完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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おみやげ

 

 姉たちが帰ってくる予定の日の夕方、私は家人のいない一人だけの静かな家で時折遠くから聞こえてくる近所の子供の声を背景にくつろいでいた。

 そうしていると何だか珍しくやる気の出そうな予感がしてきたので、宿題でも片付けておこうと机に向かう事にした。

 

 当時はひたすら面倒で苦痛でしかなかった学校の宿題も、今ではあまりの楽さに拍子抜けするほどだ。こんなもの会社の仕事と比べたら文字通り大人と赤子。腕をひねるなど造作もない。名門大学への進学のような、本気で上を目指して取り組むなら相応の苦労もあるのだろうが、ほどほどのラインを維持するだけで良いのならただの単純作業だ。

 もっと上を目指さないのか、と聞かれる事もあるが、私にその気はない。無理せずに維持できるラインこそがその人の適正レベルだと私は思っている。年期の違いによる恩恵が多少効いてるとはいえ、自分の頭の出来が飛び抜けているとは思っていない。私に日々しのぎを削るエリートの世界を戦う地力は無い。

 東大目指して猛勉強、なんて王道なストーリーがあるが、そもそも入試は始まりであってゴールではない。がり勉しなきゃ東大に入れないようなのは最初から東大を目指すべきではないのだ。もし地獄に耐えて合格できても、今度は周りについて行くという地獄が始まるだけなのだから。

 

 要するに私は今のレベルでほぼほぼ満足なのである。

 

 高校では義務教育を、大学では高校時代を、そして社会人になってから学生時代を振り返り、あの頃は実にぬるま湯だったと人は思うものだ。そして今や再び私はそのぬるま湯に浸かる事を許された。責任の無い気楽な日々のなんと素晴らしい事か。店頭で酒も煙草も買えないのだけは寂しいが。いや煙草はやっぱいい。どうせ前から止めよう止めようと思ってはいたんだ。せっかく依存してない綺麗な肺に生まれ変わったんだからすっぱり縁切りあるのみだ。煙草も魔除けとしては意外と侮れない性能してるんだけどね。

 

 社会人になるとすっかり使う機会が無くなるシャープペンシルを手に問題に向かえば、頭の回り出す音が響いた気がする。やはり予感は間違っていなかった。

 後ろからアイさんがちらりと覗き込んできたかと思えば、すぐに興味を失ったように離れていった。そういえばアイさんって学歴的には中卒だったか。高校レベルの問題集とか見せられてもちんぷんかんぷんなんだろうな。

 

 さて、気の紛れぬうちにやってしまおう、と問題文を黙読し始めたその時に、背後からコン、コン、と扉を叩く音が聞こえた。

 

 もう家族が誰か帰ってきたのか? でも玄関が開いた音がしたような記憶は無いが。

 というか今のノックの音なんかおかしくなかった? 部屋の外からの音というより、まるで室内での音のような……。

 

 嫌な予感を覚えながら首を後ろに向けた私の目に映ったのは、人の部屋の扉を今も後ろ手でこんこん叩きながらにこにこ笑っている疫病神少女だった。

 

「あ、やっと気付いた」

「……」

 

 いつからそこに居たのだろうか。私は少女の足元を見た。服と同じく真っ黒な靴下がカーペットを優しく踏んでいる。土足で入られているわけではないようだ。そこだけは一安心。

 

「普通に正面から訪ねてきて欲しいのですけど」

「次から気をつける」

「あと、部屋に突然現れないで欲しいです。もし私が今、とても人様にお見せできないような姿だったらどうするんですか?」

「そういう時は出てこないから安心して頂戴」

 

 まるで暖簾に腕押しだ。多分次も悪びれることなく人を驚かせるような出方をしてくるだろう。

 シャープペンシルを机の隅に転がし、椅子ごと少女に向き直る。格上を立たせて私は座ったままの無礼な対応だが、この部屋の主は私である。これぐらいは許してもらおう。

 

「それで、今日は何ですか?」

 

 さっさとお帰り願おうと水を向ければ、疫病神は後ろ手に持っていたらしい紙袋を掲げた。

 

「はいコレ、お土産」

 

 お土産? 

 正直後が怖いからあまりこの子からプレゼントとか貰いたくないんだけど。でもつき返して機嫌損ねるのはもっと怖いから受け取りはするが。

 

「……」

 

 中身はいかにもお土産といった感じの菓子類だった。何が出てくるか戦々恐々としていたので正直ほっとした。

 

「……何ですかこれ」

 

 と思ったがやはり一筋縄ではいかなかった。お菓子の箱を三つほど取り出した下にタオルで包まれた塊を見つけたのでこれも袋から出してみる。

 

 巻かれたタオルを剥がすと、スマートフォンと同じくらいの大きさの古びた木の箱が出てきた。それを目に入れた瞬間に胃液が上ってきそうな感覚を覚えた。能力が訴えてきている。これは、よくないものだ。いったい何の嫌がらせだ。

 

「それ、神社に置いてあったんだ。夜中に誰かこっそり捨てに来たみたい。宮司が困ってたから私が引き取ってきた」

 

 前世でこれと似たようなの見た事あるぞ。もしこれがあれと同じものである場合、この箱の中身は『子供』だ。古いものだし、もう呪いの効力なんて殆ど残っていないであろうことが救いか。もしこれが完全な状態だったら一家全滅もありうる我が家の危機だ。まあ、もう死人は出ないレベルにまで弱まっているからこそこの疫病神も私に持って来たんだろうけど。

 

「あなた専門家でしょ。処分しといてくれない?」

 

 専門家ときたか。確かに曰くつきの代物の処分を引き受けた事も何度かあるにはあるけど。引き受けたと言っても私が処分するわけではない。それができる場所まで代わりに持って行ってあげるだけだ。というか引き取ったのはそっちなんだから自分でやったらどうなのだ。

 

「ご自分でやられては?」

「面倒くさい」

「それだけ力があればこの程度、息をするより簡単でしょうに」

「簡単だけど面倒。別に矛盾するものでもないでしょう?」

 

 お願いね、と少女は言い、私の手にあった箱を掴むと壁際に設置してある本棚の上に乗せた。おいやめろ、人の部屋に本物の呪物を飾るな。持って帰れ。せめて金払え。それならこっちも仕事として対応してやるから。

 

「助かるねー。呪いやれる人ってもう全然いないんだよ」

 

 誰もやってやるとは言ってない。

 

「これで私の要件は終わり。じゃあねー」

 

 ふわりとスカートを広げ、来る時と違い今度は普通にドアノブを回して出ていく。

 

 ようやく帰ってくれたか。次の週末はこの箱の処分のための遠征で予定が埋まってしまったな。

 もはや視界に入れる事すら拒否しだしたのか、ずっとこちらに背を向けているアイさんも連れて行って大丈夫だろうか。土地や人を守っている存在にもいろんなタイプがいる。こちらから手出ししなければ無害な自衛しかしないタイプもいれば、縄張りに踏み入るものは皆問答無用な無差別タイプとかもいる。トラブルの元にならなければいいが。

 

「ああ、忘れてた」

 

 とにかく箱を視界に入らない場所に移そうと元のタオルで再び包んだ時、ドアがまた開いて少女が片目だけをこちらにのぞかせた。

 

「あの双子、もう互いの正体気付いたみたい」

「は?」

 

 思わず箱を落としそうになる。正体というのは前世の話の事だろう。もう気付いたって早くない?

 

「まあ私が教えたようなものだけど」

「いやいやちょっと待ってください。それって貴女的には悪手なんじゃ?」

「まあね。でもそっちだって散々ヒントばらまいたでしょ?」

 

 確かにばらまいたのは否定できないが。でも私が言うのと、貴女が自分から言うのとでは意味が大きく変わりませんか?

 

「あと、ついでにあなたの事も皆に少しだけ吹き込んでおいたから。これで今度こそ終わり。またね」

 

 言い終わると同時の、一切の反論を許さぬ速さで扉がぱたんと閉じられた。階段のきしむ音を追いかけてドアを引き、廊下に飛び出す。

 

「!」

 

 飛び出した先にいたのは疫病神ではなく、うちの姉だった。いつの間にか帰って来てたようだ。先の階段のきしむ音は下りる音ではなく、上がってくる音だったらしい。

 

「ちょっと、急に出てこないでよ。ビックリするでしょ」

「なんだ姉さんか……お帰り」

「ただいま」

 

 姉は抱えていた重そうなキャリーケースをそっと床におろし、廊下の両端をきょろきょろ見回した。

 

「何か声聞こえたような気がするけど……誰かいるの?」

「何でもない。色々あって疲れたでしょ、部屋でゆっくりしなよ」

 

 いつどこに現れるか分からない神出鬼没な相手を追いかけようなど元より無理な話だったか。少しだけ吹き込んだ、の少しだけが具体的にどれだけなのか分からないのが恐ろしい。今のところ、お菓子以外は私への嫌がらせしかしてないじゃないか。

 

「ちょっと」

 

 閉めようとしたドアが途中で止まった。姉がドアの隙間にキャリーケースを押し込んだようだ。

 

「あおいに伝言を頼まれてるの」

「伝言?」

「『観客気取りも結構だけど、手綱はちゃんと握っておいて』」

「もしかしてだけど、それ言ったの全身黒ずくめの服でカラスに好かれてる金髪の女の子じゃなかった?」

「やっぱり知ってるのね。で、これどういう意味?」

 

 あの疫病神、さっそく姉にも余計な事を吹き込んだようだ。観客気取りというのは私の事だろう。別に好きでこうなったつもりはないが、多少なりとも関わってしまった以上はもう舞台の一員だぞ、というのは分からなくもない。

 手綱は……間違いなくアイさんの事だな。疫病神か双子が関わらない限り、たまに驚かせてくる以外は穏やかな霊なのだが。手綱を持たなきゃならない、つまりアイさんの堪忍袋が沸騰するような事態を近々引き起こします、という宣言か? いずれにせよ私にとってはロクでもなさそうだ。

 

「あんまりあの子の言う事真に受けない方が良いよ。人煽るの大好きなヤツだから」

「意味教えてよ」

「まあ『逃がさない』って意味じゃないかな。逃げようとしたら私がやられて一番困る事をやってやるって」

「あおいが困る事?」

「秘密」

 

 ドアに差し込まれているキャリーケースを室外に押し出す。見た目と裏腹に意外と軽かった。もう洗濯物とかは下に置いてきたのだろうか。

 

「あ、ちょっと待って」

「まだ何かあるの?」

「あの名札の意味を教えて」

「名札?」

 

 名札って何? 状況からして雨宮吾郎の名札の事だろうけど、あれに意味なんて……まてよ、さっきもう双子の正体がどうとか言ってたような。

 

「名札ってあの死体が持ってたのだよね」

「そう。やっぱり知ってたのね」

「姉さんとルビーさんが見つけたんだよね?」

「私じゃない。アクア君とルビーちゃんだよ」

「は?」

 

 何それ知らない。いったい何やってくれたの疫病神?

 

「死体を見つけるまでの経緯教えて」

「撮影終わった後……」

 

 撮影が終わると名札を咥えたカラスが出現、それを見た瞬間ルビーとアクアが走り出し、残りは皆置いてけぼり。そのまま死体発見。そして翌日の絶好調ルビー。一連の流れを聞いた私は頭を抱えたくなる思いだった。面倒な方向へ持って行ってくれたものだ。黒幕はさぞ腹を抱えて楽しんでいる事だろう。

 

「なるほどねー……はぁ」

「アクア君たちが生まれた時の担当医だったらしいけど、それだけのハズが無い。失踪したって話が本当なら、生まれて一度も会った事が無い相手になる。もしアクア君が探してる真実に深く関連するんだとしても、咄嗟に二人があそこまで反応するとは思えない」

「まあ、そう思うよね普通」

 

 あの名札を見たらルビーは動かずにはいられまい。しかし名札が極上の釣り餌になる理由を知らなければ彼女の過剰反応を理解する事は出来ないだろう。

 

「あおいは分かるの?」

「悪いけど、言えないかなぁ。名札の意味、多分二人とも死んでも話さないだろうし」

「でも知ってるのよね」

「うん。でも私が知ってる理由も言う気は無いよ。よっぽど必要にならない限りは墓まで持ってく気だし。ごめんね」

「……そう」

 

 話す気が無いと分かってもらえたのか、姉は自分からドアを閉めてくれた。一方的に話させておいてこちらからは何も開示しないのは不公平かもしれないが、こればっかりは話せないので許してほしい。

 

 余談だが、姉が家族あての土産として菓子類を買ってきていたのだが、ラインナップがあの疫病神が渡してきたものと一品違わず同じものだった。こっちも嫌がらせじゃないか。

 

 

 

 宮崎旅行から三日が経った。例のMVの評判を少し調べてみたが、反応は上々らしい。原作の時のようなダークさ、ミステリアスさは無いが、星野ルビー本来の愛嬌を前面に押し出したMVはそれでも多くの新規ファンの獲得に繋がったようだ。爆発とはいかずとも、今後じわじわと人気は伸びていくだろう。

 ただというか、やはりというか。ルビーが強すぎる。撮る側も三人の配分には相当気を使っているのだろうが、隠せていない。有馬かな、MEMちょ共に現代日本でも間違いなく上澄みに入る容姿の持ち主だが、ルビーには一歩及ばない。B小町三人が横に揃う場面をじっくり見ると腰の位置とか全然違うしね。母と同じく、B小町がルビーのワンマンチームと化す日は結局そう遠くないのだろう。

 

 放課後、雪のちらつく都内を目的地となる喫茶店目指し歩を進める。こんな寒い日はさっさと帰って暖房に当たるなり布団に包まるなりしたいものだが、呼び出しを受けたとあってはそうはいかない。

 呼び出し人はアクアである。旅行の土産を渡す、という名目になっているが絶対ウソだ。何を聞かれるか分かったものではない。面倒ではあるが、こちらにも見込める利益がなくもない。のらりくらりと大丈夫そうな範囲で答えながら、交換条件で社長とのアポイントメントでも取り付けられたら御の字か。

 

 以前にもアクアに呼び出された事のある駅前の喫茶店に入る。

 前と同じ席、後方も後方の目立たないボックス席に僅かに金髪ののぞくニット帽を見つけたので近寄ってみれば、もう見慣れたアクアの姿……だけではなかった。

 

「……」

 

 アクアの隣にルビーが、対面に姉が座っている。ルビーがいる程度ならまだ想定の範囲だったが姉までいる勢揃いだとは思わなかった。

 

 しばし固まっていると、姉が唯一の開いている席、ルビーの対面で姉の隣に当たる席をぽんぽんと手の平で叩いた。早く座れというジェスチャーか。

 

 観念して席に着く。放課後に学校帰りの高校生四人がテーブルを囲んでいるという平和的で暖かな光景のハズなのにちっとも心は暖かくない。皆無言なのが拍車をかける。

 適当にコーヒーを頼み、熱いカップで冷えた手と唇を温める。

 

「急に呼び出して悪かったな」

 

 口火を切ったのはアクアだった。

 

「いえいえ。そちらこそ大変でしたね。せっかくの旅行なのに」

「……それで、要件なんだが」

「まあ大体予想はついてます。何が聞きたいんですか? 知っている事で、かつ答えても大丈夫そうな範囲でお答えしますよ」

 

 あの烏に何を吹き込まれているか分からないし、暫し様子見をする。

 

「聞きたい事か。オレというより、ルビーがな……ああ、その前に」

 

 アクアは上着の中から紙袋を取り出した。芸能で有名らしい神社の名前が書かれた袋だ。中を開けさせてもらうと、中に入っていたのは厄除けのお守りだった。

 

「疫病神が遠のくと良いな」

「ははは……ありがとうございます」

 

 こんな大量生産品、あれは意にも介さないだろうが、目の前で厄の字をこれ見よがしにぶら下げておけば嫌がらせぐらいにはなるだろうか。

 

「ルビーさん」

 

 こっちから行ってみる。あれに何を吹き込まれてるか分からないし、少し探りを入れてみよう。

 

「この度はご愁傷様で。粗筋は姉から聞きましたが、まさか私もここまでしてくるとは思いもしませんでした」

「あおいさん……疑うわけではないけど、どうしてもあの女の子が言ってたことが気になって」

「あれはこうして引っ搔き回して、あなた達がのたうち回るのを見てゲラゲラ笑っているようなヤツです。何を言われたか知りませんが、話半分で聞いておくことをお勧めしますよ」

 

 ルビーがこちらを見た。

 

「あの女の子が言ってた。あおいさんなら、お姉ちゃんが自殺しそうになる前に何とかできただろうって」

 

 隣で姉がピクリと震えた。

 今ガチの時の話か。あの時の炎上具合は私もリアルタイムで見ていた。たかが事故、しかもやった側は謝罪しているのによくここまで燃やせれるものだと逆に感心するレベルだった。あの頃の姉はもう片時たりとも携帯が手放せなくなっていた。

 

「言い訳に聞こえるかもしれませんが、あの時の姉に私が何言ってもどうせ届かなかったでしょう。ダメだと思っても止められないのがエゴサというものですので。まあ、もう少し何かできたかもしれないのは確かですので、批判は甘んじて」

 

 アクアが助けるだろうから放置しとくのが一番確実、と判断したのが最大の理由であるが、どうせ言っても聞かないという理由も一応あるにはあった。姉は真面目だし、どうしても真正面から受け止めてようとしてしまう人間だ。ただでさえ空回りの連続で焦燥していたタイミングだし、周りが見えなくなっていただろう。

 まあ、どれだけ重ねたところで、結局は原作の範囲内だから触れる気が無かった、というのが全てだが。

 

「他に何か言ってました?」

「……先生の死体の場所、知ってたって本当?」

「雨宮吾郎氏の遺体の場所について、実は正確な所は知らなかったんですよね。病院のある山を探しても無駄とか、洞窟のある祠を探せ、ぐらいは言えますが」

 

 実は、この調査を始めた初期も初期の頃、私は単独で宮崎に乗り込み先回りして遺体を処分しようと考えた事がある。遺体に絡む一連のイベントとその後のルビーの変異を始まる前に潰してしまえればかなりの時間が稼げると見込んでの計画だったが、実行する事は無かった。

 理由は時間がないから。土日を利用して向かおうにも移動だけでほとんど潰れてしまう。ここから遺体を見つけ出し、穴掘って処分するのは無理だ。

 宿泊の問題もある。今どき高校生の一人旅を認めるホテルなんてない。大抵は親権者の同意の証明を求められるが、親へなんと言い訳すればよいのだ。

 そんなこんなで計画は廃案となった。原作通り姉とルビーに見つけてもらう事を前提に考えようとしたのだが、まさかアクアの方を巻き込みに来るとは思わなかった。

 

「どうやって知ったの?」

「黙秘します」

 

 コーヒーを口に含もうとして、カップがもう空になっていたのに気づく。いつの間に飲み干したっけ。もう一杯頼もうかと迷い始めたところに、ちょうど同じものを店員が私の前に持ってきた。

 同じもので良かったか、とアクアが場を邪魔しない小さな声で尋ねた。誰も気付かないうちにお代わりを注文してくれていたようだ。

 

「黙秘って……それを知られると、あおいさんは困るの?」

「困るというより、理解してもらうのが面倒。そこまでして言う必要もない。そしてルビーさん達がそれを知る必要もない。拒絶じゃないですよ。本当に意味が無いからそう言ってるだけで」

 

 この世界が原作ありきの世界だと、原作キャラに教える事に何の意味がある。理解させるのに大変苦労するだろう。そしてその苦労の先にいったい何を得るのだ。ただの徒労でしかない。

 

「あおいってさ」

 

 ここまでずっと黙っていた姉が、ここで口を開いた。

 

「小さい時からずっとそう。都合悪くなると逃げようとする。やる前からどうして決めつけるの? やってみなくちゃ分からない事はたくさんあるのに」

「知らない方が良い事だってあるよ。今分からないなら、ずっと分からない方がいい」

「それを決めるのはアンタじゃない」

「決めつけというよりは、既に知っている側からまだ知らない側への助言かな。この先に見るべきものなんてないよ、ってね」

「向き合うのが怖い?」

「怖い?」

 

 向き合うのが怖い? 確かに怖いがそれがどうした。人間なんて一皮むいた心の底に何を隠し持っているか分からない。業なんてもう山ほど見てきた。生きてる人間も死んだ人間も、ふとした切っ掛けで壊れてしまう。ただ死人の方がタガが外れやすくなっているだけだ。理性を生み出すのは脳だからね。肉体を失えば、あとは感情をセーブできない獣が残るだけ。死して尚、綺麗な愛を持ち続けていられる例外的存在は少ない。

 

「姉さんが何を言ってるのか、よく分からないなぁ」

 

 姉は一度反対側、ただ壁があるだけの方を向いてから自分の分の飲み物に口をつけた。カップを戻しつつまたこちらに向き直る。

 

「……あの女の子ね、こうも言ってたみたいよ。あおいが最初からやる気になっていたら、アイさんは今も生きていたかもしれないって」

 

 ちょっと待って。言いたい放題にもほどがあるよ疫病神さん?

 

 

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