんに到着。
お肉の良い匂いが漂っている。
少し空いている店内、奥の方の席へ案内された。アクア君は食べる気満々のようで、子供のように張り切っている。
「よっしゃ食うぞ。食って歩いてまた食う。」
「食いしん坊さんだね。食べ過ぎてお腹壊さないでよ?」
「大丈夫大丈夫。食べ放題じゃないし。」
注文したのは焼肉ランチ。運ばれてきたお肉は中々ボリュームがある。
例によって焼くのは私。二人分の肉なので、トングは一本で十分だ。
早速お肉を焼いていく。
皿から生のお肉をつかみ上げて鉄板の上へ持っていく。すると肉の向こう側から私を見つめるアクア君が見えた。と思ったが、そのまま肉を下ろすとアクア君の視線もつられて下がっていく。
少しドキッと来てしまった自分が恥ずかしい。アクア君はお肉を追いかけてただったみたい。
もう一枚生のお肉をつかみ、今度はアクア君を観察しながらお肉を移動させてみる。やっぱりお肉に視線が釘付け。右に左にトングを振ればアクア君の顔もそれを追いかけ………
「おい、俺で遊ぶな。」
「だって面白いんだもん。」
怒られたので粛々とお肉を焼いていく。
「どれ食べたい?」
「まずは全種類1枚ずつだな。」
「そうだね。」
慎重派だ。私と同じ。まずは食べ比べてみないとね。
えっとこれがカルビで、こっちがロース、これは多分ホルモンかな。次々と焼いていく。鉄板の上にはいろんな種類のお肉が選り取り見取りだ。
「これ。」
「はい、どうぞ。ロースだね。」
「これ。」
「カルビ。」
「これ。」
「鶏モモ。」
お肉屋さんにでもなった気分。
「よく分かるな。肉なんてどれも同じに見えるけど。」
「私精進の身なので。」
「肉に詳しくなってどうする。」
言えてるかも。
ララライに所属してからトング捌きとお肉の目利きに関しては誰にも負けないくらい上達した自信があるけど、よく考えなくてもそれは演技とは何の関係も無い。
でもこれで良いか。図らずもアクア君との焼肉デートでこのスキルが役に立ったんだから。
「ふふん。お肉焼くの上手いでしょ?」
「開き直ったな。でもお姉ちゃんの方が上手い。俺の好みの焼き加減を知り尽くしてるからな。」
「ここでルビーお姉ちゃんが立ちはだかるのかぁ………」
「いやそれ落ち込むところか? 焼肉にどれだけプライド持ってんだよ。」
「アクア君の彼女としてのプライドですー。」
「じゃあお姉ちゃんは関係ないだろ。」
ふと思う。
アクア君がお姉ちゃんを異性として見ていないのは良く分かっている。平気で添い寝するくらいだし、良く一緒の部屋で漫画を読んだりおやつを食べている姿を画面越しによく見るけどそんな雰囲気ではない。
しかし傍目から見れば双子の姉弟とはいえ年頃の男女が仲良くしているのを見るとどうしても
実際、ララライの姫川さんもルビーちゃんを見てアクア君が二股をかけていると勘違いしていたし。
「アクア君ってルビーちゃんと一緒に居て誤解されたりしないの? カップルと思われない?」
「思われるなぁ。あれ迷惑だからやめて欲しいんだけど。」
「無理無理。どう頑張っても無理だよ。」
「いや、だって姉弟だぞ? そんな関係になりようがないだろ。」
「そうなんだけどさ、ぱっと見は完全にバカップルだよ?」
「そこは普通にカップルで良いだろ……。なんだよバカップルって。」
「バカップルはバカップルだよ。はいお肉。これは豚トロだね。」
「ん、旨いな。」
ルビーがお姉ちゃんとの距離の近さに疑問を持たないアクア君は、豚トロがお好みらしい。私の分の豚トロもアクア君にあげちゃおう。脂っこくて私はあまり好きじゃない。
次々とお肉を焼いていき、ちょっと多めにアクア君が食べさせてあげる。
他愛もない会話に花を咲かせながら、気づけば次のお肉が最後の1枚。鉄板の上で食べごろになっている。
「ラスト1枚。食っていいか?」
「どうぞ。」
最後のお肉はアクア君の胃袋へと収まり、お昼ご飯はお終い。
ごちそうさまでした。
店の外に出て時計を見てみれば、時刻は13時。18時くらいに宿に戻れば良いから、観光して回る時間はたっぷりある。
「それじゃあ、高千穂のパワースポット巡りにでも行きますか。」
「そうだな。」
お肉でいっぱいのお腹をさすりながら、目的地へと歩き出す私達なのでした。
こういうお話ををだらだら書くの結構好きです。
完結か続行か。原作単行本9巻以降、本格的に復讐劇が話のメインになっていきます。復讐をしない今作において、原作沿いのストーリー展開はここで破綻です。つきましては、8巻の内容で完結とするか原作沿いを諦めてオリジナルストーリーを描き続けるかをここで決めさせてください。
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原作沿いのまま完結!
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オリジナルストーリーで続行!