完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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人の形

 

 ルビーは悩んでいた。

 ただ話が聞きたくて呼び出してもらっただけなのに。それ以外の感情が一切無かったと言い切れるか、と詰められれば全く無いとは言えないかもしれないが、少なくともこんな流れにするつもりはなかった。

 

 あおいが帰った後、あかねもまた直ぐに帰ってしまった。残されたアクアに詰め寄るも、アクアは要領を得ない答えを返すばかり。

 

「言い訳に聞こえるかもしれないが、オレだってこんな流れになるなんて予想してなかったんだ」

 

 アクアにしてみれば、元々あかねを呼ぶつもりはなかった。彼女が強く参加を希望したから連れてきたのだ。あかねに何か考えあっての事と信じ同席を許可したが、いざ話を始めてみれば思いもよらぬ方向に向かい出した。しかし口を挟もうにも上手い言葉が思いつかずにいるうちにどんどん話が進んでしまった。

 

「オレが下手に間に入るとあかねが余計頑なになりかねない。話が聞きたいのは山々だが、どう切り込めば……」

「じゃあ私がお姉ちゃんの所に行く!」

「……頼む。同性相手の方が言い易いものもあるだろう。こういう時、あかねはオレと本音で喋ってはくれないだろうし」

 

 ひとしきり言い終えると俯いて何か考え込みだした兄に後を任せ、ルビーはあかねを追いに外に飛び出した。まだそう遠くまでは行っていないだろうあかねを電話で呼び止め、捕まえる。

 喫茶店から通り一つも離れていない道端で待っていてくれたあかねを見つけると、脇目もふらず駆け寄った。

 

「お姉ちゃん!」

「……どうしたの、なにか忘れものでもあった? アクア君は?」

 

 すっとぼけるようにルビーの後ろを見るあかねの腕をルビーは掴んだ。

 

「お姉ちゃん、何であんな言い方したの?」

「あんな言い方? 私なにか言ったっけ」

「だから、その……」

 

 あかねはそっとルビーの耳元に顔を寄せる。

 

「それとも、伝言の話? あれはただおかしな女の子に言われた事を、そっくりそのまま伝えただけ。私の言葉じゃない」

「でも、あおいさんだって怒るかも」

「そうね。怒っても良いと思う」

 

 じゃあどうして、と問うルビーの目とあかねの目が合う。その瞳の奥に何色が秘められているのか、ルビーには読み取れなかった。

 

「でも怒らない。昔っからそう。あおいは私のことどう思ってるのかしら。大げさな言い方かもしれないけど、目を見ながら話してると、本当に私は今、対等な相手と喋ってるんだろうか。私の事、同じ人間じゃなくて動く記号か何かと認識されてるんじゃないか、なんて不安になる事があるの。向こうに聞いてみれば? どうせ私に言われた事なんて気にしてないだろうから」

 

 顔が離れた時にはもう、あかねはいつもの優し気な目に戻っていた。

 

「アクア君には言わないでね。余計な心配かけたくないし」

 

 去って行く後ろ姿を、ルビーはただただ見ている事しかできなかった。

 

 

 

 休暇が終わり、また仕事の日々に戻った後もルビーの頭の片隅にずっと残り続けていた。そんなある日、ユニットでの仕事終わりの車内でルビーは隣に腰かけた有馬かなに肩を揺らされた。

 

「ねえ、最近何か上の空みたいだけど、何かあった?」

 

 出来る限り外に出さぬよう気を付けていたつもりだが、先輩方にはまるで隠せていなかったらしい。前の席からMEMちょも顔をのぞかせている。

 

「あー、えっと……」

 

 何でもない、で誤魔化そうとしたが、ルビーはここで先輩に相談してみるのも良いかもしれないと思った。

 自分一人では答えの出せぬ問題でも、自分よりはるかに多くの人生経験を積んできたであろう先輩方であればどうにかできるかもしれない。

 

「喧嘩の仲裁ってどうやればいいんだろ、って」

「喧嘩? 誰の?」

 

 喧嘩と聞いて怪訝そうな声を上げたのは有馬かなだ。

 

「アクアとあかねが喧嘩でもしたの?」

「お兄ちゃんじゃなくて……」

「なんだアクアじゃないんだ。じゃあ誰と誰?」

 

 アクアとあかねが喧嘩を始めたと思い何故か少し嬉しそうに、そして違うと知って何故か残念そうにした有馬は再度誰の喧嘩なのか問うた。

 

「あかねお姉ちゃんの妹のあおいさんって人がいて、その人とお姉ちゃんが、その」

「妹? へえ、あかねって妹居たんだ」

 

 あかねの妹、と聞いてMEMちょがびくりと体を震わせた。

 

「てか、あかねとあかねの妹の喧嘩ならルビー関係ないじゃない。なんで他所の家の揉め事に首突っ込んでるの」

「それは……」

「はぁ」

 

 言い淀んだルビーを見て、どうやら言えない内容らしいと判断した有馬はため息をついた。

 

「そもそも、喧嘩の原因は何なの。何が気に入らないのかルビーは知ってる?」

「……分かんない」

 

 あかねが何故実の妹を敵視するのか。ルビーはその理由の想像がつかない。

 

「じゃあまずそれを探るところからね。それさえ分かれば妥協点の話し合いもできるでしょ……てか、あかねの事ならアクアに頼めばいいんじゃないの? その妹とやらがどんなヤツか知らないけど、あかねはアクアの言う事なら聞くでしょ」

「その、お兄ちゃんはあんまり頼りになりそうになくって。自分が出てくと余計拗れそうだって」

「その言い方だとなんかアクアも原因の一部みたいに聞こえるけど。ほんと何があったのよ。どういう時系列でどうなってんの?」

「あ、あーちょっと待って」

 

 二人の間に何が起きているのか気になって有馬は疑問符が止まらない。時間の許す限り聞き出したいところであるが、そこにMEMちょが待ったをかけた。

 

「こういうのって、分かりやすい原因が有る事って少ないと思うんだ。日頃のちょっとした不満が積み重なっていってたのが、ある日限界を超えてー、ってなるのが喧嘩じゃない? だから直接の切っ掛けだけ探しても根本的な解決にはならないんじゃないかな。だから、うん、多分アクたんは原因じゃないと思うよ多分。きっとそうだって多分」

「日ごろの不満かぁ……」

 

 多分を三回も使う妙にあたふたした先輩の姿に首は傾げつつも、助言の内容をルビーは噛みしめる。あかねの事も、あおいの事も、自分は表面のほんの一部分しかまだ見れていない。外にいる時には見せない部分の中に、きっとすれ違いの理由があるのだろう。もっと二人の事を知れれば何か気付けるかもしれない。

 

「もっと、お姉ちゃんやあおいさんに話聞いてみる」

「ほどほどにしときなさいよ。そういうの大抵ロクな結果にならないんだから。他所の家族の事なんて」

「でも将来は義理だけど私だって家族になるんだし」

「いやだから、まだそうとは限らないし今は他人じゃん……」

 

 決意も新たに握りこぶしを作るルビーに、有馬が一言添えた。他人の家の事に口を挟むなんて余計なお世話。それはそうかもしれないが、しかしルビーは止まるつもりはなかった。

 

 

 

 

 あれから一か月経った。黒川家もまた新年を迎え、ますます厳しくなる冬の冷え込みの中を忙しく過ごしていた。主に親戚の家に挨拶に行ったり逆に親戚が家に来たりだ。お迎えに当たっては私ら姉妹も当然駆り出しの対象であり、掃除やら料理やらを散々やらされた。

 因みに私が好きに料理を作ると一から十まで酒の肴みたいなラインナップで埋め尽くされる。あまりおせち料理らしくない品々が並ぶことになるが、特に不満は聞かない。まあ、めでたい場に大人どもが集まってやる事なんて一つしか無いからね。そう、酒盛りだ。飲兵衛どもは酒が飲めれば他はどうだって良いのだ。

 それに、おせち料理とは元々新年ぐらいは炊事をサボる為に年末に作り置きをするようになったのがその始まりなのだ。だから新年に食べるために前もって作り置きしたものであるならそれが何であろうとおせちと言い張ってよいのだ。

 

 うちの家族も特に何も言わない。まあ酒と肴を並べておけば酒好きのおっさん連中は大体みんな上機嫌になってくれるからね。ちょろいものだ。隣に座ってお話したり、お酌したり煙草に火を点けてあげたりするともっと上機嫌だ。その流れでお年玉を弾んでくれたら私も上機嫌。我が父も含む酒精と煙草と脂の香り漂う集団に平然と入り混じる私を怪訝な目で見やる視線を母やその他女衆から感じる事もあるが、これはこれで楽しいし実益もあるから。

 

 最近は職場の飲み会とかを嫌う若者も多いらしいが、なんと勿体無い事かと思う。適当にうんうん頷いているだけで上司先輩同僚からの好感度をもりもり稼げる上に酒と飯まで付いてくるのだ。最高のボーナスステージじゃないか。ここで稼いだ好感度が将来己を助ける可能性を思えば割り勘など安いものだ。これも一種の未来への投資である。

 

 こと料理の分野に関しては姉妹の中では私の方が上だろう。手抜きが嫌いな性分なのか、姉の方に料理をやらせるとやたら凝ったものを作りたがる。もちろん美味しいのだけど、毎日毎日こんな手間かかるもの私は作りたくない。母も同意見だ。とはいえその路線自体は否定しない。手を抜こうと思えば幾らでも抜けるし、手を掛けようと思えば幾らでも手を掛けれるのが家事というものだ。

 

 

 親戚の集まりが終わればその後は毎年恒例の家族旅行だ。今年もアメリカだと言うのでまた避寒目的のハワイかと思ったが、行き先自体はまだ決めていないらしい。観たい物有るか、と父に聞かれたのでコネチカット州を希望した。目的は勿論、あの有名な博物館である。前世の頃から一度行ってみたいと思っていたが、機会も金も英語力もないうちに博物館が閉鎖してしまった。しかしこっちの世界ではまだまだ開いている。

 数ある呪いの人形の中でも伝説級との呼び声高いあの人形に対面した感想だが、思ったより普通だった。見ていても特に悪い感じは受けないのだ。もしかしたらこの子は目が見えていないのかもしれない。だから触れられるまで近くに人がいる事を認識できないのかも。

 一緒についてきた父は博物館の雰囲気に呑まれたのか居心地悪そうにしていた。

 父以外はついてくる気もなかったのか一足先に本来の目的地であったお隣の州、ニューヨークに移動して楽しくやっていた。本当は父も来たくは無かったが、私を一人放置するわけにもいかないので我慢してついてきたらしい。付き合わせてごめんね。

 

 

 そんなこんなで忙しい睦月を過ごしたのだが、その間アクアから例の件に関する連絡は来なかった。犯人知りたさで社長を大至急捕まえに行くだろうと予想したが、手間取っているのだろうか。

 別に急ぐ理由もないからと気長に待っていたら、別の所から別の連絡が入ってきた。住職の所に新しい相談者がやって来たらしい。向こうは何時でも会えるらしいので、さっそく明日の昼に寺に来るよう伝えてもらう。さあ仕事の時間だ。

 

 

 

 日曜日ののどかな昼過ぎ。いつもの寺に着いた私の前に現れた今回の依頼者は大学生の男性だった。都内ではなく隣県からわざわざお越しになって頂けたらしい。

 

 住職と共に話を聞けば、二十歳になったばかりとの事。成人式で再会した懐かしい顔ぶれと夜遅くまで酒を酌み交わしながら近況を語り合っていたら、誰が言い出したか皆で肝試しに行こうとか馬鹿な流れになった。彼の住む街には『出る』と地元で噂の無人の家があるようで、そこへこの寒い中突撃してきたようだ。

 

 その肝試しからしばらく経ったある日の晩、異変が始まった。

 眠る度に夢を見る。夢の中で自分はゆっくりと見慣れた街の中を足を引き摺って歩いている。一度目は変な夢を見たな、としか思わなかった。二度目でこれは一度目の夢の続きだと気付いた。三度目……この頃には老人だと分かったそれは自分の住んでいるアパートの前で足を止めた。三度目の夢から目覚めた朝、彼は家を飛び出し、友人宅に転がり込んだ。

 アパートに寄りつかず、知人宅やネカフェで寝泊まりする今も夢は続いているようで、家の前でひたすら待ち続けていて、しかも何日も待っているうちに怒りまで感じ始めているらしい。

 

 原因についてははっきりしている。彼自身は酔っていてあまり記憶がはっきりしないので、一緒に突撃した馬鹿仲間にあの晩自分が何をしていたか尋ねたところ、家の中で拾ったボロボロの人形がなぜか気にいったようで上着のポケットに入れて持ち帰っていたと教えられたらしい。

 さらにもう一つ教えられた。どうやら仲間たちも同じような夢を見たらしい。しかし違う点があり、それは家の前までは来たものの、その何かはそのまま帰って行った。いつまでも居座られているのはお前だけ、という点だ。

 

 

 じゃあその人形とやらをさっさと返しに行けよ、となるのだが、情けない事に怖くて家に近寄れないらしい。周囲を頼る事も考えたが、実家の親はオカルトを信じない系の人らしく頼り辛い。また一緒に行った仲間からも、自分らも怖いからあそこ行きたくないと断られたらしい。

 しかし何時までもこんな暮らしをするわけにもいかず、対応してくれそうな専門家をネットで探していたらこの寺の噂を知った。それで縋りに来たようだ。

 

「えーと、要するにその人形を回収して、代わりに返しに行って欲しい、と。依頼内容はこれでよろしいでしょうか?」

「……はい」

 

 まあ、依頼料プラス返却代行手数料ちゃんと払ってくれるなら情けなかろうが別にいいけど。依頼料の中にはお寺への場所代も含んでるからそれなりの額になるよ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「待ってください」

 

 早速現地に向かおうと立ち上がった私を制したのは住職だった。

 

「どうしました?」

「今から向かっていたら日が暮れますよ。日を改めませんか?」

 

 日を改めようと言われても、明日は月曜だ。放課後になってから向かっても同じ事。朝から行ける日となると次の週末になってしまう。依頼者が後一週間震えて待っていてくれるのであれば別に私はそれでも構わないけれど。でも怒っているとか言っていたし、あまり時間を掛けない方が良いのは間違いない。

 

「早い内が良いでしょう。これ以上悪化されても困りますし」

「そうですか。では私が車を出しましょう」

「良いんですか?」

「ええ。お気になさらず。そんな時間に送りもしないなんて私が家内に叱られますよ」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 送ってくれるというので乗せていってもらう事にする。

 初めて中に乗った住職愛用の軽自動車は、何と言うか、非常に凄かった。『自動車』ってこんな乗り物だったっけ?

 運転席にはやたら計器類が多く、運転席というよりコックピットとでも呼んだ方が正しそうな光景となっている。そんなに何を表示したいのかと思うほどに。シートも柔らかさの欠片もない、それでいて体を包み込むような構造の物だ。バケットシートと言うらしい。

 これだけ弄るのには相当に金がかかっただろう。

 

「正確には憶えていませんが、だいたい三百ぐらいは使ったかと」

 

 一昔前の軽自動車にここまで突っ込むか。よくやるなあ。

 

「いえいえ、こんなのは可愛いものですよ。上には上がいるとよく言うでしょう」

 

 そういうものなのか。よく分からない世界だ。

 

 

 

 移動しながら依頼者にその心霊スポットに関する噂についてもっと詳しく説明を求めた。

 

 彼曰く、何十年か前にどこかの事業で成功した成金が建てたらしいが、ある日急に皆夜逃げして誰もいなくなった家である。家の中をさ迷う女性を目撃したとする証言が彼の周りでもいくつかあるようだ。

 その女性はたださ迷っているだけで、常に背中を向けてこちらから遠ざかるように歩いている。追いかけようとしても必ず見失うので、誰も正面からの姿は見た事が無い。

 

 噂として若者たちの間に流れているのはこれでほぼ全てであるが、その後に彼はさらに付け足した。

 

「えーと、大学の先輩に、霊感持ちを自称してるちょっと変わった先輩がいるんですけど、その人が言うには、あの家にはもう一人、老人がいるらしいんです」

「老人?」

「女の方はただいるだけで無害だけど、老人の方は本当にヤバい。もしそっちが出てきたら逃げろ、ってあの家に行こうとするヤツを見かけると必ず注意しに来るんですよ。でも老人を見たなんて話は聞いた事無いんで、誰もまともに相手してなかったんですけど」

「そう言えば、夢で出てきたのって」

「はい。あの家に本当に老人がいたんですよ。しかもその先輩の言う通りなら、その老人ヤバいらしいじゃないですか。そんなのを怒らせちゃってるなんて……」

 

 なるほど、変人扱いされていた自称霊感先輩だが、能力自体は本物であった。ならばもう一つの方も恐らく正しい。その老人とやらは本当に危険。それでこの怯えよう、と。

 

 

 

 二時間も車に揺られただろうか。冬らしく早くも日が落ちる気配を見せ始めている閑静な住宅街の一角に車を停め、私だけ降りる。後部座席に乗っている依頼者の道案内が正しければ、あと一つ角を曲がればもうそのアパートが見えるはずだ。

 依頼者には車の中にいてもらう。もしまだ家の前に居座られているのだとしたら、彼は家が見えない場所にいてもらった方が良いだろう。こちらから見えるという事は向こうからも見えるという事だ。

 

 

 角を曲がり、見えたアパートの二階目指して階段を上がる。今のところ、部屋の前に何かいる感じはしない。人一人分の幅しかない通路を歩いていると、女性のようなものとすれ違った気がしたが、そんな所に生きた人間などいるわけないので無視する……私が無視したんだからアイさんも無視してください。会釈されたからって会釈を返さなくていいですから。

 

 預かった鍵で一番奥の部屋に入ると、しばらく掃除されていない故の少し埃っぽい空気に出迎えられた。

 部屋自体は綺麗と呼べるほど片付いてはいないが、しかし散らかっているわけでもない。ゴミの山をかき分けながらの探し物にはならなさそうだ。

 

 探し物自体はすぐに見つかった。押入れを開けたらそこにあった。着物も髪も擦り切れた古い日本人形だ。取り敢えずここに放り込み、そしてそのまま忘れていたのだろう。こいつの周りだけ何か空気が違うし、さっきから何か人形に視線を注ぐ気配を感じるから多分これだ。私がドアを開けた時に一緒に入り込んできたのであろう。気にしない気にしない。

 

 押入れの片隅にいわゆる『ジョークグッズ』の一団が隠されていたのもついでに見つけてしまったが、これは見て見ぬふりをしてあげるのが大人の情けか。

 

 

 

 そこからまた依頼者の案内で例の家にやって来た。ツタの生い茂った門の前に立つと、薄く開いた玄関の隙間から何か見られているような感じがする。雰囲気だけはたっぷりないつもの心霊スポットなら良かったが、これは悪い方向に予想以上な感じだ。

 

「ここですか。視えない私でも、あまり近づく気がしないですね。黒川さんはどうです。何か感じますか?」

 

 住職でも流石にここは気持ち悪く思うらしい。私も同感だ。これはちょっと不味い。

 

「例の老人でしたっけ。早急に何とかした方が良いんでしょうけど……」

 

 こいつも相当強い存在だ。アイさんが近くにいれば大抵の相手は手を出してこないだろうと高を括っていたが、これはヤバい。こいつと戦り合ったらおそらくアイさん負けるぞ。

 でもそこまで力の差は大きくない。潰し合えば最終的には勝てるだろうが、向こうも無事ではすむまい。そこまでリスク負ってでも襲う理由が無い間は仕掛けては来ないだろうけど。これまで何度も肝試しグループがやって来ていただろうにそういう犠牲者が出ていない辺り、こちらからちょっかい掛けない限りは何もしてこないタイプのハズ。

 

「まあ、今はこの人形を何とかしましょう」

「そうですね。では行きましょう」

 

 あれ、住職も来るのか。車エンジンかけっぱなしで離れるなんて不用心過ぎません?

 

「黒川さんの口から不用心だなんて単語を聞けるとは思いませんでした」

「それはどういう意味で?」

「心霊云々は抜きにしても、夜の廃墟なんて若い娘さんが一人で来るような場所ではありませんよ。知らぬ人間に呼ばれて当たり前のように会おうとしますし。貴女の辞書はそういう単語が軒並み欠落しているものだと思っていました」

 

 むう。まあそういわれると返す言葉も無いが。住職にうちの寺使って良いよ、と言われる前は普通にその辺で待ち合わせして依頼者と会ってたし。

 

「ま、まあ、行きましょうか」

 

 やたら大きな音を立てて軋むドアを開き、一歩だけ中にお邪魔する。玄関から真っすぐ奥へ伸びていく廊下が見える。

 人形の足をハンカチで拭き、床にそっと置く。後ろ姿しか見えないと噂の女性らしき姿がさっきから廊下の奥から顔だけを出してこちらをガン見しているが気にしてはいけない。

 

 安息に少しでも近づければ、と住職と二人でお経も唱えてみるが、変わったような気がしない。

 

「……どうです?」

「あまり効いてなさそうですね。まあ、人形は返したので取り敢えず様子見ですね」

「人形はここでよろしいので?」

「後は自分で歩いて帰るでしょう」

 

 そもそもどこにあったのか分からないし。後は歩くなり女か老人が拾いに来るだろう。

 

 家を辞し、背を向け歩いていると急に風が吹いてきた。背後で気配が動いたので振り向いて見ると、ドアが叩き付けるような大きな音を立てて閉まった。あのドア、さっき閉めたはずなんだけど。

 侵入者を拒絶するように固く閉じられたドアと、その奥の気配。件の依頼者が近くにいる事自体は気付いていると思うが、家の中から出てくる気は無いようだ。二度とこの家に近付かないようにしていれば依頼者の方も安全だろう。

 

 暖房の効いた車に戻ると、狭かろう車内で待っていた依頼者に結果を聞かれた。

 

「もう二度とここに来なければ大丈夫でしょう。もしまだ何か起きるようであればまたご連絡ください」

「良かった! ありがとうございます、本当に助かります」

 

 暗い車内では見えないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。目元を拭う様な動作をした依頼者に何度もお礼を言われていると、ポケットの中で携帯の震える感触があった。

 

「いえいえ……ん?」

「どうしました」

「いや、何でもないです」

 

 アクアからの短いメッセージだ。ようやくあの人を捕まえたらしい。真実なんて永遠に闇の中でもいいのに。

 もし真相がほぼ予想の通りだったらどうしようか。こんなのどうやってあの双子に伝えれば良いのやら。二人とも間違いなく大きなショックを受けるだろう。兄の方は万に一つ、それがどん底の中に輝く希望として逆に救いになる可能性が無くも無いが、妹の方はどう転んでも悲しい思いをするだろう。その前に、まず二人ともこんな結末は頑として認めたがらないだろうけど。

 

 あーやだやだ。何でこんな面倒な事に関わってしまったのやら。

 

 

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