完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
拙作最大の独自設定が出ますのでご注意ください。
読者よりご意見がありましたのでここに追記。
星野アイが幼少期に虐待を受けていた事及び発達障害者であるという設定を採用していないという事をここに明記しておきます。
設定を無視している、というよりはその設定がなければ成立しないようなギミックを採用していない、ですが、意味合い的には大して変わらないのでそんな設定は最初から存在していないという扱いになっている認識で結構です。
繁華街の片隅でひっそりと営業する『BARさみだれ』の店内は夕方と言うまだ早い時間帯にも関わらず賑わっていた。
眼鏡をかけた短髪の女性マスターが油のはじける気持ちの良い音を立てるフライパンに向かいながら、カウンターの向かいに居座る迷惑客どもに悪態をついた。
「おたくら看板に何書いてあるか読めないの?」
「BARさみだれ」
「そうよ。ウチは飲み屋であって定食屋じゃないのよ! ついでに言うとまだ開店の時間でもないし!」
「す、すまんマスター。せめて酒も頼むから勘弁してくれ。麦で」
「はい麦。夕飯なら外で食ってきなさいよ。2軒目3軒目で来るのがBARでしょ!」
麦焼酎の水割りがうっすらと無精ひげを生やした男の正面にそっと置かれた。
「あ、じゃあ私ウィスキー、ロック」
「抜かせ未成年。水でも飲んどけ」
その隣に座る高校生ぐらいの女の前にはウーロン茶が置かれた。水と言いつつお茶ぐらいは出してくれるのはきっと優しさなのだろう。
「すいません無理言って」
奥のボックス席に座った青年が文庫本を片手にお冷をちびちびと飲みながらマスターに声を掛ければ、マスターはスープの入った鍋をかき回しながら吠え返す。
「ホントよ。常連だから特別にワガママ聞いてあげてるけどさ。落ち着いて話ができる静かで暖かい場所が欲しいなら喫茶店でも行けっての」
「人目のない場所が欲しかったもので」
「じゃあ自分ちは?」
「家には姉がいるので」
「ああ、そう……」
諦めた様にフライパンに向かい直し、火を止めてその中身を二枚の皿に均等に移す。これにスープと白いご飯、漬物を添えれば完成である。
「はい、肉野菜炒め定食が二人前。ほんでボトル。あとはごゆっくり」
カウンターの上に中身が3分の2ほど残されているキープボトルのビンを置くと、マスターはそのまま店の奥に引っ込んでいってしまった。まだやらなければならない事が残っているのだろう。
熱々の油を身にまとう肉と野菜を割り箸で一掴みして口へ。ピリ辛な味付けと肉の旨味が口内に広がる。ご飯にもお酒にもよく合いそうだ。ここにハイボールでもあったら最高だ。
ご飯も硬めに炊かれており実に私好みだ。あっさりしたスープで辛味の残る口の中を洗い流しながら米と肉野菜炒めのループを楽しんでいたら、あっという間に皿が空いてしまった。あのマスターさんBARじゃなくて定食屋やった方が儲かるんじゃないだろうか。
「やっぱマスターは料理上手だな」
隣で焼酎のボトルを手酌している男性は言うまでもなく斉藤壱護元社長その人である。10年以上も失踪していたはずなのにその身なりは綺麗なものである。
「ですね。さすが一家で御用達のお店。旦那も奥さんも義理の息子もここの味がお気に入りになるわけです」
「ちょっと待て今奥さんって言ったか?」
「いいましたよ。奥さんもちょくちょくご飯食べに来ているみたいですね。そのうち鉢合わせるんじゃないですか?」
「おい、アクア。今のは本当なのか」
椅子の上で体をひねり、奥で一人読書中のアクアに声を飛ばす。
「……気になるなら、自分で聞いてみたら?」
「できるわけないだろ!」
アクアは本から目を上げすらしない。斉藤元社長は正面を向き直すとグラスを煽った。
グラスが空になったので、すかさず私がボトルを構える。
「どうぞ」
「悪いな」
たっぷり入れたグラスを元社長が傾けだしたのを確認してから、私も自分のコップを手元に持ってくる。その瞬間、私の手にあったボトルが横からひったくられた。
「っておい、何しれっとウーロンハイ作ろうとしてやがる」
「バレちゃいましたか」
ボトルが元通りカウンターに置かれ、無言で各々が自分の飲み物に口をつける。名も知らぬ洋楽が小さく流れる静かな店内がしばらく続いた。
「……で。黒川あおいとか言ったか。アクアに頼んでオレを探させてたらしいが、こんな職も家もないおっさんに何の用だ?」
酒が回りだしたのかやや赤らみだした顔をこちらに向ける。
「どこから聞きつけたのかは知らねぇが、えらく昔の事件を熱心に調べてるらしいな。それ絡みか?」
「ええ、まあ」
「いまさら話せる事なんかあると思うか」
「あると思いますよ、色々と……でもその前に」
私はアクアのいる席へと向かい、本から顔を上げた彼と目を合わせる。
「申し訳ないですけど、少し席を外していてもらえませんか?」
「……そんなにオレに聞かせたくない内容なのか?」
「まあ、そう言う事で。いつかは言わないといけないのでしょうけど、今はまだ」
「そうか」
アクアは本を上着のポケットに押し込むと、やけに素直にそのまま店を出てくれた。アクアにとって犯人特定は人生を掛けた宿願だろうに。何が何でも会話を聞こうとするかと思っていた。まあ、離れてくれるのは私にとっては良い事だけど。
「さて、これで二人きりですね。お互い、あの双子の前だと話しづらい事がたくさんあるでしょう」
「……」
無言でただグラスを傾けるだけの元社長の隣に腰を下ろす。
「おい」
まず何から話そうか、と考えていたら向こうに先に火ぶたを切られてしまった。
「何でしょう」
「オレに二つほど質問がしたいとアクアに言ったらしいな」
「はい」
「何故オレに聞くんだ。犯人が確定するなんて、まるでオレが犯人が誰か知ってるみたいな言い方じゃねぇか」
「知ってるんじゃないかと私は思ってるんですけど」
「仮に知っていたとして、オレが指くわえて見てると思うのか?」
「殺したいほど憎いでしょうね。でも、それができない相手だったとしたらどうでしょう」
ぎしり、と椅子が音を立てる。元社長は真っすぐ私を見据えていた。
「質問ってのは何だ」
「ではまず……双子の父親が誰か、気付いていましたか。今じゃないですよ。妊娠した当時です」
最初の質問は、元社長は当時、アイの相手の男が誰か知っていたか否か。今は気付いているだろう。そも成長した今の双子の顔と当時の劇団メンバーを比較したら誰が怪しいか絞り込めるし。
「アイの相手か……で、二つ目は?」
微動だにせず、じっと目も離さず、彼はその先を求めた。でも先にこっちに答えて欲しいのだけれど。
「あの、一つ目の質問の答えはイエスですかノーなんですか? ノーだった場合、二つ目の質問をする意味が無くなるんですけど」
この二つは繋がっているから、最初の方がノーならもう話が終わってしまう。
「いいから、早く続きを言え」
しかし、彼は答えてくれない。据わった目が突き刺すような視線を放つ。
沈黙は肯定。そういう意味だと捉えていいのだろうか。
「じゃあ、二つ目です」
何だか口が渇いてきた気がするのでウーロン茶を一口含んだ。
とうとうこの時が来たのか。
この予想が外れていたら私は頭を抱える。他に犯人なんて思い浮かばないから。
この予想が的中だったら私は頭を抱える。ここからどう収拾つけるか考えないといけないから。
斉藤一護はアイを殺した相手を酷く憎んでいた。
しかしどうして妻にも告げず失踪したのだろうか。まるで逃げるように。
失踪した挙句、突然再登場したかと思えば釣りに飲みにと時間を持て余しているような生活を送っている。とても復讐を誓った鬼とは思えない。まるで犯人など探す必要が無いかのようだ。復讐に生きていたのではなかったのだろうか。
社長時代に築いた人脈や知見。星野アクアや黒川あかねよりずっと多くの武器を持っていたであろう男が10年以上調べ続けて、本当に何の成果も出ていないのか?
そして、原作でアクアに向けた言葉。
なぜ父親にこだわる。事務所の中に裏切り者がいたのかもしれない……この言葉の意味とは。事務所の中に怪しい人間が、やりかねない人間がいるかどうか。この男に分からずして誰に分かるというのか。
空になるまで飲み干したコップを置く。
大きな声でなくとも伝わるように、社長の傍までぐいと近づく。
「事件が起きる少し前、社長に連絡を取ろうとしてきた人物がいたかもしれない」
二人の死。二人の生まれ変わり。ここから始まる物語。
そんな【推しの子】の大前提となる部分。実はウソはもうこの時から始まっていたとしたら?
その部分に疑いを持った時、双子の出生の秘密を知り、住所を入手できた人物がもう一人現れる。
「貴方の元に、どこぞの産婦人科医を名乗る男からの接触がありませんでしたか?」
私のたどり着いた結論。
真犯人の名は『雨宮吾郎』。
あの晩、カミキに襲われるも彼は辛うじて生き延びていた。その後、星野アイ殺害を行い、そして事件を通して生存に気付いたカミキによって今度こそ念入りに、計画的に殺された。この時の経験から、カミキは殺人の際には対象の絶命をしっかり確認するようになった。
斉藤元社長の顔が歪んだ。振れた指先が空のグラスにぶつかり涼やかな音が鳴り響いた。
ああ、やっぱり、そうなんだな。
アイ本人からの流出を、カミキ犯人説を除外した時点で住所の入手手段は大きく限られてくる。数少ないルートの一つがこの男だ。
じゃあ誰ならこの男から聞き出せただろう。その候補もまた、そう多くはない。例えば、大きな弱みあるいは恩義がある相手だとか。これと双子の出生の秘密を組み合わせられるのは一人しかいない。
何故全てを投げ捨て消えたのか。実の子も同然に気にかけ面倒を見てきたアイの死に、己も関わってしまっているからだ。元凶の分際でのうのうと社長を続けるなどできなかった。
何故犯人を捜さないのか。そして、殺しに行かないのか。仇は既に死んでいるからだ。故人をいくら捜しても成果など出るはずが無い。
そして、事務所の裏切り者とは、他ならぬ彼自身の事だったのだ。
全ての真実が明らかになった時、兄はどう思うだろうか。
己の前世だと信じていたものが、実は植え付けられただけの他人の記憶だったなんて。
妹はどう思うだろうか。
最愛の兄こそが、最愛の先生の生まれ変わりなのだと信じていたのに。
ルビーはどう思うだろうか。
『アイが自分を殺した男を許すかどうかですべてが決まる』
未来で作られるかもしれない映画でアイの役を務めるであろう少女。最愛の母を奪った最愛の『せんせい』を、少女は許すだろうか。それとも、許さないだろうか。
アクアはどう思うだろうか。
『演じる事は復讐』
前世を持つ転生者である事はその前世側の生存で否定された。しかし、いまさらただの『星野アクア』として生きるには邪魔なものが染み付き過ぎている。
この先の人生を、いったい何者として生きるのだろう。
もう一杯何か欲しかったが、手に取れる位置には飲めるものが何も見当たらない。コップの底に氷が解けてできた水が少し溜まっているが、これっぽっちの量では渇きの足しになりそうにない。
飲むのは諦めて隣へ向き直ると、元社長はグラスにどばどばと酒を注ぎ、一息に飲み干しているところだった。
「……あんた、事件についていろいろ知っているらしいな」
より一層据わった目と赤い顔をこちらに向け、小さな声でぼそりと喋る。
「さっきはオレが質問に答えたんだ。今度はこっちが聞いてもいいだろう?」
そう言うと、こちらの返事も待たず話し始めた。
「あいつは、どうしてこんな事をしたんだ。オレはあいつを探し出して、それを聞き出したかった。その上で殺してやるつもりだった。でもその前にあっちが先に死にやがった。アクアらが死体の発見者だっていうから話聞いてみたら、死んだのは16年ぐらい前だろうってやけに自信もって言いやがる」
そりゃあ、アクアに聞いたらそう言うだろう。アクアにとってはそうなんだから。
しかし、16年前だろうと12年前だろうと白骨化するには十分な年月だ。専門家がちゃんと調べれば分かるだろうが、その調査結果をアクア達が知る事は無い。
「でもそれはありえねぇんだよ。あれは間違いなくあの時の担当医だった。もう何がどうなってんのかわかりゃしない。なあ、もし何か知ってるなら教えてくれよ。この事件の影で何があったんだ」
事件の影で何があったか。そして雨宮吾郎の動機。
私の予想で良ければ話すことはできる。しかし、それをやるとますますこの人を追いこみそうだ。
これを仕組んだであろう疫病神に言いたい。
貴女が原因なんですから責任もってちゃんと風呂敷たたんでください。これをショックを最小限に抑えながら双子に教えるなんて役割私やりたくないんですけど、と。