完璧で究極なアイドル様に執着されて 作:肉ぶっかけわかめうどん
一通りの寝支度を終え、眠気が来るまで天井を眺めてごろごろする平日の夜。私はこれからどうすべきか考えていた。
やるとは決めたが、まず何から始めるべきなのだろうか。
外野の人間である私が星野アクアに「復讐なんてくだらないからやめろ」なんて言ったところで聞く耳など持つわけない。復讐を果たさぬ限りアクアは嘘を吐き続け、自分の人生を始める事が出来ないのであれば、私が先回りして復讐を終わらせてしまうのが最短のルートと言えるだろう。実際にするかどうかはさておき。
しかし問題点が二つある。
一つは、そもそも真犯人は誰なのかという事だ。
現状、星野アクアの父親だと目されるカミキヒカルなる人物が最有力候補とされているが、まだ確定したわけではない。
そもそもカミキ氏が容疑者となっている理由は当時、引っ越したばかりであった星野一家の新住所を知りえる数少ない人物であったから。それだけなのだ。
後に原作中でもアクアは星野アイの所属事務所の社長にして親代わりの人物でもあった斉藤壱護に指摘されている。なぜ父親にこだわる? 事務所の中に内通者がいたのかもしれないだろう、と。住所さえ入手できれば父親以外にも犯行は可能だった。
もう一つは証拠だ。
そもそも事件自体が12年前と古く、かつ背後関係を語れた唯一の人物である実行犯にして熱心で過激なファンのストーカー君は既に故人。一般人の私が調査したところで真実への手がかりとなる新たな証拠は期待できない。
となれば原作知識をもって仮説を立て、関係者達の証言で答え合わせをしていくのが私に取れるルートになるだろうけど……関係者の皆さんには口をきいてはもらえまい。つらい思い出なのに、身内でも警察でもない相手にペラペラ話してやる義理など無い。
やはり鍵は星野アクアか。星野アイの遺児たる彼であればこそ聞ける話もあるだろう。彼と何とかしてお近づきになって、間に立ってもらうのだ。
まあどの道、復讐というのはそれで当人の気が済むかどうかが重要なので星野アクアに関わらないという選択肢は最初から無いんだけども。
そうこうと考え事をしているうちにいつの間にやら意識を失い、セットしていたスマホのアラーム音で再び目が覚める。
(今日はいない……?)
最初の朝のように寝起きに何か仕掛けられるのを警戒していたが、寝起きの視界に映っているものは自室の壁だけ。気配は消えていないので近くにはいるらしいが、姿は視えない。うちの家族にちょっかい掛けてないと良いけど。
いた。
何気なく姿見の前に立ったらそこに映ってた。
鏡覗いたら背後に立ってた、なんてホラー物ではベッタベタのシチュエーションだけど、無警戒の時にやられると意外に心臓に来る。
しばらく鏡とかスマホの液晶とか見たくなくなったぞ。寝癖残ってたらどうしてくれる。
階下に向かうとこれから家を出るらしい姉とちょうど鉢合わせになった。
ほんの数日ですっかりメンタルも持ち直し……以前とは比べ物にならないぐらい明るくなった。おめめキラッキラで思わず「誰だお前」と言いたくなる変貌ぶりである。
「おはよっ、あおい」
「ああうん、おはよう……今度は何の役なのそれ」
「B小町のアイって昔のアイドルをイメージしてみたんだけど、どうかな?」
「いいんじゃない? きっと驚くと思うよ。誰とは言わないけど、その人の女の好みがアイなんでしょ?」
「……」
何で知ってる、とでも言いたげなねっとりした視線が送られてくる。
「何となくそう思っただけだよ。そんな事より時間大丈夫?」
「……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
家を出ていくあかねの背中を見送る。隣でアイもじっとあかねの方を見ていた。どうですか、息子の初めての彼女になる予定の女の子は。
すぐ別れるけどな!
「あら、あおいも起きてたの」
廊下の向こうから母の声がする。
「朝ごはん用意してあるから」
「はーい」
ここまで朝の恒例の母とのやり取り。
何の対価も要求せずにあらゆる仕事や家事をこなしてくれる人の存在はありがたいものだ。前世じゃ早起きして調理するのが面倒だからいつも出来合いで済ませてた身だし。愛を注いでくれる両親の事はできる限り悲しませたくないとは思っている。
だったら危険な目にあう可能性がある副業は止めろと言われてしまうだろうが、まあそれはそれ。
「あ、そういえば。あかね見た?」
「見たよ。随分思い切ったイメチェンだった」
「でしょう、お母さんもビックリよ……あおい何か知らない?」
何気ない会話……を母は装っているが、声に心配の色を隠せていない。
娘の行動の意味を深読みしているようなので、こっそり正解を教える事にする。
「ああそれ、気になる男から好みのタイプを聞き出せたから、全力でそっちに寄せようとしてるだけだよ」
私がそう伝えると、母の顔にはっきりと安堵が浮かんだ。
「あら、そうだったの。ついこの間までひどく落ち込んでたみたいだし、無理して元気に振舞ってるんじゃないかと心配してたんだけど、それなら大丈夫かしら。ふふ、あの子ずっと演劇一筋でそういうの縁が無さそうだったけど、やっと相手ができたのねー。いつか連れてきてくれるのかしら」
「まあ、会う機会はあるかもね……」
なんとも気の早い事で。
まだそういう関係になれるとも、なれたとしても長続きするかも分からないのに。
母の顔を見てふと思った。
息子に女の好みを聞いたら自分の名前が出てくるのって母親的にはどういう心境なのだろうか。
まあ星野アイなら普通に喜びそうな気もするが。
特筆すべきことが一切ない平凡すぎる学生の一日を今日も終え、帰宅部の私は足早にさっさと自宅に戻る。
仕事に買い物、学校とまだ他の家族たちは戻ってきていないのでしばらくは私一人だ。
今日一日、適当に授業を聞きながら今後のプランを考えていた。
ここから最も近い主人公一同と接触できる機会となると、やはり新生B小町デビューの場、ジャパンアイドルフェスだろうか。そこでアクアと何とかして繋がりを作りたい。
繋がりと言ってもただ媚びを売るだけでは無理だろう。アクアはまだ自分の前世、雨宮吾郎だった頃から女の経験はかなり豊富らしい。下手な媚売りは即見抜かれると思って間違いない。アイドルの話も無理。これまで興味すらなかった私と、筋金入りのドルオタ、ことB小町に関してはガチ勢のアクアとでは絶対に会話が成立しない。布教されてもついて行けないだろうし。
他に使えそうな話題となると姉関連ぐらい……ああ、そういえば初めて会った時、私が彼の方を見て「星野アイ」と口走ってしまった件もあった。あれも問いただされるだろうから返事を考えておかないと。
もういっそのこと正面からストレートに行ってしまうのはどうだろうか。幽霊周りの事だけぼかしつつ、あの事件の事について調べています、どうかご協力をと頭を下げる。どうせ最終的には力添えを頼むのだし。下手に隠してもバレそうなら包み隠さず吶喊した方がマシかもしれない。
ではこれを当面の方針としつつ、まずはそのジャパンアイドルフェスとやらがいつどこで行われるものなのか調べよう。
私がいつも検索でお世話になる先生にお越しになって頂こうとノートパソコンのスリープを解除。デスクトップのアイコンにカーソルを合わせに行こうとしていた時。
「……!」
急に部屋の温度が5度ぐらい下がった気がする。
背筋に走る寒気の元は星野アイだった。今日一日、特に何の反応も見せずただ浮いてただけだった彼女が突然動いた。この感情はおそらく敵意か?
いったい何に、と部屋を見渡すと、窓の向こうに小さな子供が一人いる。夕暮れが逆光となって顔は分からないが、子供の周囲を飛び回るカラス、喪服のようにも見える黒尽くめの衣装、目の前に立たれただけでも感じる存在の大きさといった情報を合わせれば嫌でも想像はつく。
時折双子の周囲に現れては憎悪を煽るような発言や意味深な発言を繰り返す、一人だけ文字通り神の視点から物語を俯瞰する、疫病神呼ばわりされる事もある謎の少女。
「おねえちゃん、はじめまして」
ここ二階なんですけど。怖いからそんな何もない場所に当たり前のように立たないでください。
「入ってもいい?」
嫌です……と言いたいけど、目の前で誰も触れていないのにロックが外れ開いてゆく窓を見るにすでに入ってくる気が満々である。
「お邪魔しまーす」
我が家の如くずかずか入り込み、人のベッドの上を椅子代わりに占拠した少女が私と星野アイを交互に見ている。アイから少女への威圧と眼光がより一層鋭くなった。眼球無いのに眼光と言うのもおかしな話だが、そういうイメージである。
「ああ、星野アイの事なら気にしなくてもいいわ。おおかた子供達にちょっかい出されるのが気に喰わないのでしょうけど、どうせ何もできないから」
「はぁ……」
原作では神、あるいはそれに準ずる何かではなどと言われていたこの少女。実際に目の当たりにすると確かに人間やそのなれの果てな幽霊などとは存在としての格が違う。もしかしたら神格までいっているかもしれない相手。霊としてはかなり力がある方のアイでもこいつの目のある場所では何も行動を起こせないだろう。
「え、ええと、私に何の御用で……?」
「大したことじゃないわ。あの双子を見ていたら面白い人間が見つかったから、ちょっと顔を見に来たのよ」
ベッドから立ち上がった少女がこちらを見た。と思いきや、視界が突然少女の瞳でいっぱいになった。鼻先が触れ、何かの拍子に唇まで当たるんじゃないかという至近距離に前触れなく踏み込まれ、動けなくなった私の目を値踏みするように覗き続けている。言いようのない不快感が胃の底から湧き上がってくる。
「ふーん……?」
蛇に睨まれた蛙の気分を味わわされる事数秒か、少女はふっと身を離して元の位置まで歩いて戻った。
ようやくながら不快感の状態が分かった。体に入られる、ってこんな感覚なのか。吐きそう。
「お姉ちゃんの事、だいたい分かっちゃった。ただおかしなものが視えてるだけの人間じゃなかったのね。未来がある程度見えてるって不思議な気分。結局碌な事になってないのね」
「……それで、私をどうするんですか? 双子の復讐の邪魔になりそうだから消すとか?」
「そんな酷い事しないわ。神様はとっても優しいもの。ただ未来の無い魂を哀れに思い、その最後の願いを叶えてあげた。それだけよ」
コロコロ、なんて擬音が似合いそうな感じで少女は笑っている。
「優しい、ねぇ……」
「あら、お姉ちゃんはそう思わない? 願いを叶えてくださる神様こそが人間にとっての良い神様でしょうに」
「それはどうかと思いますよ。ただ叶えば良いというものでもないでしょう」
結果が良くても、過程まで望み通りになるとは限らないし。
例えば『金が欲しい』と願う男がいて、神がその願いを聞き届けてくれたとする。するとある日、男の親が急死して莫大な遺産が懐に転がり込んできた。
確かに金は手に入った。しかし男はそれを素直に喜べるだろうか。
「それに、この手の話には対価が付き物なのでは?」
「そんな浅ましくて俗っぽい事するのはごく一部よ。ちゃんとした神様はそんなもの要求しないわ。ただ、見守るだけ。ああ、でも……」
少女は自分の胸の上に両手を重ね、祈るようなポーズをとる。
「証明してくれると喜ぶわきっと。神様は自分に甘くて、弱くて、堕落した存在は嫌いなの」
「証明?」
「そう。自分自身に打ち勝ち、寵愛を受けるに値する存在であると証明する。神様も、自分の助けた相手はそれができる素晴らしい存在であってほしいと願うし、試練を与えて見極めようとはするかもね」
さて、と少女は再びベッドから立ち上がった。
「そろそろお暇させていただくわ。頑張ってね、お姉ちゃん」
来た時と同じように窓の外に移動し、そして少女は消えた。遠ざかっていく大量のカラスの羽音と鳴き声を残して。
「……はあ」
何か、ヤバいのに目をつけられてしまった感じか。
「自分自身に打ち勝て、かぁ」
神様のする事は人間にはよく分からない。
願いを叶えて対価を徴収するも、寵愛と試練をセットで課すも、人間視点で見れば大して変わらないと思うけどね。
少女が帰ると共に敵意を収め、また無表情、無反応で部屋の隅に鎮座する置物になったアイを見る。
お宅のお子さんら、いったい何やらされそうになってるんですかね?