ルビーちゃんが倒れた。私も倒れた。
ちょっと何言ってるのか分からないと思う。ルビーちゃんは盲腸で入院してる。じゃあ私ことMEMちょは何を患ってるのかってなるよね。うん、その気持ちは分かる。だからえっと、結論から言うと、私は病気じゃない。
ただの過労。要するに働きすぎてぶっ倒れたの。
事の始まりは………まあぶっちゃけB小町に加入した時から。まず全速力で自己紹介動画を作ってアップして、その後はJIFの特訓をこなしつつアイドルと裏方と個人ユーチューバーの三足のわらじ(で良いのかな?)を無理やり履いて頑張った。
それからしばらくは割と落ち着いた激務が続いたけど、今度は東京ブレイドの舞台でかなちゃんが大忙し。中々スケジュールが合わない中で必死に時間を見つけて動画を撮り続けた。かなちゃんに負担がかからないように企画も色々工夫したようなしてないような……もう覚えてないや。
宮崎旅行ではアネモネの無茶ぶりに応えつつなんか事件が起きたりして社長がグロッキーに。しわ寄せが最初にくるのは私。もちろん全部食い止めてやったとも。
そして止めがルビーちゃんの入院だ。別に仕事がどうとかじゃない。可愛い妹が学校で倒れて救急車で運ばれたって知って、最後の糸が切れた。
もうね、ぷちって感じ。ブツッとかぷちんじゃなくて、ぷち。弱弱しいでしょ? 結構ギリギリだったっぽいんだよねぇ。
どうにかルビーちゃんのお見舞いだけは行ってきたけど、病院の患者さんからも心配される始末。「大丈夫ですか?」なんて聞かれるもんだから、咄嗟に「お構いなくぅ」と答えたけど、倒れるなら病院の方が良かったのかもしれない。
やっとの思い出家に帰って来た私だけど、なんか安心した途端に膝から力が抜けてふにゃふにゃとその場に尻餅をついちゃった。
「………あれ? 立てないなぁ。あはは、おかしい………体がおかしい………」
そして今に至るってわけ。でろーんと床に身を投げ出して横たわったまま10分くらい。
体が動かないから仕方がなく頭を働かせる。ルビーちゃんが1週間くらい動けないってことは、スタTのPV完成に時期を合わせて公開する予定だったコラボ動画のいくつかが収録できなくなったわけだ。その中には結構な大御所も居たっけなぁ。
うーんこれは痛い。しかもこっちの都合で断るわけだし、何か穴埋めしたほうが良いよねぇ。今度私のおごりで飲み会でもするか。
さて社長にも報告を……って体動かないんだった。あほだなぁ私。しょうがないから明日話すとしよう。
で、えーっと? そうそうルビーちゃんが倒れたんだった。スタTのPV完成に時期を合わせて……っていうのは今考えたっけ? じゃあ次の動画のネタでも考えますか。あーなんか頭がぼーっとするな。てか次の動画ってルビーちゃん今いないじゃん。じゃあしばらく動画取れないなぁ。次に動画撮れるのって
あー良く寝た。
何故か床で普段着のまま寝ていた私はいつもよりも激しく軋む体をゆっくりほぐしながら起き上がる。部屋の時計は6時になってるけど、アナログ時計だから午前か午後かも分からない。
時間の感覚が曖昧だ。最近徹夜多かったからなぁ。
改めてスマホで時間を確認すると、午前の6時。そして驚いたことに日付が2日進んでいる。
「へ? 久しぶりに早起きしたと思ったら時計一周しちゃってた? と言うかそもそも昨日、じゃなくて一昨日どうやって寝たのか覚えてないなぁ。」
とりあえずミヤコさんからの着信が2時間おきくらいに来ているようなので、「すみませんぶっ倒れて丸一日寝てました」とメッセージを送っておく。ついでに他の人のメッセージも確認してみると、かなちゃんからも何件か来ているらしい。
とりあえず読む。うわぁ。
「丸一日寝たってことは昨日事務所に行ってないじゃん。その上丸一日以上音信不通。かなちゃんを泣かせちゃったかも知れないなぁ。」
脳裏に浮かぶかなちゃんの目じりには今にも零れ落ちそうな涙。………まって泣かないでお姉ちゃんは生きてるから! ってこれはただの妄想だった。やっぱり私疲れてるなぁ。
悪いことをした。より一層の働きで償う………のは駄目だよね。まずは休んで元気にならなきゃ。
「さて、せっかく早起きしたわけだし健康的な生活リズムを取り戻さないと。」
手足や胴体をくねくね動かして少しずつほぐしていく。数分もすれば体の状態はいつも通りだ。軽く朝食をとってお腹を満たす。沢山寝たから頭もスッキリ。爽やかな朝の陽ざしと共に今日という日が始まるのだ。
これは仕事が捗るぞぉ。
「だからダメなんだってば。」
駄目だ、どうしても仕事を頑張る方向に思考が進んでしまう。認めざるを得ない。私はワーカホリック、休み方を知らない女だ。ママが倒れた時からずっと………いやその前、アイドルを目指して頑張ってた中学生の頃からノンストップでここまで来ちゃってる。
流石に倒れてしまった以上は働き方を見直す必要があるんだけど、どうすれば良いのか良く分からない。働くと働かないの中間をうまく狙って、なんかこう良い感じにしたいんだけど、そもそも働かないってどんな生活なのかイマイチイメージが湧かない。
だって今までずっと全力で生きて来たし。誰か適度に休む方法教えてくれないかなぁ。
・・・
「MEMちょ……生きてたぁ。」
「ごめんねぇ、かなちゃん。ちょっと寝不足で丸一日眠っちゃったぁ。ほらこの通り元気いっぱいだから、もう泣かないで。」
妄想は現実になってしまった。
ミヤコさんから連絡を受けていたかなちゃんはルビーちゃんのお見舞いの前に一度事務所に寄ることになった。なので私はかなちゃんが学校から帰って来る頃を見計らって少し前に事務所でスタンバイ。そして扉を開けて目が合い、冒頭のシーンへと続く。
見事な泣きっぷりだ。私が無事だってことは知ってたはずだし、何ならさっき電話もして声も聞かせてあげたのに。やっぱり実物を見ないと安心できないんだろうなぁ。よしよしおいで。お姉ちゃんがぎゅってしてあげる。
私が過労でぶっ倒れるたびにこの泣き顔を見せられるのだとしたら、途轍もなく強力な抑止力となってくれるだろう。こんなかなちゃん、二度と見たくない。
二人でソファーに座り、ホットミルクを飲んで一息つく。
「ルビーは倒れて救急車に運ばれるし、MEMちょはいきなり音信不通になるし、もう心臓がいくつあっても足りないわよぉ………。」
「ごめんごめん。ほら、もうすっかり元気だから。」
かなちゃんの小さな背中をさすってあげる。でもなかなか落ち着いてくれない。やっぱりルビーも含めた3人が揃わないとかなちゃんの眩しい笑顔は戻ってこないんだろうな。
今のかなちゃんは、出会ったばかりのちょっととげとげしい感じのかなちゃんに似ている。ことあるごとに強がって、ルビーちゃんや私と喧嘩したり拗ねて口を聞かなくなったりして。そして最終的にはとっても寂しそうな、不安そうな顔で泣いてたんだよね。
今のかなちゃんみたいに。
でも今はルビーちゃんが入院中。そして私が過労で倒れた。あの頃の独りぼっちのかなちゃんに逆戻りとまでは行かないけど、そうなってしまうんじゃないかって言う恐怖に怯えていたに違いない。
理屈じゃなくて、気持ちの問題。私はもう元気とか、盲腸は治る病気とかそんな話じゃなくて、私とルビーちゃんが居なくなると想像するだけで怖くて堪らないんだ。
でも、今日のかなちゃんはあの頃とは少し違ってた。
「もう大丈夫。心配させちゃったわね。こんな顔じゃルビーのお見舞いに行けない。シャキッとしなきゃ。」
「もう良いの? 急がなくても良いよ。まだ落ち着かないならここに居よう?」
「良いわけないわよ。でも私がいつまでもめそめそしてたらMEMちょが可哀そうじゃない。」
かなちゃんの言葉ではっと気づく。今私はどんな顔をしていただろう。かなちゃんの背中をさすりながら昔の事を思い出して、かなちゃん可哀そうって頭の中でぐるぐる考えて私まで不安になっちゃってなかった?
お姉ちゃんとしてあるまじき事だ。私はB小町の長女にして鉄の女。弱いところなんて見せちゃいけない………と思ってた。
「ほら、MEMちょだって怖いことの一つや二つあるでしょ? だから、その………ね? 私がよしよししてあげる。」
ぎこちない手つきで私の頭をなでなでしてくれるかなちゃん。
ルビーちゃんのような百戦錬磨のお姉ちゃんじゃないかなちゃんは当然なでなでの技術も覚束ない。でも、その手に込められた気持ちの強さはルビーちゃんや私にも決して劣っていなかった。
頭に感じるのはとっても丁寧で繊細な手の動き。ルビーちゃんみたいな気持ちを前面に押し出した愛情たっぷりのなでなでや、私がよくやるちょっと強引なわしゃわしゃするようななでなでとも違う。いかにもかなちゃんらしい、真面目ななでなでだ。
撫でられているうちに心は落ち着いていく。それはなでなでの効果ももちろんあるし、何よりかなちゃんが辛い気持ちを堪えて私の為に行動を起こしてくれたことが嬉しい。
「立派になったねぇ。お姉ちゃん嬉しいよぉ。」
「子供扱いするんじゃないわよ。撫でてるのは私よ。」
思わぬサプライズもあり、なでなでが終わる頃には私はすっかり元気になってしまった。
「よぉし、かなちゃん。お姉ちゃんもう完全に元気になったから。お見舞いに行こうか。」
「そうね。行きましょう。」
勢いよくソファーから立ち上がって元気いっぱいアピール。というか本当に元気いっぱいになっちゃったから、アピールでも何でもない。ただの元気なアラサー女子だ。
私はかなちゃんの確かな成長を感じつつ、二人で仲良く病院へと向かった。
MEMちょが過労で倒れるのは時間の問題かなと思ってちょっと小話を挟もうかと思ってたり思ってなかったりしましたが、タイミグが良いのでここで倒れてもらいました。
お姉ちゃん二人が同時に倒れてしまい、重曹は何を思うでしょうか。