完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
親の因果が子に報い、とはいうが、親の罪を子に背負わせることは現代的には間違ったこととされる。ならば社長の因果を社員に向けるのも間違っているだろう。
神木プロダクション、と聞いた時、そこの社長の姿を思い浮かべて渋面を作ったが、すぐに常の不愛想な仮面に切り替えてにこやかにアクアは応対した。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。噂通りのクールな人だねー」
本日の共演者、片寄ゆらはアクアと、その傍らのルビーを眩しそうなものを見る目で見た。
「二人とも、写真で見るより実物のがずっと綺麗。やっぱ若い子はオーラ? からして違うって感じ。写真じゃそういうの分からないからね」
「ありがとうございます。でも、片寄さんの方がもっとお綺麗ですよ」
「あはは、君みたいな格好いい男の子にそんな風に言われたら、お世辞でも嬉しくなるなぁ」
明るい彼女との軽いやり取りを交わしていると、何だかアクアの心も少しだけ軽くなったような気がする。
「いやー、それにしても緊張するなぁ。ちょっと番宣してこいって送り出されたと思ったら、そのまま心霊スポットでロケさせられるだなんて予想もしてなかった」
「こういうの、苦手でしたか?」
「別に苦手ってわけでもないかな。真っ暗な夜の建物を歩くのって、何だか非日常感あって怖いけど楽しいよね。肝試しとかそういうの、私やった事ないからちょっとワクワクしてるかも。いかにも何か出そうって感じするし!」
「まあ、確かに雰囲気はたっぷりですね」
アクアは眼前に聳え立つその家に目を向けた。
錆びついた門扉は風に揺られて時折軋み、外壁は雨風と落書きに汚されるがまま。くすんで透明感を失った窓は中をうかがい知るには使えそうにない。
いったい何年前から放置されているのかも分からない、かつては自動車であったのだろう赤茶色の鉄塊が、むき出しになった両目を門へとむけている。いつまでも帰ってこない主人を今でもずっと、待ち続けているのかもしれない。
ぼうぼうと手入れもされず伸び放題の植物達によって月明かりの大半が隠され、辺りを一層暗くしている。おそらく昼間でもこの家は薄暗く、常人ならば近寄りたくない異様な雰囲気を放っていることだろう。
何か出そう、という表現がこれほど似合う場所もそうないだろう。
片寄やアクアはまだ平然と構えている方だが、ルビーは早々に不安を覚え始めているようだ。口数も少なく、家の方をじっと見ている。
「大丈夫か」
「うん……でもなんか、嫌な感じ」
「きっと何も起きないさ。聞けば今まで何人も来てるんだろ? そいつらが無事で、オレ達だけダメなんて事はないだろうさ」
その出自故、オカルトを信じるほかないアクアだが、いざ実際にオカルトな事案が発生した場合の対処方は同行してくれるという霊能者とやらが頼りだ。話し合い、あるいは暴力が通用する相手ならばともかく、実体のない存在にどう立ち向かえば良いかを知らない。
ところでその霊能者とやらが、さっき機材が不調らしきスタッフに声を掛けられ、一緒になって部品交換作業をしていたのを偶然見かけたがあれは何だったのだろうか。
普通そういうのは身内、即ち同じ職場の同僚に見てもらうものではないのだろうか。
もうすぐ撮影が始まるという段階になり、出演者達は一か所に集められた。実際に家の中に入るメンバーはアクアとルビー、片寄ゆらの三名に、霊能者の稲垣氏、カメラマンを加えた計五名。
各メンバーにはカメラ付きのヘッドライトが支給されており、これが撮影中の光源となる。また、このカメラから撮られた主観映像は後でカメラマンの撮ったものと組み合わせられ、より臨場感のある映像に仕上がる予定である。
「えー、撮影前に注意事項をお伝えしておきます」
ハンカチで額の汗をしきりに拭いながら、稲垣が並んだ四人を前に低い物腰で話し始めた。
「建物内に放置されている物を触るときは注意してください。中の物を持って帰った結果、家まで霊が追いかけてきたという被害報告があるそうです。また……」
スタッフ達が事前に聞き込みでもしたのだろうか。何が見える、何々をしてはいけない、などと具体的な情報が次々とお出しされてくる。
「それと撮影中、もし霊能者からの指示が出た場合は速やかに従ってください」
私からの、ではなく霊能者からの、という言い方にアクアは引っ掛かりを覚えた。さり気なく周囲をさっと見渡すと、同じように疑問を感じた者もいるようだが、今ここでつっこむ者はいないようなのでアクアも黙って頷くだけにした。唯一カメラマンだけが妙な表情をしていたが、これはどういう感情なのだろう。
もし事情を知っている者が見たならば、その表情は『上司に無理難題を要求された同僚への憐憫』だと気付いただろうが、主役三名にはその事は伏せられているので気付くはずもなかった。まさか目の前の人物はただの霊能者の役であり、しかし後方に本物が控えていて、必要に応じて稲垣に指示を飛ばす体制を構築しているとまでは思わない。
いよいよ撮影が開始された。
片寄ゆらによる始まりの挨拶もそこそこに、建物の外観を映しながらまずは外周をぐるりと回る。皆無言だが、実際の映像ではここにこの建物の歴史や持ち主について語るナレーションが挟まる予定らしい。
一通り外周を撮り終えたら次は屋内である。
劣化の影響か、やたら固いドアにルビーが苦戦していたのでアクアが代わる。力を込めて三度引くと、思いのほか勢いよく開いたドアでアクアが思わずたたらを踏んだ。ドアが開いた瞬間にルビーは兄の後ろに移動しており、よろめいた兄をしっかりキャッチしていた。
「うーわ、これすごいね」
巻きあがったホコリに思わず鼻と口元を押さえながら、片寄が玄関を覗き込んだ。
まさに荒れ放題といった表現が似合う玄関に一歩踏み入り、ふと目に入った靴箱を開いてみる。そこには何十年前の物かもわからない靴が未だに残されていた。
ナレーションとしても流されるであろう番組スタッフの調べによると、ここの住人はある日突然夜逃げしてしまったらしい。あまりの静けさを不審に思った近所の者が家を訪れ、鍵が開けっぱなしの玄関から中に入った時、彼らはありとあらゆる物がそのままにされた生活感に溢れた異様な空間を目の当たりにしたという。
家具や衣類、食料品、果ては金品までもが置き去りにされ、しかし住人は誰一人いない不自然なもぬけの殻。車が一台減っていた事から、余程慌てて夜逃げしたのだろう、と結論付けられ、その後は管理を名乗り出る者もおらず荒れ果てるがまま放置されていたようだ。
地域に古くから住む高齢者の中には『あの家に近づくな』と周囲に語る者もいたようだが、今となってはもうその言葉の真意は分からない。
「何か感じます?」
手持ちのライトを奥へ向けつつ、片寄は稲垣に問い掛けた。
玄関から真っ直ぐ伸びる廊下にライトを向けるが、奥まで照らしきるには光量が足りない。闇に食べられてしまったように途切れた廊下の先と、側面にかすかに見える別の部屋に繋がるいくつかのドア。不夜城の如しな都会の夜に慣れ親しんだ現代人にとっては異世界のもののようにも感じられるような一枚絵だった。
よくきしむ床板を土足で踏みしめ、ゆっくりと奥へ進み始めた片寄に引っ張られて残りの面々も進み始める。
問われた稲垣は口元のマイクを手で押さえ、周囲が聞き取れない程度の小声で二、三やり取りし、それからようやく答えた。
「三つほど、気配を感じます。かなり大きいのが上の方に、小さいのが奥の方に。小さい方は……先ほどから移動しているようです。中を歩きまわる女性の霊が目撃されていると聞きますが、この気配がそうなのでしょうか」
「もう一つのは?」
光の当たり加減のせいだろうか。また汗を拭う稲垣の横顔はやけに青白く見える。
「前二つの中間ぐらいの気配が……その、私たちのすぐ後ろに」
その言葉に、稲垣以外の四人が一斉に振り返った。
「……」
勿論、振り返ったところで目に入るのはたった今通り過ぎた玄関だけである。
開いたドアから差した月明かりが、足元すら覚束ない暗い屋内の中で長方形に光っている。
「あ、それこの家じゃなくて、アクアさんに憑いてるやつなので安心してください」
続けて、片寄とルビーとカメラマンの三人がアクアから一斉に距離を取った。
「おい。他はともかく、ルビーまで逃げる事ないだろう」
アクアがルビーに向けて手を伸ばすと、ルビーはその手から逃れるように片寄の傍まで移動した。片寄もルビーの肩に手を回し、自身の陰に隠すように抱き寄せる。
「星野君。怒らないから正直に言って。何やったの? 最近心霊スポットとか遊びに行った?」
「身に覚えがありません」
「お兄ちゃん。どこかで生霊とか飛ばしそうな女の子引っかけてきてない?」
「するわけないだろう」
常に一緒に居るんだから前者はともかく、後者はありえないぐらい分かるだろう、とアクアは主張するが、ルビーはまだ疑わしげな視線を向けてくる。
「どうかなあ」
ルビーはするりとアクアの隣に戻ると、耳元でぼそりと呟いた。
「せんせって女性トラブルの一つや二つ、いつも抱えてそうなイメージだったし」
「誓って言うが、そういうのは無いから」
雨宮吾郎ってそんな風に思われていたのか。アクアは密かにショックを受けた。
探索を続ける一行を、私とカミキ、ミヤコさんの三人はミニバスの中で並んで見ていた。スタッフが用意してくれたモニターの中には、同行するカメラマンの撮った映像が映されている。
「順調そうですねぇ」
家の主人が使っていた書斎らしき部屋で、いくつか風化したノートを手にとってはパラパラとめくるアクアの背中を見ながら、カミキは呟いた。
「特に不思議なものは見えませんが、黒川さんは何か感じますか?」
「うーん、今のところ、異変の気配は感じませんね」
映像越しではあまり分からない、というのが正直なところだ。私の付けている借り物のヘッドセットを通じて、どの気配がどこにあるか、稲垣さんがこっそり報告してくれるから何とか状況が把握できている。
時折小声で私に報告や質問を送る稲垣さんははたから見ると少し怪しいかもしれないが、そこは阿吽の呼吸というべきか。稲垣さんがそういう事を始めた時はカメラマンがアングルを変えて即座に彼を画面外に出している。ここに編集の手も加われば、テレビの向こうの人々にはもう彼が本物にしか見えないようになっている事だろう。
テレビ屋の事情はさておき。現状、この家は私が来た時と変わりはないように思える。
小さい気配、おそらく背中しか見えないという女性はいつも通りに徘徊している。老人らしき大きな気配は鎮座したまま動きを見せない。アイさんは双子の後ろでスタンバイ。
「何も起きないでほしいものです」
画面の向こうで、アクアがノートを元の場所に戻した。ルビーが何が書かれていたのか尋ねるが、アクアはそれに答えず二人に先に進むよう促した。何が書かれてたんだろうか。
促されるままに書斎を出ようとした瞬間、ひと際大きいラップ音が鳴り渡った。ルビーと片寄が同時に飛び上がり、間にいたアクアへとしがみ付いた。
「何か起きた時はよろしくお願いしますよ」
「勘弁してくださいよ。あれは私の手に負えるものじゃないです」
おや、とわずかにカミキの口角が吊り上がる。
「そういえば、ここについて以前から知っているようでしたね。何がいるかもご存じで?」
「さあ。前回別の依頼できた時は玄関先までで、奥には入りませんでしたので。何かがいるのは分かりますが、どこにいてどんな姿をしているかまでは。今にして思えば、もっと奥まで調べておけばよかったですね」
「では、もし本当に何かが起きた時はどうするのですか?」
「勝て、というのは無理ですけど、負けない、であれば何とか」
要は逃げ切るだけの時間が稼げればそれで良いのだ。アイさんがいるから多分何とかなる。
とことんやり合えば最終的には負けるだろうが、向こうも無事では済まない程度の力の差。そしてこの程度の実力差でどちらかが消滅するまで殴り合う様な戦いが始まるとは思えない。逃げる窮鼠をわざわざ追いかけて致命的な噛み傷を受けては割に合わないし、致命傷リスクを背負ってでも得たい利益でも無ければ手出しはされないだろう。縄張りや雌を巡って争う野生動物と同じだ。どちらかが引く姿勢を見せればそこで喧嘩は終わり。
そういえば、さっきからミヤコさんの姿が見えない。同じくモニターを覗いている横顔が視界に入っていたのだが、いつの間にか見えなくなっている。
左を向いてみると、シートに深く腰かけたミヤコさんがこっくりこっくりと舟をこいでいた。見える範囲だけでも社長と営業とマネージャー四人分を一人でこなしている彼女は朝から晩まで仕事漬けで疲労が限界なのかもしれない。
この後もアクア達を乗せた車を運転する仕事が待っているのだし、少しでも休めるよう声は少し抑えめにしてあげるとしよう。
一階の探索を終えた一行は続いて二階に取り掛かっていた。廊下の突き当りに設けられた階段を男性陣がさっさと上り、女性陣が慎重に続く様子をカメラマンが上からのアングルで映していた。
手すりを持とうにもその手すりが壊れてしまっているので床板に手をつき、四つん這いに近い姿勢で一段ずつ上がってくる片寄の服の隙間から覗く胸元を狙う露骨なアングルである。その映像を見たディレクターは視聴者に受けそうな絵面をしっかりと撮るカメラマンにお褒めの言葉をこぼし、同じく映像を見ている霊能者とその依頼主はいっそ清々しいまでの露骨さに笑いをこらえていた。
そんな後方の事は露知らず、二階廊下に立つアクアは隣に立つ稲垣に目を向けていた。
「……あの奥です」
今日何度目かの口元を押さえるポーズを取りながら話す彼の顔色は一向に晴れない。今では幽霊や建物の老朽化よりも彼こそが最大の不安要素になっていた。
「どの気配も変わらず前にいます。はい、はい……分かりました」
アクアがまだ新人医者の雨宮吾郎だった頃、周囲の先達から口酸っぱく言われ続けた事がある。それは『医者は顔色を変えてはならない』だ。
担当医が顔に浮かべた不安や焦燥は全て周囲にも伝わってしまう。武士は食わねど高楊枝。たとえ内心や実情がどうであっても決して顔には出さず、常に冷静沈着、余裕たっぷりに振る舞わねばならない。それが出来て初めて、患者は安心してその身を医者に委ねてくれる。
この場で唯一、心霊現象に対抗する術を持つのであろう稲垣の不安はしっかりとアクアにも伝染していた。逆の立場になるとよく分かる。理屈としては理解していたつもりでも、実体験はまた格別だった。もう医者でなくなった今ようやく理解しても意味は無いかもしれないが。
実際のところは言うまでもなく、稲垣は対抗する術などと言われても困るただのスタッフである。むしろ中途半端に感じる分余計に恐怖を覚えることになってしまっていた。
未だ前にいる小さな気配は、ただ徘徊しているだけに見えて実はちゃんとこちらを認識している。一度は遠ざかっても、こちらがいつまでも同じ場所に留まっているとまた戻ってくるのだ。そしてこちらが移動すると向こうもまた背中を向けて去っていく。まるで自分達を奥へ奥へと案内しようとでもしているかのように。
一番大きな気配にも近付いてきている。突き当たりに階段を設けているこの家の構造だと、二階の最奥に当たるのは入り口の上。そこにある部屋が根城となっているのだろう。
あんなのに自分から近付いて行きたくない。今すぐにでも撮影を中止して引き返したいところであるが、ディレクターにそんな具申をした所で通るとは思えない。
何か起こってからでは遅い、未然に防ぐのが一番、というのは確かに正論なのだろうが、往々にしてこの主張が通る事はない。一度動き始めてしまったモノを止めるには相応の理由がいる。何かが起きるまで進むしか無いのだ。
一部の人間にとって問題だった最奥の部屋はただの物置部屋のようだった。戸を開いてまず目に入るのは部屋の中央に居座る太い柱だ。断面積は畳半畳分はあろうかという邪魔そうな柱が床から天井までを貫き、その周囲に古びた家具やよく分からない箱が乱雑に置かれている。そこかしこに虫の死骸や埃の塊が散らばり、空気をひどくよどませていた。
謎の柱の周りをぐるぐると回る映像を凝視しながら、私とカミキは車内でこの正体は何だろうかと意見を交わしながらうなっていた。
この部屋の真下にあたる玄関部分にこんな物は無かったから家を支えるための柱ではない。しかし構造の一部ではないとするとなぜこんな物があるのだろう。あの気配の主と何かしら関係があるとは思うのだが。
「あ、黒川さん」
何かを見つけたのか、カミキが稲垣を通してカメラマンに少し戻るように頼み、そしてモニターの下の方を指さした。
「ここです」
柱の根元に木製の小さな台が転がっている。近くには木や陶器の破片らしきものもいくつかあった。
「もしかしてですが、これは神棚なのでは?」
私もその台をじっくりと見てみる。
言われてみればこれは確かに神棚かもしれない。陶器の破片は榊立てや瓶子のなれの果てか。神棚なら神棚でなんでこんな日当たりも風通しも最悪な場所にあるのか不明だが。
「神様にしては随分な扱いですね」
神棚を床に直置きにしたり、そも神様の部屋を物置にしていたり。あんまり敬っているようには思えない。
何かしら目的があってここに置いたのだろうが、こういうやり方をするまじないの類なんてあっただろうか。神棚を使っているのだから海外の呪術ではないと思うが。
「案外、これが夜逃げの遠因だったりして……うん?」
音声がよく聞き取れなかったが、何か動きがあったようだ。カメラマンの振り向きに合わせて映像もぐるりと回る。
カメラマンの背後にいたルビーが柱の一点を指さしていた。映像が指さす先へズームしていくと、柱の一部に崩れて開いた横に細長い小さな穴があるのが見えた。この柱は思ったより厚みは無いらしく、中は空洞になっているのが崩れた断面から分かる。
この穴はルビーの目線とたまたま同じくらいの高さにあった。だからルビーが最初にこれに気づいたのだろう。
カメラマンが中を撮ろうとカメラを押し付けるが、真っ暗なだけで何も見えない。レンズは入るのだが、このままでは光源がないので何も映せないのだ。
正直、見えないなら見えないままにした方が良いと私は思うのだが、テレビの都合上そういうわけにもいかないのか、何とかして撮れないかと試行錯誤しているようだ。
そうして現場で話し合いの結果か、あるいはディレクターから指示でもとんだか。ルビーが穴の傍に近づいた。確かに各人が頭に付けているカメラとライトなら中を照らしつつ撮影もできる。
こちらでもモニターの映像をルビーのカメラのものに切り替えられないかとボタンを探していると、隣からカミキが手を伸ばしてモニターを操作してくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。同じ物がウチの事務所にもありますからね。操作ならお任せください」
切り替わった映像は小型のカメラ故仕方ないが、映像が少し粗めになっていた。ライトに照らされた向かい側の柱の壁、そして下の方に長方形の黒い何かが見える。
あれは何だろうか、と推移を見守っていると、ヘッドセットから声がする。また稲垣さんか。何か気になることでも起きたか。
『黒川さん。あの小さい気配が急に部屋に入ってきて……』
「あれが? 今どこにいますか?」
小さい気配とはあの徘徊して回っているあの女性か。ただうろつき回っているだけならそこまで警戒する必要も感じないが。
『入口すぐ、今ちょうどルビーさんの後ろに』
柱内を覗くルビーの背後か。まさか憑りつく気か?
でもアイさんがいる目の前でそんな事をしてもなあ。愛娘に手を出されて怒り心頭、殺る気スイッチオンのアイさんに秒で消滅させられる事間違いなしだ。圧倒的格上の霊に守られてる人間に手出しするのは考えづらい。ただ見ているだけか、あるいは何か企んでるか。
とにかく今はルビーが何を見ているかだ。もし何か企んでいるならこれに関連しているかもしれない。そう考え、意識をルビー主観の映像に戻す。
最初はただ壁を映しているだけだった映像の視点が下に移動し、床板が映されていた。最初に見えた黒い何かは柱内の半分以上を占領する大きな木の箱のようだ。カメラの角度が悪く箱の上面しか見えていないが、ルビーからはもっと下も見えていることだろう。
『ルビー、何か見えるか?』
映像越しにアクアの声がした。
『んー、何か四角い黒いのが……あれは仏壇、かな? かなり大きいやつ』
上手く見える角度を探して、ルビーの頭とカメラの映像が小刻みに揺れる。
仏壇?
何だか猛烈に嫌な予感がしてきた。
この部屋から例の大きい気配がしているなら、大本はこれに違いない。中身入りの仏壇が廃墟に放置されてる時点でまずアウト。
そしてこの柱内部の空間。どこにも開口部が無いのなら、先にこの中身入り仏壇を置いてから周囲を板で囲んで密封したという事になる。そして柱の前に神棚があるのだから、この家の住民はこいつを神様として扱っていたのだ。
家を守り繁盛させるために、人造の神様を生み出す術なら確かに存在するが、もしこれがそうだとすると本来の正しいやり方とはあまりに違い過ぎる。これじゃ守り神という名の実際は真逆のものを生み出すだけだ。ツーアウト。
そしてあの徘徊する女性の霊は何をしにこの部屋に来ている?
神様として扱っていたのなら、お供えだってするだろう。この女性が生前神様の世話係をしていたのなら、今も何かを供えに来ているのかもしれない。
映像の中で、音もなく静かに仏壇がわずかに開いた。明らかに何かが出てこようとしてる。スリーアウト。
「稲垣さん!」
私はマイクに向かって出せる限りの大声を出した。コンマ一秒でも早く、ルビーを柱の前から引きはがさなくてはいけない。
「ルビーを突き飛ばして!」
『えっ!?』
「早く!」
『……はいっ!』
最初こそ困惑したものの、私が本気で言っていると理解してくれた稲垣さんが動いたのだろう、衝撃で外れて宙を舞ったカメラが四方八方を映しながら床に落ちる。
それと同時に、木の板を思い切り叩き壊したら、ちょうどこんな破砕音がするだろう、といった感じの大きなラップ音が轟いた。
「その場にいる全員を連れて脱出を。アクア、ルビー両名を中心に置いて、一塊になって行動してください。双子の周囲が現状、一番安全な場所です」
双子を守るアイさんに、他の面々も守ってもらう。当初の予定通り、何かあった場合の脱出プランを稲垣さんに伝える。
「できる限り急いで。全力で守ってくれるでしょうが、長くはもたないでしょう。そうなる前に外へ」
私の左側で、私の声で飛び起きたミヤコさんがモニターと私を交互に見ている。その顔は今何が起きているか、状況を全く把握できていない顔だ。
右隣ではモニターをまたカメラマンの映像に戻したカミキが、息子にそっくりの仏頂面でモニターを睨んでいる。
映像の中の面々も、何が起きているのかちゃんと理解できている者はいないだろうが、撤退を強く促す稲垣さんの雰囲気に中てられ、緊迫した空気が漂い始めている。
稲垣さんの実況がなくとも、いくつか読み取れるものはある。
おそらく、あの徘徊する女性は既に消えている。娘を勝手に神饌として捧げられ激怒した母によって跡形もなく消し飛ばされた事だろう。
そして老人と思しき大きな気配。こちらももう手の付けられない状態になっていると思われる。供物として捧げられたのだから、その時点でもうそれは煮るも焼くも自由な己の所有物。それを格下に奪われた。権威に泥を塗られた以上、何が何でも奪い返しに来るだろう。
家の守り神としての性質も有しているのなら、家に縛られているはず。外まで逃げられれば追ってはこれなさそうなのが唯一の喜べそうな情報か。
出演はNGと伝えてしまったが、場合によっては私も前に出なくてはいけないかもしれない。アイさんが消えたらその時点で終わりだ。遮るもののなくなった老人はその溜まった鬱憤を存分に晴らそうとすることだろう。こんな状況で私一人が前線に出てきたところで状況の好転は見込めないのが辛いところだが。
星野アイ消滅は私にとってはある意味利益だが、それと引き換えにルビーも消えられては困る。金とは即ち責任。もう依頼料を受け取ってしまっている以上、私には努力する義務があるのだ。滅多にない厳しい状況だが、やるしかない。
さて、仕事の時間だ。