お姉ちゃんの入院
とある日の朝。いつも通り家族で仲良く食卓を囲んで朝食を食べていた時の事。
「うーん、なんかちょっとお腹痛いかも。」
隣を見ればお姉ちゃんが浮かない表情でお腹をさすり、腹痛を訴えている。
………これは俺の出番なのでは?
宮崎旅行に行って以降、かなり鮮明に思い出せるようになった前世の医者の知識を活用すればお姉ちゃんの不調の原因を特定出来るかもしれない。俺だってもう高校生。豊富な知識と高い判断力を兼ね備えた出来る大人だってところを見せないとな。
さて、腹痛にはどんな原因があっただろうか。候補を洗い出してみよう。膵炎、がん、自律神経失調症、鬱病、腹部大動脈瘤の破裂……
頭に浮かんできたのは深刻な病気の数々。ただお腹を壊したとか、便秘とか、本来はもっと先に考えることがあるのだがそんなことは見事にすっぽ抜けている。素人が半端な知識で判断するからこうなるのだ。
さもお姉ちゃんがこれらの病のいずれかにかかったと盛大に勘違いした俺は、サーっと血の気が引いていくのを感じた。このままではお姉ちゃんの命が危ない!
「ミヤコさん、救急車!」
「アクア落ち着いて。ただの腹痛よ。」
「こらっ」
べしっとお姉ちゃんに頭を叩かれ、俺は我に返る。
「心配し過ぎだよ。お腹が痛いなんてよくある事じゃん。気にしないの。」
「………ごめん。」
「まぁ、そんなあわてんぼのアクアも可愛いけどね! ほらおいで!」
結局お姉ちゃんにたしなめられ、いつも通り朝のルーティーンとしてぎゅっからのなでなでを一通り受けることとなった。出来る大人は一体何処へ。
「ママ、行ってきます。」
「母さん、行ってきます。」
これまたいつも通り母さんの写真に挨拶をして学校へ行く俺達姉弟。お姉ちゃんの腹痛もほとんど気にならない違和感程度だったため、この時は特に深く考えることも無かった。
・・・
その日の昼。いつものメンバーで机を合わせてお昼ご飯を食べる。今日は不知火フリルは仕事らしく、朝から不在だ。
今日も今日とて教室中の視線を背中に浴びているが、入学して10カ月が過ぎた今となっては慣れたものだ。さすがにお姉ちゃんの一挙手一投足を食い入るように眺める輩もおらず、入学当初に比べればかなり落ち着いて昼休みを過ごすことが出来ている。
現役アイドルであるお姉ちゃんと現役グラビアモデルを眺めながらの昼飯も芸能科なら当たり前の事。何故ならこのクラスに居る全員が芸能人だからな。
だが今日は何かがおかしい。先ほどから妙に静かと言うか、物足りないというか………。
ここで俺はお姉ちゃんが会話に全く入ってこないことに気付く。いつもはあんなにお喋りなお姉ちゃんなのに今日はやけに大人しいな。どうしたのだろうかと顔色をうかがってみることに。
「お姉ちゃん?」
「やっぱりお腹痛いかも………ちょっとトイレ。」
そこには若干苦しそうな顔で腹痛を訴えるお姉ちゃん。朝よりも明らかに痛みが増しているように見える。そのままお腹を押さえてスタスタと教室を出て行ってしまった。まさか本当に重い病気じゃないよな? まぁ大丈夫だとは思うけど。
しかし、悪い予感ほど的中するものだ。
その後お姉ちゃんの腹痛は徐々に悪化、午後の授業は休んでずっと保健室でお休み。さらにそこから症状が重くなり、先生の判断によりいよいよ病院へ搬送されることに。
連絡を受けた俺は保健室へと直行した。ほぼ同じタイミングで同じく連絡を受けていた有馬も到着。二人とも走ってきたためか息が上がっている。
「お姉ちゃん!」「ルビー!」
「保健室では静かにしてくださいね。二人とも。」
「「すいません。」」
看病に当たっていた保健室の先生に注意されてしまった。
お姉ちゃんはベッドで寝かされていた。相当な痛みなのだろう、ぐったりと力なく横たわり、ずっとお腹を押さえている。俺たちが到着したことにすら気づいていないようだ。
お姉ちゃんが倒れたとあって、俺も有馬も気が気ではない。
「お姉ちゃん、痛むか? 水とか欲しいか?」
「うー……痛いよぉ」
「先生、ルビーは大丈夫なんですか?」
「病院で検査しないと何とも言えないわね。もう救急車が来るから、星野君も一緒に行く?」
「もちろんです。」
「私も! えっと、ルビーとは同じグループのアイドルで……」
「知ってるわ。星野さんの妹……ではないけれどそんな感じなのよね。学校の方には私から早退の連絡をしておくから。」
「ありがとうございます!」
数分後に到着した救急車に乗り込み、お姉ちゃんが病院へと搬送される。俺と有馬も同伴だ。
道すがら救急隊員からお姉ちゃんの今朝の様子や食事内容、過去にかかった病気などを細かく聞かれ、そのすべてにあまりに細かく答えたことから隊員の方に驚かれた。双子だし、これくらいは普通だと思うのだが。
そうこうしているうちに病院に到着。これからしばらく検査だそうで、俺と有馬はお姉ちゃんの検査結果を祈りながら待つ。
「お姉ちゃん、大丈夫だよな………。」
「アンタ弱気になってどうするのよ。シャキッと……しなさいよ……。」
「お前だって涙目じゃねぇか。」
末っ子二人のメンタルは限界に近い。
検査が終了したのはそれから1時間ほど後の事。その間にミヤコさんも病院に駆けつけた。二人揃って仲良く取り乱す俺たちを圧倒的な母性で黙らせ、今ではスマホから粛々と仕事の指示を出している。その毅然とした態度にどれだけ心を救われたか。
事務所やMEMちょとの連絡を一通り済ませ、ミヤコさんは再び俺たちに向きなおる。
「二人とも落ち着いて。気持ちは分かるけど、今は待つしかないわ。」
「でも……やっぱりお姉ちゃんに何かあったら………。」
「そうよ。ルビー、とっても苦しそうで、ううぅ……」
「大丈夫。きっと大丈夫だから。」
ミヤコさんは俺と有馬をまとめて抱きしめた。お姉ちゃんのぎゅっとは違う、柔らかく包み込むような優しい抱擁。
いつもお姉ちゃんが俺にべったりだから、こうしてミヤコさんに抱きしめられることはそう多くない。しかしミヤコさんも俺が生まれた時からずっと母親代わりとして育児をし、母さんが死んでからは正真正銘母親として俺とお姉ちゃんを育ててきた。
そんな彼女だからこそ心から信頼しているし、俺が彼女の腕の中であっという間に落ち着きを取り戻したのも当然の事だった。
「もう大丈夫そうね。ルビーに元気な顔を見せてあげなさい。それが一番の薬になるわ。」
そっと俺と有馬を放し、優しく微笑みかける。その包容力はお姉ちゃんにも全く引けを取らない。斎藤家の母であり苺プロの大黒柱、そして俺たちの心の拠り所であるミヤコさんが笑っている。その笑顔が俺達に与える安心感は計り知れない。
しばらく待つと、看護師さんが名前を呼ぶのが聞こえた。
「星野さーん。星野さんの保護者の方はどちらでしょうかー。」
「はい。私です。」
検査が終了したらしい。
案内された病室には、ベッドで寝ているルビーとお医者さん。どうぞかけてくださいと落ち着いた医者の様子に少し安堵する。だが、まだだ。ちゃんと診断内容を聞くまでは安心できない。
「先生。お姉ちゃんは大丈夫なんでしょうか。」
「安心してください。命に関わるような病気ではありませんよ。」
「そうですか。良かった。」
ほっと一息つく俺。一方有馬は緊張の糸が切れたためか目に涙を浮かべている。本当に涙もろい奴だ。
そして気になる検査結果は。
「検査結果はどうだったんでしょうか? 学校からはただの腹痛ではなさそうだと聞いてますが。」
「虫垂炎、いわゆる盲腸です。症状も軽いですし、お薬を飲んで安静にしてしばらく様子を見ましょう。早ければ数日で退院できると思いますよ。」
かくして、お姉ちゃんの入院生活が始まるのだった。