完璧で究極なアイドル様に執着されて   作:肉ぶっかけわかめうどん

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口は禍の門

 落ち着いた白を纏う高級そうなセダンに揺られ……実際はほとんど揺られていない。自ら運転手を務めるカミキの運転技術なのか、あるいは単に車が良いからなのか。強すぎず弱すぎない暖房や、古今の流行を取り揃えたカーステレオ等の快適な装備に囲まれたドライブだ。

 住職が運転下手というわけではない。上手い下手で言うなら間違いなく上手い部類に入る人なのだろうが、住職の車って路面の凸凹とかをよく拾って揺れるんだよね。私は車の事とかよく知らないから足の硬さがどうとか解説されてもいまいちピンとこないのだけど。

 

 そんな快適な旅とは裏腹に、私は今あまり気分が良くない。寝不足やら何やらからくる体調不良で吐き気すら覚える。

 深夜にこっそり庭に出ての長時間の作業はかなり堪えた。光源に虫が寄ってくるし、暑い。でも家の中ではとてもできない作業なのだから仕方ないが。

 

「あの、大丈夫です?」

 

 さすがのカミキも気付くのか、心配そうな声を掛けてくれた。

 

「大丈夫です」

「そうですか……停めて欲しい時は遠慮せず言ってください」

 

 そうして走り出して30分もしただろうか。

 今夜の為に大急ぎであれこれ準備した結果が詰まっている学生鞄を傍らに抱え、私はカミキにあるお願いをした。

 

「すいません、一回停まってください」

「はい。では丁度そこにコンビニが見えますから入りましょう」

 

 入ったコンビニでそのままトイレに直行。

 胃の中のものを戻したら気分はかなりマシになったので、コーラを一本買っておく。炭酸にカフェインに糖分。眠気覚ましによし、乗り物酔いによし。休めない人の心強い味方である。

 

「黒川さん。現地に入る前に、いくつか共有しておきたい情報があるのですが」

 

 再出発した車の中で、カミキが一瞬だけ視線を後部座席のこちらに向けて、しかしすぐ前に戻して話しかけてきた。

 

「ロケの場所を伝えたら霊能者の方が音信不通になったのでテレビ局の方で代理を用意した事はもうお伝えしたかと思います」

「はい。なんでも頼りない方だとか」

「そうなんです。実はその代理の方というのが、番組のスタッフのうちの一人でして」

 

 番組のスタッフ?

 また都合の良いところに人がいたものだ。完全に霊能者一本で食べている人というのはそう多くなく、殆どの人は副業として普通に就職して労働している。だから探していたものが実は足元にあったという可能性はゼロではないけれど。

 

「そのスタッフさん、霊感があると以前周囲に語った事があるらしく、それのせいで急遽、霊能者の役をやらされる事態になってしまったのです」

「霊能者の、役?」

「そう、役なんです。それっぽく振舞うようディレクターに命令されただけの、何の知識も技術も持たぬ素人なんですよ。探したけど見つからなかったので仕方なく、との事で。まあ本当に探していたかすら怪しいですが。身内にやらせれば依頼料が丸々浮きますし」

 

 ええ……。それは頼りないとかそれ以前の問題なのでは。

 というか私、その頼りなさそうな人のこと戦力として当てにしてたんだけど。頼りなさそうであれど霊能者名乗れているのであれば多少なれど力はあるはず、霊能者二人掛かりとアイさんなら何とかなるかも、と考えていたらさっそく予定が狂ってしまったじゃないか。

 

「ディレクターの方も問題でして。局の中では新進気鋭の若手と目されている方で、今回歴史ある番組を任されたとあって、絶対に成功させてみせる、とそれはもう意気込んでおられるんですよねぇ……撮れ高の為に無茶の一つや二つやらかしそうで」

「あー、数字稼ごうとしたら必然的にそうなっちゃいますよね」

「で、これはもう私の方で用意した方がいいんじゃないかと思いましたので黒川さんにご依頼させて戴いたという流れなんです」

 

 流れはだいたい分かった。オカルト信じてない系の人な感じがする。

 霊能者が見つからないから中止です、なんて認められない。しかし解説役がいなくては番組が盛り上がらない。ならばその辺の適当なやつにやらせておこう、と。本物と、それっぽい恰好で台本読んでるだけの素人なんてお茶の間の一般人には見分けられないだろうし。

 

 色々思い描いていたことと違うが、それでもやることは変わらない。アイさんを現場に送り届けた時点でもう私の仕事は七割方終わってるようなものだし。後は状況に応じて撮影中に口を出させてもらうぐらいか。

 もしアイさんと私ではどうにもならない事態になったらきっと、今も見ているであろう疫病神が援軍を寄こしてくれるだろう。双子の身に何かあったら困るのは向こうも同じはず。

 そうだと信じてますからね。

 

 

 

 

 夏は日が長いが、それでも夜の8時前ともなればもう辺りはどっぷりと暗い。

 黒い空、虫やカエルの鳴き声といった涼しそうな要素は多々あれど、実際はねっとりと蒸し暑い。そして明かりによってくる羽虫の群れが時折ぶつかって鬱陶しい。夏の夜は本当に不快だ。

 

 正月以来半年ぶりになるのだろうか。またあの幽霊屋敷までやってくる事になった私は、そのままカミキに連れられてスタッフの移動の足兼控え所になっているミニバスの前にやってきた。

 

 そこで先ほどカミキが言っていた例のディレクターとやらに挨拶し、少しばかり話をした。

 大人らしい、丁寧で遠まわしで回りくどく長ったらしい言い回しであったが、要約すると『見物するのは構わんが口は出すな』といったところだろうか。私はカミキが個人的に連れてきただけであり、局として正式に依頼した霊能者ではないので完全に部外者扱いらしい。

 

 ディレクターの前を辞したカミキは、そのままミニバスの中を覗き込んだ。中では数人のスタッフらしき男性たちが忙しそうに機器に向き合っていた。

 

「稲垣さん、いらっしゃいますか」

 

 カミキが開きっぱなしのスライドドアから声をかけると、中で何やら作業していた男性のうちの一人がこちらに振り返った。

 

「カミキさん!」

 

 喜色を浮かべた顔でいそいそと車から降りてきたその男性はカミキにぺこぺこと頭を下げている。

 

「見つかりましたか?」

「ええ。私の隣にいる彼女が今回私の方で依頼させていただいた霊能者の黒川あおいさんです」

 

 カミキが私の事を紹介すると、その稲垣さんなる男性が私の方を見た。

 

「ご紹介に預かりました、黒川です。本日はよろしくお願いします」

「ひっ……し、失礼いたしました。スタッフの稲垣です。こちらこそお忙しいところをありがとうございます。本当に助かりました。もう私、ここにいるだけでも足が震えて……ましてや霊能者の役だなんて」

 

 人の顔を見るなり顔を引きつらせるとはなんて人だろうか。一応家を出る前に最低限のチェックはしてきたので何かついていたりすることはないと思うのだが。

 

「ええと、お、お若い方ですね。あと、あまり顔色が優れなさそうなのですが」

「彼女はまだ高校生の身ではありますが、これまでに何度も悩める人々の相談に乗り、その解決に尽力しされてこられた本職です。体調については、当人が大丈夫だと主張しています」

 

 まあ、随分若いのがやってきたと驚かれるのにはもう慣れた。それに体調ももう心配は不要だ。

 その後私たち三人は車内に移動すると、最後列のシートに座るよう促されたので私とカミキがそこに座る。

 稲垣さんは前の席でごそごそと荷物を漁り、そこからいくつか抜き出すと私の前に差し出してきた。

 

「スタッフが下見をした際に書いた間取り図と、今日の予定表です」

 

 私とカミキがそろってその書類を覗き込んだ。

 前回私は玄関までしか行かなかったが、なるほど、建物全体はこうなってたのか。

 

 予定表の方には間取り図の一部と、そこで撮るべき内容についてびっしりと書き込まれたものが何ページも。

 

「事前にここまで細かく決めてあるものなんですか?」

 

 稲垣さんに聞いてみた。

 

「はい。事前の下見の時のデータを基に、映える絵が撮れそうな場所をいくつかピックアップしてあります。尺、あまり長く取れないので……もちろん全てが予定通りとはいかないので、そこは臨機応変に対応することになります」

 

 そういうものなのか。どうせ後で編集するんだから取り敢えず全部撮っとけ、じゃないんだね。

 

「撮影は生もの。悪い予定外が起こる事もあれば、良い方向の予定外もあります。その一期一会の瞬間に対応できるか。現場の腕の見せ所、というやつですね」

 

 カミキが稲垣さんの後を継いでくれた。

 これもまた一つの職人の道なのだろう、と見知らぬ世界のあれこれに感心していた私だが、よく考えたら今は暢気に雑談などしている場合ではない。

 急ぎ用意しておかないといけないことがある。

 

「ところで稲垣さん。まだ片寄さんや星野さんはまだなんですか?」

「はい、まだですね……ですが、もういつ来られてもおかしくない時間かと。お会いになられますか?」

「いえ、会う気はありませんし、向こうにも伝えないでください。それよりも急ぎ用意してもらいたいものがあるんです」

 

 私がそういうと、稲垣さんは慌ててポケットから手帳とボールペンを取り出した。

 

「な、何なりと!」

「今日ロケに来られるタレントさんは星野兄妹と片寄さんの三名でしたよね。彼らが来たら、髪の毛を一人一本ずつお願いします。櫛を通した時の抜け毛とか、切った枝毛とか、そういうので結構です。貰ってきてくれませんか」

「髪の毛、ですか。分かりました。メイク担当の者に伝えます」

 

 稲垣さんは手帳に素早く書きなぐった。手帳をしまった稲垣さんは一度車内から出ようとして一歩後退し、だがその場でもう一度立ち止まって私の方を見た。

 

「あの、余計なお世話かもしれませんが……大丈夫ですか?」

「体調なら、お気遣いなく。もう治ってますから」

「それもありますが……その」

 

 稲垣さんの目がずいぶん泳いでいる。空の一点を見てはまたすぐさま逸らして、を繰り返している。

 

「あー、もしかして、視えます?」

 

 彼の視線の先に何があるか気付いた。どうやらこの人、霊感あるのは本当らしい。

 

「いえ、私、はっきりとは視えないんです。ただ何か、近くに居るような気がする、と感じるだけで」

 

 なるほど、姿までは見えてない、と。近くに霊がいる気がするが、それがかの星野アイだとは分からないらしい。

 

「大丈夫ですよ。何もされませんから」

 

 100パーセントの安全は保障しかねるけど。

 

 

 

 忙しいスタッフ達は私達には目もくれずに動き回っており、彼らを横目に暫し暇な時間を過ごした。

 指示を飛ばしている声や車の出入りする音を聞きながら、仕事の時を待っていると、ミニバスと扉が開き、こちらへどうぞ、という誰かの誘導する声が聞こえた。

 

「奥でおかけになってお待ちください」

 

 入ってきたスタッフに連れられていたのは女性だった。

 

「おや」

 

 隣でカミキも彼女を見て声を上げた。

 

「ありがとうございます……あら」

 

 その女性も私たちに気づいた。

 

「こんばんは。苺プロダクションの斉藤です。本日はよろしくお願いします」

 

 カミキに向けて軽く頭を下げたのは苺プロ社長、斉藤ミヤコその人だった。

 

 あれ、マネージャーじゃなくて社長自ら来てるのか。確か原作でのB小町とアクアのマネージャーは吉住とかいう人だったはず。彼はどうしたんだろう……そこまで考えて、私は思い出した。吉住マネージャーは最初テレビ局のADをしていたが、ルビーの引き抜きに応じて苺プロに来たんだった。この世界ではまだそのイベントが発生していないからまだミヤコさんが一人で全てやっている状態なのか。大変そうだなぁ。

 

 というか今私の右隣にいるのも社長だったわそういえば。トップ自ら気軽に最前線にやってくる。これぐらいのフットワークの軽さがなければ務まらない業界なのかもしれない。

 

「こちらこそよろしくお願いします。神木プロダクションのカミキです。お久しぶりです、斉藤さん」

 

 立ち上がり、すっと右手を差し出したカミキの久しぶりという発言に、ミヤコさんはきょとんとした表情を一瞬見せた。そして考え込むような仕草を数秒とってからカミキの右手を取った。

 

「申し訳ありません、どこかでお会いしましたでしょうか……?」

「ははは、覚えておられなくても無理はありません。最後にお会いしたのはもう18年も前ですから。あの頃、私は劇団ララライにいまして」

 

 18年前、劇団ララライ。この二つのワードにミヤコさんはハッとした表情を浮かべた。

 

「アイに付き添われていたあなた方の姿を今でも覚えています。旦那さんはお変わりありませんか?」

「旦那はその、もう何年も会っていませんが、きっと元気にしていると思います」

「何年も……それは失礼いたしました」

 

 軽い握手の後、ミヤコさんの目は私の方に向いた。私も立ちあがり、カミキの真似をして右手を差し出しておく。

 

「どうも、初めまして。黒川です」

「黒川……黒川あかねさん?」

 

 カミキと同じように手を握り返してくれながら、ミヤコさんは私に向かって姉の名を言った。久しぶりに間違われた気がする。

 でも仕方ないだろう。日常的に接している家族友人知り合い、その他アクアとルビーの兄妹などは当たり前のように双子を見分けてくれるが、ミヤコさんはそうではない。そもアクアだって初見では間違えてくれたわけで。

 テレビの液晶越しに数える程度、姉の顔を見た事あるかどうかといったところだろうミヤコさんが、私を黒川あかねと勘違いしても何も不思議はない。

 

「いいえ、それは姉です。私はあかねの妹の黒川あおいと言います」

「失礼しました、妹さんでしたか……それで、黒川さんは今日はなぜこちらに?」

「それは私の方からご説明させていただきます」

 

 当然の疑問だろう、なぜここにいるのかの問いに、カミキが自分が答えると横から入ってきた。

 

「彼女は私が連れてきました。黒川さんは学生の傍ら霊能者としても活動されておられる方でして。本日の心霊スポットロケにて非常事態が発生した時に備えて頂いています」

「霊能者? それなら先ほど、稲垣さんという方とお会いしましたが」

「その方はただのスタッフですよ。霊能者役として振舞うよう上に要求されただけの。しかし、私はそれでは不安なので、彼女に私が個人的に依頼を」

「そ、そうですか……」

 

 納得しかねるというか、いまいち理解が追い付かないというか。そんな表情を浮かべてミヤコさんも席に着いた。真ん中に私、左右にカミキとミヤコさんの配置となる。

 

「ああ、斉藤社長。一つお願いがあります」

「何ですか?」

「私がここにいる事、今日来ているあの双子には伝えないでください。話がややこしくなりそうなので」

「えっ、それってどういう意味……?」

 

 ミヤコさんが来ているのだ。あの二人の送迎も兼ねているはず。帰り等で私の話をされても後が面倒なのでそれを避けるためのお願いをする。

 

 ミヤコさんが聞き返そうとしていた矢先、車が揺れた。駆け込むような勢いで車に稲垣さんが飛び乗ってきたのだ。

 

「頼まれていたものを持ってきました!」

 

 私の前まで来た稲垣さんはジッパー付きの小さなポリ袋に収められた髪の毛を差し出した。ちゃんと人数分、三袋ある。袋には細字のマジックで名前が書かれており、どれが誰のものか一目でわかるようにされてある。

 隣で、意味の分からないものを見る目でミヤコさんが見ていた。

 

「ありがとうございます。稲垣さん、時間あります?」

「ええと……少しなら」

 

 口では良いと言っているが、顔には無理ですと書かれていた。まだまだ撮影前にやらなければいけない仕事が山積みなのだろう。

 

「では、撮影が始まる前にもう一度来てください。お渡しするものがあるので」

「はい。失礼します」

 

 稲垣さんが足早に出ていくのを見送りながら、私は鞄から裁縫道具を取り出す。時間がない。ちゃっちゃとやってしまわないと。

 

「あ、そういえば、片寄さんのマネージャーは?」

 

 裁縫道具に続いてストラップ用の小さなぬいぐるみを三体取り出しながら、私は今ふと思った疑問をカミキにぶつけてみた。

 髪の毛が調達できたという事は、片寄ゆらはもう現地入りしたのだ。ならばミヤコさんがここにいるように、片寄さんのマネージャーもここに来るかと思っていたのだけれど。

 

「片寄のマネージャーですか? 彼なら来ませんよ。片寄を送り届けたらもう帰っていい、後の事は私がやるから、と伝えてありますので」

 

 そうなのか。部下を休ませてあげるなんて優しい上司ですね。

 開腹手術済みのぬいぐるみのおなかに貼った仮止めのテープを剥がすと、中に詰められていた米粒がいくつか、鞄の中にこぼれて落ちていった。

 作業をじっと見ていたカミキが興味深そうに呟いた。

 

「綿を抜いて、代わりに米ですか」

「そうですね。血肉の代用です」

 

 そして髪の毛を埋め込み、腹を縫い直す。最後にぬいぐるみの耳元で名を呟く。これはルビーの髪の毛を使ったので、呟く名前はもちろん星野ルビー。

 

「DNAを埋め込んで、名を吹き込む。面白いですね。まるでその人自身と勘違いさせようとしているように見えます」

「よくお分かりで。何かあった時、こいつに被害を肩代わりさせる身代わり人形です。いくつか手順を省略した簡易タイプですけど、今日一晩しのぐだけなら十分でしょう」

 

 これと同じものをアクアと片寄ゆら氏の分も作る。

 三人分出来上がったら鞄の中から今度は巾着袋を取り出す。

 昨日今日、私が体調不良に陥っていた要因となる物が入っている巾着に三体のぬいぐるみも押し込んだら準備は終わり。これを稲垣さんに渡す。

 万が一の時、足止めぐらいになればと願う。そもそもこれが必要な事態が起きないに越したとこはないが。

 

 

 

 

 この辺りでは一番高い、地元民でも殆ど名を知らぬ小山。そこに作られた町を一望できる展望台に、闇の時間帯には似合わない幼い少女がいた。

 数匹のカラスをお供に付け、展望台の柵にレジ袋を引っかけた少女は手にした木のアイススプーンでカップアイスを少しずつ削っては口に入れていた。

 

 闇色のワンピースをはためかせ、地元では幽霊屋敷と名高い廃墟を遠く見る少女は、見えるはずのない距離で行われている撮影が始まるのを、今か今かと待っていた。

 

 

 

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