完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
ゴロー先生はなぜこんな事をしたのだろうか。死人に口はない以上もはや聞くことは叶わないが、ひとつ考えつける動機はある。
ポイントは病院での襲撃だ。誰がアイの入院先を漏らしたのか。全力で隠蔽していたゴロー先生観点で考えた場合、該当しそうな人物は一人しかいない。
ゴロー先生のやりたかった事は斉藤壱護への復讐。彼に最もダメージを与える手段として、彼が己の命よりも大事にしているであろうアイを襲う。
以前から疑問だった。なぜ犯人はあんなやり口を選んだのか。どうしても殺したいならもっと確実な手がいくらでもあった。なのに実際に行われたのは成功よりも失敗の確率のほうが高そうな手だった。
もしどうしてもあのやり方でないといけないとしたら。住所を聞き出し、ストーカーを使うことにこそ意味があるのだとしたら。殺すつもりはなく、むしろ失敗してほしいのだとしたら。
「双子が生まれた運命の夜。雨宮吾郎は病院を出た際、不審な男と遭遇しました。逃走する不審な男を追って山に入った先生は、そのまま帰らず失踪となります。この不審な男は、4年後にとある現役アイドルの殺害を行ったとある熱狂的なファンと同一人物である可能性が極めて高い」
「お、おいそれって……」
「ここから分かることは、彼女の入院先と予定日を外部に漏らした何者かがいること」
ゴロー先生が斉藤壱護を漏洩犯と睨んでいたのなら、あの犯行の流れに意味を持たせられる。
あの社長が喋ったから、病院にストーカー男が現れた。そして自分は今こんな目にあっている。
自分がやられた事と同じ事を、そっくりそのまま返してやる。社長自身の口から彼女の居場所を流出させ、そこにあのストーカーを送り込み、彼女に危害を加えさせる。己の愛するものを己で害した罪を一生背負わせてやる。
危害を加える、あるいは加えられそうになったという事実が作れればそれで良い。だからストーカー男の手口がどれだけ杜撰で稚拙であろうとも問題はなく、むしろ不確実であればある程望ましい。
そしてその後、ストーカー男が、そして己がどうなろうとも構いやしない。ただ人ひとりを襲ったというだけではない。心を焦がしてくれる美しく尊い唯一の存在を襲うという行為をしておいて、無事でいられるとは思っていないし、無事でいたくもない。
しかしその杜撰で稚拙だったはずの犯行の奇跡的な成功、言わば一番大事な場面の判定でファンブルを引き当ててしまったのがただ一つの誤算であったか。
「……」
元社長の顔に一筋の汗が流れた。これだけで、もう彼のやりたかった事がだいたい理解できてしまったのかもしれない。
「まあ、全ては私の妄想ですけど。あの犯行手口でなければならない理由を探していたら、この可能性にたどり着いたというだけで」
「……オレが目的だっていうなら、どうしてオレの方に来なかったんだ」
「殺すまでする気は無かったか、もしくは死んで終わりじゃなくて、生きて苦しみ続けさせたかったとかじゃないですかね」
カミキの存在をゴロー先生は知らなかったから、そっちには恨みの矛先が向かなかった。斉藤壱護とストーカー男に十字架を背負わせる目的の犯行だったとすれば、むしろよく考えられた犯行ということになるのかもしれない。
「その件、警察には?」
「言ってない」
「でしょうね」
警察になど言うわけない。本当に警察に捕まってしまったら困るのだ。アイの仇に檻の中へ行かれてしまったら殺しに行けない。
一人しか殺していない殺人犯に死刑が宣告されることなど滅多にない。数十年の懲役程度では社長の気が済まないのだから。
「……オレが喋らなきゃ、アイは死ななかった。娘も同然に思ってたはずの相手を殺しておいて、たった一つの生きる目的も失って」
彼は愛用のサングラスを外した。初めて直に見る瞳はどんよりと曇り、何も映していない。
「なのに今もオレはのうのうと生きている。ここもアクアに紹介された店さ。オレに、アクアたちの前に立つ資格なんてあるわけないのによ。嬢ちゃんはそんなオレの事、軽蔑するか?」
「別に」
「別にって」
「そのままの意味ですよ。加担したことに罪の意識を感じてるならマシな方じゃないですか。私、もっと下を何人も知ってるんで」
霊能者やってれば、もはや人とすら思いたくもないおぞましいものに出会う事だってたまにある。同業からもそういう話を聞いたりするし。
「それに、アイさんが生きていたとも限りませんしね。アクアさんにも言いましたけど、狙っていたのは一人じゃなかった。もう一人、彼女を殺そうと準備を整えていたカミキさんって方がおられるんですよ。ちょっと出遅れたせいで獲物を横取りされてしまいましたが」
「カミキだと……!」
「因みに、カミキさんの方にはアイさんが直接住所教えちゃってるみたいですね。なので社長が喋らずとも結果は変わらないかと。まあ、今更それを言ったところで何の慰めにもならないでしょうけど」
店の外が少しだけ賑やかになってきた気がする。そろそろ夜の街が動き出す時間のようだ。こちらもそろそろお開きにすべき時か。
「今日の話は、双子には言わないでくださいね。話すにしてももう少しタイミングを見計らう必要がありますし」
「……この情報を、何に使う気なんだ?」
「いつか、受け入れられそうになったら二人に話します。私自身は犯人なんてどうでもいいですけど、真相不明のままだと二人がいつまでたっても前に進めないでしょう」
「どうでもいいって……じゃあお前は一体何がしたいんだよ。そこまで献身してやるほど仲が良いってわけでもないんだろう」
「私はただ、いつまでたっても親の死から立ち直れずにいる息子をどうにかしてくれ、と頼まれたからやっているだけですよ」
財布から二千円を取り出し、カウンターの上に置く。定食の値段が分からないが、これぐらいあれば流石に足りるはず。
「何の希望も目的もなくただ生きてるのは辛いでしょうが、もう少しだけ我慢していてください。そう遠くないうちにアクアさんが貴方に仕事を頼みに来ると思いますから、それを手伝ってあげてください。それが終わった後はどうぞご自由に」
この話をしている間、カウンターの向こうで飽きもせずじーっと社長を間近で眺め続けていたアイさんを見る。その光のない闇を湛えた眼窩には相変わらず何の感情も浮かんでいるようには見えない。
「一つだけ言い残していきます。もしかしたらあなたは自分がアイさんに恨まれていると思っているかもしれませんが、向こうはそんなこと思ってないみたいですよ」
イスががたりと音を立てた。社長は驚いたような目でこちらを見ている。
「なぜ分かるんだ、とでも言いたげですね。まあそれは秘密ということで。では」
羽織ってきたコートの襟を正し、質素なデザインのドアに手をかければ、背後にアイさんの気配が寄ってくる。
ゴロー先生の話にも、社長にもアイさんは特に反応を見せなかった。社長の顔はずっとのぞき込んでいたから縁のある相手だと認識はしているようだが。
もう本当に、自分の死については吹っ切れているのかもしれない。子供がもう少し真っ当になればさっくり成仏してくれそうだというのは今日一番の収穫だろうか。
一階に向かうエレベーターの扉が開くと、そこはカラスの溜まり場だった。コンクリートの床や、一帯を照らす照明、エレベーターや階段を見張る監視カメラの上にとまった幾匹ものカラスの群れの中には、もはやお馴染みと化した少女の姿がある。
「はぁいお疲れ様。目の付け所は悪くなかったんじゃない?」
濡れ羽のような艶のある黒色の、もこもことした暖かそうな生地のブルゾンを身にまとった疫病神さんがお出迎えしてくれた。
「良い服着てますね」
イヤーウォーマーにマフラーにと全身しっかり防寒された疫病神は、そうと知らなければ普通に可愛らしい、けどどこか儚げな幼子だ。なまじ素材が良いだけにこのままファッション誌に出られそうな美しさがある。
「欲しいならあげようか?」
「いや、着れないでしょどう考えても」
疫病神はマフラーの下からにっこりと小さな歯を輝かせた。貰ってもサイズが合うわけないし、どこで売ってたかの情報だけで十分だ。
「昔の人はこう言ったわ。体に服を合わせるんじゃない。服に体を合わせろと。貴女もこれが着れるようになればいいじゃない」
それは今のように衣服の供給が潤沢じゃなかった時代の話でしょうに。
というか、着れるようにするってどうやって。それを着るには、私がその大きさにまで縮まないといけない。
まさか。
「もう一回転生してこいと? それはご勘弁願います」
「あら残念。私は年中受け付けてるから、したくなったらいつでも言ってね」
私が歩き出すと、疫病神も隣に寄り添ってきた。彼女が動くと共に辺りを埋め尽くしていたカラス達は一羽として鳴くことなく、粛々と月を目指して飛び去って行った。
因みにアイさんは疫病神が視界に入った瞬間にどこか行った。こいつが帰ったらアイさんも帰ってくると思う。
「で、どうしてここに?」
「私に何か、言いたいことがあるんじゃないかと思ってね」
言いたいこと、か。まずはシンプルに。
「これで合ってるんですか?」
「まだ答え合わせをするには早すぎる、とだけ答えて上げる。他には?」
「……そうですね。思ったんですけど、アクアが一人でなんでも背負い込みたがる性格なのを承知の上で、独力では絶対にたどり着けない場所に正解を置くのは意地悪じゃないんですか?」
「別に他人の力を借りることを禁止なんてしてない。まあ、受け入れられなくて折角手伝ってくれた仲間と喧嘩別れしちゃうぐらいは期待してたけど」
絶対に喧嘩になるだろうね。アクアにしても、ルビーにしても。ゴロー先生が黒幕だなんて絶対に認めるわけがない。
そして、二人の周りにいる人たちもまた、一度や二度喧嘩したぐらいで諦めるようなやわな根性はしていない。有馬かなも、黒川あかねも、しつこいぐらいに寄り添ってあげるだろう。
もっとも、本当の意味でアクアの苦悩を分かってあげられるのは同じ転生者であるルビーだけであり、しかしそのルビーは頼れない。同じ生まれの仲間であり、愛した人の生まれ変わりと信じていたたった一人の大事な人が、本当はそうではなかった。彼女がその時どんな反応を見せるかはその時にならないと分からない。
「もう一つ聞いていいですか?」
「なあに?」
「どうしてアクアにそこまでするんです? 転生の手間賃にしては高くつきすぎだと思いますけど」
よほど贔屓にしているお気に入りを除き、神様だって基本的には対価を要求してくる。転生の対価に多少献身を求められていても不思議には思わないが、それにしてもこれだけの悲劇はそうは見ない。もちろん相場といった概念はこの世界には存在せずその神様の気分と価値観次第ではあるが、それにしても高すぎやしないだろうか。
「私、ぼったくったりなんかしてるつもりはないけど。むしろ大サービスなのに」
「サービス?」
「貴女なら少し考えればわかると思うけど。ヒントは『魂の無い子』」
魂の無い子、というと、この疫病神が生まれる前の双子を指して言った台詞だったっけ? 母を得られなかった二人と、魂の無い子を産んだ母親を導いてあげたとか何とか。
しかし魂の無い子というと、それはもうただの肉塊。魂と肉体はセットになって初めて生命として機能するもの。
魂のないままとなると、母胎にいる間は分からずとも、出てくると同時に死亡が確認されるだろう。
「……ああ、なるほど」
最初からそこに生命は存在していなかった、という事なら話は分かる。
アクアとルビーの魂を神が用意したことで初めて双子が外で生きられる生命となれたのなら。
死ぬ運命にあった赤子を救ったのではない。最初から何もなかったところに生命を生まれさせた事になる。
無から有の創造。まさしく神の奇跡というやつだ。
「ね?」
双子を無事生まれさせる。神にしか成しえないそれた願いを、本当に神が聞き届けてしまった。
そう考えれば確かに大サービスだ。神の奇跡の対価など人間の一生では払いようがない。来世でも、そのまた来世でも、いつか返済が終わる時までずっと、神様の便利な奴隷として使われるのだろう。
アクアは死後地獄に行くどころか、その地獄ですら生温い扱いを受ける事になる場所へ連れていかれる可能性すらあったのか。人間の奴隷はお金で買った財産だから、元を取る前に潰れてしまっては困るので多少は考慮するが、神様の奴隷は潰れてもまた転生させればいいだけだ。
神に無暗に願い事をしてはならない。また、神仏から力を借りるタイプの霊能者の場合、その借り物の力を己の私利私欲の為に使ってはならないと戒めが業界内でよくされる。あいつらは使った分だけきっちり取り立てに来るし、返済からは死んでも逃げられないから神頼みは本当に必要な時だけにせよと言われるものだ。
ゴロー先生は知らず知らずのうちに神の力をたっぷりと借りてしまったから、アクアも含めて今返済に苦しまされているのだろう。最も普通は余程のお気に入りかそういう血筋の家系でもなければ神が力を貸してくれるなんてありえないのだが、たまたま近くに親切な疫病神がいてしまったのが運の尽きか。
こういうのはこれまでその神から受けた全ての恩恵に利子を付けて返せば以降の支払いは免除してもらえる時もあるが、この場合の受けた恩恵とは双子の生である。妹の命まで差し出せと言われてもアクアはとても首を縦にはふれまい。
「未来永劫どころか、ほんの一生、生きてる間見世物になるだけで許してあげようとしてるのに。そんな風に言われるのは心外」
「それは失礼いたしました」
それが本当ならなんとお優しい事であるか。
アクアの寿命があと何年残っているのかは知らないが、残りの人生が苦しみに塗れたものであるのが確定した点を除けば概ね慈悲深いと言えるだろう。
「というか、アクアに対価の請求がいってるという事はアクアの方が本物でゴローが偽物という理解でいいんですか?」
「本物とか偽物とかどうでもいいじゃない。私はその2つを区別する必要を感じないけど」
「まあ、片方はもう死んでて異を唱えられないので元祖でも本家でも好きに名乗れば良い、というのは確かにそうですけど」
「記憶を保持している事をもって過去の己と現在の己が連続していると主張したとする。その場合、目の前に記憶を完璧にコピーされたもう1人の自分が現れたらどうやって己こそが本物で向こうは偽物だと証明すれば良いの?」
どっちが本物でも別にいいじゃない、と厄病神は満面の笑みを見せた。
繁華街を行きかう人々の姿が増えてきた。
まだ早い時間帯ゆえ、いかにもな酔っぱらいの姿を見る事はない。殆どの人は夕飯を求めて居酒屋やラーメン屋でも目指しているのだろう。
明らかに未成年で場違いな私達はそれなりに視線を集めているようだが、意に介さず通りを歩く。どこかで適当にタクシーでも拾いたいが、こういう時に限って見当たらない。
「それで、この後はどうするつもりなんだい?」
疫病神が問い掛けてきた。
「この後と言われても、特に何も考えてないんですよねぇ」
犯人が分かったまではいい。しかしこの後の事なんて何も思い浮かんでいない。どうしよう。
真相を伝えるにしても、どのタイミングで行うべきか。また兄を先にすべきか、妹を先にすべきか。はたまた両方同時が良いのか。事前に用意すべきものはあるか。他者への根回しは必要か。
どこから手を付けてよいものやら。
「何かアドバイスとかないですか?」
「お好きなように。私は見て面白ければそれでいいから」
好きにしろと言われても。
「あ、タクシー」
振り向いた疫病神が指さす先に、こちらに向かってくる空車表示のタクシーがあった。
手を挙げると、運転手は私を見過ごすことなく減速し、目の前で車体を揺らして止まった。
「どうせどう転んだって面白くなるだろうから心配不要だよ」
「何の励ましにもなってないんですけど」
「じゃあね」
はあ、とため息を一つつく。
タクシーの運転手さんに自宅近くの適当な目印になりそうな店の名前を告げて、そこまで乗せてもらうようお願いする。だけどタクシーの扉が閉まらない。
「あの、お連れ様は……あれ?」
どうやら、疫病神の方も乗るものと思い待ってくれていたらしい。
しかしもう疫病神はここにはいない。私には分かる。だってアイさんが帰ってきてるからね。いつの間にやらしれっと助手席に居座っている。
運転手さんは窓から周囲を見渡しながら首を傾げている。ほんの二秒前までそこにいた子供が音も無く消失していたら確かに驚くだろう。
「あの子は乗りませんから出してください」
「は、はい……分かりました」
理解はできなくとも納得はしたのか、運転手さんはタクシーを勢いよく発進させてくれた。衝撃で首が揺れる。なんでタクシーの運転手って運転が荒い人ばかりなんだろう。別に目的地まで急がなくていいからもっとゆっくり走ってほしい。今世の私は平気だが、前世の私はあまり三半規管が強くなかったからタクシーが嫌いだったのだ。
差し当たって重要になりそうなのはルビーだろうか。アクアが危なくなった時、立て直せる人がいるとすればルビーしかいない。先にこちらに話を通せたならその後の展開が楽になるかもしれない。
しかしルビーが危ない時はどうすればいいかという問題もある。アクアが頼れないとするなら、誰にする……もしかして私か?
前世関連の話になる時点でアクアか私か疫病神しか立ち回れる人がいない。そして前者と後者を除外しなくてはならないのだから残るは私だ。
また面倒なことが一つ増えたかも。
原作から遠ざかりたい気持ちは今でも変わらないが、これからはむしろこちらから踏み込みにいかなくてはならないフェーズ。ある程度ルビーと交友を深め、話を聞いてもらえるような関係を築くべきか。