完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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 読者よりご意見がありましたのでここに記しておきます。
 星野アイが幼少期に虐待を受けていた事及び発達障害者であるという設定を採用していないという事をここに明記しておきます。
 設定を無視している、というよりはその設定がなければ成立しないようなギミックを採用していない、ですが、意味合い的には大して変わらないのでそんな設定は最初から存在していないという扱いになっている認識で結構です。


イワコデジマ

 苺プロの事務所はその日も大変煩雑していた。宮崎での新曲MV撮影以来、B小町当ての仕事量は少しづつ増えている。しかし最近売れ始めるようになってきたのは良い事だが、苺プロはB小町が再編される前まではそもそも芸能部門すら無かった弱小事務所。増える仕事に人員確保が追い付かず、スタッフは毎日が忙しそうである。

 

 そんな仕事と仕事の合間でも、演者たる彼女達は時間が合えば一堂に会してお喋りの時間を作っていた。最近買い替えられた高級感のあるソファーに腰を沈めたB小町とアクアの四人はお茶やコーヒー、個包装されたお菓子をお供に休憩時間を過ごしている。

 

「そういえば、この間あかねの所に行ってきたんだよね」

 

 一口サイズのチョコレートをかみ砕き終えた有馬かなが、対面に座る双子へ向けて言った。

 

「あかねの家族ってどんな感じなの? あいつそういう話ぜんぜんしないのよね。妹がいるってのもこの前初めて知ったし」

 

 片手にコーヒー、片手に携帯というちょっと行儀の悪い姿勢で寛いでいたアクアは、持っていた飲みかけのコーヒーをテーブルに戻すと、傍らのルビーに視線を向けながら答える。

 

「両親は、まあ、至って普通の人だ。静かで温厚で、だけど酒が入るといつもより少しだけ口がなめらかになる、どこにでもいそうな大人だったな。夕食の席で、さんざん昔話を聞かされたよ」

「へえ。妹は?」

「妹は……あれは、何と表現したらいいんだろうな」

 

 見つめ返してくるルビーの瞳は不安そうだ。

 あの日のルビーと黒川あおいの会話はアクアも聞いていた。あの妹による姉評は、アクアにとってはおおむね納得できるものではあった。男として、あるいは医者として重ねた対人経験が脳裏でそう告げるのだ。犯罪行為まで許容するかはさておき、あかねは自分が頼めば大抵の事は喜んで受け入れるだろう、と。

 まるで見てきたかのような言い方が気になるが、共に過ごし続けてきた家族であれば見抜けるものなのだろうか。彼女が見れるはずのないものを見てきたかのように鮮明に語る人間なのは今更な話でもあるが。

 

「奇人変人とかの類?」

「奇行とかはしないが、まあその、なんだ」

「とりあえず、友人には欲しくないタイプだってのは伝わったわ」

 

 しかし実際のところ、実の家族にあんな態度をとられて何も思わない人間などいるのだろうか。たとえ予想はしていたとしても、本当にそういった行動をとられたら多少なりとも失望を感じるものではないのだろうか。

 それで何も思っていないとしたら、表面上では友好を演じながらも心の底では欠片も信頼していなかったという事か。あるいは、必ずそうするはずだと心の底から信じぬいていたか。いずれにせよ、兄弟姉妹のあり方としては随分歪に思える。

 

 家族だからと言って皆が皆仲良しこよしではない。むしろ近くにあるからこそ嫌悪を覚える家族だって星の数ほどあるだろう。しかし、近くにあるように見えながらその実心は遠く離れた、期待も憎しみも何も無い虚無染みた関係なんてどうやったらできるのだろうか。

 

「アクア、ちょっといい?」

 

 家族の語る昔話が何か手掛かりにならないかと期待したが、特に収穫と思えるものはなかった。勉学や家事、習い事にと何でも人並み以上にこなせたらしいが、中身が転生者と知っていればそう驚くものでもない。習い事も、所詮は幼稚園児や小学校低学年を対象にしたもの、それも本気でやり込むのではなく初心者に齧らせるのが目的のお試しコースだったらしい。ならば大人の知能があればそんな低いハードルは余裕で跨げてしまうだろう。

 

 でも母親が風邪気味で寝込んでいるから、と独断で夕飯を代わりに用意してやったエピソードはやり過ぎだと思う。子供しかいないはずの家で火を使っている音がする事に気づいた母が倦怠も忘れて飛び起きたら、漫画見て覚えた、と言ってぐつぐつと煮える長ネギと生姜のつみれ鍋を披露された時の衝撃は察して余りある。

 

「アクアー?」

 

 幼い頃はあかねが妹に何かと対抗心を燃やし、妹が姉を、ではなく姉が妹の後ろをどこまでもついて回っているのが黒川家の日常だったらしい。しかし、ここからどうやったらあのような関係へと発展、いや雲散霧消するのだろう。

 

「おーい!」

 

 眼前での大きな声と肩を揺さぶられる感触でふっと我に返った。

 有馬かながアクアにずっと呼びかけを続けていたのだ。

 

「やっと気づいた。ちゃんと聞いてる?」

「あ、ああすまん。何だったっけ?」

「いや、用があるのは私じゃなくて……」

 

 有馬かなが視線をずらす。それに合わせてアクアも視線をスライドさせていくと、そこにはクリアファイルに挟まれた書類を抱えた斉藤ミヤコの姿があった。

 

「あー、楽しそうにしてるとこ悪いんだけど、これちょっと見てもらっていい?」

 

 ミヤコは抱えていた書類を丸ごとアクアに渡す。アクアはコーヒーを机の端によけ、渡された書類を代わりにそこへ並べた。

 

「アクアとルビーにこんな仕事が来ててね。どうかしら。嫌だったら断るけれど」

 

 まだまだ企画段階なのだろう、書類の数はそう多くない。並べられた紙々を四人が身を乗り出して読み始めた。

 

「これあれじゃん。毎年夏にやってるやつ」

 

 MEMちょは書類を見て開口一番そう発言した。他の者も口には出さずとも同じ思いだった。毎年お盆の時期に放送される息の長い心霊特集ドキュメンタリー番組で、実話という体の怖い話を基にした再現ドラマを流したり、投稿された心霊写真を分析したりする。

 この番組を代表するものと言えば、やはり恐怖を吹き飛ばすおまじないを唱える場面だろう。皆で鈴をしゃんしゃんと振りながら邪気退散、喝! と叫ぶのだ。

 

「で、この番組のゲスト枠にアクアとルビーを?」

「そうなんだけど……えっと、二人はこういうの平気? 嫌だったら断るけど」

 

 番組自体は夏の定番の人気番組だ。視聴率は大いに期待できる。再現ドラマの演者というアクアの得意分野の仕事であるのもポイントが高い。

 割のよさそうな仕事に自社タレントを呼んでもらえるのは社長として大変ありがたい話ではあるが、そもそもジャンルがジャンル。もしどちらかが嫌がるようなら涙をのんで断るほかない。

 

「オレは別に。ルビーは?」

「えっと、私も大丈夫、かな」

「そう。じゃあむこうにもそう返事しておくわね」

 

 二人の答えに満足したように、ミヤコは手帳に何か書き込んだ。

 

「あれ、これロケもあるの?」

 

 書類を手にし上から下までじっくり目を通していた有馬かなが、下の方に書かれていた一文を見つけてそう言った。

 隣のMEMちょが身を起こしてその書類を横からのぞき込んだ。

 

「ロケ?」

「ほらここ。心霊スポット突撃って書いてある」

「ホントだ。こういうのって危なくないの? 心霊スポットってだいたい廃墟だよね。廃墟って変な人が住み着いてたり、そもそも老朽化で崩れそうだったりするから素人は行っちゃダメって言うけど」

「大丈夫。本当に危ないとこ行かせて、それで大事なタレントが怪我でもしたら責任問題だし。こういうのはだいたいスタッフが下見して安全は確認してるはず」

「まあそれもそっか。じゃあ後は暗いとこが平気かどうかってぐらい?」

 

 そこで二人は同時にアクアの方を見た。

 

「アクアなら余裕でしょ」

「まあ、アクたんってホラー苦手そうなイメージ全然ないよね」

「そうか?」

 

 アクアは二人に聞き返した。

 苦手ではないのはその通り。何たって前世は医者なのだ。血と死体と暗闇は病院には付き物である。幽霊が怖くて医者ができるか。

 それはそれとして自分のイメージというのは気になるところである。

 

「そもそもアクアってオカルトとか信じてなさそう」

「幽霊とか非科学的なもの~とか言い出しても別に驚かないかな、って」

 

 最初から全否定してそうなイメージらしい。しかしアクアはそうではない。

 

「そんな事はないぞ」

 

 そうと告げれば、意外なものでも見たかのように二人の口と目が開いた。

 

「全部が全部とは言わんが、中には本物だってあると思ってる。そもそも、現代の科学で観測できないことを理由に存在を否定するのがまず非科学的じゃないのか? 昔は知られてすらいなかったものが今では常識になっているように、今できないことだって未来では出来るようになっているかもしれないだろう」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 長々と述べているが、単に自分自身が転生というオカルトの産物なのでオカルトを否定できないだけの話である。

 

 

 

 

 季節は春を過ぎ、夏へと移った。暦の上では八月中旬はもう秋扱いらしいが、まるで信じられない。これのどこが秋なんだ。なんなら日本の夏はむしろここからが本番ですらある。

 

 どうせ誰に見せるものでもないから、と思いっきり薄着で過ごす。皆の共用スペースであるリビングは冷房を控えめにしか利かせていないので下着も同然ぐらいでむしろ丁度良い。

 

 本日の昼食に選んだ冷凍の讃岐うどんを電子レンジで解凍し、解けたら水でさっと冷やす。できたうどんを器に移して上から醤油を回しかければ完成。汁? そんなものはない。

 味付けは醤油のみというシンプルなスタイル。これはうどん屋が開くのを待ちきれないせっかちな連中がマイ丼を片手に製麺所まで直接押しかけたのを始まりとする、見ようによっては伝統的な讃岐うどんの食べ方だ。

 

 本場香川であれば製麵所タイプのうどん屋はまだ結構な数が見られる。本当にシンプルが極まっていて、メニューはうどんの麺のみ。かけていいのは醬油のみ。店によってはいくらかの卵や薬味ぐらいは用意してくれるけど。

 メニュー表はない。だし汁もない。天ぷらもない。そして極めつけは客席だ。座るイスすらないのが製麵所スタイル。麵を買ったら外で食う。

 こんな無いない尽くしの製麵所だが、開店前にはだいたい行列ができている。そして開店後にはこの行列が一瞬で捌ける。シンプル故の圧倒的な回転率がなせる早さだ。

 

 醤油の絡んだ麺を啜ると、醤油と麺に含まれた豊富な塩分が体に沁み渡る。

 付け合わせが一切ない麺オンリーの食事だから糖分も豊富だ。そして野菜はゼロ。なんて不健康な食事だろうか。さすが糖尿病受療率全国ワーストにも輝いたことがある県民のソウルフード。でも不健康って美味しい。

 

 

 服に醤油を飛ばさないよう注意しながら一人きりのうどんを堪能していると、傍らに置いていた携帯が着信を知らせるべく震えだした。電話の相手は馴染みの住職のようだ。

 電話に出る。いくつか簡単でテンプレなやり取りを重ねてお別れ。内容はいつものやつだ。また私に依頼を希望する人が現れたようだ。

 いつもは後日にまた会う約束を取り付けるのだが、今回は今日会う予定とした。今日会うなら少し待っていてもらうことになるが、向こうはそれで良いとの事だ。私はどうせ今日も明日も空いてるからね。一か月以上ある夏休みって最高。社会人はお盆に五日も休めたらいい方だし。

 

 

 

 いつもように電車に乗り、後は歩きでお寺に向かう。

 額に汗しながら門をくぐると、廊下を掃除中の住職の奥さんに声をかけられた。

 

「あら黒川さん、いらっしゃい」

「こんにちは」

「いつものとこにいるから上がって頂戴」

 

 旦那と共に寺を切り盛りする奥さんは本当に働き者だ。私は何度もここにきているが、いつも綺麗にしている。午前中は外を、午後は中をと働きづめだ。

 そんな奥さんだが、初めて出会った頃は私の事を凄く胡散臭いものを見る目で見ていたのを覚えている。世の霊能者というものはそういう目で見られるのに慣れているし、私もそうなので特に何も感じなかったが。

 だが今では普通に歓迎してくれている。住職が言っていたが、何度か奇妙な体験をするうちに、世の中にはそういう不思議なものもあるのだと理解を示すようになったらしい。

 まあ、こういう仕事でもしてなきゃ基本的に一生無縁の世界だろうし。理解されないのは仕方ない。

 

 

 奥さんと別れいつものとこ、依頼者と話をする際に使っている部屋に入った私は、そこにいた人物を見て膝から崩れ落ちそうになった。住職と何やら話がはずんでいるらしいその男は、私に気が付くとにこやかに目を細めて白い歯をむいて笑って見せた。

 

「どうも」

 

 この暑い中、さすがにジャケットは脱いでいる後はしっかりと着こなされたスーツ姿で朗らかな声を上げたのはあのカミキヒカル氏であった。

 

 依頼人って貴方の事かい。

 

 そりゃ住職はカミキ氏のこと知らないだろうし、社会的地位はちゃんとあるし。そんな人が私を名指しで依頼してきたらそのまま取り次ぐよね。

 

 来てしまったものはしょうがない。

 何があったかは知らないが、用意されてあった座布団にどかりと座り、カミキ氏と向かい合う。

 

「どうしたんですか。そういったトラブルとは無縁そうな人だと思っていましたけど。誰かに恨まれるようなことでもしましたか?」

 

 精神的に弱っている生者と心身ともに壮健な生者。どちらがより付け込まれやすいかと言えば断然前者だ。こいつぐらい強靭なメンタルと面の皮があったなら、そこらの低級霊などいくらいたところで問題になどならないだろう。

 

「うーん、恨まれるような覚えですか……ちょっと身に覚えがあり過ぎてどれがどれやら」

「あるにはあるんですね」

「誰にも嫌われる事なく成り上がる人間などいませんよ」

 

 まあ世の中そういう側面もあるかもしれない。

 某トップアイドルだってグループの仲間からは嫌われてたんだしね。相変わらず何も考えてなさげに、居並ぶ仏像をぽけっと眺めているアイさんをちらりと横目で見ていると、カミキはこれまた高級そうなカバンから紙を一枚取り出して私に渡してきた。

 

「単刀直入にお伺いします。テレビに出演しませんか」

「謹んで、お断りを」

 

 なんかとんでもない事を言ってきたので即座に却下させてもらう。

 カミキは私が迷いなくで拒否を返しても眉一つ動かすことなく次の話題を始めた。

 

「そうですか。ところで、片寄ゆらという女優をご存じでしょうか?」

 

 ええ知ってます。おたくのプロダクション所属の女優さんですよね。そしていつの日か、貴方に殺されることになる。この世界でもそうなるとは限らないけど。

 

「彼女が今度この番組に出るのですが……」

 

 紙に書かれている番組名はあまりテレビ見てない私でも知っている名前だった。夏と言えば心霊。心霊といえばこの番組。本当にあった、などとタイトルに銘打ってはいるが本当なのかは誰も知らない。研究家という設定の大人一人と子供多数でレギュラー陣が構成されていたのは覚えてる。

 

「片寄さんってホラーやる人でしたっけ?」

「やった事はないですね。ただ、来週から始まる彼女が出ている新ドラマがありまして」

 

 ああ、要するに番宣しに来るのか。視聴率安定してそうな番組だしね。

 

「話を戻します。予定の中に本物の心霊スポットでのロケというのがあるのですが……その紙の一番下に書かれている住所が予定地です」

 

 住職と二人で紙のそれらしき部分を見る。

 

「む?」

 

 んん?

 住職と同時に声が出てしまった。

 なんだかこの住所、覚えがある気がするんだけど。

 きっと勘違いだろうとこの住所をネットで調べてみた。地図上に表示された地点やその周辺もまた、見た事がある気がした。これ年明けすぐの依頼で行った場所にすごくよく似てる気しかしない。

 

「番組で長らくお世話になっている霊能者さんがいたそうなのですが、その人にロケの予定を伝えたらその後急に連絡が取れなくなってしまったそうなのです」

 

 あー、それ多分逃げたね。賢明な判断だ。

 過去に何人も肝試しで入り込んでいるのに被害にあっているのが数えるほどしかいないから比較的大人しいと思われるが、それでも万が一が無いとは言い切れない。

 うっかり虎の尾を踏んでしまったような事態に陥った時、適切に対処できる自信がないから逃げを選んだのかもしれない。

 

「代わりの人を局が用意してくれたのですが、その人が何というか、その、あまり頼りなさそうなお方でして。私としては大事なタレントを預けるのですし、信頼のおける方に代打をお願いしたかったのですが」

「……ところで、紙の裏面に書かれているずらりと並んだ人名は出演予定のリストなので?」

「そうです」

 

 噓でしょ。何かすごく見覚えのある双子がいる気がするんだけど。

 私だって関わらなくていいなら関わる気ないんだけど。原作でこんなの無かったし、そもそももう一度あそこに行くとか嫌だし。

 もしかすると描かれてない部分でこういうのがあったのかもしれないが、描かれてないなら別に何もしなくても問題は起きないはず……いやむしろ逆か? 描かれているなら結末もその通りになるが、そうでないなら結末も経緯も不明という事になる?

 

「ふむ……黒川さんの方から別の人を紹介されては?」

 

 行きたくなさそうなのを察してか、住職が提案してくれた。でもそれはそれで難しそうだ。

 

「受けてくれる人いるか怪しいですね。何分困難が予想される依頼なもので」

 

 よっぽど金積むか、よっぽど親しい仲の人からの依頼でないと受けてくれないだろう。強力な霊と関わることになる依頼って皆嫌がるんだよね。

 神様クラスとすら戦えるような実力者だって業界にいるにはいるが、その人に本当に神様を祓ってほしいとか頼んでも絶対引き受けてもらえない。だってそのレベルの人はその人でないとできないような仕事を抱えていたりして自由に動けないし、仮に動く余裕があってもそのクラスの存在と本気で敵対したら何されるか分からなくて怖いんだもの。家族友人が危機に晒されているなんて状況でもなければ動かないだろう。

 

 あの廃墟のは神様クラスにまでは届かないが、それでも近年そうは見ない強力さではある。あれに対抗できそうなレベルはそうはいない。私だってあんなのいると知ってたら依頼受けてたかどうか分からない。しかも今回のはロケ御一行の護衛が業務内容に入っている。ただ追っ払うだけよりさらに難しい。

 あの時の私はそこらの低級霊なぞ裸足で逃げるアイさんがいるから気が大きくなっていたが、久しぶりに肝が冷えた案件だった。

 

 

 アイさんといえば。ふと頭に思い浮かんだことがあった。

 アイさんって今でこそ私に憑いているが、元々は双子の方にいたんだよね。

 もし原作に描かれてないだけで似たようなお話があったのだとして。何事も起きなかった理由がアイさんが護ってたからだとするなら?

 だが今は私に憑いているから、私から一定の距離以上離れることは無い。双子の身に危険が迫ってもそれを察知できない。つまり、双子の身に万が一の事態が発生したらそれは私が原因?

 

 いざという時に動けるようにするには、私が双子の近くに控えている必要がある。これ結局、私が行くしかない案件なのか?

 

「……分かりました。受けましょう。ですが出演はしません。顔も声も出さないと約束していただけるなら協力します」

「本当ですか、ありがとうございます!」

 

 カミキが私の手を取った。手の甲に感じる彼の両手のひらの感触は意外と硬い。デスクワークしかやってこなかった手はこうはならない、紛れもなく肉体労働経験者の手だ。この人もまた、現役時代は素晴らしい演劇役者だったのだろう。

 

「あ、これが依頼料です。お納めください」

 

 続いてカミキが封筒を取り出して私の手に握らせてきた。封筒の中身は見なくても何となくわかる。これ現金でしょ。というかすごく分厚い。

 

「え、あのこれ……」

「失礼、相場をよく知らないもので。不足でしたか?」

「いえ、むしろ多すぎです」

「では、そのままお受け取りください」

 

 いや私もお金は欲しいけれど。こんなに貰ったら流石に税金とか心配になってくるんだけど。それに貴方にあんまり借りを作ると後が怖い気がするし。

 

「贈与税ですか? 基礎控除に収まる金額であれば申告は不要ですよ」

 

 それなら安心……じゃなくて。

 

「撮影日の午後六時頃にこのお寺まで車でお迎えに上がります」

「いやあの、これお金」

「急かつ難しいお話でご迷惑をおかけすることになりますから、お気になさらず。それに、例の番組お抱えの方も結構な額を受け取っていたようですので」

 

 そうなのか。前世で一回だけ取材のようなものを打診された事があるが、その時は交通費にもならないような舐めた金額しか提示してこなかったというのに。

 人気番組のレギュラーともなればやはり多くもらえるんだなぁ。

 

「それでは私はこれで」

 

 カミキはカバンと上着を手にすっくと立ちあがると、結局返金を受け付けることなく足早に帰ってしまった。

 

 仏像眺めに飽きたのか、また物言わぬ壁の花になっているアイさんに私は視線を向けた。今はただただ、何事もなく収録が終わってくれることを祈るのみだ。

 

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